着ぐるみと迷子少女
夏休み、来乗客も多く園内は人で埋め尽くされている。中でも小さい子どもに人気なのは観覧車やメリーゴーランドなどに続いて着ぐるみである。
アルバイトで着ぐるみの仕事をしている僕は今後悔の真っ只中である。時給が高いというだけで軽い気持ちで申し込んでしまった夏休み前の自分を呪いたい。
「あー……暑い」
中は灼熱地獄、それにこのあまり可愛くはないくまの着ぐるみは無駄に重たい上に動きづらい。
「あー!くまちゃんだー!」
「可愛いー!」
「倒してやる!」
子供の甲高い声が耳をつんざく、上二つはいいとして下の倒してやるって何なんだ。いたいけなくまをなぜ倒そうとするのか、子供の考えることはわからない。
駆け寄ってくる軽やかな足音が聞こえてきて衝撃が体を襲った。
悪そうな少年とその行動を止めようとする姉らしき姉弟がやってきたのだった。
「ぐぇ!」
「こいつ弱いぞー!」
「やめなよ!クマさんだよ!」
「倒せ倒せ!」
少年はしばらく僕を殴ったり蹴ったりした後どこかに行ってしまった。やんちゃにも程がある。
再び歩き出そうとした時、後方から声が聞こえた。
「あの、すみません」
また子供かと振り向く、そこにいたのは黒髪を二つにくぐった一回も焼けたことのないような白い肌だにビー玉のように輝く色素の薄い茶色の瞳を持った少女が立っていた。まだ小学生の低学年くらいであろう少女の近くには保護者らしき人物がいなかった。もしかして迷子なのだろうか。
子供らしからぬ無表情からは夏の気温とは裏腹に冷たいものを感じた。
「お父さんとお母さんが迷子になりました」
君が迷子になったのではなく?どう見ても君が迷子だろう。
「なので私のお母さんとお父さんを一緒に探してください」
まあ、困ってるようだから迷子センターまで連れていこう。手を差しのべるとどうやら握ったようで結構遠くにある迷子センターまで歩き始めた。
「中の人も大変ですよね、こんな暑い中、着ぐるみは重たいでしょ?」
中の人とか言うな。何だか可愛げのない子供である。
「あ、ふなばっしーみたいに飛んだりできたりします?」
できるわけないだろ!僕は首を横に降った。
「やっぱりあれは中の人が特別なのか……」
本当にふなばっしーは不思議だ。着ぐるみは動きづらいだろうにどうしたらあんなふうに動けるのだろうか。
「くまさんくまさん」
ポンポンと背中を叩かれて少女の方を見る。少女の白い肌には黒い髪が汗で張り付いている、もちろん俺も汗をかいている、額から落ちてきた汗の粒が目に入ってしみた。
「今頃お母さんたち大変ですよね、私とはぐれてしまったから」
はぐれたのは君だろうに。
「早く会いたいなー」
無表情で少女はそう言った。きっとこの少女は感情表現が苦手なのだなと思った。その証拠に声は寂しそうだった。
早く迷子センターに連れていこう。
歩いて数分ほどで迷子センターのピンク色の屋根が見えてきた。
中に入るとエアコンは効いているのだろう、僕には分からないけれども。
「澪!」
「お母さん……お父さん」
「心配したのよー!」
「まったく、どこに行ってんたんだ」
「くまさんが連れてきてくれたの」
「まあ、すいません……優しいくまさんね」
褒められて少し照れくさい。僕は首を横に振っておく。
「ありがとう、くまさん」
少女は笑顔で手を振った。僕も手を振り返した。
もうきっと会うことはないであろう名前も知らない少女の夏の思い出にはなったのだろうか。
そんなことを考えながらまた僕は暑い園内へと戻って行った。