5
バイトを終えて帰宅した俺は、さっさと部屋に引っ込んだ。父親も母親も家に居たが、気まずいので「ただいま」の一言もなしだ。
部屋に入るなり、家を出るとき立ち上げたままだったPCで、さっさと「THE 装甲ロボ」を起動。
画面に三日月型の大陸が写し出される。「THE 装甲ロボ」初代から変わらず舞台になり続けるユグトラシア大陸だ。元々は綺麗な卵形の大陸だったが「THE 装甲ロボ3」のラストで大陸の東側に小惑星ネメシスの衝突を受け、形も環境も大きく変わってしまった。
『狩りに行きませんか?』
協定を結んでいるプレイヤーからテキストで任務の誘いが入った。輸送車両の車列を襲って物資を強奪する内容だ。
「今のレギュだと防衛有利だからパスします」
キーボードを叩いてさっさと断りの連絡を入れる。
『了解です』
相手も慣れたもので、しつこく誘っては来ない。
「THE 装甲ロボ5」は任務によるプレイヤーのマッチングシステムを採用している。つまり「補給線襲撃」を選択した場合は「補給線防衛」を選択したプレイヤーと任務中に遭遇し、戦うことになるわけだ。当然ながら全く平等な戦いは出来ない。襲撃側には相手プレイヤーを倒さなくても補給車両を一定数まで破壊すれば任務達成になるという強みが有るし、防衛側には補給車両が搭載している火器による援護射撃が有る。どちらが有利かは一概には言えず、レギュレーションによって襲撃側が有利になったり防衛側が有利になったりする。そして言いたくないが「THE 装甲ロボ」を作っているメーカーはその辺のバランスを取るのがあまり上手くない。
「まぁ、それはそれとして」
俺はマップにカーソルを合わせて、画面左下に表示される数字に注目しながらマウスを適当に動かした。『座標60-23-36』という言葉で思いつくのはこれぐらいだ。
目当ての数字にたどり着くとカーソルの先端は大陸の東端、小惑星ネメシスにえぐられてできた内海を望む港町を指している。『港町ポルト』設定だけの港町がそこにあった。
一応○ボタンを押してから、自分のばか正直さにいやけがさした。
「何やってるんだ、俺」
「何って、仕事に決まってるじゃない」
耳元で女の声が応えた。もう聞きなれた声になりつつある。
「思ったより速かったね。作戦開始は、7時だからまだ時間があるよ」
俺は壁掛け時計を確認するために後ろを振り向いた。そこにはむき出しになった冷却パイプと後方確認モニターがあった。もちろん俺の部屋にそんなものは無い。
改めて前を向くと、そこにはメインモニターがあり、レティクルの端でよく分からないパラメータが刻々と数値を変えながら明滅していた。
左右を見てもやはりサイドモニターがあった。そしておれはいつの間にかぴっちりとしたパイロットスーツを着ていた。
「またこれかよ。ロボに乗れるなら文句無いけどさ」
何もかもが変わった中で唯一つ変わらない、手の中のコントローラーを俺は強く握った。
「で、ここはどこだ?」
4つあるモニターは全て、ボルトで留められた鉛色の壁を映し出していた。前方の壁には、何らかの開閉装置らしき油圧シリンダーが付いている。
「輸送船のコンテナの中。この偽装にはちょっとお金がかかってるよ」
「俺の機体にはあまり金がかかってないようだな」
機体の情報を呼び出すと、システムは損傷箇所を赤く表示した。昨日の夜、撃たれた箇所がそのまま修理されずに放置されている。
「かすり傷でしょ。そのぐらいの損傷で整備士を呼ぶと出張費がもったいないから、大きな損傷を受けたときに一緒に修理しちゃうのがうちの商会の方針。その代わり装備はちょっと変えといてあげたって、隊長が言ってたよ」
おっ、どれどれ。
「あっ……」
「えーっと、対SRライフルの火力を上げて。プラズマダガーの出力を調整して。レーザー砲を取り付けといたって聞いたけど。どう? 感動した? ねぇ?」
「まぁ確かに、感動ものだよこれは」
彼女の言うとおり対SRライフルの火力は2割ほど上がっていた。反動も2割ほど上がっていた。その影響で次弾発射までの時間も倍増、弾が重くなったせいか装弾数は200発から100発に半減している。
プラズマダガーは出力が上がった変わりに使用時の消費電力も増大。それだけなら良いが重量が1.5倍に増えている。速度を何よりの売りにしているダガー系装備にとってこれは致命的だ。
そしてとどめと言わんばかりに、腰の後ろに折りたたんで配置された『レーザー砲』。
THE装甲ロボシリーズのレーザー砲の特徴は、常に起動状態にあることだ。理由については動作物質がどうとか作動温度がこうとか、それらしい設定が用意されているが、言ってしまえば常に電力をバカ食いする重りであり、ゲーム製作者(もしくはこうして現実に機体があるのだから兵器開発者と呼ぶべきか?)の意図がどうであれ『大容量外付けバッテリー』と一緒に装備しなければまともに機能しない。
「本当、感動ものだよ」
頭を抱えながら俺は言った。
「せめて捨てて良いかな、腰のこの重りは」
「良いけど、ここで捨てると回収できないから、そのレーザー砲の月賦を貴方に被ってもらうことになるよ?」
「はぁ・・・・・・」
俺は変わり果てた機体の全身データを絶望的な気持ちで眺めた。こんな状態ではまともに戦えない。
戦うだって?
「それで、今回の任務は何だ?」