2『おいしい朝ごはんと能力者』
【あらすじ】ロリコンが念願の美少女になれたと喜んでいたら股間にナニかを見付けて絶望。
2
男の娘、というジャンルがある。
おとこのこ、と読み、可愛い女の子にリトルサンが付いていることを楽しむという、大変風流な文化形態の一つである。
だけど俺はロリコンなわけであって、目の前に可愛い子がいたら、それはやっぱり女の子であってほしいし、リトルサンにはお帰り願いたい。
ましてやそれが、好き放題できる自分の体ならばなおさらだ。俺はあの、『何もない桃源郷』を楽しみたかったというのに!
「姫、失礼します」
「ひぃっ!」
さっきのメイドさんが帰ってきた!
光悦から落胆へ、そして一気に現実味を帯びた焦燥が攻め混んでくる。
ヤバい、ヤバい! 今、姫(だが男)は全裸であらせられるぞ!
「ま、待って!」
自分で発しておいてたまらない恥じらいの声。可愛すぎる。
何だこの生き物は。股間の余計なオプションを、素手で引きちぎることもやむを得ない。
と、くだらないことをとっさに考えてしまい、行動が遅れた。
ヤバい、どうする?
服を一瞬で着るべきか? それともドアをブロックするべきか? 服を一瞬で、というのは無理だ。じゃあドアをブロックか? それも間に合わない。
でもやるしかない!
ネグリジェをひっ掴んでドアに真っ直ぐ向かう。ドアを押さえつつネグリジェを着るしかない。
「待ちません。もうリベロ様もプリート様もお待ちですよ。さぁ、お食事に──」
あともう一歩でドア、というところで、ドアノブが俺に向かって勢いよく突進してきた。
「いひゃああ」
くっそ痛い。それと同時におい何今の悲鳴、超可愛いんだけど俺。
小柄で華奢な男の娘である俺は、全力で駆け抜けた道を戻っていくかのように後転でころころと転がっていく。全裸でだ。マイリトルサンがぶるんぶるんと荒ぶりながら俺を見上げてきたり見下してきたりで忙しい。
「……姫?」
全裸で、仰向けからの稀代のV字大開脚を決め、マイリトルサンどころか肛門様までばっちりお披露目した。
「な、なぜそのようなお姿で……?」
無表情を貫いていたメイドさんも、さすがに表情が固くなった、というかドン引きしている。
「き、着替えてたの!」
すべてを晒したまま嘘を叫ぶ。勢いでマイリトルサンがぷるぷる震えるほどの、腹からの声だった。
「……いつもネグリジェのままでご朝食をお召し上がりになるではないですか。まだ寝ぼけていらっしゃるのですか?」
「も、もう起きてるもん」
とりあえずよたよたしながら女児パンツを履く。
女児パンツ。
おい、女児パンツ!
考えてみれば女児パンツなんて手に取っただけで大興奮する俺が、ましてや履くだなんてとんでもないことだなおい! 危うくマイリトルサンが立ち上がるところだった。
それにしてもこの、女児パンツの綿の手触り肌触りーーこれは夢じゃない。
どういうわけかまったく分からないけど、現実だ。もしこれが夢なら、俺は小遣いのすべてを睡眠薬に捧げよう。
「さぁ、参りましょう。国王様、王妃様をこれ以上お待たせしてはいけません」
メイドさんがドアを開け、恭しく頭を下げたまま待っている。急いでネグリジェを着直して、俺は気まずさを感じながら頭を下げて廊下に出た。
前を静かに歩くメイドさんに続いて、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩く。
そういえばさっきからメイドさんが俺のことを姫と呼ぶけど、それはサークルとかでちやほやされてる女の子が姫と呼ばれているのとはわけが違うようだ。
国王と王妃という単語が出てきているということは、この美少女は、国王夫妻の娘(だが男)であるがために必然的に姫と呼ばれているらしい。
王族か。
確かにさっきの部屋もものすごい豪華だったしな……。
あれ、そう言われてみると、廊下はわりと質素な気がする。
俺はあまり歴史に詳しくないけど、何だか中世ヨーロッパのお城とかがこんな感じだった気がする。
でも、あれよりも何というか現実味を帯びているというか、言ってしまえばやっぱり窓枠の装飾とか質素で──
「──おぉぉ!?」
「な、何ですか? 外に何かありますか?」
驚いて立ち止まったメイドさんを無視して、俺は窓の外の景色に釘付けになった。
質素な廊下の壁側にはところどころ絵画が飾られていて、その反対側は窓が並んでいるんだけど、
「え……どこ? ここ……」
日本じゃ……ない?
