第十話『新生活の始まり』
結局フィリアの説明が全く理解出来なかった僕は、寝室に来ていた。
時計は無かった物の、フィリアが時間を教えてくれたのだ。
気がつけば夜の十時。
疲れも溜まっていた事だし、もう寝る事にしたのだった。
寝室は、実に簡素な作りだった。
奥に一人用のベッドが置いてあり、頭側に電気スタンドの様な物が置いてある。
ただそれだけの、あまり広くない部屋だった。
まあ眠る事を目的としているのだから、広さなんていらないか。
服は、既に着替えている。
水に濡れてしまった為、洗浄機を使用した。
衣服を入れるだけで、数分で洗浄と乾燥を完璧に済ませる代物だった。
それでも、寝るときに着る様な服じゃないので、寝巻きに着替えたのだ。
倉庫に、予備の衣類があったので、それを使った。
少し大きかったが、問題なく着る事ができた。
薄手の、元の世界にあったようなシャツとズボンだった。
着心地も良く、快適だ。
シャワーがあったのは良かったな。
湯船は無かったが、それでも十分だった。
ここスピティは、かなり文化的な生活を提供してくれるな。
食事、水、衣服、入浴……。
どれも高い水準で充実している。
「はぁ……」
どこか心地いい感覚に包まれながら、ベッドに倒れる。
少し軋む音がするが、普通に柔らかいベッドだった。
百五十年。
スピティが完成して、それだけの時間が経っている。
それなのに、この島はこんなにも機能を維持している。
機械類も動き、生活用品も普通に使える。
これもフィリアの力による所が大きいだろうな。
寝返りをうって、考える。
この世界。
日本語が通用し、それ以外にも元の世界と似通った部分が多いこの世界について。
異世界、と言っても、そこまで不思議な世界では無い。
僕がこうして生きていける、地球ににた環境。
僕は、思う。
この世界、もしかしたら元の世界のパラレルワールドというか……。
地球の、一つの可能性の世界なのかもしれない。
科学技術が独特に発展し、滅びる、そんな世界の。
こんな仮説、何の意味も無い。
元の世界に帰る事にも繋がらない。
それでも、少し安心できる。
僕以外の人間は誰もいないけど。
この世界は、何処か地球の匂いを感じられるのだ。
『……まだ起きている? 先刻の事はもう諦めた方がいい』
「さっきのは僕の負けだよ。まるで解らなかった。本当にこの世界の技術は進んでいるな」
フィリアが話しかけてきた。
まださっきの話を引っ張っている。
『……解らないのは当然。私にも解らないことがある。誰でも、きっとそう』
「フィリアにも知らない事があるんだな。たとえば?」
『……貴方の世界の事』
なるほど、確かに。
今まで異世界の存在すら知らなかったんであれば、当然か。
『この世界の事、色々教えた。貴方も、私に教えてくれる?』
「ああ。でも今日は勘弁してくれ。流石に眠い……」
大きくあくびをする。
意識が段々落ちていく感覚。
僕、かなり疲れてるな……。
『……了解。おやすみなさい』
「お休み……」
……フィリアは人工知能だけど、眠ったりするのかな。
そんな事を考えながら、僕の意思は溶けるように沈んでいった。
「ってわけで、その温泉がまた気持ちいいんだよ」
『興味深い。ただの熱湯では無い、特殊な効能のある地下水?』
翌日、圧縮パンを食べながら、フィリアに僕の世界の話をしていた。
昨晩、風呂に入る事が出来なかったことから、温泉の話になったのだ。
『……貴方はこの世界の技術を評価しているが、貴方の世界の文明もかなり進んでいる』
「言われてみればそうかもな。でも、今の僕にはこの世界の技術に驚くばかりだよ」
未知の技術が、この世界にあるが、フィリアからしてみれば当たり前の事だもんな。
隣の芝は青いというか、なんと言うか。
「さてフィリア。早速だがやりたい事がある」
『……何? 無理難題で無い限り、可能の範囲でサポートする』
「やりたい事を、計画する為の手札が欲しいんだよ」
そうなのだ。
昨日一日で、僕はかなりの事を知った。
スピティの事、フィリアのこと、倉庫、保存食、水、寝具。
僕は此処の管理者であるので、此処の設備を自由に使える。
つまりこの世界においての、僕の持ち物は、この島そのものということになる。
しかし、僕はスピティの全貌をまだ知らないのだ。
行っていない部屋もあるし、何があるのか、出来るのかも知らない。
自分のかばんの中身も知らずに、旅に出かけられるだろうか。
「僕が此処で出来る事、全部知りたいんだ」
『……つまり、具体的に何をする?』
僕は椅子から立ち上がり、声を上げて宣言した。
今日の予定、それは。
「スピティを、探検するぞ!!」