6『土の中から』
【あらすじ】ロリコン、無能なら無能でいいやと開き直る。
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「おぉー、すごい……」
「でしょう? リベロ様はウィンドのソルジャーで、霊獣級の能力者です。霊獣級ともなると、世界中のたいていの場所へ、一人で冒険にいけると言われています。ですので、一応私もそうですね」
俺とエイリーは、あぜ道に敷いたシートの上に二人して女の子らしく座りながら、国王夫妻の荒々しい農作業を見ていた(まぁ、荒々しいのは夫の方だけなんだけど)。
遠くから夫こと国王の楽しそうな声が聞こえてくる。
「ははは、プリート! 今年は豊作だなぁ! よし、そっち一気にいくぞ!」
ずばばばば、と、大量の稲か麦かよく分からない植物が宙を舞う。あれはきっと、風の刃なのだろう。
風のヤイバだって。
風のヤイバだぜ?
反則だろ。カッコよすぎんだろ。
「この世界では、一般的に子ども、とりわけ女の子の方が魔力が強いと言われています」
いきなり、エイリーがそんなことを言った。
じゃあ、あそこのばりばり強そうなオッサンは特例なんだろうか。それともあれが大人の平均で、エイリーみたいに、子どもはもっと強いんだろうか。
「それは、戦ったら子どもの方が強いってこと?」
「一概にはそうは言えません」
と、エイリーはさらりと髪をかき上げる。
あぁ、俺は昨日こんな可愛い子にキスをしたのか。たまらんな。罪悪感もあるけど、それ以上に、たまらんな。無能力が何だ。たまらんな。おい。
「そうなの?」
と、自分の邪念を振り払うように無難な受け答え。
「えぇ。では姫、お伺いしますが、たいていの家庭にある、小さいバターナイフを持った大人と、優秀な鍛冶職人が作ったダガーナイフを持った赤ん坊と、どちらが強いと思いますか?」
「そんなの、赤ん坊がナイフを使えるわけないよ」
「その通りです。いかに優秀な能力を持っていようとも、それを使いこなせなければ意味がないわけです」
なるほど……だから、能力が下の階級の人間が、上の階級の人間に勝つことも、やり方によっては充分あり得るわけだ。
「でも何で子どもで、しかも女の子の方が強いんだろう」
絵的には、というか俺的には大歓迎だけど。
「それは不明ですね」
エイリーにも分からないみたいだった。あまり悪びれずに言われた。
「ただ、子どもの方が持っている魔力が圧倒的に多いですし、戦いの発想も自由ですし、大人に対して容赦がなかったりするので、それも相まって強いようですね」
なるほどな……子どもって大人のこと全力で殴るもんな……。
「また、女性は妊娠しますよね? 能力を使うというのは、体の中に神を取り込むということです。体内に二つの魂がある状態に、女性は適正があるから強いとされています」
確かに男じゃそれは無理だもんな。
じゃあ『八皇一鬼』はみんな子どもで女なんだろうか。
「ちなみに、その国でもっとも魔力が強い人間……もしくは『能力をもっともうまく扱うことのできる人間』がその国の王になることが多いのですが、」
「お父様は、ランクがもっと上の方々より強いということ?」
「そうですね。もっとも、この国の最高ランクが国王と王妃と私の『霊獣級』になるので、ランクが上の方々、というのはこの国には存在しません」
つまり、国王がこの国の最強です、と、エイリーはどこか誇らしげに言った。
ヤバい、この子のこういうところ超可愛い。
自慢の誰かを自慢したくなるところとか、日頃は背伸びしてても、やっぱり子どもなんだなぁ。たまらんなぁ。
それにしても、最強が、国王か。分かりやすくていいな。
というか、あれ? この国将来的にどうなるんだろう。
パーチェちゃんの魂(?)がこの体に戻ってきてパーチェちゃんの本来の能力が発動するのならいい。だけどもし無能の俺の魂(?)が入り続けていることによってこの国の跡取り娘が無能力者のままだったら、この国の次の王は誰になるんだろう。
今、楽しそうに風を操っているあの男よりも強い能力者がきたら、俺も国王も王妃も、みんなただの農民になってしまう。まぁ、国王夫妻はそれも楽しみそうだけど。
そう考えると、俺が無能力者なのが本当に悔やまれる。やっぱり、能力とかない世界からきたから、能力なんて手に入れられないのかな。
あ、そういえば。
「ところでエイリーの能力って何なの? 何か歯車みたいなのが出てたけど」
そう、気を失う直前、俺は金色の歯車のようなものが展開したのを見ている。あれはエイリーの能力なのだろうか。
「あぁ、そういえばご紹介する前に……でしたね」
と、気まずそうに言葉を濁らせた。別にエイリーが悪いわけじゃないのに、何となく悪いことをしてしまった気分だ。
と思うと同時に、こんなに可愛い女の子が俺のために心を痛めてくれていると思うと、ちょっと嬉しい。