絶対に日本じゃない。
遥か遠くになだらかな、それでいて背が高そうな緑色の山が連なっている。
その手前、この城らしき建物のすぐ目の前まで、畑や田んぼが広がっている。凄い広さだ。遠近感がなくなってくる。ドーム何個分なんだこれ。まぁ俺ドーム行ったことないけど。
広大な畑の上を、大きな雲の影がゆっくり流れていく。
「……姫?」
メイドさんが不思議そうに俺を見ている。これ以上眺めていると怪しまれそうだ。
「う、うん、今行く」
行き先も分からないまま、とりあえずぱたぱたと、メイドさんを追いかける。
質素に見えたけど、やっぱり城は城なだけあって広い。寝室から食堂まで五分ほど歩いた。
「おはよう、パーチェ」
食堂に入ると、見知らぬ女性に声をかけられた。
どうやら俺、というかこのお姫様(だが男)の名前は、パーチェというらしい。これは貴重で必須の情報だ。正直助かった。
さて、俺の名前を教えてくれたのは、俺の守備範囲ではないけど、三十歳ぐらいのわりにきれいで上品なお姉さんだった。俺にふんわりと微笑みかけるその姿は、淑女というもののイメージそのものだった。
メイドさんの話から推測するに、この人が王妃で、俺の母親らしい。
黒い長い髪を一本に結い、真っ直ぐ垂らしている。
着ているものも上品ではあるけど『王族ですよオホホ』みたいな派手さがまるでなく、城の内装と同じように質素だった。
そして、
「おう、パーチェ。早く食おうぜ」
その横に座っている男は、もっと王族っぽくなかった。
どこかの農民というか、ドカタっぽい。まずヒゲを剃れ。
だぼだぼの作業着はところどころ土に汚れ、絵に描いたように頬にも土が付いている。
この部屋にいてこの脈絡があって、ようやくこの農民だかドカタだかが王様で、俺の父親だということがかろうじて分かるレベルで、まるで王様っぽくない。何より貴族っぽくない。
「では、食前の祈りを」
俺とメイドさんが席に着くと、王妃がふんわりと言った。
おぉ、何か中世っぽい。
というかこのメイドさんも王様達と一緒に朝食を摂るのか。と、なるとどうやらこのメイドさん、結構ランクが高い人らしい。もしくは、この質素なお城には、メイドさんが一人しかいないのかもしれない。
王妃が目を閉じて手を組む。それに倣って国王とメイドさんも同じように目を閉じて手を組んだ。とりあえず俺も真似をする。
「偉大なる樹王神よ。汝の与えたもうた食料に感謝します。我が祖国コルトゥーラと、我がアルジェント家の生命の糧とさせてください。日々の生活と平和に感謝を」
毎日、というか毎食ごとにこういうことをやっているのだろう。王妃は淀みなく言い切った。だけどそれはルーチンワークにはなってなくて、心がこもっているように感じた。
しばらく静寂が続く。まるで教会の中にいるかのような静謐でぴんと張りつめた空気を肌で感じていたら、
「ぃよーっし! いただきまーす!」
ドカタおじさんがブチ壊していった。教会が一瞬で街の呑み屋になった。
「あらあら、リベロさん。ちゃんと噛んで食べないといけませんよ」
「え? うん、やっぱ仕事のあとの飯はうめーな!」
「あらあら」
ガツガツと飯を食らう国王と、それを微笑ましそうに見守る王妃。
会話の成り立っていないこの二人、悪い人達ではなさそうだけど、本当にこの国大丈夫なんだろうか。
そういえばさっきさりげなく色々名前が出てたな。この家はアルジェント家で、国の名前はコルトゥーラ、だな。ちゃんと覚えておかないとどこかでボロを出しそうだ。
「姫は召し上がらないのですか?」
メイドさんが、俺を見下す……ように見えるだけでそんなことはないんだろうけど、どうにもこの子、冷ややかというか壁を感じる。
「あ、うん。いただきます」
ちなみに、メイドさんはごくごく普通の子どものサイズだった。さっきは巨人か何かかと思ったけど、俺が小さくなっただけのことだった。
とりあえず、近くにあったスープらしきものに口を付ける。
「おいしい……!」
感動と驚きと語彙力のなさが同時に口から飛び出した。
何だ、このスープ。味が濃いわけじゃないのに、旨味というか、まろやかな風味がふんわりと口の中に広がる。喉を通っていく感触は柔らかくて、胃にほどよい温かさをもたらしてくれる。
「あらあら、やったわねエイリー。パーチェが褒めるだなんてよっぽどよ」
王妃が笑いながら言う。どうやらこのメイドさんはエイリーというらしい。
「姫……本日のスープ、気に入っていただけましたか……?」
エイリーが、固い表情で俺を見ている。
「うん! すごくおいしい! また飲みたいなぁ」
今のこの姿だからこそ許される無邪気なセリフだった。でも本音だ。すごいおいしい。
その本音に、エイリーは面喰らったように固まる。
そしてしばらくして、
「……ありがとうございます。もったいないお言葉です」
と、ほんの少しだけ、照れ臭そうに笑った。
ヤバい、この子やっぱすごい可愛い。
というか、え? このテーブルに並んでるスープとか魚料理とか卵料理とか、全部エイリーが作ったの? 嘘だろ?
