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鳥が絞め殺されるような音を上げて回る砲身。洪水のように浴びせかけられる弾丸。
俺はボタン操作を調整しながら必死で左スティックを左右にはじき、機体に出来損ないのダンサーみたいな狂ったステップを踏ませ続ける(ある意味高等技術だ)。機体正面の分厚い装甲を弾丸が掠めて火花が散った。
今にも逃げ去りたいが、キーコンフィグ中はスティック以外の機体操作が利かない仕様だ。ステップを踏み続けるしかない。
ガトリングの発砲が止まった。
片腕を失ったヴォルメが接近してくる。もう一度じっくりレーザーナックルで狙われたら、回避できるだろうか?
敵機の左腕が光り始める。空気が暖められ、地面からは砂埃が上がる。一歩一歩踏みしめるように近づいてくる丸い機体。
俺は必死でキー設定を続けるが、焦りのせいで上手くいかない。目の前にまで迫った敵が、ナックルモーションの踏み込みを見せた。
その時。
「出来た」
組みあがったキーコンフィング画面を前に感慨に浸る暇も無く俺は「反映」ボタンを押した。
些細な変化だ。機体のエンジンが唸りを上げることも無く、口が開いて雄たけびを上げるわけでもなく、装甲がめくれ上がって発光パーツが姿を現すでもない。チクショウ。しかしもう先ほどとは別物だ。
スラスターボタンを押し込む。機体腰部の両脇に配置されたジェットスラスターが起動し、甲高い音と青白い炎を噴出させて機体を急加速させる。スティックを左に入れて敵の前から退避。
重武装とはいえ所詮は量産機。旋廻速度が寝起きの子供のように緩慢なヴォルメは、退避した俺の動きを追いきれていない。ガトリングを持った一機の、柔らかいわき腹に向かって対SRライフルを照準。発射。命中。
被弾箇所からオレンジと青の入り混じったまだら色の炎が噴出し、それは一瞬にして敵機全身に広がった。丸みを帯びた四肢が焼き尽くされる。
『1機撃破』
ようやくこちらを正面にとらえたもう1機のガトリングが再度射撃を始める、その直前。俺は残ったもう一発のミサイルを発射した。
自動誘導を持つ弾はこの距離では外れようが無い。それは敵機の手元で炸裂し、ベルト状に繋がった砲弾の連結を切り裂いた。吸弾の止まった砲身はむなしく空回りする。
動く的と化した敵機に肉薄し、プラズマダガーを発動。左腕の手の平に格納されたトーチから放たれた光はディスプレイの端に白いハレーションを引き起こした。それはヴォルメの分厚い正面装甲を赤熱させコクピットブロックを貫いた。
コクピットを失いバランサーの反応のみでかろうじて直立する機体は糸の切れた人形のようにフラフラとよろめいた。俺はそれに向かって至近距離で対SRライフルを発砲。炎上した機体を格闘モーションの「キック」で蹴り込んだ。そして、火達磨の機体が衝撃で吹き飛んだ先には片腕を失ったヴォルメが居た。
レーザーナックルで迎撃しようとしているが、間に合わない。次の瞬間、炎と激突の衝撃によって最後の1機が爆発炎上した。
『2機目、3機目の撃破を確認。相変わらずそこそこの腕ね』
「『そこそこ』か。確かに俺はそんなもんだな」
俺はディスプレイ越しに、撃破した3機の敵を見ていた。これってやっぱり人が乗ってたんだよな。ヴォルメは無人機設定じゃないし。
俺はこの状況をどう受け止めるべきなんだろう。これは現実か? 手になじんだコントローラーを強く握ってみる。この感触は間違えようが無い。
ディスプレイにノイズが走った。誰も居ない暗い部屋が映し出される。床にはビニール袋と脱いだ服が散乱し、部屋の隅の棚にはガンプラが並んでいる。俺の部屋だ。
机の上に載ったモニターが病的な白さで輝いている。
点けっぱなしは良くない。消さないとな。
俺は自然と本体のスイッチに手を伸ばし、そして押し込んだ。
PCの冷却ファンの音が消えて部屋は静かになった。
俺はもうロボットのコクピットには居なかった。自分の部屋に戻っていた。
「良い夢だったけど。酒はほどほどにしないと」
そんなことを考えながら、目はしっかりとガンプラの棚を見ていた。
マスターグレードのゼータ〇ンダムが、アスファルトの破片の直撃を受けて砕け散っていた。これが壊れるのはもう3回目だな。2回は変形させている最中にパーツを折っちゃったんだけど。
何かが起きたわけだ。
理由は全然分からないけど、ロボットに乗れたのだからそれは悪いことではなかったんだろう。
良いとか悪いとか、結論を出すにはまだまだ全然早すぎるところにいるなんて、その時の俺は思ってもみなかった。