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第百九十二話 いつまでも、これからも

 お嬢様の離乳食卒業パーティーが行われたあの日。

 あれからちょうど百年の歳月が流れた。


 お茶の用意をしていると突然、部屋の中に強い風が飛び込んできた。

 風はカーテンを巻き上げ、部屋の中を駆け回る。

 やがて風は勢いをなくし、そのままどこへともなく溶け去った。


 今年は冷え込むのが少し早いのか、風は冷たかった。

 素早く移動し、これ以上風が入ってこないよう窓を閉める。

 その際、目に飛び込んでくる強烈な色彩に思わず視線を向けた。

 視線を向けた庭のかどには鮮やかなオレンジ色の実が鈴なりにった木が見える。


 パーティーのあったあの日、突然現れた鳥の群れが運んできたオレンジ色の実はタチバナという木の果実だった。ミカン属の柑橘類かんきつるいだ。それもニホンタチバナという日本固有の品種である。

 前世のある書物には『非時香菓ときじくのかくのこのみ』という名で記され、不老不死の力を持った霊薬という話が残っていた果実でもある。ただその書物に出てくるものがタチバナそのものであるかについてはわかっていないらしく、なんとも謎に満ちた果実であった。

 調べてみたところ、そのような効果がなかったのは残念だ。


 なぜ鳥の群れが突然現れ、なぜ橘の実を運んできたのか。

 これらの事象は結局、わからずじまいのままだ。

 その理由に心当たりのありそうなアカリさんはもういない。


 ヨーコさんによると、タチバナの実で作ったマーマレードがアカリさんの好物だったらしく、食べさせてもらったことがあるらしい。どこで手に入るのかヨーコさんに尋ねたところ、彼女は知らないと首を振った。アカリさんがどこで手に入れていたのかも知らないそうだ。

 結局あの日、鳥たちが橘の実をどこから運んできたのか、侯爵領はおろか、魔王国のどこを探しても見つけることはできなかった。


 ただあの日、手に入れた実から種をとり、いくつか苗を育ててみた。

 結果、数本のたちばなの木が侯爵家で実を結んだ。

 それ以降、規模を拡大し、ウスイの街の郊外にタチバナの果樹園が完成している。

 今ではこの実を加工したマーマレードが、ウスイの特産品のひとつとなった。

 透き通るようなさわやかな香りが魔王国のみならず、各国の貴族たちに評価されたのだ。


 視線を街の郊外にずらし、広大な畑に目を向ければ、ゴブリン族たちに交じって竜牙兵たちが畑を耕しているのが見えた。

 フィスタンのダンジョンにあった彼の財宝の中にあったドラゴンの牙。

 それらを利用した『労働力』は百年近く経った今も順調に動いている。


「――くんってば。ちょっと、聞こえてるの?!」


 自分の名を呼ぶ声に慌てて振り返る。

 そこにはテーブルにお菓子を用意する青い髪の女性の姿があった。

 彼女は少しとがめるような目で僕を見ている。


「申し訳ございません。すぐにお茶をご用意いたします」

「ふふっ。さすがの専属執事さんもお姉様には頭が上がらない?」

「ええ、左様でございますね。そんな姉がここには何人もいるので大変です」

「お嬢様。これは専属としての心構えの問題ですわ」

「まあ。厳しいこと」


 テーブルに座り、僕たちを見比べて笑う一人の女性。

 彼女こそ僕が仕えるティリアお嬢様である。

 少しクセのある美しい赤い髪を綺麗に編み込んだ彼女は、幼少のころに約束された以上に美しく成長なされた。立派な淑女となられた彼女は、今では領内における実務の一部を任されている。

 それをサポートするのも専属執事たる僕の役目だ。


 離乳食を卒業されたころと違い、幼子から少女へ、そして少女から大人の女性に向けて一歩踏み出したばかりの彼女は今日で、うにょうにゃ歳になられる。

 計算すればわかるとはいえ、女性の年齢はわざわざ考えてはいけない。

 これは執事としてではなく、紳士として最低限のマナーだ。


 最近、美しく成長なされたお嬢様を許嫁にと望む声があちらこちらの貴族から上がり始めている。

 しかし、お嬢様にその気はまったくないようで、婚約を望む貴族の子息には、「私の専属執事に勝てたら」という条件を出されていた。

 なんとも困る課題を出されたものだが、お嬢様のお望みを叶えるのも執事の役目。

 今のところお嬢様に近づけたものは一人もいない。

 美しいお嬢様に近づくゴミ虫など専属執事である僕の『敵』なのだ。


 お嬢様は僕がフォメット族だとすでにご存知だ。

 前世のことも彼女が成人したときにお話ししてある。

 ようするにお嬢様は僕がフォメット族の能力である『他者を操る能力(敵対者のみ有効)』を使えば、『敵』に勝ち目はないとわかった上で、僕に勝てたらという条件をつけておられるのだ。

