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第百八十八話 山脈を越えた先にあるもの

「さてと」


 ヒミカさんが『執事ゲート』をくぐったあと、崩れるダンジョンの中、一人残った僕は改めて辺りを見回した。

 フィスタンが宮殿と称していた広間の壁はあちこちが崩れ始めており、天井も大きな亀裂が走り、一部は剥がれ落ちていた。揺れは断続的でやや小康状態。これなら多少の余裕はありそうだ。


「それにしても……」


 思い出すだけで頬が熱くなる。

 僕の頬に触れた柔らかい感触は彼女の唇だった。

 思わず自分の頬に手を当てる。


 あのキスは、うん、まあ、そういうことなんだろうなと理解できる。

 彼女のことは信頼しているし、嫌いではない。

 何より僕が前世の記憶を持つ転生者であると打ち明け、気兼ねなく話ができる一人だ。僕自身、好意を持って接していることは疑いようもない。


 とはいえだ!

 今の年齢に前世の年齢を足すと確実に通報案件である。

 前世から黒と白でカラーリングされた乗り物がけたたましい音をならして跳んで(転移して)きてもおかしくない。あの国ならあり得る。


 それに子供のころの好き、嫌いは大人になったら忘れているものだ。

 決して期待してはいけない。

 「大きくなったらパパのお嫁さんになるのー」という娘の可愛らしい告白に全世界、全次元に存在するお父さんが何人、娘の結婚式で涙を流したことか。


 何より彼女が僕に好意を持っているということ自体が僕の勘違いかもしれないのだ。もしかしたらあれは友人としての親近感を表現する行動だったり、貴族的な挨拶だったりするのかもしれない。


 いや、まて。

 アルティコ伯爵家における慣習で、「オマエ ゼッタイニ コロス」という死の宣告的な意味の可能性だってある。

 植物系魔族のトネリコ族ってじつは暗殺者の家系なの?

 そういえばアルティコ伯爵っていつも僕を睨んでいたな。

 もしかして大神官様から体術を習っただけでなく、トネリコ族流暗殺術もたたき込まれたとか?

 ……さすがにそれはないか。


「はあ、少し冷静になろう」


 ダンジョンは今も大きな地響きを立てながら、着実に崩壊へと向かっている。さっさとやるべきことをやらないと崩れてきた瓦礫の下敷きになりかねない。


 そう考えた僕はダンジョンの壁に目を向ける。

 蹴り飛ばしたフィスタンが叩きつけられた壁だ。

 壁の一部が崩れており、いくつも亀裂が走っている。

 その亀裂の走った壁の隙間からは広間とは別の空間が見えていた。


 亀裂を近づき、強引に壁を崩した僕は瓦礫を乗り越え、その空間へと足を踏み入れる。


「やっぱり隠し部屋か。執務室って感じかな」


 部屋の広さは決して広くはない。

 奥にテーブルや机のほか、木製の扉がふたつ見える。

 すでにここの天井も崩落が始まっており、家具の一部は崩落の下敷きとなり、本棚などもいくつか倒れていた。


 まだ無事な本棚を覗いてみると、そこには疑似生命体の研究に関するものを始め、多岐にわたる分野の本が並んでいた。

 またテーブルには実験に使ったと思われる器具があり、机には様々な資料が置いてあった。


「時間もないし、とりあえず手当たり次第もらっていくか」


 ヨヨさん(司書)がいれば欲しい本や資料だけ選ぶことができただろう。

 だが、いないものは仕方がない。

 僕は机やテーブルにあった資料と本が詰まった本棚をそれごと『執事ボックス』へと放り込んでいく。

 そのとき、帝国という文字が書かれた資料が目に入る。


 帝国とは魔王国の北、ドラゴンフォール山脈を越えた先にある国だ。

 確か、正式名称はアッテンドリア帝国だったはず。

 存在は知られているが、これまでエルフと龍族以外、他国と交流の薄かった魔王国はスミール王国及びタイゲン王国同様、アッテンドリア帝国に関する詳しい情報をほとんど持っていなかった。


 僕が知っているのはスミール王国より広く、タイゲン王国よりも狭い国土を持っていることとアッテンドリア皇帝という人物が国を治めていることくらいだ。


 人族の国に来て知ったことだが、スミール王国やタイゲン王国及びタイゲンの北西にあるヴェント王国はこのアッテンドリア帝国と交流があった。

 例えばカキやムール貝の養殖が盛んなスミール王国北部にある港町マルキアからは帝国行きの船が数ヶ月に一度出ている。

 ただ数ヶ月に一度という頻度からわかるように、アッテンドリア帝国との交流はごくわずか。


 というのも帝国は、魔王国ともタイゲン王国やスミール王国ともドラゴンフォール山脈で分断された陸の孤島状態で、船でしか行くことができない。

 ある意味、魔王国と似たような状態だ。

 わずかながらに交流があるのは魔王国と違い、帝国の海沿いにはいくつも港町があることと魔王国の海域のように海竜などが生息していないことが大きい。


 食材を探すため、いずれ行こうと考えていたが、タイゲン王国やスミール王国でいろいろなことがあったために後回しにしていた。

 今となってはお嬢様の離乳食卒業パーティーに間に合わない。

 そのため卒業パーティー後に探索しに行くつもりだった。


 資料の一部に軽く目を通すと気になる内容が書かれていた。

 だが、今はゆっくり読んでいる場合じゃない。

 手当たり次第に資料を集め終わったあと、僕は部屋の奥にあった扉のひとつを開けた。


 部屋に入ったときに鼻をつく臭いがした。

 様々な薬品が混ざり合ったような嫌な臭いだ。

 まず目に入ったのは中央に置かれた円柱状の半透明の容器。

 数は六つ。

 ほかにも手術台らしきものや様々な器具があり、棚には薬品らしきものがいくつも並んでいた。ここもどうやら疑似生命体を作るための施設らしい。

 放っておいてもすぐに崩壊するだろうが、僕はここにあるすべてを破壊したあと、部屋を出た。


 残された扉を開けるとそこは宝物庫らしかった。

 部屋いっぱいに大量の金貨や宝石、高価そうな装飾品が置かれ、魔道具らしきものや魔力を感じる剣や鎧などが飾られている。

 ほかには竜牙兵の作成など魔法の研究をまとめた魔法書などが見つかった。もとは神聖魔法の使い手であった教皇フィスタン=ザールクリフが研究したものだろうか。その関連で竜の牙らしきものも大量に見つかる。

 せっかくだしもらっていくことにしよう。

 放置しておくのももったいない。

 お嬢様用の食材を購入したり、畑や施設を作ったりするための資金にはなるだろう。

 そう考えながら財宝を『執事ボックス』にしまい込んでいるときだ。


「おぉっ?」


 これまでにないほどダンジョンが大きく揺れた。

 揺れるというよりも上下左右にズレたような感覚がある。

 これまで断続的だった揺れはもはや止まる気配はない。

 どうやら本格的に崩壊が始まったらしい。


「まだ残っているけど、さすがにまずいな」


 宝物庫から飛び出した僕は大広間まで戻る。そのまま広間を走り抜け、両開きの扉を蹴破って外に飛び出た。その際、瓦礫の下敷きになり、動かなくなった竜牙兵が目に入る。それを尻目に降りてきた階段を急いで上がり、やってきたのは魔方陣のあった部屋。

 この間にも揺れは激しくなっている。


 この部屋の天井も大きな亀裂が何本も走っており、今にも崩れそうだ。

 すでに魔方陣の上には天井から剥がれ落ちた瓦礫がいくつも転がっている。


 サルガタナスは転移の魔方陣だと言っていた。

 起動させるためには横にある台座に起動用の鍵をはめる必要がある。

 そのための鍵はすでに手に入れていた。

 『執事ボックス』からザールクリフが身につけていた半球状の指輪を取り出すと、その指輪を台座へとはめ込んだ。


 その途端、ブォンという音とともに台座の上に光る数字が浮かび上がる。

 数字は『一』から『四』まであった。

 だが、光っているのは『二』から『四』までで、『一』の数字は光っていない。


「数字を押すと登録した場所に転移する……ってことかな?」


 とりあえず、光っていない『一』の数字に触れてみる。

 何もおきない。

 続いて『二』、『三』と触れてみたが反応はなかった。

 転移魔方陣はザールクリフの研究所にも繋がっていたらしい。

 だが、使えなくなったとザールクリフ本人が言っていた。

 きっと『一』、『二』、『三』のどれかに研究所が登録してあったのだろう。

 光っていない『一』の数字は、もしかしたらこのダンジョンなのかもしれない。いずれにせよ反応しないので試しようがない。


 最後に、『四』の数字に触れてみると魔方陣が輝き、上に転がっていた瓦礫が瞬時に消えた。

 どうやら正常に動くのはひとつだけのようだ。


 どこに転移したとしても、いざとなれば『執事ゲート』で魔王国に帰ることができる。そのため、転移自体に関してはあまり心配していない。

 問題は転移する場所である。

 まさか転移先が火山の真上とか深海ということもないだろう。

 ……ないよね?


