第七話 一筋の光明
「それにしてもアル坊は詳しいな。その毒キノコの名前も神さんに教えてもらったのか」
「ええ、そうなんです」
魔族として生まれる前から知ってました、なんてことは言えない。
前世でも有名な毒キノコだったので、実物を見たことがなくても名前くらいは知っていた。だが、まさかこっちの世界で見るだけでなく、食べることになるとは夢にも思わなかった。
前世に『百聞は一見にしかず』なんて言葉があったが、一見は一見で終わらせるべきだ。『一見は一口にしかず』ではないのだ。なんでもかんでも口に入れてはいけない。
「侯爵様、奥様。今まで作った離乳食メニューがありますから半年ほどの猶予はあります。でも一日も早くお嬢様に美味しいものを食べていただきたいと思っています」
「……半年か」
侯爵様が不安げな声でつぶやいた。
半年の間に毒のない食材を探し出し、新しい料理を作るには時間が足りないと思われたのだろう。それに、食材を見つけただけでは駄目なのだ。安定した供給ができなければ意味がない。
僕の言葉を聞いたレイゴストさんの目が光る。
「あのな、アル坊。食材を探すって話なんだが」
「なんでしょうか」
「今後、お嬢が食べる食材をアル坊が探すっていうのはどうだ」
邪神様と同じことをレイゴストさんが提案する。もちろんそのつもりではあるが、一人では時間がかかりすぎるのだ。
「ええ、そのつもりです。邪神様も言っておられましたしね。ですが、さすがに僕だけでは時間が……」
「よし! 俺はアル坊に協力するぜ。それだけ詳しいのも、神さんのおかげなんだろ」
意気揚々と宣言するレイゴストさんの目が燃えている。
いつもどうやって着ているのかわからないエプロンも料理長の動きに合わせて揺れている。
「食材が、すぐに見つかるとは思わねぇが、アル坊を手伝うぜぇ。それに、お嬢が食べられる食材は、旦那や奥様の料理にも使わせてもらうとしよう。離乳食期のあとも、親子で食べるものが違うなんて、お嬢にそんな寂しい思いはさせられねぇ」
太い腕を曲げ、力こぶをつくる姿は、料理人というより戦士に近いものがある。隠しごとが嫌いな幽霊族だけあって正義感は非常に強い。それに“親子で食べるものが違うとお嬢様が寂しがる”と考えるほど、心優しいのだ。
「味見はできねぇけど仲間からも情報を集めるからな。調理法は俺も考えてみるからよ」
そう言いながら僕の隣に立ち、肩をバンバンと叩いている……素振りをする。僕の肩、すり抜けちゃいますもんね。
だが、こういうときの料理長は実に頼もしい。情報収集においては幽霊族ほど頼もしい種族はいない。壁もすり抜けられるし、身体を透明にすることも可能だ。手を触れずに物を動かすこともできるのだ。
僕は声を落とし、レイゴストさんにだけ聞こえるように言う。
(まぁ、壁抜けは結界で無効化されるし、幽霊族対策が十分されている場所では一発でバレますから無茶は駄目ですよ、レイゴストさん)
(なんで情報収集が、家宅侵入前提なんだよ)
(いざとなったら、僕がやるつもりだったので)
(アル坊も大概だな)
(お嬢様のためですから)
(お嬢のためだからな)
お嬢様のためとあれば遠慮しない。
お互いの顔を見合わせながら笑顔を交わす。
そこに侯爵様と奥様がおっしゃった(さっきの会話は聞こえていなかったはずだ)。
「私たちからも頼む、アルク、レイゴスト。ティリアのためにもぜひ新しい食材と料理を用意してやって欲しい」
「私からもお願いしますわ~。アルクちゃん、レイゴストさん」
おふたり揃って、我々に頭を下げる侯爵御夫妻。
「い、いけねぇよ、旦那、奥様。頭をあげてくれ。うちら使用人には命令すりゃいいんだ。あっしは、お嬢や旦那たちのためにも、ちゃんとした料理を用意してやりたいんだ。そのための手伝いをさせてもらいてぇ。アル坊だってお嬢のためなら頑張ってくれるはずだ。なぁ、そうだろ」
「えぇ、もちろんです。僕はお嬢様の専属執事ですから」
僕たちの言葉を聞いて、満足気な顔をする侯爵様とその隣で嬉しそうな顔をする奥様。期待に答えるためにも全力でとりかかるつもりだ。
僕たちの決意を見た侯爵様は、レイゴストさんと僕の顔を交互に見てからうなずいた。
「よろしく頼んだぞ、私たちにできることがあればなんでも言ってくれ」
「お願いね~。私も手伝うわよ~」
この言葉は本当にありがたい。
新しい食材を探すにもいろいろと必要になるものがある。自分だけはどうにもならないことが多々あるのだ。
「ありがとうございます。……それで、あのぅ。さっそくではありますが侯爵様。実は非常に言いにくいのですが……」
「ん? なんだ、アルク」
「実は、先ほどご説明しましたが、邪神様の話では、侯爵家に仕える使用人の中に正常な味覚を取り戻しつつある人がいるそうなんです」
「うむ? あぁー、なるほど。それは確かに言いにくいな」
僕の言いたいことを察し、白い歯を見せながら笑う旦那様は、侯爵領のみならず王都でも多くの魔族に人気だそうだ。十二年前に奥様と結婚されるまでは、女性のご友人が『非常に』多くいらっしゃったそうだ。
魔族でも指折りの美丈夫で有名な旦那様だが、「結婚後も彼のファンは多いのよ」と後日奥様から聞いた。