 それを聞いたとき、なんと立派にご成長なされたものだと感動したのを覚えている。


 お嬢様は夜から始まる誕生日パーティーの準備に多忙を極めておられた。

 だが、今はしばしの休憩時間である。

 すぐにお茶の用意に取りかかると、二人分のカップを用意する。


「あら? 二人分?」

「はい。先ほど神官長の魔力を感じました。間もなくこちらにお見えになられるかと」

「さすがはアルクん。よくわかるわね」

「専属執事として当然でございます」

「私が言ったのは、神官長の訪問を誰よりも早く見つけるなんてさすがはアルクんね、という意味だけど?」

「……お嬢様のお客様をもてなすのも役目でございますから」

「私にだけ会いに来てくださった、というわけじゃないと思うけどなぁ」


 お嬢様は、いたずらっぽい笑みを浮かべておられた。

 部屋の扉の前では以前より長くなった青い髪のイーラさんが獲物の到着を待つような笑みを見せている。

 すでにお客様を迎える準備は万全だ。


 そこへ扉をノックする音が鳴る。


「どうぞ。お入りになって」


 お嬢様が入室を認めると、待機して(待ち構えて)いたイーラさんが扉を開く。

 するとそこには腰まで伸びた髪をポニーテールにした黒髪の女性が立っていた。

 お嬢様はいつの間に立たれたのか、すでに彼女のそばに歩み寄っている。


「姉様。よく来てくださいました」


 女性が部屋に入ってくるとお嬢様は駆け寄るように抱きつかれた。

 先ほどまでとは違い、少し子供っぽさを感じさせる声に思わず苦笑が漏れる。

 じつの姉妹ではないとはいえ、お嬢様が彼女を姉と呼び、慕っているのは今も続いていた。

 抱きつかれた黒髪の女性もまた嬉しそうな笑みでお嬢様を軽く抱擁する。

 そのままお嬢様の頭を撫でるのは、いつもの光景だ。


「ティリアちゃん。誕生日おめでとう」

「ありがとうなの! 姉様」


 祝福の言葉をかけられ、満面の笑みを浮かべるお嬢様。

 淑女となられたお嬢様は彼女を前にすると、たまに今でも幼少のころの口癖が出る。嬉しいときは特にそうだ。

 これも二人の仲が良い証なのだが、専属執事としてはそろそろお気を付けいただきたいところだ。とはいえ、昔の口癖を聞くとついほっこりしてしまい、専属執事としていかがなものかと忸怩じくじたる思いに駆られることも多々ある。


「イーラさんもこんにちは」

「ようこそ、いらっしゃいました。ヒミカ神官長」

「普通に名前だけでいいんですけど。お友達じゃないですか」

「そうよ、イーラ。私の部屋では神官長ではなく姉様なんだから」

「かしこまりました。――いらっしゃい、ヒミカちゃん」

「ふふっ、そのほうが落ち着きます」


 お嬢様と抱き合う、笑みがまぶしい黒い髪の女性。

 彼女の名はヒミカ=アルティコ。

 巫女であると同時に、数年前、神官長を任されることになった。


 ヒミカさんは可愛らしさから卒業し、とても美しくなった。艶のある長い黒髪を昔のようにポニーテールにしていても、子供っぽさはなく、白い首筋は大人と少女を併せ持った健康的な色香を放っている。また凜とたたずむ姿は就任したばかりの神官長にふさわしい威厳と清廉さにあふれていた。

 香水をつけているのか、花の香りが僕の鼻と心をくすぐる。


「アルクさんもこんにちは」

「ようこそ、ヒミカさん」

「あら? なぜそんなに他人行儀な話し方をされているのかしら、姉様」

「お嬢様の言うとおりです。先日、二人っきりでデートしていたのに」

「「なっ!」」

「ご両親に挨拶は済んだのかしら。お嬢様はどう思われます?」

「きゃあ♪ わくわくなのー!」


 ヒミカさんの顔がみるみるうちに赤くなる。

 二人で出掛けたことをなぜ知っている!