 ダンジョンの振動は激しくなるばかり。


「時間があればメープルシロップの苗木でも探したかったんだけどね」


 ヨヨさんの残念がる顔を浮かんでくる。

 天井に目を向ければ、亀裂はさらに広がり、今にも崩れそうだ

 ここでやるべきことはもうない。

 魔方陣の上に乗った僕は意を決し、光っている四の数字を押した。


 その瞬間、魔方陣が激しく光った。

 先ほどよりも強い光があふれ、浮かび上がるような感覚が身体を包む。あまりのまぶしさに目を閉じる。それと同時に天井が崩壊した音が聞こえてきた。



 一呼吸する間もないあっという間の出来事。

 気づいたときには自分の身体の重みを感じ、それまで足元から伝わってきた揺れがなくなっていた。思い出したように息を吸い込めば、肺に満たされる空気は冷たく、肌寒い。


 僕はゆっくり目を開く。

 視界に広がる暗闇と頭上から降り注ぐ薄明かり。

 空を見上げてみると満天の星空が広がり、美しい月が輝いている。

 一瞬、どこにいるのかわからなかった。

 すぐに魔力が薄いことに気づき、ダンジョンの中ではないと理解する。


「ダンジョンの外?」


 月明かりを頼りに近場を見回してみると、石柱と建物が見えた。いずれも風化しており、ほとんどが崩れている。見た感じ古ぼけた遺跡のようだ。ところどころに木が生え、地面には雑草が茂っていた。


 今、僕が立っているのはボロボロの石柱に囲まれた円形の石版の上。

 石版には魔方陣が描かれており、先に転移した瓦礫が転がっていた。魔方陣のすぐ隣にはダンジョンにあったのと同じ台座がある。その台座は一緒に転移してきたのだろうか、起動用の指輪がはまっていた。


 台座の上には一から四までの数字が浮かび上がっている。

 だが、光っているのは一から三までの数字だ。

 魔方陣から降りた僕は、試しに一から四まで順に押してみた。

 ところが何の反応もしない。

 もし一の転移先がダンジョンであるなら、恐らくダンジョンの魔方陣はすでに崩壊してしまった可能性が高い。

 確認のためダンジョンにあった人魔一族の村に『執事ゲート』を繋げようとしたができなかった。大神殿地下のダンジョンは完全に崩壊したと考えていいだろう。


 もはやこの転移魔法陣の役目は終わったようだ。

 僕は台座から起動用の指輪を外し、『執事ボックス』に放り込む。


「さてと。火山や深海じゃないことはわかるけど、ここはどこだ?」


 魔力の薄さから考えて魔王国ではない。

 それと肌に感じる気温から考えてもタイゲン王国やスミール王国でもなさそうだ。


 遠方に目を向けると天まで届きそうな山脈が目に入った。

 山脈は視界いっぱいに左右へと広がっている。


「ドラゴンフォール山脈……? あっちの方角は南かな、たぶん」


 ドラゴンフォール山脈は常に魔王国の北にあった。

 だが、天をつらぬこうとするほど高い山脈などドラゴンフォール山脈以外、聞いたことがなかった。しかも東西に向かってどこまでも伸びている。

 そうだとすると、ここは魔王国の北、ドラゴンフォール山脈を越えた先にあるアッテンドリア帝国ということになるのだが……。


 見る方向が違うとその姿はがらりと変わる。

 北にそびえ立つドラゴンフォール山脈しか見たことがない僕は間違いないという確信が持てなかった。

 思わず頭に手を当てる。


「ん?」


 そのとき、あることに気づいた。

 妙に頭が軽いのだ。

 両手を伸ばし、こめかみのあたりを触ってみる。

 ――ない。

 角が。

 あったはずの角がなくなっていた。

 綺麗さっぱり消えている。


 自分の意志で角を生やすことができるのか試してみた。

 角のある魔族は成人したとき、角を出したり、隠したりすることができるはずだ。

 だが、角が生える気配はない。

 顔が赤くなるほど力を入れてみても、「生えろ~、生えろ~」と念じてみても何も変わらない。結局生えたのは、何をしているんだろうという羞恥心だけだ。


「ちゃんと成人しないと自分の意志で角は出せないっぽい?」


 これまで角が生えたのは、いずれも感情が高ぶったときだった。

 まあ、とりあえず今は考えても仕方がない。


 次に使い魔と念話ができるかどうか試してみる。

 聞きたいこともあったし、フィエルダーとミスチフに連絡をとった。

 彼らには重要な仕事を任せてある。


「二人とも例の件はどうだい? ……うん、そうそう。そうか。ならよかった。うん。何か問題があれば連絡してくれればいいから。じゃあ、任せたよ」


 しばらくして彼らとの念話が終わる。


「さて、と」


 まずはこの辺りを調べることにしよう。

 そう考えた僕は血まみれのシャツと執事服を脱ぐ。

 そして冒険者っぽい格好に着替え、ローブに身を包んだ。

 本当は新しい執事服に着替えたかったのだが、替えの上着がもうなかった。今度から着替えを五着くらい用意しておこうと心のメモに書いておく。


 その後、遺跡から離れた僕は北に向かって歩き出した。


 ◆


「襲撃だぁーー!」


 月明かりの中、突然、怒号が響き渡る。

 剣と剣がぶつかり合う金属音。

 無数の火矢と応戦する魔法の矢が闇に放たれ、線を描く。

 そのうち一本の火矢が並べられた馬車に突き刺さった。

 あっという間に炎は燃え広がり、轟々と音を立てながら辺りを照らす。


「いやぁ、派手だねぇ」


 言っておくが襲っているのは僕じゃない。


「こんなところでも人族同士の争いか。こんなところといいながらここがどこだかわからないけど」


 複数ある馬車を守るように戦っている側とそれを襲おうとしている側。

 馬車を守っているのは金属鎧を着た騎士っぽい連中と数人のローブ姿。

 そして襲おうとしているのは、どう見ても俺たちは盗賊だと自己紹介しているような薄汚い格好をした連中だ。

 どちらも人族のようだが、暗くて顔までは見えない。

 人数は騎士とローブ姿の側が二十人ほどで、盗賊は五十人以上いる。


 遺跡の北に広がっていた平原を進むと南西から北東方向に伸びる街道に突き当たった。どちらに向かおうか一瞬悩んだが、街や集落がどこにあるのか見当もつかないため、南北どちらに進んでも変わりはないと判断。とりあえず北方向に向かっている途中だったので、そのまま北東方向に伸びる街道を進んだ。


 当然といえば当然だが、夜の街道ですれ違う人はいなかった。

 またここまで村や民家も見当たらなかった。

 そのため結局、ここがどこなのかいまだに分からないままだ。


 そろそろここがどこなのか調べることを諦めて、お屋敷に戻ろうとしたとき、遭遇したのがこの襲撃現場である。


 ふたつの勢力が戦っているのは街道脇わきにある野営地。

 野営地で休憩する連中を盗賊が襲っているように見えるのだが、タイゲンの奴隷解放運動組織の例がある。もしかしたら盗賊の格好をした自称正義の味方が悪者を退治せんとしている……のかもしれない。

 見た目と雰囲気だけで判断すると悪者は盗賊の格好している側だけど。


 とりあえず余計な戦いに巻き込まれたくない。

 どうしようかと、しばし悩む。

 いずれにせよ、ここは平原にある街道だ。

 身を隠す場所はどこにもない。

 ちょっとした雑木林があることにはあるのだが、その周辺は現在、戦場と化している。身を隠すのにちょうどいい場所だからこそ、盗賊が待ち伏せしていたのだろう。


 幸いなことに現場から百メートルほど離れているため、よほどのことがない限り気づかれることはない、と思う。一応、目立たぬよう街道から離れ、しばらく成り行きを見守ることにした。


