第十三話『浮島探索記は唐突に終わる』
人が、倒れている。
僕の身体は、勝手に動き出していた。
服が濡れるのも気にならず、急いで向かう。
あれは間違いなく人間だ。
今の僕を動かしているのは、ただ人を助けたいという思い。
あの人が生きていますように。
祈りながら、僕は走った。
海草に足を滑らせながら、辿り着く。
やっぱり、人間だ。
仰向けで浮かんでいるその人を抱きかかえ、岸に引っ張っていく。
僕は運良く無事だったが、この人もそうとは限らない。
水を飲み、命の危険かもしれないのだ。
陸地まで戻った僕は、ひとまずその人を地面に横たえた。
女の、人だった。
歳は僕とそう変わらないくらいか。
濡れた黒い短めの髪が、額に張り付いている。
日本人だろう、顔立ちは整っている。
……僕は一体何をしているんだ。
急いで女性が息をしているか確かめる。
口元に手を当てる。
弱い呼吸が、手のひらに感じ取れた。
良かった、呼吸はしている。
何回か身体を揺すって呼びかけるが、反応が無い。
こうなると、僕が取るべき道は一つ。
研究室に連れて行く事だ。
あそこにがフィリアもいるし、色々設備もある。
この人を助けるには、それが最善だろう。
迷っている時間は無い。
僕は、所謂お姫様抱っこの形で女性を抱きかかえる。
全身が脱力し、体格も僕より少し小さいくらいの人間を抱えるのは、中々辛い。
僕は腕に力を込めながら、なるべく急いで、林に突入した。
暫く進んで、見覚えのある巨木が見える。
しかし、これは使えない。
今の僕の状況では、どう考えてもあの階段を降りられない。
もし転倒した事を考えると、エレベーターを使うほか無い。
非常口を過ぎて、林を進む。
今一番望むのは、この人の目がここで覚める事だけど。
どこかぐったりとした風貌から、叶わない願いだと悟った。
意外にすんなり、入り口の木は見つかった。
他の木と明らかに違うのは、大きな利点だった。
扉を開けて、中に入る。
「フィリア! 早く動かしてくれ!」
『……おかえりなさい。そして少し、落ち着くべき』
そう言われて、ちょっと冷静になる。
焦るべきでは無い。
エレベーターが起動し、僕はフィリアに事情を説明し始めた。
『……取り敢えず、彼女を研究室まで運ぶ』
地下に到着し、女性を研究室にあるソファに横たえる。
呼吸は変わらず、意識は無い。
「どうだ? この人の状態」
『……外傷無し。呼吸は安定している。処置は必要ない様に感じる』
『ベッドに横にしておく事を勧める』
寝室まで行き、女性をベッドに横たえる。
顔色も悪くなく、いずれ目を覚ますだろうとの事。
僕は、一先ず戻った落ち着きに、大きくため息をついた。
『……驚愕。ここ最近想定外の事態ばかり起こる』
「驚いたのは僕もだよ。まさか人間が倒れているなんて」
水を一杯飲んで一息ついながら、フィリアと話す。
まさかこんな事になるなんて。
でも、探索して良かった。
何も収穫が無かった訳じゃなかったな。
「なあフィリア。あの人ってもしかして」
『……恐らく、貴方と同じ境遇の人』
やはり、か。
服装も、元の世界と変わらない物だったし。
それに、顔がまるで日本人だった。
そもそもこの世界に人類の生き残りがいないと考えれば、自然と答えに行き着く。
僕と、同じ世界の人間か。
彼女は目が覚めた時、どうするだろうか。
見知らぬ世界、見知らぬ男。
此処に来た時の僕のように、おびえるだろう。
元の世界に戻れない事を知ったら、パニックになるかもしれない。
折角、助けたんだ。
なるべく、丁重に接しよう。
そして、なんとか協力していきたい。
こんな世界で、協力できる人間は非常に貴重なんだから。
キィ、と。
扉の開く音がした。
そちらの方に顔を向ける。
先程の女性が、部屋から出てきた所だった。
「……あの」
「あー、すみません。僕は決して怪しい者ではなく」
『……どう考えても怪しい。私から説明する』
確かにそうだ。
目が覚めて、知らない男がそんな事を言ってくる。
怪しさ満点だ。
「えっと、取り敢えず座って下さい。説明します」
「あ、はい。……有難う、御座います」
女性はこちらを警戒するような目を向けつつ、椅子に座る。
さて、これからどうにかして状況を説明しなければいけない。
……はたして信じてもらえるだろうか。
僕は一抹の不安を覚えつつ、なんとか目の前の女性に話し始めたのだった。