 さてはラミさんか!

 周りにはそれらしい気配はなかったのに。


「デ、デートじゃありません、お嬢様! イーラさん! 市場調査です、市場調査」

「そ、そうですよ。あくまでお仕事です」

「「へぇ~」」


 お嬢様とイーラさんの二人は、ニヤニヤと疑いの眼差しを向けながら、口に手を当て、からかうような笑みを浮かべていた。

 くっ、お嬢様までそのようなお顔を。

 専属執事としてお嬢様の成長をお慶び申し上げるとともに、そのような顔は侯爵家の淑女としていかがなものかと存じます。


「ところで今日は?」

「今日はアルクさんに啓示をお伝えに参りました」

「僕に啓示、ですか?」

「はい」

「あのぅ、姉様。いつものように普通に話せばいいと思うの」

「そうですよ、ヒミカちゃん。ここには私たちしかいないのですから」


 お嬢様とイーラさんの指摘に固まったように、ぱくぱくと口だけを動かすヒミカさん。

 そんな彼女とお嬢様にとりあえずイスを勧める。

 ひとまず座ってお茶でも飲んで落ち着いたほうがいいだろう。

 お茶を飲み、少し落ち着いたところでヒミカさんの緊張をほぐすべく、僕は口を開いた。


「ねえ、ヒミカ――」

「きゃあ♪ アルクんは姉様のことを呼び捨てで呼んでるのー!」

「衝撃の事実ですわ! いかがしましょう、お嬢様!」

「イーラ! メモの用意を!」

「お嬢様!?」


 ヒミカの名を呼ぶと、お嬢様が食い気味に言葉をかぶせた。

 誰だ、こんな(メモをとる)ことをお嬢様に教えたのは!

 隣にいたよ! その羊皮紙しまってください! イーラさん!


「私たちのことは気にしないでアルクん。ほら、イーラも座ってお茶でも飲みましょう」

「かしこまりました。では失礼して」


 余計に話しづらいんですけど、お嬢様。

 あと、専属侍女がなにお嬢様と一緒に座っているんですか。

 え? メモをとるため? 

 だからそれをやめてくださいと。

 だが、二人が諦める様子はない。

 逆に僕の方が諦めた。


「……ヒミカ、啓示の前に聞きたいことがあるんだけど」

「あら? なにかしら?」


 すっかり諦めた僕たちは二人でいるときと同じ口調で話を続ける。


「僕たち――なぜ生きているんだろうね。それに見た目も」


 あれから僕たちは背も伸び、見た目も子供から大人へと成長した。

 フォメット族は百歳に満たずに死ぬはずの短命魔種族。

 成長の度合いも人族と変わりない成長をするはずだった。


 ところが百年が経った。

 今の僕たちは寿命で死ぬどころか、見た目も若いままだ。

 相変わらず毒には弱いが、即死するほどではない程度の耐久力をいつの間にか手に入れている。


 だからこそ改めて考えたのだ。

 なぜ、生きているのだろう、と。


「じつはその件で啓示があったの」

「え? そうなの?」

「ええ。今から百年程前、フィスタンのダンジョンに挑んだことを覚えてる?」

「また、なつかしい話だなぁ」

「そのときアルクさんも私もエリクサーの原液を飲んでいるわ」

「そうか! もしかしてそれで寿命が延びたとか?」

「それだけではないわ。エリクサーは遺伝子レベルで味がわからない味覚オンチの魔族ですら治療する薬、よね?」

「おかげで今では平民の魔族も味覚を取り戻すことができた。もちろん生まれてきた子供たちも味覚を持って生まれてくるよ」

「エリクサーは味覚オンチを治すだけでなく、遺伝子レベルの異常を治す。すなわち、近親交配よって血が濃くなりすぎ、短命となったフォメット族の遺伝子も治療されたというわけ」

