彼女3
休憩室で一人、落ち込んでいると…
偶然、廊下で彼と会った。
主任が何やら嬉しそうだ。
プレゼンが成功したのだろうか。
それとも…
重苦しい気持ちで一杯になりそうな気分を紛らわすため、エスプレッソのボタンに手を伸ばした。
珈琲の湯気がゆらゆらと上っていた。
いつもよりも珈琲が苦い。
気分で、こんなにも味が違うなんて、初めての経験だった。
カチッ。
ライターの蓋を開ける音がすると、彼が休憩室に入ってきた。
煙草に火をつける横顔が凛々しい。
彼がこちらにゆっくり振り向くのと同時に、少し背を向けるように、外の景色を眺めるふりをした。
珈琲を持つ手が震えた。
焦る気持ちを隠すかのように、ゆるりと彼に背中を向ける。
しかし、体の全神経は彼の方へ向いている。
珈琲を飲むにも、手が震えてうまく飲めない。
仕方なく、 外の風景を眺めた。
窓の外は、無気質なビルが青空に向かって伸びていた。
白い雲が、ビルの窓に映って、緩やかに流れている。
彼の煙草の煙りを吐く息づかいが、静かに聞こえてくる。
そんな静寂の中、次第に気が遠のいていきそうだった。
危うく、紙コップを落としそうになるのを制しながら、誰かこの沈黙を壊してくれと、一人願うのだった。
「あら、お邪魔だったかしら?」 と、主任が軽い足取りで入ってきた。
私は、安堵と落胆の入り交じった面持ちで、その場を離れようと、徐に後ろを振り返った。
しかし、主任の手がそれを阻むように、私の前に広げられた。
―早く、この場から、立ち去りたいのに―
私の焦る気持ちとは裏腹に、主任は気にも止めず、独りベラベラとしゃべり始めた。
【彼3】へつづく