 様子をうかがっていると魔法で生み出した明かりがいくつも真っ暗な空に向かって打ち上げられ、辺りを照らし始めた。

 おかげでこちらからは戦っている連中の様子がよく見える。

 反面、暗闇に立つ僕の姿は向こうから、より一層見えにくくなるはずだ。


 明るくなったことで様々なものが見えてくる。

 まず騎士のような格好をした連中が身につけているマントには紋章が描かれていた。魔法を使っている魔法使いたちのローブにも同じ紋章がある。

 それらと同じ紋章が馬車にもあった。


 紋章の図柄は一本の剣を中心に二頭のグリフォンが向かい合うというもの。

 紋章を掲げているということは、貴族のようにある程度地位の高いものがあそこにいるということだ。恐らく騎士と魔法使いたちは護衛なのだろう。

 ただし、どこの誰の紋章なのかわからない。

 これまで行ったことのある人族の国に存在している紋章はほとんど覚えたけど、そのどれにも該当するものはなかった。

 もちろん魔王国のものではない。グリフォンみたいに可愛い(・・・)生き物を紋章に使う貴族はいないのだ。


 かたや盗賊風の連中というと――うん、盗賊だ。

 明るくなったことで薄汚い格好が鮮明になり、これまで以上に汚く見える。

 耳をすませば、「ひゃっはー! 男は皆殺しだ!」、「ひゃっはー! 女はさらえ!」という声まで聞こえてきた。

 見た目は盗賊、頭の中身も吐いた言葉も盗賊だ。

 自称正義の味方説、終了である。


 そんな純度百パーセントの盗賊たちの中で違和感を覚える盗賊がいた。

 数名程度だが、騎士と互角に戦える者がいたのだ。

 ずいぶんと武器の扱いに慣れているようで、タイゲン王国やスミール王国で見た兵士のような剣さばきを見せている。

 これは本来あり得ない話だ。

 戦うための訓練をしている騎士や兵士と訓練をしていない一般人との実力の差は歴然である。盗賊がいくら場慣れしたところで、その差はほとんど埋まらない。

 これは魔族の場合でも同じである。


「きゃああぁっ」


 盗賊たちに気を取られていると突然、女性の悲鳴が響いた。

 街道脇で様子を見ていた僕のほうへ一台の馬車が向かってくる。

 馬車の中からは複数の悲鳴が聞こえてきた。

 察するに馬車の中には複数の女性ないし人が乗っているようだ。

 そして御者台の上で馬車を操作しているのは小汚い格好をした盗賊。

 どうやら馬車ごと中身(・・)をさらってきたらしい。


 無関係の僕としては、このまま隠れているという選択肢もあった。

 だが、せっかく見つけた情報源だ。

 せめて、ここがどこなのかは知っておきたい。

 その場合、人を襲い、さらうような盗賊たちに、「ここはどこですか」と聞くのはあまりにも愚か。「俺たちが案内してやるよ」とアジトに連れて行かれても面倒くさい。

 二者択一なら当然、紋章を背負う人たちに尋ねたほうが堅実である。


 しかし、ただ声をかけるだけでは警戒されるかもしれない。

 今の僕は誰も住んでいないような夜の平原を歩く子供だ。

 さすがに子供が一人で行動するのはおかしいし、怪しまれる。

 誤魔化すための設定が必要だ。

 それに僕の印象を向上させるための手段が欲しい。


 では印象をよくするための手段とは何か。

 簡単なことだ。

 騎士たちの味方をすればいい。

 さらわれた女性の救助、盗賊もフルボッコ、お前いい奴だな、という図式が出来上がる。

 そのための獲物(馬車)が今、わざわざ近づいてくるところなのだ。


 僕は馬車を止めるため、街道の真ん中に移動し、しばし待った。


「あっ、そういえばどうやって止めるか考えていなかった」


 馬車を引く二頭の馬がものすごい勢いで迫ってくる。

 そんな僕のつぶやきは御者台の盗賊にも馬にも届かなかった。


 ◆


「いやぁ、助かったよ」

「とんでもございません。私が手を出さなくても騎士の方々が解決してくださったと思います」

「いやいや。さらわれそうになった侍女たちを助けてくれたのはアルクくん、きみのおかげだよ。あのままではきっと彼女たちは連れ去られていた」

「あれも運が良かったのでしょう。僕の目の前でなぜか馬が止まってくれたのですから」

「そんなことないさ。運も実力のうちっていうからね。彼女たちは妹の世話をしてくれている侍女でね。もう少しで妹が悲しむところだった。本当にありがとう」


 そう言うと目の前の男はにこりと笑った。

 僕は今、野営地に設営された天幕の中にいる。


 僕の正面に座り、感謝の言葉を伝えてくれているのは金髪碧眼の整った顔立ちをしている男性だ。年齢は二十歳くらい。上等な衣服を着こなし、身なりもいい。しかも女性の受けしそうな優しい笑みを浮かべながら気さくに話しかけてくる。

 同性から見ても男性として魅力的。

 いわゆるヒト科ヒト族イケメン種イケメンという生物だ。


 そんな彼の腕に抱きつきながら、隠れるようにしてこちらを伺っているのは小さな女の子。彼が話す妹とは、この子のことだ。

 少しウェーブのかかった金髪に彼と同じ青い瞳が僕をじぃっと見ている。まるで人形のような愛らしさを持つ彼女は、まもなく誕生日を迎えられるお嬢様と同じ三歳。

 お嬢様ほどではないが百人中、九十九人が認める可愛らしさがある。


 もちろんお嬢様は百人中、百二十人が認める可愛らしさをお持ちだ。超えた二十人は入場制限しているにもかかわらず、お嬢様の可愛らしさに引き寄せられた者たちである。可愛いはすべてを超える存在なので仕方がない。


 彼らとこうしてお近づきになれたのは、馬車ごとツッコんできた盗賊のおかげだ。馬が運良く止まってくれたと口を濁したが、実際には二頭の馬に殺気をぶつけ、強引に止まらせている。

 あとから気づいたが、馬が気絶してひっくり返らなくて本当によかった。


 馬車が止まった瞬間の盗賊の焦った顔は面白かった。

 ふへっという声が盗賊から聞こえてきたくらいだ。

 突然、馬が立ち止まり、動こうとしないのだから気持ちはわかる。

 やがて僕に気づいた盗賊は、「邪魔や!」、「どけやっ!」、「死ねやっ!」などの罵声を浴びせてきた。


 わざわざ殺す必要もない。

 そう考えた僕はフォメット族の『他者を操る能力』を使い、盗賊におとなしくするよう言った。

 ところが、まったく発動しない。

 やはり成人していないと使えないようだ。

 もしかしたら角がないとだめなのかもしれない。

 仕方がないので、とりあえず殴っておとなしくさせておいた。

 成人していなくても『他者を操る能力(物理)』は問題なく使える。

 ……物理というパワーワードの偉大さを、身をもって知った瞬間だ。


 連れ去られようとしていた馬車を騎士たちの元に戻したときには盗賊のほとんどが無力化されていた。まだ戦闘は続いているが時間の問題だ。

 手練れだった盗賊も二人しか残っていない。

 だが、その盗賊二人は立派な装備をした騎士を囲み、いくつか手傷を負わせていた。近くで見てわかったが、やはり盗賊の動きではない。


「助太刀します!」

「ぐぼっ!?」


 そのうちの一人を僕が殴って無力化すると、隙をついた騎士が最後の一人を捕縛した。手練れとはいえ、人族なんてこんなもんだ。

 騎士にあとのことを任せると、僕は怪我をした人たちの応急手当に奔走ほんそうする。ただし、『執事魔法』は使っていない。使わなくても騎士たちの仲間に神官がいたので、必要ないと考えた。

 ここでは魔力も薄いし、節約は大事。


 治療中に気づいたのだが、騎士や魔法使いの中に獣族やエルフの姿があった。しかも彼らが差別されている様子はまったくない。

 同じ仲間として協力し合っているのだ。

 人族至上主義のタイゲン王国とは大違いである。


 こうしてこの団体の代表である男性の元に案内された僕は今も彼の話を聞いている。


「しかし、こう言ってはなんだけどアルクくんはまだ十歳だろ? それなのにA級の冒険者とは恐れ入った。さすがはその年齢でダンジョンに潜るだけのことはある」

「私なんてまだまだでございます。だからこそ罠にかかって見知らぬ土地に飛ばされてしまうという醜態をさらしているわけでして」

「A級でまだまだなんて言われると、帝国の騎士や冒険者たちの顔が引きつってしまうね」


 謙遜する僕に対し、彼は面白そうに笑った。


 そう、僕は転移魔方陣によって転移してきたのではない。

 罠にかかって飛ばされたのだ、ということにした。

 これは僕が考えた設定である。

 スミール王国で新しく発見されたダンジョンの探索中、罠に引っかかって転移させられたA級冒険者という設定だ。お嬢様に喜んでもらう以外、初めて冒険者の証が役に立った。

 これなら夜の平原で子供が一人、歩いていてもおかしくない。

 ダンジョンの外に転移させる罠なんてあるのと聞かれたら、どうしようかと思った。そんな罠、本当にあるのか僕も知らないのだ。

 だが、今のところ怪しまれてはいない。


 ただこの男性。

 なかなか油断できない人物だった。

 設定上、僕の出身は帝国と交流のあるスミール王国ということにした。するとこの男性、会話の中でちょくちょく国王の名前やスミール王国にある街の名前を聞こうとしてくる。躊躇ちゅうちょなく答えておいたが、探りを入れてくるあたり、じつにいやらしい。


 そうそう。

 侍女を救出したことと設定のおかげもあって、この場所がどこなのか判明した。

 まさに計画通りである。


 この場所の名は、アッテンドリア帝国。

 この平原は帝国の南部に当たり、帝都と呼ばれる最大の街から約一日の距離だとわかった。

 もしかしたらと思っていたが、とんでもない所まで飛ばされたものだ。


「このアッテンドリア帝国にはね。あのドラコサンクトゥス山脈の向こうに魔族の国があると伝わっているんだ。ただ誰も超えることができないから本当にあるのかどうかわからないけどね」