可愛くて子どもで料理できて子どもで可愛くて、しかも子どもで、言うことないじゃんこの子! お嫁さんにしたい。
「パーチェ、うまいもんをうまいと素直に言えるのはいいことだな!」
国王が相変わらずばくばく食べながら、よく分からないことを言った。
あまり考えた上での発言じゃなくて、思い付きの勢いでの発言なのかもしれない。けど、その通りだと思った。
「プリート、お前も早く食え! 午後は東の畑一帯を片付けるぞ! シードアソシエイツの注文分は明日の朝一でやろう!」
「えぇ、分かりました」
にこやかに答えて、王妃はパンに赤いジャムを塗って食べ始める。
さて。
エイリーの料理がおいしくてところどころ思考が飛んでいくけど、ちょっと今の状況をまとめよう。
とりあえず、俺の名前はアルジェント・パーチェで間違いないだろう。アルジェント王家のお姫様(だが男)らしい。
何で男なのに姫と呼ばれて、女扱いされているのかは、今は分からない。
で、あのドカタみたいな国王がアルジェント・リベロで、ふんわり淑女な王妃がアルジェント・プリート。
で、可愛いけど何だか壁を感じるメイドさんが、エイリーというらしい。まぁ、メイドさんっていうぐらいだから名字はアルジェントじゃないだろう。
とりあえずしばらくは『エイリー』と呼べば怪しまれなさそうだ。
「いやぁ、やっぱりこの国にきて正解だったなぁ! 飯はうまいし嫁はきれいだし! エイリーおかわり!」
ん?
この国にきて正解だった?
「ドカ……お父様は、元々この国の方ではないのですか?」
「お? 気になるか? いいだろういいだろう!」
軽い気持ちで聞いたつもりが、この男、ノリノリで立ち上がり始めた。
「しかと聞けよ? お前の父親の武勇伝を!」
と、長いパンを剣のように振りかざして食べては振りかざしてという非常にマナーの悪いことをし始めた。
というかこの男、腕ぐらいの長さと太さがあるフランスパンっぽいパンを、もう六本ぐらい食べている。
「あらあらパーチェ、毎日聞いてて嫌そうな顔してるのに、今日は聞きたい気分なのかしら?」
と王妃がにこにこと言った。
しまった。
この話は、パーチェちゃんが知っていて当然の話だったのだ。
さてどうごまかしたものかーー
「嫌そうな顔なんてしてないしてない! 武勇伝っていうのは何度聞いても痺れるもんだ! な、そうだろう?」
力強いアホのおかげで救われた。
何て答えていいのか分からなかったけど、とりあえず『うん』と答えて、おいた。
国王の話はどこまでが本当でどこまでが嘘なのかよく分からないものの、要約するとこういうことらしい。
元々どこか遠くの国で大工をやっていた国王(ドカタという予想は結構ニアピンだった)は、ある時自分の人生を見つめ直す旅に出ることに決め、世界中を旅していたらしい。
道中、能力者に襲われてー、とか中学二年生ぐらいの子達が好きそうなことを語り始めたから、あまりにも恥ずかしくなって目の前のスクランブルエッグに意識を集中させた。
国王、いくらなんでもそれは話を盛り過ぎだ。子ども向けに脚色してくれているらしいけど、俺の中身は高校二年生だ。キツい。
そんなこちらの気も知らず、国王の話は続く。
世界にはいいやつらも悪いやつらもいっぱいいて、悪いやつらは自分なりに成敗してきたらしい。
この辺りは本当っぽいけど『風で作った剣で』とか楽しそうに言うのやめてほしい。中学時代の妄想を思い出して『うああああああ!』ってなるから本当にやめてほしい。
そんな中、この国の景色と風土、国民の人柄と、何より食べ物が気に入った国王(当時はやたら行動力があるだけでただのさすらいのフリーター)は、この国に永住することを決める。
その頃国ではお姫様……今の王妃の結婚相手を国をあげて探していた。
「ところがだな、この国にはろくな能力者がいなかったんだ。王宮の連中も、王妃より弱い男を国王にするわけにはいかなかったわけだ」
一呼吸置くたびに、フランスパンっぽいパンが半分ぐらい食われていく。化け物かこの男は。もう十本は食ってるぞ。
というか、この穏やかな王妃が、畑仕事とかしてるであろう国民の男達より強いって、そんなまさか。どういうことだそれは。
「そこで注目されたのがこの俺ってわけだ。まぁ、霊獣級の能力者で成人してたのが俺しかいなかったから当然だな」
さっきから王妃がちらちらとこっちを見てきていることに気が付いた。
これはあれか?