「……ということは僕たち、普通の上位魔族並になったってこと?」

「そのとおりよ」


 ほかの魔族とほとんど交流のなかったフォメット族は近親交配が重なり、遺伝子レベルで異常のあった種族だった。

 それがエリクサーによって治療されたと彼女は言う。


「言われてみると納得だけど、なんで白の賢者様は今ごろ教えてくれたのかな。これも白の賢者様が、知るべき時だと判断されたから?」

「……いえ、伝え忘れていたらしいわ」


 理由を聞いて思わず顔をしかめる。

 ヒミカもまた苦笑気味だ。


「またか。百年近く忘れているとか、やはり記憶力も真っ白なんじゃないかな。白の賢者様って」

「……以前の私なら、即座に否定したけど、今回の啓示で少し考え方が変わったわね」


 お嬢様たちに目をむけると、二人も苦笑していた。

 神官長に疑われる神様の威厳は急降下である。

 白の賢者様!

 あまりボケていると大事な巫女と信徒を同時になくすよ?


「だけど、これでフォメット族の血を引く者が結婚しても大丈夫ってこと」


 少し顔を染めながら彼女はそうつぶやいた。


「それも啓示?」

「ええ、啓示ですとも」


 ヒミカは目を泳がせながらそう言った。


 そういえば、あれからヒミカに弟ができた。

 弟もヒミカに似て優秀で、なぜか僕になついている。

 そのためヒミカがアルティコ家を継ぐ必要はなくなった。


 少し照れた様子の彼女を見つめていると、不意に彼女と目が合う。


 気まずい。

 よし、話を変えよう。


「そ、そういえば、ヒミカ」

「な、何かしら、アルクさん」

「昔、人魔一族の村に現れ、人魔一族の祖となった魔族がわかったよ」


 ここ百年の間、タイゲン王国に何度も足を運び、人魔一族の村があった場所やタイゲン王国に伝わる伝承や記録を漁ってきた。

 その結果がようやく出たのだ。


「あら? いったい、どんな魔族が人族の国に?」

「調べたところ、どうもフォメット族だったみたいだね」

「えっ! そうなんですか!」

「グリーンドラゴンのグリューンに集落を滅ぼされたフォメット族たちは、ロシュロス魔王が用意された土地に住むことになった。だけど、その中にはどうしても新しい土地に馴染めず、新天地を求めて旅に出た者たちがいたようだ。それがタイゲン王国にあった流浪の民の村に到着した。それが人魔一族の始まりというわけ」

「じゃあ、人魔一族は私たちと同じフォメット族の血を引く者ということ?」

「言葉にすればその通りなんだけど、今では人魔一族のほとんどが人族だね。長い年月の間にずいぶんと血が薄まったようだ。たまにミーアさんやソフィアさんのように先祖返りして『魔写操』を持つ人が生まれるみたいだけど」

「――アルクさんはフォメット族の血を引くミーアさんやソフィアさんの方がお好みなのですね?」


 ヒミカは拗ねたように言った。

 あの、なぜ僕の足を踏んでいるのかな?

 結構、痛いんですけど。

 いや、重いって意味じゃなくて――あだだだ。


「どういう流れで僕の好みの話が出てくるんだよ。それにあの二人、人族にしては長生きだし、結婚したし、すでにおばあちゃんじゃない」

「ハァ。やれやれ――相変わらず女心が分からない残念執事ね。というか残念彼氏?」


 戸惑いながらヒミカに答えていると、ため息とともに突然、声がかけられた。


「ヨヨちゃんなの!」


 聞き覚えのある声に、お嬢様の歓喜の声が響く。

 声がしたほうに目を向けると、そこには呆れたような顔をするヨヨさんがいた。

 僕とヒミカは彼女に向き直り、軽く頭を下げる。


「ヨヨさん。おひさしぶりでございます」とヒミカが笑みをこぼす。

「今日はよく来てくださいました。ヨヨさんがお元気そうで何よりです。それとも女王陛下とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 ヨヨさんと会うのは数年ぶりだろうか。

 たまにこっそりとお嬢様に会いに来たり、侯爵家の厨房に遊びに来てたりしているみたいだけど。


 じつはこのヨヨさん。

 異世界商人と名乗っていたが、妖精の女王であり、しかも妖精の巫女だった。

 きっかけは魔王国で数多く見かけるようになった妖精が、彼女のことを女王様と呼んだことから発覚したのだ。

 その事実に侯爵家は天と地をひっくり返したような大騒ぎだったことを思い出す。

 僕は驚きのあまり二日ほど頭痛がおさまらなかったくらいだ。

 レイゴストさんに至っては、また白くなっていた。


 なにせコレ(ヨヨさん)が女王だよ?