「さようデスカー」


 南に見えていた山脈は帝国では『ドラコサンクトゥス(竜が集う聖域)山脈』と呼ばれているそうだ。だが、ドラゴンフォール山脈で間違いない。


 さて、ここまで彼に対する僕の接し方が丁寧なことから察してもらいたい。

 様々な情報を教えてくれた彼だが、名前をトリバス=アッテンドリアといい、妹の名前をビアンカ=アッテンドリアという。

 じつはこの二人。

 このアッテンドリア帝国における第三皇子と第一皇女その人であった。


「しかし、なぜこのような場所で皇族の方々が野営を?」

「我々がここにいるのは視察の帰りでね。その視察に行った街と帝都の間には町や村がないんだよ。で、仕方なくさ」

「視察でございますか」

「ああ。スミール王国出身のキミなら知っているだろうけど、帝国とスミール王国はわずかながらに交流している。それを拡大してはどうかと以前から陛下に言われていてね。スミール王国と交渉する前にスミール王国との玄関口となっている港町に行ってきたというわけさ。順調に話が進めば、この辺りにも町ができるかもね」

「そのような事情があったのですね。私も貴国との交流がこれまで以上に盛んになることを心から期待しております」

「あははは。キミは外交官みたいなことを言うんだね」


 おっとっと。

 タイゲン王国とやりとりしていたときの癖が出た。

 外交官といっても所属する国は違うけどね。

 危ない危ない。


「ところで気になることがあるんですが」

「ん? なんだい?」

「殿下たちを襲ってきたあの盗賊たちのことです。盗賊の中に騎士と互角に渡り合える者が――」

「だまれっ! 貴様ごとき下賎な輩が聞いていいことではないわっ!」


 その声の大きさに驚いたのか、皇女がビクッと身体を震わす。

 僕の言葉を遮り、口を挟んできたのは皇子たちの後方に控えるヒゲ面の男。じつは彼のほかにも皇子たちの護衛が数人、天幕の中にいる。


 それにしても万物創世において、『可愛い』という形容詞を冠することが許されたすべての生物、物質を崇め奉る熱狂的な支持者たちを、今の怒声で敵にまわしたことにこのヒゲ(副隊長)は気づいているのだろうか。

 可愛いは正義という言葉を知らないとは言わせない。

 イーラさんがこの場にいたら、彼はもうこの世にいないだろう。


 このヒゲは皇子たちを護衛する隊の副隊長だ。

 隊長は盗賊たちとの戦闘で怪我を負ってしまい、今は別の天幕で治療されている。二人の手練れを相手にし、そのうちの一人を僕が殴り倒したときの騎士が隊長さんだった。思ったより傷が深かったらしい。

 隊長は皇子たちを護衛する中でもっとも武芸に秀でていたそうだが、複数に囲まれるとさすがに無傷とはいかなかったらしい。なんでも最初は同時に四人を相手にしていたのだとか。


 副隊長は顔を真っ赤にさせて僕を睨んでいる。

 すでに全世界の可愛いモノ大好き信者を敵に回したんだ。

 わざわざ僕が相手をする必要もないので軽く流しておこう。


「失礼しました。私のようなものが尋ねるようなことではありませんでしたね」

「まったくだっ! 立場をわきまえろ!」

「やめないか、ビアード。彼はさらわれた侍女たちを助け、皆の治療まで手伝ってくれたのだぞ」

「はっ。出過ぎた真似をいたしました」


 そう言ってトリバス第三皇子に頭を下げたビアード副隊長だったが、顔を上げたあとも僕を睨んでいる。


 するとトリバス第三皇子が手を叩いた。

 すぐさま侍女服を着た女性が二人現れる。

 彼女たちは盗賊に馬車ごとさらわれ、僕が助けた侍女のお姉さんたちだ。二人は僕に笑みを見せながら軽く会釈をしたあと、ビアンカ皇女の元に歩み寄った。

 よく見ればビアンカ皇女が眠たそうな顔をしている。

 先ほど副隊長の声に驚いていたのは、半分寝ていたのかもしれない。

 さすがはお兄ちゃん。妹のことをよく見ていたようだ。


 眠たそうにするビアンカ皇女と侍女たちが退室したあと、天幕には僕とトリバス第三皇子、それにビアード副隊長と護衛数名だけが残った。


「さて、まずはアルクくんの質問に答えようか」

「殿下!」

「なあに。かまやしないさ」


 トリバス第三皇子はビアード副隊長に苦笑しながら軽く手を振った。


「アルクくんの言う通りだ。確かに手練れの盗賊がいた。しかも彼らは捕縛したあと隠し持っていた毒で全員、自害している」

「自害ですか」

「ああ。捕まれば盗賊は死罪。とはいえ、わざわざ毒を飲み、自害するのはおかしい」

「殿下のおっしゃるとおりかと」


 トリバス第三皇子の言葉にビアード副隊長が追随する。


「それにただの盗賊が皇族の紋章を掲げる我々をわざわざ襲うとも思えない。盗賊とはいえ、獲物は選ぶはずだ」


 僕も同じことを考えていた。

 馬車に掲げられた紋章を見れば誰を襲っているのか盗賊にもわかるはずだ。弱小貴族などは紋章を隠すことによって狙われないようにするそうだが、皇族や上級貴族などはあえて紋章を掲げる。