「レイゴスト。我が侯爵家に仕える使用人たちの食事にも気を使ってくれ。毒がある食材は使わないよう徹底するんだ。それに毒のない食材が見つかったときは、それを中心に使うように。我々と同じ料理にしてもかまわん。アルクのように味覚を取り戻す者が増えるかもしれん。そうなればティリアの食事に使う食材も見つけやすくなる」
「へい、わかりましたぜ、旦那。さすがにメニューが一緒ってわけにはいきませんが、見つけた食材は使わせていただきますぜ」
レイゴストさんが嬉しそうに返事をする。
使用人にも心を砕いてくれる侯爵様や奥様の期待に答えるためにも、お嬢様が食べることのできる食材を一日でも早く見つけ出さなくてはいけない。
それには一人だけで探すのは難しい。それを察してくださった旦那様の機転で、味覚を取り戻すことができる使用人が増えるかもしれない。半年という期限に、間に合うかどうかはわからないが、今はそれに賭けるしかない。
「ほかにもお願いしたいことがございます」
侯爵様はうなずくと、話の続きを僕に促す。
お礼を言ってから僕の考えを侯爵様に伝える。
「見つけた食材を増やし、定期的に一定数確保するための畑と人が必要です。いますぐではありませんが、食材を加工する人も必要になるでしょう。何名かの人員の確保は早いほうがよいと思われます」
「それについては任せておけ。領内に信頼のおけるものを用意させよう」
「ありがとうございます、侯爵様」
「資金はどれくらい必要になりそうだ」
「それはまだなんとも……」
「では、その都度申すがいい」
決断の早い侯爵様のおかげで人と場所、それに資金にも目星がついた。お金の話は執事長にも相談する必要がある。
とりあえず食材を探す前の準備はこれでいいだろう。どんな食材があるのかわからないため、とりあえず畑を用意してもらったが、食材によっては育て方も違うのだ。何より、この世界の食材は育て方がわからない可能性が高い。
あとはどこを探せばいいのか、だが。
「領内のどこを探せばいいのかなぁ。GPSとかないかなぁ」
つぶやいた僕の声に反応したのは、これまで目を閉じたまま静かに話を聞いていたセイバスさんだった。ゆっくりと目を開けると背筋を伸ばして僕の隣に並ぶ。
「旦那様、奥様。今までの話を聞いて、食材の場所について思い当たる節がございます」
セイバスさんから告げられた話に、侯爵御夫妻をはじめレイゴストさんと僕も目を丸くする。いつもと変わらない様子で立っている執事長に皆の視線が集中した。
「それは本当か!」
「まぁ!」
「おいおい、セイバス!」
さすがは侯爵家に仕える使用人をまとめる執事長だ。執事としての仕事だけでなく、食材の場所にも心当たりがあるとは。
「食材の場所に思い当たると言ったが、どういうことだ」
興奮気味の侯爵様がセイバスさんに問いかけた。隣の奥様は手を組み祈るような眼差しを向けている。僕の左隣にいるレイゴストさんも、セイバスさんに期待の目を向けている。
皆からの注目を集めながら執事長が言う。
「実は、私の知り合いがお嬢様と同じような反応をされていたことを思い出しまして」
直立不動のまま、何かを思い出すようにセイバスさんは顎を右手でさすっている。
お嬢様と同じ反応をされていた? それは味が理解できたということなのだろうか。
「では、その方に聞けばティリアちゃんの食事について解決できるかもしれないのね~」
奥様は一筋の光明を見つけたかのように顔をほころばせた。目の前で両手を合わせて旦那様を見つめている。
「セイバス、その方はどこに住んでいるんだ」
侯爵様の問いにセイバスさんは、申し訳なさそうに顔を伏せて御夫妻に答える。
「旦那様、奥様。ご期待を持たせてしまったようで申し訳ないのですが、その方は既に逝去されております」
「なんと」
「そ、そんな」
侯爵御夫妻は驚きの声をあげた
なんということだ。
問題を解決できるかもしれない方が、既に亡くなっているなんて。いや、だったら執事長はわざわざ侯爵様に言わないはず。まだ話には続きがあるはずだ。
「亡くなっておられますが、その方が残した手記がございます」
「手記だと? 直接話が聞けないのは残念だが、まだ手がかりは残っているか。その手記はどこに」
「ある場所は存じております」
「それはどこにある」
淡々と話していた執事長だったが、手記の場所を聞かれたとき、しばしの間沈黙した。
「手記のある場所はこの王都にあります『王立図書館』でございます。ただし、その手記を見るためには許可が必要となります」
「許可? ただの手記だろ」
「書自体はただの手記でございます。ですが問題となるのは、書き手。お嬢様と同じような反応を見せた本人でございます」
どこかの偉い人なのだろうか。
執事長も言葉を選んでいるかのようだ。
侯爵御夫妻とレイゴストさんは緊張気味に執事長の言葉を待っている。
「それはどんな人物なんだ? セイバス」
「その方のお名前は……ロシュロス=オノゴルト様。千数百年前、魔族を率いて人間の国に攻め入り、数々の国を滅ぼした、魔族の中の魔族。魔王の中の魔王が残した手記でございます」
思ってもみなかった名前の登場に皆一様に驚いている。
「なんだと。ロシュロス様と言えば、人間の勇者と戦ったというあの魔王か!」
「はい、左様でございます」
(ロシュロス?)