「私の能力は、『操獣機巧』といいます。八つのどのタイプにも属さない『ナイン』の能力です」
おぉ、やっぱりあの歯車は炎とか植物とか、ああいう属性の攻撃じゃなかったのか。
「ナインってことは、すごいレア何だよね? エイリーは強いの?」
レアな人間がこんなに間近にいると、そのすごさが薄れてしまいそうだけど、きっとこれってすごいことなんだろうな。
「何をもってして強いというのか、それは悩むところではありますが……私の階級は霊獣級です。この国の人間では四番目に強いという評価をいただいています」
「へぇ……ん?」
国王、王妃、エイリーとこれば三番目なんじゃないのか? もう一人、誰かすごいのがいるんだろうか。
「ちなみに、私のクラスはサモンです」
「召喚術!」
テンションが上がってしまった。エイリーやや引いている。というか驚いている。
「……そうです。召喚術です。よくご存知ですね」
「機械仕掛けの獣を出したりするの!?」
「え、えぇ。出しますが」
「見てみたいなぁ」
俺がそう言うと、エイリーは今は難しいです、ときっぱりと断った。
「私はサモンなので召喚獣を出しますが、必要のない時に出すと疲れてしまって、いざという時に出せないことがあります。それでは姫を守ることができません」
「あ、う、うん……」
かっこいいなぁこの子は、と感心する。これは惚れる。
「また、私は霊獣級なので、神の世界の霊獣の力を借りて能力を発動させるわけで……しかも召喚術師の場合、力を借りるどころか人間界まで降りてきてもらうわけですから、そう簡単にぽんぽんと能力を出すわけにはいかないのです」
そういうものなのか……。
さて、とエイリーが手を打つ。
「姫に能力がないのは残念ですが、それにめげずに簡単な護身術を身に付けましょう」
「うん、頑張るね!」
あぁ、何かこうやって優しく言われると、やってみようっていう気持ちになる。
俺の周りに、いかに間違った大人達がいたのかよく分かるなぁ。でも、こうやって優しく言ってもらえるのも、顔のおかげなんだろうなぁ。
「ちなみに私はサモン……召喚術士ですが、簡単な歯車なら基礎魔法で出せるんです」
ほら、と、エイリーの手に俺を気絶させた、金と白を基調にしたきれいな歯車が表れた。
「……えっと、エイリーが歯車の能力者だし当然じゃない?」
ちょっとドヤってるエイリーは可愛いけど、伝えたいことが分からない。
「あぁ、えぇっとですね……例えばリベロ様はウィンドのソルジャーです。基本的には風を剣にして戦うのですが、ただ単純に風を操って戦うこともできるんです。その、単純に風を操る、というのを基礎魔法と呼ぶわけです」
「あー……何となく分かった」
つまりはあれだ。風のソルジャーと風のウィザードがいたとして、どちらも風を操る魔法は使えるけど、それはウィザードが得意な領域で、ソルジャーは使えるには使えるけど、あくまでもメインじゃなくてサブで使う程度ってことか。
基礎魔法をメインクラスまで強めて戦うのがウィザードということか。
今度は俺がドヤって言うと、
「素晴らしい……その通りです」
と、エイリーはやや驚いて俺を見た。
「例えば今、リベロ様は風の剣ではなく、風の基礎魔法を使用しています。あれは力ずくの能力に見えて、すごく繊細な力の加減がいる技術なんです。本気を出したら野菜に傷が付きますし、そもそも畑ごとめちゃくちゃです」
と、エイリーはやや早口に言う。本当にこの子は国王夫妻が好きでたまらないんだろうなぁ。
「それに、基礎魔法をあそこまでの精度で、そして威力で使用できる能力者というのは、霊獣級能力者ではなかなかいないんですよ」
なるほど。やっぱあのオッサンすごいんだな。
いるんだよなぁああいうタイプ。考えなしで突っ込んで、感覚で全部を掴んで、それが全部正解になっちゃう……いや、正解にしちゃう、人生の勝者。羨ましい。
それからエイリーはこの国で採れる農作物の特徴などを教えてくれた。さっきから国王がすぱすぱ切りまくっているあの植物は、麦で正解らしい。
この国は湿度が低いため、麦がよく育つという。というか麦って、剣と魔法の世界にもあるんだな……もっと毒々しい紫色をした魔法植物みたいなやつらが咲き乱れてると思ったよ。
「そういえばさ、エイリー」
「はい」
「農業国家って、食料を大量に持ってるわけじゃん。侵略とかされないの?」
ほぉー……とエイリーが薄くため息を吐いた。どうやら呆れじゃなくて感嘆のようだ。
「姫、いったいどこでそういう知識を?」
「え、えぇっと……勘?」
しまった。パーチェちゃんはまだ小さい女の子(だが男)だぞ。高校生の思考をしたらおかしいぞ。
「さすが、聡明ですね。リベロ様もプリート様もさぞ鼻が高いでしょう」
エイリーがふんわりと笑いかけてくれる。
あ、これすごい気持ちがいい。
こういうのって、俺、初めてじゃないか?