 これは狙う相手を間違えるなという示威行為でもあった。


 イノシシのように特攻しそうな服を着たり、身体に絵を描いたり、目が合うたびに、「ああん?」とか、「おぉ?」とか、「はぁん?」とか鳴き声を出す輩と同じだ。

 ……規模もレベルも質もだいぶ違うけど似たようなものである。


 だからこそ、なぜわざわざ皇族が乗る馬車を襲ったのか疑問だった。

 それに二人の皇族を守るにしては護衛の数が少ない気がする。


「生き残っている盗賊によると皇族のふりをした商隊だと思ったらしいんだよ」

「……それこそありえないと思いますが」

「それがありえちゃったんだよね。皇族の紋章を掲げること自体、重罪なんだけど知らなかったみたいだし。中には皇族の紋章を見たことがないという者までいたくらいさ」


 皇族の威光なんてそんなものだよ、とトリバス第三皇子は自虐的に笑う。


「結局、何か知っていそうな連中は全員自害していて情報は得られず。わかったのは寄せ集めの盗賊だったということだけかな」

「そうですか」


 あの手練れの盗賊たちが何者だったのか。

 どうして皇族の紋章を掲げる馬車を襲ったのか。

 そして護衛の数が少ないのはなぜなのか。

 気になることは尽きない。

 だが僕はそれ以上、何も言わなかった。


「いやぁ、アルクくんのことが気に入ったよ。今夜はアルクくん用の天幕を用意するからゆっくりしていくといい。明日の朝、食事をしながらまた話をしよう」

「……はっ。格別なご配慮心より感謝申し上げます」


 こちらを楽しげな笑みを浮かべながら見つめるトリバス第三皇子。

 だが、その目の奥は笑っていないように見える。


 この話、断わるのはまずそうだ。

 A級冒険者と名乗ったが、それほど信用していないということか。

 確かにいきなり現れた冒険者なんて怪しいことこの上ない。

 それこそ皇子を狙う暗殺者だと思われたのかもしれない。

 とりあえずは目の届くところで監視しておこうという算段のようだ。

 いやはや、油断のならない皇子だこと。

 これなら盗賊に近づいたほうが殴って終わらせられた分、楽だったかもしれない。

 まあ、いいか。


 皇子の天幕を出たあと、僕は護衛として二人の騎士が立つ天幕に案内された。

 わざわざ監視付きとは用心深いことで。

 一人にあった僕は用意された椅子に座って『執事ボックス』をひらいた。


 手に取ったのはフィスタンのダンジョンにあった帝国に関する資料。

 ダンジョンでは、ゆっくり読めなかったあの資料だ。

 その資料を最後まで読んだ僕はため息をついてから、資料を『執事ボックス』の中に戻す。


「そういうことね」


 資料にはこんなことが書いてあった。

 それによると現在、アッテンドリア皇帝が病に伏せているらしい。

 そして第一皇子なる人物にフィスタンの手の者が接触していたことが書かれている。


「帝国の問題なんだよなぁ。うん……とりあえず今はこっそり帰るとしようか」


 こうしてアッテンドリア帝国へ転移し、トリバス第三皇子とビアンカ皇女というこの国の皇族と邂逅してしまった僕は『執事ゲート』を使い、こっそり魔王国へと戻った。


 ◆


 アッテンドリア帝国から帰った僕はすぐさまお嬢様の無事を確認した。

 問題ないと確信していたが、心配なものは心配なのだ。

 女性であるお嬢様の部屋に入るわけにはいかないので詳細はウルナさんに聞いている。


 侯爵家に忍び込んだ侵入者は六名。

 その全員が奥様とお嬢様大好き四天王のウルナさん、プレスさん、ラミさん、イーラさんによって返り討ちにされていた。

 街の外にも侵入者が現れたそうだが、ゴブさんたちが殲滅したそうだ。


 正直な話、奥様まで侵入者の相手をするとは思ってもみなかった。

 それでもお屋敷に忍び込んだ侵入者は全員生きている。

 できるだけ生かしておいて欲しいと言い出した僕が言うのもなんだけど、よくぞ無事でいられたものだ。


 話を聞く前、ウルナさんと一緒に彼らの様子を見に行った。

 侵入者たちの怪我はヒミカさんによって治療されている。

 そういった意味では無事である。


 だが、治療前はかなりひどい状態だったらしい。

 魔剣士(スパーダ)賢者(サビィオ)の二人はほとんどの感覚を奪われた挙げ句、手足のけんを切られ、動くことが出来なかった。

 勇者(リデル)聖女(ログリア)の二人は凍死寸前の状態。

 暗殺者(セシノ)は全身大やけど。よほど恐ろしい目にあったのか、死んだ目でぶつぶつ言いながら震えていた。

 唯一軽傷だった魔物使い(ティア)はウルナさんの姿を見て、悲鳴をあげ、気絶してしまった。

 うん、無事(?)で何より。

 生きているってすばらしい。


 今、僕はウルナさんに誘われ、彼女の小屋でお茶を飲んでいた。


「ひさしぶりに楽しめたわ」

「そ、そうですか。それはよかったです」


 招かざるお客様の接待(使用人たちの娯楽)は無事終了。

 ウルナさんは夜型なので、この時間眠ることはない。

 ほかのお嬢様大好き四天王の皆はすでに就寝中とのこと。

 ヨヨさんは妖精界に帰ったそうで、ヒミカさんはスミールの拠点へ逃げるように向かったらしい。……彼女に何があったのだろうか。


 それはそうと先ほどからウルナさんのそばに見慣れぬオオカミとリスがいた。

 なんでも魔物使いのティアが召喚した魔物だそうだ。

 シャドウウルフとカーバンクルという魔物らしい。


 ドラゴンも召喚されたそうだが、ウルナさん相手にドラゴンはまずい。彼女にとってドラゴンはアブラムシやアオムシ、ヨトウムシと並ぶ花壇や畑を荒らす害虫だ。そんな害虫を喚び出しておいてティアという魔物使いはよくぞ無事でいられたものだ。ウルナさんを見て気絶したけど。

 もちろん召喚されたドラゴンはしっかり肥料にされている。


 シャドウウルフとカーバンクルを見ながら、「あまり美味しそうじゃないですね」と言ったら、オオカミは――驚くことに――影の中に潜り、リスはウルナさんの首に巻き付くようにして震え始めた。

 なんでもこのシャドウウルフ。影の中を自由に動ける能力を持つらしい。

 気が弱そうだがカーバンクルはお嬢様が気に入りそうだ。


「へぇ。面白い魔物だなぁ」


 そう言いながら影の中に手を突っ込んだ。

 そのままシャドウウルフの首根っこをつかみ、引きずり出す。

 するとシャドウウルフは、「なんで!?」とか、「マジで!?」という顔をしたあと、腹を見せながら、「……くぅ~ん」と鳴いた。

 大人しくしていれば意外と可愛い。

 人生あきらめたような顔でなければもっと可愛いと思う。


「……なぜ影の中に手を入れられるのかしら?」

「このオオカミが使う能力って『執事ボックス』と『執事ゲート』を合わせたような仕組みみたいなんですよ。なので魔力を同調させれば取り出せるかなと」

「前から思っていたけど、あなたの『執事魔法』って執事長よりも無茶苦茶じゃない?」

「そうでしょうか?」

「まあ、いいわ」


 するとそこへ一匹のコウモリが小屋に入ってきた。

 コウモリは天井にぶら下がりながら、「きぃ」と鳴く。


「アルクくん。奥様がお呼びのようよ」

「奥様が?」


 ウルナさんにそう言われた僕はすぐさま奥様の元に向かった。

 翌朝、タイゲン王国で起きた件について報告するつもりだったが、まだ起きていらっしゃったようだ。

 早速、執務室に向かうとそこには奥様とセイバスさんの姿があった。セイバスさんもペドリア伯爵が起こした反乱について報告するため、一時戻ってきたそうだ。


 セイバスさんの話によると、反乱は無事鎮圧されたそうだ。

 それもあっという間だったらしい。

 ペドリア伯爵をはじめ、魔王国を裏切ったディガンマなど、主だった貴族たちは全員捕縛されている。今は残党狩りが行われており、数日のうちにすべてが片付くとのことだ。侯爵様も参加しており、多大なる成果をあげているらしい。『断罪の霧侯爵』が残党狩りに参加しているという噂が広まったことで、投降する反乱兵が一気に増えたそうだ。

 投降した兵によると晴れた日に霧が出たと思ったら、仲間が全員倒れていたとか、見えない何かに身体中を食い尽くされたとか、そんな話が出ているらしい。


「じゃあ~、アルクくんからの報告を~、聞きましょうか~」


 奥様に促され、僕は奥様とセイバスさんの二人にタイゲン王国大神殿地下のダンジョンで起きたことを説明した。

 ホムンクルスやその材料となるエリクサーの件。アスタロトを操ってアカリさんや僕の故郷であったフォメット族の集落を滅ぼした件。それに今回起きたペドリア伯爵の反乱にもフィスタンが関わっていたことなどを報告する。

 報告した内容を要約すると、全部フィスタンが悪い、である。


「フィスタンの排除は完了。大神殿にあったダンジョンも崩壊しており、入ることはできません」

「なるほどね~。ヒミカちゃんたちからも話を聞いていたけど~、よくわかったわ~」

「それと侯爵様にひとつお願いがあるのですが」

「あら~、何かしら~」


 僕は奥様とセイバスさんに保護している人魔一族について説明した。

 もちろん魔王国に住まわせてもいいというオフェリアさんからもらった手紙も見せる。これは国からの正式な許可証だ。

 問題はどこに住まわせるか。

 僕は人魔一族の能力や過去の話を合わせ、彼らの有効性を説いた。

 そして説明後、まず口を開いたのはセイバスさんだった。


「ふむ。いいアイディアです」


 僕が願い出たのはウスイの街の西地区郊外にある平地に人魔一族の集落を作る許可だ。事後報告となってしまったことを詫びつつ、すでにゴブさんに動いてもらうよう手配していることも話している。


 彼らの集落をウスイの街近くに用意するのは今後、交流が増えるだろう人族と魔族の間に入ってもらう事が目的だ。見た目が人族と変わらない人魔一族なら人族も警戒しないだろうし、窓口として十分な活躍をしてくれるはず。少なくてもゴブさんのようないかつい顔したゴブリン族よりは安心して任せられる。


 それに人魔一族の先祖には魔族がいた。弱肉強食という魔族らしい教えも伝わっており、人族と魔族の双方をある程度理解しているところも評価している。


 さらに彼らの多くが農業従事者であることも大きい。

 ダンジョンで無理矢理働かされていたとはいえ、経験は何にも変えがたい。

 西地区郊外に広がる平原はモフォグ大森林に近く、たまに魔物が姿を見せる。畑にするのにちょうどいい土地なのだが、それら魔物の影響もあって開墾は後回しになっていた。

 人魔一族の一部が使える悪魔の力を写し取れる特殊能力『魔写操』もあるし、彼らならある程度は戦えるはずだ。


「それで集落を作るための資金はどうするのです」


 もちろん八十人以上の人魔一族が住む集落を作るのにはお金がいる。国から補助金が出ると言ってもさすがに集落を作るための資金までは出してくれない。


 少し厳しい目つきで僕を見るセイバスさんに、僕は問題がないことを説明した。

 集落を作るための資金はフィスタンのダンジョンから持ってきた財宝を当てるつもりだ。この資金にはほかのあて(・・)もあったのが、そちらは別のお願いを聞いてもらうつもりだ。


「すばらしい。外交官としても優秀のようですね。アルクくんの執事見習い卒業も近いようです」


 侯爵家に負担がないことをセイバスさんは誉めてくれた。

 そして僕の頭を優しく撫でる。

 おおぉ。これはなんだろう。

 心が満たされていくような不思議な感覚だ。

 たまに誉められることはあっても、頭を撫でられるなんて初めてじゃないだろうか。

 しわだらけのごつごつした手は温かく、なんだかくすぐったい。

 前世年齢を足すと、そこそこいい年であるはずの僕としては多少の恥ずかしさもあったが、セイバスさんは千歳を超える魔族なのだ。彼からしたら年齢差百分の一程度の僕なんて子供のなかの子供なのだ。