『ここ笑うところだぞ! いい歳したオッサンが能力がどうのこうのって言ってんだぜ? 笑えよ!』ってことか?
どうしようと考えている間も、話は進んでいく。
「で、俺達は熱い愛によって結ばれて、お前が生まれたってわけだ」
おいおい、まだ子ども小さいのに際どい話すんじゃねーよ、エイリーも何だか気まずそうにしてるし。
「と、いうわけで俺は元々この国の人間ではないわけだ……にしてもあれだな、お前が俺の昔話を聞きたがるだなんて珍しいな。いつもは能力の話が出ると嫌がるのに」
ぴくっと、王妃の顔が引きつった気がした。どうやら、国王が禁忌に触れたらしい。
と、なるとあれか、パーチェちゃんは能力の話をするのもされるのも嫌いだったと推測できる。
まぁ、そりゃそうだよなパーチェちゃん。いい歳こいたオッサンが能力がどうのこうのって、そりゃ嫌になるよな。
「いえ、お父様のお話、とてもおもしろいです」
「おぉ! だろ、そうだろ!」
すっごい分かりやすいリアクションで喜ぶ国王と、にこにこしながらこっそり驚いている王妃と、真顔のまま驚いているエイリーの対比がおもしろい。
「お前ももうそろそろ能力に興味を持ってくれる歳だと思ってたぜ! 見るか? この国の王の能力を!」
フランスパンっぽいパンを天高く振りかざす国王。
「あはは。見たいです。見せてください」
ここまで何の恥ずかしげもやられると、むしろ清々しい。笑いながらリクエストした。
クラスの人気者って、だいたいこんな感じなんだよな。羨ましい。
泥で汚れててよく分からなかったけど、よく見れば可愛いパーチェちゃんの親なだけあって顔は整っている。
「よーっし! よく見ておけよ! この国の国王の力を! そしてお前の父親の力を!」
国王は立ち上がって、やはりパンを振りかざしたまま、目を閉じる。
偉大なる風の神よ
我に集いて一塵の風となり
汝の敵を刻め
『一刃の風』!
突然、ぶわっと空気が動き──
「う、うわっ」
背後から、風が吹いてきた。
大きな扇風機が回ってるような強い風だ。もちろんそんなものはここにないし、窓も開いていない。
テーブルにかけられた白いクロスやカーテンが風ではためく。机の上のナイフやフォークがカタカタと音をたてる。
そして、風がゆっくりと振りかざされたパンに集中して──
「……はっ!」
居合いをするような声が聞こえた瞬間だった。
国王の持っていたパンが、『びっ』という鋭い音と共に、ばらばらになって落下した。
よく見ると、薄くて食べやすいサイズにカットされている。しかも、お皿の上で花のような形を作って落ちていた
「どうだ、俺のこの、力強くて繊細な能力は! まだまだ子どもには負けないぞ!」
うわはははと笑いながら、繊細に並べた花のパンをがさっと掴んで、一瞬で食べ尽くしてしまった。
「……」
能力。
男なら、いや、女でも憧れたことのある人は多いだろう。
だって、能力者ってかっこいいじゃん。
爆炎を撒き散らしたり、闇の力を解放したり、聖なる力で蘇生したり。
この世界ではそれができるのか?
手品か? 夢か? でも今俺がいるこの世界は現実だ。なら、理屈も理由も気になるけど一まずどうでもいい。
どんなにお金を積んでもできない経験が、この世界ではできるのだ。
「私の能力は、何?」
もしかすると怪しまれる質問だったかもしれない。パーチェちゃんは常日頃から能力を使っていて、どうして今更そんなこと訊くのかと不思議に思われたかもしれない。
だけどそんなの関係ない。だって、自分が能力者になったんだぞ? 訊かないわけにはいかないでしょう! ねぇ!