 しかも巫女だよ? コレ(ヨヨさん)が。

 激甘党の根源にして妖精の頂点がコレ(ヨヨさん)なのだ。

 むしろ二日で治った僕を褒めてあげたい。


「はぁ? 何を今さら。そういう堅苦しいのやめてくんない? ティリアちゃんを見習いなさいよ。……あと、何か失礼なこと考えているでしょ」


 頬を膨らませるヨヨさんは女王と判明する以前となんら変わらない態度だ。

 僕の心を読む恐ろしさも健在である。

 その姿に僕は深々と頭を下げた。


「とんでもございません。当時は妖精の女王陛下とも知らず、無礼な態度ばかりとってい――イッタッぁぁぁ! 何をするんですか! ヨヨさん!」

「それをやめろって言ってんのよ!」


 僕の頭頂部に突き刺さったのはヨヨさんの跳び蹴りだった。

 威力は以前よりも増している。

 これも百年かけて伝えることになった各種お菓子の効果だろうか。

 甘い物が充実するたび、妖精が強くなっている気がする。

 周りを見れば、お嬢様やヒミカ、イーラさんが後ろを向いて笑うのを我慢していた。

 小刻みに震える肩のせいで、隠しきれていないけど。


「悪のりしすぎですよ、アルクさん」

「わざとだったんかいっ!」


 ヒミカには、わざとやったこともお見通しだった。

 ヨヨさんは気づいていなかったみたいだけど。


「そんなことより、ティリアちゃんの誕生日パーティーは今日の夜でしょ。準備はいいの?」

「あとはお嬢様の衣装合わせでしょうか。ちょうど今は休憩の最中でして」

「ヨヨちゃんも一緒にお茶しましょう」

「そうね。ひさびさにアルクんお手製のお菓子を食べながら、お話しでもしましょうか」

「私もアルクさんの手作りお菓子なんてひさしぶりです」


 ヨヨさんはテーブルに上に着地すると、自分のカップを取り出した。


 僕はそのカップにお茶を注ぎ、イーラさんはヨヨさんと同じくらいの大きさのお菓子を用意する。


 そのとき、街に花火が上がった。

 この花火も百年の間に開発した魔道具の力である。


 今日、街ではお嬢様の誕生日を祝って、住民たちもお祭り騒ぎだ。

 そこには魔族だけではなく、エルフ族や龍族、ドワーフ族に獣族、それに人族たちの姿もあった。


 ここ百年で魔王国は大きく変わった。

 特にそれぞれの街は様々な食文化に溢れている。

 これまで見ることのなかった屋台が登場し、食事処が大幅に増え、高級レストランや大衆食堂、寿司やオムライス、カレーなどの専門店まで登場した。最近ではどんぶり専門店なる店がオープンしている。

 お菓子を売り出す菓子店やお茶や軽食を出す喫茶店などもある。


 もちろんこれらの店で出す料理に毒はない。

 毒のある料理をわざわざ食べる魔族もいるが、今では若者の度胸試しのたぐいと化している。ゲテモノ食いと似たようなものだろう。

 もちろんそういう専門店(ゲテモノ屋)も存在している。


 それに食材の種類も増えた。

 僕が魔王国で見つけきれなかった食材が各地で見つかったのだ。

 人も魔族も食への探求は計り知れない。

 前世でタコやナマコ、ホヤを最初に食べたのと同じ人種がこの世界にもいたのだ。


 百年前、毒のスープを飲んで死にかけた。

 そのとき、美味しい料理文化を広めて欲しいと白の賢者様に言われたが、無事、果たすことができただろうか。啓示でもそれらしい内容はなく、本当にこれで正しかったのか、答えはわからない。


