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第九話『異世界人生論』

 研究室にて。

 椅子に座り、机の上に持ってきた缶詰をドンと置く。

 銀に光る、結構大き目の缶詰。

 何やらパンみたいな絵が横に描かれている。

 ……これが中に入っているのだろうか。


『器具を用いずに開けることができる。つまみを引っ張ってみて』


「こういうタイプの缶詰は元の世界にもあったけど、な」


 カシュッという音とともに、少ない力でそれは開いた。

 中には、パチンコ玉くらいの茶色い球体が3つ。

 それだけだった。


「……なにこれ」


『超圧縮された保存食。水に浸すと大きくなる』


 こんな小さいものが多少水を吸った所でそんなに大きくならなそうだ。

 そもそも水で大きくなっても、それは腹を満たせるのだろうか。

 

 とりあえず言われた通りに、洗面台に向かい、蛇口を捻る。

 スピティには周囲の海水をろ過して、貯水しておく機能がある為、飲み水などの心配は無かった。

 いつでも水が使えるのは、非常に有難い。


 缶一杯に水を入れ、暫く放置する。

 およそ三分で完成するそうだ。

 

 観察していると、球体は見る見るうちに水を吸い、大きくなっていく。

 水かさが減っていき、完全に無くなった所で、完成した。

 缶の中には、手のひらサイズになったパンが3つ。

 水に漬けると膨らむ、怪しいゴムのおもちゃを思い出した。


「フィリア。これって僕が食べても問題無いんだよな?」


「……恐らく大丈夫。だと思う。きっと。』


 凄まじく不安になることを言う。

 まあ異世界人が食べることなんて想定してないだろうからなあ。

 しかし、僕に食べないという選択肢は無い。

 これしか食料は無く、そして僕はお腹が空いているんだ。


 一つ、手に取る。

 あれだけ水を吸ったのに、濡れておらず、重くも無い。

 本当に、ふんわりとしたパンだ。

 一体どういう技術なんだろう。

 

 顔に近づけ、匂いを嗅ぐ。

 香ばしいような、パンの香り。

 たまらず涎が口内に満ちる。

 気がつけば、僕はそれに齧り付いていた。


 ……パンだった。

 普通に美味しい、パンであった。

 三つそれぞれ味がついており、甘かったり、塩っぽかったり。

 飽きのこない、普通の美味しさ。

 あっというまに食べ終えて、僕は満足した。


『……もし身体に異変が起こるとすれば大体一時間から二時間程度』


「怖いこと言わないでくれ。こんなに美味しかったんだから大丈夫だよ。……と思いたい」


 少し不安だが、まあ大丈夫だろうな。

 それにしても、たったこれだけの食事で満足できるとは。

 たいした量じゃなかったけど、腹は膨れた感じがする。

 これ一缶で一食分の栄養ってのは、間違いじゃないって事か。

 

 腹も膨れて、椅子にもたれる。

 ふと、気になったことを、フィリアに聞いてみた。


「この保存食って、何日分あるんだ?」


『……一日三食とすると、十年と二ヵ月分』


 十年、か。

 長い間、食料は持つ。


 具体的な年数を聞いて、僕は考える。

 僕は、元の世界に帰る事が出来るのだろうか。

 此処にきた原因も、帰る方法も解らない。

 偶然なんかに期待しても、無理なものは無理だろう。

 では、僕は一生この世界で過ごすのだろうか?


 とても、不安な気持ちになる。

 帰る事を諦めたくないという思いは、確かに僕の中にある。

 それでいて、帰られないだろうなという気持ちも、何処かにあった。

 

 家族や友人、僕の人生が、元の世界にはある。

 でも、今の僕が生きているのは、確かにこの世界なのだ。

 僕は……。


「フィリア。この世界について、もっと色々教えてくれないか?」


『……了解。何から話す? 科学技術に関しては、貴方の脳では理解出来ないと思う』


「言うじゃないか。もしかして説明するのが難しいのか? 人口知能なんて言っても大したことないなぁ」


『……否定。そこまで言うなら説明する。説明後、貴方が知恵熱で倒れる事を予想する』

 

 フィリアと軽口を叩き合いながら、僕は笑う。

 とりあえず、この世界で生きていこう。

 帰られるのなら帰ればいい。

 無理なら、それでいいじゃないか。


 未来を悲観しながら生きていくよりも。

 未知がいっぱいのこの異世界を楽しみながら生きていたい。

 

 人工知能の話す事に必死で頭を回転させながら。

 僕は異世界生活の始まりを感じていた。

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