彼女6
温かいコーヒで、お互い心が少しずつ溶け合っていく
彼は向かいのソファーに腰かけながら、鞄を床に置いた。
腕時計をチラリと見て、
「何、 飲んでるの」 と
優しく、私の顔を覗いた。
彼が少し首を傾げて覗いたので、うつむき加減だった事に気づいた私は、平静を保つふりをしつつ、ゆっくりと顔をもち上げ、微笑んだ。
「キリッシュコーヒー」
「それって、甘いやつ?
俺も待っている間、何か飲もうかな。
オフィスには誰も居なかったけど、主任達、どこで油売っているんだろう」 と
訝しげな顔をし、少し腰を浮かせて、右手を挙げた。
「これと同じものを、 ノンシュガーで」
気づいたウェトレスに注文し、深々とソファーに腰かけた。
こんな間近で、しかも彼と二人っきりで向き合った事がなかった私は、何を話していいのか戸惑いながら、
―頬が熱いのは、コーヒーに入っているお酒のせいかもしれない。―
そう思いながら、ほんのりと色づいた顔で、向かい側に座っている彼の顔を見つめた。
主任からのメールが来たときから、彼の行動がおかしい。
何か事件でも起こったのだろうか。
いつも何事にも動じない彼の表情が変わるのを見て、私はなぜだか、少し安心した気持ちになった。
彼の怒ったような表情が、少し可愛く思える。
彼の隠れた一面を覗くことが出来る嬉しさに、優越感を覚えた。
「主任、何て?」
私が口を開くと同時に、伝票を握り、無言で出口へと向かい始めた。
急に立ち上がったので、私はもたもたと身支度を始めたが、振り返った時には、彼は会計を済ませ、外を早足で歩き始めていた。
「待って」
置いてけぼりをくらった私は、迷子になりそうな子供のように、全身の力を絞って、叫んでいた。
そして、走り始めた。
いよいよ最終話
【彼6】へつづく