「アルクさん。ひとつ言い忘れていた啓示があったわ」


 花火の音が鳴り止むと、ヒミカから楽しげな声がかけられた。


「へえ、どんな啓示?」

「白の賢者様はおっしゃいました。未知なる食材はまだ世界中にある。美味しさへの追究と料理文化に終わりはない、ですって」


 そう言って笑みを浮かべる彼女はお嬢様に負けず劣らず美しく、魅力的だ。


 それにしても、終わりはない、か。

 なんて魔族使いの荒い神様だろうか。

 一生、料理文化を広め続けろと言っているのだから。

 やれやれ。

 思わず、肩をすくめる。


「私も手伝うから」


 すると楽しそうな顔をするヒミカが僕の手を握った。


「助かるよ、ヒミカ」


 そう言いながら僕が彼女の手に自分の手を重ねたときだ。

 ボソボソと小さな声が聞こえてくる。


「こ、これは! 恋愛小説にもあったシーン!」

「お嬢様、お静かに!」

「ちょっと二人とも。今、いいところだから!」


 お嬢様とイーラさん、それにテーブルの上にいたはずのヨヨさんはいつの間にか離れた場所にあるソファーに腰掛けていた。

 僕が気づいていないと思っているのだろうか。

 聞いていないふりをされていても顔は赤いですし、耳はこちらに向けられていますよね、お嬢様?


 僕は三人に聞こえないよう『執事魔法』を使ってから、彼女にだけ聞こえる声で耳打ちする。


「ねえ、ヒミカ。これからも――」


 言い終わると彼女から手を離し、スッと離れる。

 するとヒミカは僕の顔を見つめ、頬を染めながら無言で頷いた。


「ああぁ! アルクん、それはダメなの!」

「ちょっと! 肝心なところが聞こえなかったじゃないの!」

「そこの残念執事。やり直しを要求する!」


 不満げなお嬢様たち。

 これからもずっと食材探しを手伝って欲しいと約束しただけなのに。

 おっと、そろそろ時間である。


「お嬢様。そろそろ休憩の時間は終わりにございます」

「あぁ! まだお菓子食べてないわよ!」


 激甘党の女王が抗議の声を上げる。

 今日の夜になればたくさん食べられるのだから、少しくらい我慢したらどうなのだろうか。


「アルクん。もう少しだけ! お願い♪」

「かしこまりました、お嬢様」


 お嬢様のお願いに僕は間髪入れずに言葉を返す。

 すぐさま冷めたお茶と温かいお茶を入れ替えた。

 ささっ、ヒミカもどうぞ。


「ハァ、百年経ってもアルクんは変わってないわね」


 呆れた顔のヨヨさんに僕は自信を持って答える。


「もちろんです。僕はお嬢様の専属執事なのですから」


 今日の誕生日パーティーには今年見つけたばかりの新しい食材を使った料理が並ぶ予定だ。ヨヨさんが好きそうな新しいデザートも用意している。

 お嬢様の誕生日を祝うパーティーは来年、再来年といつまでも続くだろう。

 僕がお嬢様の専属執事である限り。


 さあ、お嬢様の専属執事として、次はどんな食材を探しに行こうか。



ここまで『執事魔法の使い手は、こうさく活動が得意なようです』を読んでくださった皆様、誠にありがとうございます。

192話を持ちまして完結でございます。


数ある作品のなか、拙作を読んでいただき、皆様の貴重な時間を頂戴したことは感謝の念に堪えません。

少しでも楽しんでいただくことができたのであれば、これほど嬉しいことはございません。

本当に、本当にありがとうございました。

心よりお礼申し上げます。


四年少々の間、書き続けてまいりましたが、ここまで続けられたのもひとえに拙作を読んでくださった皆様のおかげでございます。

これまで皆様からいただいた感想や評価がどれほど励みになったことか。


振り返ってみると、無理矢理かつ強引な展開、ふわっとし過ぎた甘い設定、語彙力のなさ、稚拙な表現力、見るも無惨な誤字脱字と反省しても反省しきれない部分が多々ありました。不勉強のまま勢いと惰性で書いた感が否めません。


ですが、この作品を書いていて、とても楽しかった。

独りよがりだったかもしれませんが、本当に楽しかったのです。

この書く楽しみを与えてくださったのも、読んでくださった皆様のおかげです。


次に作品を書くときは今作の反省を生かしつつ、もっと楽しんでいただけるような作品に仕上げたいというのが率直な思いです。



最後に。

『執事魔法の使い手は、こうさく活動が得意なようです』を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

また次の作品も応援いただけたら幸いです。


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