~異世界探訪編~
5と付いていますがシリーズ1作目です。
就職活動をしくじり、バイト以外は部屋にこもる生活を続けること2年。20歳にして両親の冷たい視線に耐えながらPCゲームに没頭する日々を過ごす俺、結城栄一は今日、ロングセラーゲーム『THE 装甲ロボ』シリーズの新作ソフトをダウンロードしたところだった。
そう、待ちに待った『THE 装甲ロボ5』である。
このソフトは、2度の仕様変更と4度の発売延期を経て送り出された意欲作であり、つまるところシリーズ最高傑作となるはずの作品だ。というか、最高傑作でなければ待っていた身としてはやっていられない作品なわけだが。
俺は期待と不安に震える手でスタートボタンをクリックしてゲームパッドを構えた。
オープニング映像が始まる。前もって公開されている映像を何度も見ている俺からすればもう見慣れた内容のはずだがここは敢えて最後まで観ようと、はやる気持ちを抑えた。
紅く光る単眼がズームアップされ、湧き上がる重苦しいエンジン音と共にフェードアウト。暗闇の中の発砲。そして重低音のBGMが始まる。
映し出される市街地。飛び交う弾丸。その中を飛び回る装甲ロボ、通称『SR』。
戦車から派生したという設定を持つこの二足歩行ロボットは、平たい胴体に武器を保持する両腕と歩行するための両足。そしてセンサーの塊である頭部という一連のパーツで構成される。ゲームを進めていくと腰部分にジェットスラスターが追加され、飛行することも可能になるのがシリーズの定石だ。
それにしてもオープニングは相変わらず凄まじいまでの映像美だな。ファンの間で「実写だろこれ」というのはほぼ定着したネタだが、本当に実写と見分けが付かない。市街地で大砲を両手に構え、ジェットスラスターで飛び回るSRという、現実ではありえないものを映し出しているから「あぁCGだな」と分かるが、そうでなければ本当に実写だと思ってしまうかもしれない。
レーザー光が閃き、砲弾が乱れ飛び、ミサイルが炸裂する。SRの腕がもげ落ち、脚が吹き飛び、胴体が貫かれる。スラスターで飛び上がったSRが敵の戦車部隊に向かってトップアタックを仕掛けるシーンでオープニングは締めくくられた。
「さぁ、やるか」
そう思って俺がスタートボタンを押そうとした瞬間、別の場面が表示された。
「未公開のオープニングがあったなんて。やってくれるね」
俺は興奮しながら再び画面に見入った。
1人の兵士が荒れ果てた夜の市街地を走っている。あちらこちらでオレンジ色の炎が上がり、銃声と砲声が絶え間なく響く。
1機のSRが兵士の行く手に着地した。着地と同時にSRの放った砲弾が兵士のすぐ脇に着弾する。地面が抉られ、飛び散ったアスファルトの破片が〝俺の部屋の棚に飾ってあるガンプラの列をなぎ倒した。"
「えっ?」
気が付くと目の前に鉄の巨人が立っていた。戦車を思わせる角ばった胴体と、それとは対照的に丸みを帯びた四肢。腰の左右に突き出た円筒形のジェットエンジンからは陽炎が立っている。
俺はこいつをよく知っている。「THE 装甲ロボ」初代からデザインのマイナーチェンジを繰り返してシリーズに登場し続ける量産ザコメカ「ヴォルメ」だ。設定全高は概ね8メートル、動力源の設定は曖昧。特徴的なバイザー型頭部カメラの複眼がチカチカと怪しげに光り、俺を睥睨していた。
ヴォルメの右腕が、その手に持った120mm滑空砲を持ち上げた。黒くぽっかりと空いた砲口が俺の方を向くのを見ながら「飲みすぎたか」なんて言ってみたが、今日は酒なんて一滴も飲んでいない。背中がゾワリと粟立った。
瞬間、ヴォルメの頭部が吹き飛び、胴体が爆発炎上した。腹の底に響く爆音。キーンという耳鳴り。炎の熱が頬を撫でる。
『ユウキ、生きてる?』
耳元で女の声がした。「誰だ」と聞いてから、自分の右耳にインカムが付いているのに気付いた。声はそこからしていた。
『よし生きてるね。そこから東に2ブロック進んだところに未起動のSRがあるから、敵に破壊される前に乗り込んで』
爆発の衝撃に半ば呆然としながら、俺は自分の状況を確認した。
つい先ほどまで部屋着姿でパソコンの前に座っていたはずの俺は今、都市迷彩の戦闘服に身を包み、荒れ果てた市街地の只中に居た。引きこもっていた薄暗い部屋はどこかに消えており、ただコントローラーだけは持ったままだ。
『どうしたの? 速く行かないと次の敵、来るよ』
俺は指定されたポイントに向かって走り出した。
脇の建物が榴弾の直撃を受けて吹き飛ぶ。通り過ぎたばかりの車両が爆発炎上する。道には何人もの兵士が倒れている。
こんな状況に放り込まれた理由は分からず、今しがたの爆発のショックからも立ち直っているとは言いがたかった。そして、砲弾飛び交う戦場はあまりにも恐ろしい。しかしそれでも走り続けた。
一つの思いが俺の心を支配していた。すなわち。
「SRに乗れるSRにのれるSRニノレルSRニノレル……」
ロボットに乗れる。少年の心を失くしていない人間にとってそのことに勝る事実など存在するだろうか? いや存在しない。2ブロックなど一瞬だった。そこには半壊した格納庫があり、穴の空いた隔壁の向こうに愛しの機体が居た。
ヴォルメと違い全身のパーツが角ばった多面形のデザインで統一され、尖った胴体の上に、平たく船のような形をした頭部カメラが付いている。丸い単眼は理知的な愛らしさとでも言うべきものを備えていた。
瓦礫に半ば埋もれるように傾いてはいたが、本体にダメージは無いように見えた。そして速く乗ってくれと言わんばかりに、首の付け根のコクピットをこちらに向けて開いている。
ハッチに足をかけてさぁ乗り込もうという瞬間に、俺の頭の中で誰かが言った。
良いのかこれで? 何かしら一悶着なくて良いのか? 「お前が乗れ」と誰かに言われて「嫌だ!」と断固拒否する。そういう流れは無くて良いのか?
結論から言おう、そんな流れは無くていいのだ。だってこの機体は格好良いのだから!!
そういうわけで葛藤も話し合いも無く、俺はあっさりとコクピットに飛び込んだのだった。
明らかにあのゲームを意識しています(二次創作ではないです)が、お分かりでしょうか?