第五話『再起動』
ゆっくりと、一段一段確かめながら降りていく。
目を凝らし、足を踏み外さぬよう、慎重に進む。
明かりの類は一切なく、人の気配も無かった。
此処に、人はいるのだろうか。
もう人間は皆いなくなってしまって、もぬけの殻なのかも。
それならば、まだましかもしれない。
今最も恐ろしい事は、この先に居るモノが、人間で無かった場合だ。
未知の知的生命体が出現する可能性だって、十分あり得る。
慎重に進んでいた為、随分と長く感じた階段だったが。
どうやら、終着点に着いたようだ。
「此処は……」
空間。
階段を降りきった先にあったのは、広々とした空間であった。
中は相変わらず暗いが、それでも解る。
天井はかなり上の方にあり、高さは十分ある。
床は地面ではなく、良く解らない材質のようだ。
いかんせん暗過ぎて、よく解らない。
何も無いただの空間という訳ではないようで、あちこちに何かごちゃごちゃした物が見える。
しかし、どうにもそれを確かめに進む勇気が出ない。
同じ暗所でも、狭い通路よりも広い場所の方が、何故か怖い。
何かが潜んでいるのではないかという気分になり、足が動かせなかった。
取り敢えず、声を発してみるか。
誰か、何かが居れば、それに反応するはずだ。
まずは安全確認、これは大切なことだ。
何とか気を落ち着かせながら、僕は大きく息を吸い込む。
そして。
「だ、誰かっ!! 誰かいるのかっ!?」
若干ぎこちなかったが、声量は十分だと思う。
広い空間に、僕の問いかけが響く。
そして、暫くの静寂。
何も反応は無く、安心した様な、気落ちした様な、そんな気分になる。
そもそも、僕を襲おうとする何かが居たら、こんな事で出てくるはずがないじゃないか。
この作戦は、あまり意味が無かったかもしれない。
そんな事を思いつつ、次の行動に移ろうとしたその時。
『……驚いた。想定外の事態』
「おうわぁっ!?」
突如聞こえた少女の声。
誰だ!?
何処に居る!?
思わず叫んだ僕は、階段の近くまで後ずさりして、辺りを見回す。
『……室内灯起動』
再び聞こえる正体不明の声とともに、辺りがパッと明るくなる。
急に明るくなったせいで、目が慣れない。
目をこすったりして、何とか視界を確保しようと試みる。
すると、段々明るさに目が慣れてきて……。
「わぁ……」
またも、思わず声が出た。
光に照らされた空間の全貌が、明らかになっていたのだ。
予想以上に広い空間。
天井から壁、床まで、コンクリートの様な物で出来ている。
そして、何より目を引くのは、そこらじゅうにある物体だろう。
机、椅子、本棚などの、僕にも馴染み深い物。
そして、見たことの無い機械。
この空間は、まるで誰かの部屋の様な、そんな場所だったのだ。
『室内灯起動完了。問題なく機能している』
「っ!?」
三度、少女の声。
明るくなった室内を見渡すが、誰も何処にもいない。
一体、何処から……?
『私を探してる? であれば無意味。現在、私は外的活動用機構を備えていない』
『何処から音声が聴こえているか、という点であれば、天井付近の捜索を勧める』
僕は、その声に思わず天井を仰ぎ見る。
そこまで高くない天井の、丁度中央付近に。
黒い箱の様な、何か機械が取り付けてあった。
「一つ、質問をさせてもらってもいいです、か?」
『了解。一つである必要は無いが』
僕の声に反応して、上の機械から声が返ってくる。
兎に角、この事を聞かなければ。
僕は流れる汗を手で払い、何とか口を開いた。
「貴方は、人間、ですか?」
『いいえ。私は人間では無い』
僕はこの答えに、どうしようもない不安感を抱く。
であれば、この声の主は?
「では、貴方は一体何ですか……?」
『……自己紹介を行っていなかった。失礼」
『私はフィリア。浮島型シェルターの管理運営の補助を行う、人工知能』
綺麗な、でもどこか無感情な声で。
彼女はそう名乗ったのだった。