 だが、セイバスさんは笑みを残したまま、すぐにその手を引っ込めた。


「おっと。魔王国の外交官殿に対する態度ではありませんでしたね」

「問題ありませんっ! 外交官なんて役職、今すぐ捨ててきますっ!」

「あらあら。捨てると魔王様が泣くわよ~」


 そう言うと奥様は面白そうに目を細めた。

 奥様いいんですよ、魔王なんて泣かせておけば。

 外交官という役職のせいでどれだけお嬢様と過ごす時間が減ったことか。

 こちとら百年程度の寿命しかないフォメット族だ。

 お嬢様と過ごす一分一秒を大切にしたい。

 寿命が人族並の魔族から大切な時間を奪った魔王に労働災害を認めさせたいくらいである。外交官認定を労働災害扱いするなと言われそうだし、もともとそんな補償のない世界だけど。


「それでアルクくん。モフォグ大森林とウスイの間に集落を作るということは――当然、そういうことですね」

「はい。人魔一族の集落は緩衝地区として利用します。モフォグ大森林から流れてくる魔物からウスイの街を守るために」


 モフォグ大森林から魔物が現れた場合、まず襲われるのは近場に用意した人魔一族の集落だ。そこが襲われているうちに、ウスイの街の防護を固める。そのための緩衝地区であり、人魔一族である。もちろんちゃんと護衛は置くつもりだし、見殺しにするつもりは毛頭ない。

 それにミーアさんとソフィアさんがいれば大丈夫じゃないかなと思っている。


 そう答えるとセイバスは相好を崩し、満足そうな顔をした。


「結構です」

「それと、もうひとつあります」

「ほう。それはなんでしょうか」

「あの集落にはウスイの街に来た人族用の宿泊施設を用意するつもりです」


 これは魔族だらけのウスイの街では人族が安心して眠れないだろうという配慮だ。いずれ交流が増え、魔族への恐れがなくなれば宿泊施設は必要なくなるだろうが、それまでは安心できる環境を整えてあげる必要がある。

 ただし、これは表向きの理由だ。


「そんな集落にモフォグ大森林の魔物が突然、現れたとしたら宿泊していた人族はどう思うでしょうか」

「ふむ」


 モフォグ大森林の魔物は人族の国ではA級に分類される魔物がほとんどだ。魔族の兵士であれば、倒せる魔物でも人族たちは違う。ましてや人族の商人や一般人が戦えるわけがない。


「当然、宿泊客は恐怖に怯えることでしょう。そこを我々(魔族)が助けるのです」

「なるほど。そういうことですか」

「はい。魔族が人族を助けた。これは人族が持つ魔族への偏見と恐れを取り除くきっかけになりますし、魔族の力を見せつけることもできます」

「それで、そのきっかけの元は任意(・・)で起きるのですね?」

「ええ。モフォグ大森林の中から集落に向かってちょいちょい(魔物を追い立てるの)です」

ちょいちょい(魔物を追い立てるの)ですね」


 セイバスさんは口角を上げ、ニヤリと笑った。

 僕もまた同じように笑みを浮かべる。


「……ちょっと~、ふたりとも~。すごく悪い顔をしているわよ~」


 奥様から、教育係を間違えたかしらという声が聞こえてきたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。セイバスさんは使用人の皆が尊敬する執事長なのだから。


「許可は出すわ~。セイバスからもヘルムトに伝えてもらえる~? きっと反対しないから~」

「かしこまりました、奥様」

「あっ。それと奥様。もうひとつ報告が」

「あら~、何かしら」

「じつはドラゴンフォール山脈を越えた先にあるアッテンドリア帝国という国で――」


 その後、報告を終えた僕はセイバスさんとも別れ、スミール王国の拠点へと向かった。

 すでに日付が変わっていたが、突然、セルヴァから念話が届いたのだ。


 ◆


「あのさぁ、確かに後日と聞いていたけど――」


 スミールの拠点にやってきた僕を応接間で迎えたのはアスタロト入りダンジョンコアを大事に抱えるサルガタナスと――ベルゼブブの分身体だった。

 隣に立つセルヴァも困った顔で僕を見ている。


 セルヴァから聞いていたのはミーアさんの額にある魔核を回収するため、「後日(・・)、ベルゼブブが分身体を送ってくれる」という話だった。

 そう後日だ。

 この話をセルヴァから聞いたのは昨日だ。

 日付が変わった以上、後日であることに間違いはない。

 だからといって日付が変わった瞬間、来るか、普通?


 最初から明日とか深夜って言えよと思うのだが、ベルゼブブは嘘をついたわけじゃない。悪魔らしいといえば悪魔らしいのだが、いちいちうざったい。

 うざったい君が、舌打ちするくらいうざったい。


「そういうところですよ、ベルゼブブさん」

「なにが!? 僕が悪いことしたみたいじゃないか! 僕はただ、少しでもキミの役に立ちたいと思って急いだだけなのにっ!」


 見た目三十代の二メートルを超すおっさん悪魔が駄々をこねるように身をよじる姿を正面で見てしまったときの破壊力はじつに強烈だった。

 胸焼けと消化不良と頭痛が同時にやってきたような気持ちになる。


「分身体でもあまり長い間、こっちにいられないからね。ささっと終わらせようよ」

「はぁ、わかりました。でもミーアさんはもう寝ているんじゃないかな」


 セルヴァに目を向けると、「起きておられます」と言った。

 さっそくミーアさんを呼んでくるよう伝える。

 ちなみにヨーコさん、ヒミカさん、そしてアリシアさんは寝ているらしい。


「そうだ、アルク殿。預かっていたものをお返しします」


 サルガタナスは笑みを浮かべながら、アスタロト入りのダンジョンコアを僕に渡してくる。僕の信頼に応えてくれたということだろう。僕はそんな彼に笑みを返すと、あとで封印を解こうと伝え、ダンジョンコアを一旦『執事ボックス』へとしまう。


 また今の彼はエリクサーを飲んだときのような二十歳前後の青年執事ではなく、ちんちくりんの人形姿だった。この拠点は魔王国同様、豊富な魔力に満ちあふれているが、節約するために姿を変えているとのこと。 

 魔力不足で死にかけていたのが、こたえた(トラウマ)らしい。


 しばらくするとセルヴァがミーアさんを連れて戻ってきた。

 ソフィアさんも一緒だ。

 さっそくミーアさんに魔核を外すことを伝える。


「あ、外す前に言っておきたいんだけど――」


 ベルゼブブによると魔核を外した場合、身体に影響が残ることはないが、保有している魔力量は魔核がない状態に戻るとのこと。そのため極端に魔力が減ることによって、虚無感にさいなまれる可能性があるそうだ。

 だが、ミーアさんは問題ないと微笑んだ。


「じゃあ、ベルゼブブさん。彼女の魔核を外してもらえますか?」

「オウ、ワカッタヨー」


 ベルゼブブの言い方にイラッとしたが、外す作業は一瞬で終わった。

 ミーアさんの額にあった魔核をベルゼブブが指で触った瞬間、溶けるようにして魔核が消えたのだ。額には傷ひとつない。


「お姉ちゃん!」


 魔核が消えた瞬間、ミーアさんの身体がぐらっと傾く。

 だが、それをソフィアさんが優しく支える。

 体の調子を尋ねると、かなり疲れた顔をしながら問題ないとミーアさんは答えた。


「ようやく身も心も楽になれたわ」


 自分の額から魔核が消えたことを確認したミーアさんの目から一筋の涙がこぼれる。しかしその顔には笑みが浮かんでいた。

 フィスタンの呪い(ギアス)から解放され、様々な思いが彼女の中で渦巻いているのだろう。


 本当はしばらくゆっくり休んでもらいたいが、そうも言ってられない。

 人魔一族のことがある。

 申し訳ないが人魔一族のことはミーアさんたちに任せるつもりだ。

 人魔一族は正式に魔王国の住人になることが決まっている。もうしばらくは不自由な暮らしをさせるが、集落が完成次第、引っ越してもらう予定だ。

 手続きなどもあるため、人魔一族の代表としてマイモンさんと一緒に頑張ってもらいたい。

 その後、ベルゼブブに礼を言ったミーアさんはソフィアさんに支えられながら笑顔で部屋へと戻っていった。


「ところでベルゼブブさん。心臓に埋め込まれた魔核って取り出せます?」

「あー、例の疑似生命体の連中かい? サルガタナスに聞いているけど、多分できるんじゃないかな」

「捕らえた連中が侯爵領に六人ほどいるんですけど、お願いできませんかね?」

「んー、ミーアちゃんの場合は僕の魔核が原因だったから無償でやってあげたけど、ほかの悪魔の魔核はねぇ。……まさか悪魔()相手に対価なしでやらせるつもり? 僕はそんなに安い(悪魔)じゃないよ?」