すると、国王と王妃とエイリーが、今度こそ驚いて固まった。
しまった、今のは完全にやらかしたか──
「おぉぉパーチェ! お前もいよいよその気になったか! めでたいな! うん、めでたい! ははは!」
……どうやらそうでもないらしい。
「あらあら。エイリー、今日から忙しくなるわね」
王妃が嬉しそうに言うのに反して、エイリーは固く緊張した顔で『はい』と答えた。
何だ、どういうことだ、事情がまるで飲み込めない。
「パーチェの能力は何だろうな。俺達にもまだ分からないんだそれは」
「え?」
分からないって、どういうことだ? みんな当然のように使ってるもんじゃないのか?
「『え?』ってお前な……」
国王は苦笑いしながら続ける。
「能力の話をしたり聞いたりするのですら嫌がってたお前が、能力を使えるわけないだろ? お前の能力は、まだ誰も見たことがないんだよ」
ん?
あぁ、なるほど……。
やっぱりパーチェちゃんは、どういうわけか能力そのものをかなり嫌っていたらしい。
まぁ、それもそうか。炎出したり雷出したりなんて、普通の女の子(だが男)には怖いもんな。というか俺も怖い。
……ん? いや、待てよ?
あ、ヤバい怖い。
今まで考えたことないけど、炎とか超怖い。アルコールランプの火消すのでさえ怖いのに。どうしようこれ俺、すごい危ない能力だったら。
「というわけでエイリー! 飯を食い終わったら、さっそくパーチェの稽古を付けてくれ! 本当は俺が直接やってやりたいところだが、農作業しなきゃなんねぇからな、うん」
俺の気も知らずに、国王はやけに嬉しそうにそわそわしている。食べる手が止まっているから、相当嬉しいんだろう。まるで、クリスマスプレゼントを待つ子どもみたいだ。
そしてそわそわしながら語り出した。
「いいか、パーチェ。さっきも言ったけどな、この世界にはいいやつがいっぱいいる。だけどな、悪いやつもいっぱいいるんだ」
そう言いながら、再びパンをもぐもぐし始める。何本目だそれ。
「本当に心の底から、まるで分かり合えない、前世で何か因縁があったのかと思うほど、いがみ合うことしかできないやつがいる」
まぁ、たいていそういうやつは悪いことしてるんだけどな、と付け加えた。
「お前がどんな能力かは分からないけど、誰かを助けるためにその力を使えるんなら、それはすごく幸せなことだぜ」
誰かを助けるために、自分の力を使う。
確かにそれは、とても幸せなことだろう。
今の俺には想像もつかない。
「パーチェ、旅ってのはいいもんだぞ」
国王はスープをがぶがぶ飲みだした。どんぶり一杯分のスープをワンブレスで飲み干して、『ンプハァーッ!』と風呂上がりにビールを飲んだような声を出す。
下品だけど見ていて気持ちがよかった。
「色んなところ見て回って、きれいなもん見て、いろんな奴と出会って、何よりうまいもん食って。幸せだろ」
ごちそーさん! と手を高らかに鳴らして合わせ、勢いよく立ち上がった。
「俺な、昔、世界征服でもしようと思ってたんだよ」
「え?」
思わぬ発言にあっけに取られる俺に、国王はいたずらっ子みたいに笑った。
「けどな。この国があんまり平和で幸せだったんで、やめちまったよ」
ご飯を食べて着替えをし終わった頃には、国王と王妃はすでにいなかった。農作業をしているらしい。
「では、私達も行きましょう、姫」
エイリーは、その真面目な顔を緊張で余計に固くしているようだ。でも、可愛い。
そんなに気負わなくていいよって言ってあげたいけど、お前が言うなって話だしお前のせいだって話だしな。
まぁ、エイリーが緊張するのも無理はない。話を聞いていた感じ、パーチェちゃんは能力の話をされるのが嫌だったようだ。
そんなパーチェちゃんがいきなり乗り気になっているわけで、恐らくパーチェちゃんとあまり仲良くないエイリーとしては不安なのかもしれない。
だけど、ここで俺のかっこいい能力をズババババッと見せてあげれば、エイリーもパーチェちゃんに惚れるかもしれない。
さぁ見ておけエイリー、この国のお姫様(だが男)の能力、心ゆくまで披露してやろう!
続く