そういえば以前、聞いたことがある。
今でこそ平和な時代が百年以上続いている魔王国だが、昔からこの世界では至る所で争いが起こっていた。その中には『魔王と勇者の戦い』のように、世界中を巻き込んだ戦いもあった。この魔王国の王都には、全ての戦争の戒めとして碑文が残されている。設けたのはロシュロス王の子孫だという。
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この世界は束の間の平和を取り戻した。
この世界に生まれた多くの種族は、数千年前から数々の同族間戦争、種族間戦争、魔王と勇者の戦いなど、数多くの戦争を経験した。戦争によって疲弊し荒んでいた時代から時を経て、ようやく落ち着きを取り戻した時代となっても、戦争の残した爪痕は深く、戦争の火種は未だ燻ったままである。
この瞬間にも新たに戦争の炎が生まれるかもしれない。
この世界の住人は揺れる天秤のように不安定な状態が続いても、争いのない道を模索すべきだ。
欲に忠実な人間は睨み合い、火種を持って天秤を傾ける。
エルフは調和を望み、天秤が止まるまで深き森で時を待つ。
ドワーフは、己の技能を磨くため地中深くの故郷へ帰る。
獣人は氏族ごとに人を避けるよう各地へ散った。
海洋族は住みづらくなった地上を捨て深き海へ潜る。
陽気なフェアリーは陰気な世界を捨て自分の世界へ。
名も知れぬ種族は、名も知れぬまま消え去った。
そして、どの種族よりも優れた能力を持つ我らが魔族らは、王(魔王)に忠誠を誓いひとつとなった。
愚かな戦争が今後起きぬよう願う。
王族の名の元、戒めとして碑を残す
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この碑文が残されて百数十年。
今の魔王国は、魔族と魔法に長けた種族など多くの種族が集まり平和を維持しているのだ。
閑話休題
しかし、とんでもない話になってきた。お嬢様と同じような反応をした人物が、人族の国に攻め込んだ魔王様だったとは。もしかするとロシュロス様も正常な味覚を持っていたのだろうか?
「かの魔王様は、毎回、何十種類も料理を作らせ、その中でもごく一部の物しか口にしなかったそうです。また特にお気に召された料理は、何日も続けて食べていらっしゃったとか」
「それは悪食になっただけではないのか。セイバス」
悪食というのは、離乳食期に食事から効率良く魔力を吸収できないまま大人になった魔族のことだ。魔力の吸収効率が悪いから常に魔力不足になる。その結果、食べる量も生半可な量ではなく、なんでも丸呑みするようになるのだ。だから悪食と呼ばれる。
以前、執事長のお供で、ある晩餐会の給仕として手伝いに行ったとき、どこかの貴族がそうだったことを思い出す。
うへぇ、思い出すだけで吐き気がする。
「いえ。幼少の頃は普通だったそうですが、成人してから料理に対して異常なまでの執着を見せられたようでございます」
「悪食というわけでもないか」
「左様でございます」
「いずれにせよ、手記に何が書いてあるのか直接確認しないことにはわからんな」
「魔王様が書いた手記は禁書扱いとなっておりますので、王室管理局の許可が必要となります」
「王室管理局か、また面倒なところが……」
王室管理局は、魔王様の信頼厚い部下のみで構成される部署で、王族の行動管理などを主に行っている。噂では隠密部隊もいるとかいないとか。
丁度、話が終わったタイミングで、イーラさんが大きな籠と鉈のような包丁を抱えて戻ってきた。籠を奥様の前に置き、包丁を抜き身のまま侯爵様の前に置いた。
イーラさんはそのまま奥様の隣に控える。
「まぁ仕方ない。今から申請を出してくるとしよう。エリス、セイバス、後は頼む」
「お待ちください、旦那様」
「どうした」
「ひとつハッキリさせておきたいことがございます」