 嫌らしい笑みを浮かべたベルゼブブ。

 そんな彼に僕は『執事ボックス』からアスタロト入りのダンジョンコアを取り出し、満面の笑顔を返す。


「アスタロトさんに永遠の別れを(さよなら)する時間は必要ですか?」


 ダンジョンコアをぺちぺち叩きながら、ケチケチすんなやというメッセージを送る。

 今にも手が滑りそう。

 滑って落として割っちゃいそう。

 なんだか物を壊したい衝動が生まれそう。

 サルガタナスの顔が引きつっているけど、大丈夫。

 何かあったら全部ベルゼブブが悪い。


「鬼! 悪魔! ひどいよっ! アルクくん!」

「悪魔に悪魔って言われても……」

「わかったよ! わかりましたよっ! 本当、誰だよ。アルクくんをこんな風にしたのは。まあ、いいや。サルガタナスも手伝うように」

「かしこまりました」


 その後、涙目になったベルゼブブはサルガタナスと一緒に逃げるようにして姿を消した。


 そして数十分後――。


「はいはい。抜いてきましたよ」


 ベルゼブブたちが戻ってきた。

 すごく疲れた顔をしており、一緒に帰ってきたサルガタナスはやさぐれた様子のベルゼブブを見て苦笑している。

 応接間のテーブルには六個の魔核が転がっていた。


「なんだかお疲れですね」

「お疲れだよっ! へったくそな埋め方しているから思った以上に魔核を抜くのに手間取ったんだ! もしあの子たちが死んだらアルクくんは怒ったでしょ?」

「まあ、せっかく拾ったものですし、たぶん?」

「だから死なないように、なるべく影響が残らないように、慎重に慎重を重ねて抜いたんだよっ! なんで僕があそこまで気をつかわないといけないのさ! あー、もうやだ。死ね、フィスタン! 存在消してやった、ざまあみろ」

「確かにフィスタンは滅んでますけどね」


 フィスタンは魔核を埋め込んだと言っていたけど、体組織と魔核が複雑に絡み合っていたらしい。それでもなんとか身体に悪影響が残らないようにしてくれたのはありがたい。


 彼ら彼女らは魔核ありきで動く疑似生命体だ。

 疑似生命体だったというべきか。

 今回、魔核を取り除かれ、ベルゼブブがうまいことやってくれたおかげで、なんと人族に戻れたそうだ。今後は人族として生き、人族として年を取り、人族として子を生み、育てることができようになったらしい。

 後遺症もない。

 ベルゼブブのくせに優秀すぎて腹が立つ。


 ただし、大幅に弱体化してしまったようだ。

 魔核がなくなったことで、これまでの能力はかなり落ちているとのこと。

 鍛え直せばある程度まで戻るそうだけど、本人の努力次第だとベルゼブブは言った。


「もともと彼らは疑似生命体だったことをフォスタンから聞かされていないようです。ですので一から生まれ変わったと思って頑張ってもらえばいいと思いますよ」

「あー、うん。それなんだけどね」


 するとベルゼブブは言いづらそうな顔で話しかけてきた。


「はい? なんでしょうか」

「今回、身体に悪影響が残らないようにした。人にも戻した」

「はい。お手間おかけしました」

「ただねぇ」

「ただ?」

「魔核の影響が脳までいっていてね」

「……ほう」

「ちょーーっと記憶が消えちゃったみたいなんだよねぇ」

「ほほう。具体的には?」

「フィスタンのことはぜーんぶ忘れている。存在も忠誠心もこれまでのことも何もかも。なぜ魔王国にいるのかも覚えていない」

「……あー、なるほど。それにしても都合よく記憶が消えたものですね。ベルゼブブさん?」


 なぜ目をそらす?

 あと額から流れる大量の汗はなんだ?


「先ほど、存在ごと消してやった、ざまあみろって言いましたよね」

「ふひゅー、ふひゅー」


 鳴らない口笛がむなしく響く。


「で、消えちゃったんですけ? 消しちゃったんですか?」

「――消しちゃった♪ サルガタナスが」

「ベルゼブブどのっー! アルク殿には言わないからと私に命令されたのはどなたですかっー!」

「え? そんなこと言った? 契約書は?」

「命令に契約書などあるわけないですぞっー!」


 あっさり認めたベルゼブブに対し、焦ったのはサルガタナスだ。

 言わないと約束したようだが、あっさりとベルゼブブに裏切られている。

 悪魔なんかと口約束するからだよ、まったく。


「どうなのサルガタナスくん?」

「アルク殿……我が主、アスタロト様の盟友であるベルゼブブ様の命令を私ごときが断れると?」

「うん、そうだろうね。全部、ベルゼブブが悪い」

「うえぇぇぇ!? なんで! やったのはサルガタナスだよ」


 サルガタナスによると相手の記憶を消せる能力を持っているそうだ。

 秘密にしていたそうだが、そんな便利な能力があるなら最初から言って欲しい。

 いろいろ悪用――活用できたというのに。


「まあ済んだことは仕方ありません。ところでベルゼブブさん。アスタロトの封印はどうやって解けばいいんでしょうかね」

「あー、アルクくんなら簡単だよ。『結界魔法』の――」

「『執事箱』ですね」

「『結界――』」

「『執事箱』がなにか?」

「……『執事箱』を使うときと逆の魔力を流せばいい。それでアスタロトを封印している結界は解けるはずだ」


 はいはいっと。

 僕はダンジョンコアをひざの上に乗せると、『執事箱』の要領でコアに魔力を流し込んだ。

 すると無数の亀裂がダンジョンコアに走り、やがて音もなく崩れ落ちた。僕のひざの上から、砂となったダンジョンコアがさらさらとこぼれていく。


 そのとき、こぼれ落ちていくダンジョンコアが突然光った。

 次の瞬間、僕の目に五歳くらいの女の子が現れる。

 肩まで伸びたストロベリーブロンドの髪が僕の膝からさらさらとこぼれ落ちた。

 その子は僕の膝を枕にして気持ちよさそうに寝ている。

 問題なのは服を着ていないということだろうか。

 僕は『執事ボックス』から布を取り出すと、彼女の上にかけてやった。


「――誰、この子?」


 慌ててベルゼブブたちに目をむける。

 するとベルゼブブは顔に渋面を浮かべ、サルガタナスはどこからともなくハンカチを取り出し、滂沱ぼうだの涙を流していた。


「――アスタロトだよ。なんでのうのうと気持ちよさそうに寝てんだ、こいつ」

「え? この女の子が!?」


 苦々しい口調で言ったのはベルゼブブだ。

 それにしても、まさかこんな女の子がベルゼブブの盟友といわれた上級悪魔アスタロトだとは思いもよらなかった。


「アルク殿。アスタロト様は一応、男ですぞ」

「はい?」


 僕は自分の膝枕で眠るアスタロトを見る。

 長いまつげにぷにぷにとした丸いほっぺ。

 小さな鼻にチェリーピンクの唇。

 寝ていてもあどけなさを感じさせる寝顔。

 その容貌はどうみても男の子には見えない。


「見た目は女の子なんだけど?」

「もともとアスタロト様は十二歳から十五歳くらいの男の子の姿を好んでおられました。今は封印されていたせいか幼児の姿を見せておられるようですが、当時からその美少年っぷりはそこらに転がっている女性型悪魔が嫉妬のあまり神に祈りながら、身を焦がすほどでございました」

「悪魔が神に祈るって自殺行為じゃないの?」

「それはもうこんがりと上手に焼けるほどですな」

「何度も女装はやめろと言ったんだよ。女性悪魔からクレームが来るし。グレモリーちゃんに嫌われている理由も同じような能力を持っていることが原因じゃなくて、本当はこいつの女装が原因なんだ」

「え? 女装?」

「似合いすぎるんだよ、こいつは」


 サルガタナスは主人の素晴らしさをここぞとばかりにアピールする。

 だが、それをぶった切る衝撃の事実がベルゼブブによって明らかになった。

 少年の姿を好む女装する悪魔……いわゆる男の娘?

 しかもストーカー気質の持ち主。

 変態だ。変態の悪魔だ。悪魔はやはり変態しかいない。


 僕はアスタロトにかけていた布で簀巻すまきにすると、首根っこをつかみ、サルガタナスに放り投げた。わざと手の届かないギリギリを狙って。


「ちょっ!? アルク殿ぉぉぉ!」


 ちっ、ナイスキャッチ。


「それで? その子(アスタロト)はいつ目を覚ますの?」


 僕が尋ねるとアスタロトを包む布を片手で持ち、みの虫のように吊しながら、サルガタナスは思案顔で答えた。ぷらぷらとアスタロトが揺れているが、今も気持ちよさそうに寝ている。

 主の扱いがずさんすぎない?