「ですが姫、この国が襲われる心配はありません」
あら、でも結局外れのようだ。
何だろう、正直この国の最強の能力者である国王夫妻が、下から二番目のランクっていうのがどうにも、失礼なんだけど心もとない気がする。
世の中には、たった一人で世界を破滅させる人間兵器、『八皇一鬼』が九人もいるというのに。
エイリーが、手で歯車をもてあそびながら話を続ける。よく見ると歯車は、もてあそばれながらぐるぐると生き物みたいに回っていた。
「この国は全世界の農作物の約四割を輸出している国です。いわば世界の食物庫のようなものです。そんなところを考えもなしに攻め入ると世界的な食料不足になりますから、どの国も侵略していません。侵略しようものなら、ウルーのような大国が守ってくれるほどです」
食べ物のためにですが、とエイリーは無表情で付け足す。
なるほど……コルトゥーラには食べ物っていう強力な盾があるんだな。何だか単純ですごく分かりやすい理由だった。
「まぁ、侵略していないだけで、したいと考えている国は多いでしょうね」
「へ、へぇ……」
エイリーは軽い冗談のつもりで言ったのかもしれないけど、周りが能力武装をしている世界の中で完全丸腰の俺としては、かなり笑えない。
──と。
ずずん、と大地が、軋む音がした。
異界にたぎる異形の霊獣よ
汝の怒りを大地に刻め
汝の憎悪を大地に刻め
汝の爪を大地に刻め
汝の叫びを大地に刻め
今ここに、汝の疾走を許可しよう──
『大地からの暴君』!
「ん? エイリー何か言っ──」
「──下がって!」
びゅん、と体が後ろに引っ張られる。
瞬きをする前まで俺のいたところが、
「うわっ!」
大爆発を、起こした。
とっさに身をかがめた俺の頭上に、大量の砂がぱらぱらと降り注ぐ。
頭を庇いながら、爆発の起きた場所に目を凝らす。
「い、一体何なんだ──」
と呟きかけて、
絶句した。
「……シャチ?」
巨大なシャチ──
爆発じゃ、なかった。
巨大なシャチが、地中から現れた。
「姫、お下がりください」
エイリーが俺の視線を遮るように手を出す。その手は、一切震えていない。
こんな、化け物を前にして。
巨大なシャチの体は、すべて土で形作られていた。
にも関わらず、まるで本当に生きているかのように口をバクバクと開き、大地から顔を出している。
「エイリー、あ、あれは……?」
怖い。
声が震えている。
エイリーのメイド服の裾をぎゅっと掴む手も震えている。
「ただの盗賊ですよ。『もうどうせ何やっても普通には生きられないから、一か八か王族を襲って、あわよくば大金を手に入れようしよう』と目論んでいる集団です」
エイリーは冷静だった。というか俺はあの土のシャチは何だと聞いたつもりだったんだけど、
「盗賊? あぁ……」
ビルみたいな大きさのシャチの後ろに、灰色のローブを羽織った男達がずらっと並んでいた。あいつらか……。
「ご安心ください、姫。国王と王妃のお力を借りるまでもなく、一瞬で終わらせます」
「へぇ? できるかな、お嬢さん」
ローブ集団のリーダーと思われる男が、吐き捨てるように口を開いた。
「えぇ、できます。ここであなた達を排除します」
しゅっと、両手に金色の歯車が展開する。
「この国に害成す者、すべてを排除するのが私の務めであり──存在意義ですから」
続く