「かなり弱っておいでですので、しばらくは我々の世界でゆっくり休養していただく必要があるでしょう。早ければ数日中に目を覚ますでしょうが、遅ければ数百年は眠ったままかと」

「範囲が広すぎるわっ! わからないならわからないと言って!」

「はい、わかりません」


 こいつ……主が復活して気が抜けたのかポンコツ化してる。

 思わず眉をしかめながらサルガタナスを見る。


「いえ、なにぶん上級悪魔がダンジョンコアに封印されるなどという事例はないものですから」

「アスタロトは僕たちが引き取るよ。アルクくんには迷惑をかけたね。それとキミの故郷のことは本当にすまなかった。アスタロトを見つけてくれたお礼と合わせて、僕たちができることなら何でもやる――」

「ん? 今なんでもやるって言ったよね?」

「んんん? 何、その怖い笑顔っ!」

「ベルゼブブ様っ! 私とアスタロト様は何も言ってませんからね! 何でもやると言ったのはベルゼブブ様ですから!」

「あっ、貴様っ! ずるいぞっ!」

「まあまあ、たいしたことはお願いしませんよ。ええ、たいしたことはね」

「……そんな歓喜と悪巧みに満ちあふれた、とびっきりの笑顔を見せられながら言われても、ぜんっぜん信用できないんだけど」

「くくくく。信用なんていりませんとも」

「「ひっ」」


 僕はベルゼブブとサルガタナスにあるお願いをした。

 二人とも引きつった顔をしていたけど、お嬢様の離乳食卒業パーティーに招待したら喜んで帰っていった。

 彼らには期待しているので、ぜひとも頑張っていただきたい。


 ◆


 ベルゼブブとサルガタナスの二人と入れ違いで元インプ二号のフィエルダー、元グレムリンのミスチフが帰ってくる。

 いろいろ指示を出しておいた二人からさっそく報告を聞くことにした。


 まずはタイゲン王国に向かわせたフィエルダーの報告だ。


 フィエルダーによると戴冠式終了後、セドリック王は大神殿のダンジョンが崩壊したことが判明するやいなや、すぐさま布告を出した。

 発表された主な内容は以下のとおり。


 ・テオフィルス教皇と宮廷魔術師ザールクリフが悪魔と取引をしていたこと。

 ・違法な研究や奴隷売買、要人暗殺などの凶悪犯罪を行っていたこと。

 ・教皇だけでなく司祭、それに一部の神官も犯罪に関わっていたこと。

 ・宮廷魔術師ザールクリフと一部の魔術師もグルだったこと。

 ・ダンジョンの存在を国に隠蔽していたこと。

 ・教皇テオフィルスと宮廷魔術師ザールクリフが裁かれたこと。

 ・大神殿が神の怒りを買ったこと。


 教皇と宮廷魔術師によるタイゲン王国を揺るがしたこの大事件は、日が沈んだあとの布告にも関わらず、あっと言う間に王都中に広がった。

 朝になれば王都民のみならず、国中の街や村にも広がるだろう。


 特に大神殿が神の怒りを買ったという内容は多くの国民に衝撃を与えた。

 「まさか、大神殿が」と最初は信じられないといった様子の王都民だったが、アルバゼーレの街から逃げ出してきた人たちの証言によって事実であることが明確になった。


 神の怒りを買った大神殿。

 その大神殿のあるアルバゼーレの街にこの世のものと思えない数の落雷があった。

 これこそまさに数々の犯罪を行ってきた大神殿に対する神の怒りだと断じられたのだ。


 セドリック王も神の怒りだと信じて疑わない。

 やったのはベルゼブブだが、真相は秘密だ。

 あれは誰がなんと言おうと神の怒りなのだ。

 僕は大神殿を断罪しろと神様直々に言われたことをやったまで。

 方法までは聞いていない。

 だから、神様からのお咎めはない……はず。

 あとから文句を言うようなら最初から自分でやればいいのだ。

 何よりセドリック王には神のみわざと思っておいてもらったほうが、都合がいい。今後、魔王国によからぬ企てをするようなら、次は王都や王城に神の怒りが降り注ぐ。

 ……そのときの実行犯は雷魔法が使える魔族だろうけど、バレなければ全部神のせいだ。


 今回の事件を受けて現在、すべての神官の取り調べが行われている。

 その間、大神殿は一時封鎖。

 そして神の巫女であるミーアさんは行方不明として扱われた。

 十年以上、公に姿を見せていないことに加え、奴隷売買や数々の犯罪を繰り返してきた教皇たちのことを考えると、巫女の安否は絶望的だと言われている。

 セドリック王も巫女である彼女の行方を知らない。

 魔王国でソフィアさんと元気に暮らしている同名の女性がいるが、きっと別の誰かだ。


 噂ではタイゲン王国の大神殿はそのまま閉鎖され、スミール王国に新たな大神殿を作るという話が持ち上がっていた。

 実際、この噂は事実だ。

 すでにセドリック王とスミール王国ジョナサン王とも話がついている。


 タイゲン王国としては神の怒りを買った大神殿をそのままにしておくことはできず、スミール王国はタイゲン王国に貸しを作った形となる。

 実際には、人族至上主義の温床ともいえる大神殿をセドリック王はわずらわしく思っており、秘薬などを作ることができる本物の巫女(アリシアさん)と既知であるジョナサン王は大神殿の威光を利用したいという思惑があった。

 大神殿の移転は結局、両国の思惑が一致した結果だ。


 またセドリック王には僕の要望を事前にいくつか話しておいた。

 これは外交官としての要望でもある。

 例えば、魔族の血を引く人魔一族の引き渡しだ。

 すでに魔王国で保護している彼らだが、現状はタイゲン王国の民という扱いだった。それにこれまでの境遇や彼らの能力のことを考えると、タイゲン王国には置いておけない。


 本当は人魔一族を引き渡してもらう際、彼らの集落を作るための費用も出してもらうつもりだった。だが、その費用はフィスタンのダンジョンで見つけた財宝を使うことにした。その代わり魔王国との交流推進をお願いしてある。

 ただし、彼らの生活費数年分だけはせしめておいた。


 ほかにも『勇者と魔王の戦い』の真相を発表――大神殿の前身であるサクリス神聖国の教皇が原因だった件――などを飲ませている。


 これらの要望はタイゲン王国の宮廷魔術師(ザールクリフ)が主導したヒミカさんとエルフの巫女メリッサさんの暗殺未遂など、表沙汰にされると国際問題に発展する内容の口止め料でもある。

 暗殺未遂の件に関しては後日、セドリック王自ら両国の関係者に謝罪するとのことだが、ヒミカさんとメリッサさんの希望もあって、あくまで非公式の予定。公にすると国と国で揉めかねないという判断も働いた。


 各種要望を聞いてくれたセドリック王には、大神殿の悪事を知る生き証人としてダンジョンで人魔一族を監視していた神官をお礼として引き渡している。


 戴冠式そうそうタイゲン王国を揺るがす事件が起きまくり、踏んだり蹴ったりのセドリック王。

 だが、彼はただでは転ばなかった。


 後日。

 セドリック王は自分が王になったことで王国内にはびこっていた腐敗を(一部とはいえ)取り除けたと大々的に発表。

 国民に対して不足している食料の安定供給を約束し、同時に各種税金の廃止と削減を決定した。

 これらは食糧難にあえぐ多くの国民から高い支持を得ることに成功。

 食べる者があれば皆、幸せだ。

 ちなみにセドリック王が約束した食料は大神殿の倉庫にあった大量のダンジョン産食材を利用している。その中の一部をこっそりインプに運ばせ拝借していたが、まだほかにも倉庫があったようだ。


 さらにセドリック王の念願だった奴隷制度の廃止を発表した。

 教皇たちが違法な奴隷売買をしていたことを徹底的に糾弾しつつ、奴隷制度廃止は悪魔と取引をしていた教皇が全部悪いといわんばかりの論調を繰り返した。最後には奴隷を持つ者は悪魔との関わりがあるのではないかとまで言い切った。

 この発言は奴隷を持つ貴族や富裕層からの批判を全部、死んだ教皇に押しつけたのと同時に奴隷を持つ連中を牽制することになった。


 セドリック王の奴隷制度廃止が発表された日を境に、タイゲン王国に存在するすべての奴隷たちの売買や不当な暴力が罰せられることになった。邪魔だからと無理矢理追い出すことも禁止である。

 解放しない、またはしたくない場合は正規の給与を支払い、待遇を改善することが義務化された。また解放する場合は自立できるまで職の斡旋などの支援を行うことも義務づけられた。

 ただし、奴隷による犯罪は奴隷自身が罪を償うことなった。


 いずれにせよこれはセドリック王による奴隷解放宣言にほかならない。


 奴隷商のほか、貴族や富裕層連中たちは奴隷制度廃止に反対した。

 そんな彼らには、もれなく悪魔との関わりを調査する審問官が送り込まれることになる。のちに、「悪魔なのはどっちだ!」と言われることになる審問官たちは、それはそれは見事なまでに彼らの不正を暴いていった。


 まだまだ課題は多いが、この奴隷解放宣言は多くの国民に受け入れられることになる。完全に奴隷が解放されるまで時間はかかるだろうが、ようやくその一歩を踏み出すことになった。


 ちなみに奴隷解放運動を行っていた組織『自由なる世界』の一部は新国王直属の部下として採用されている。また組織が経営する奴隷商は、この世界初となる元奴隷専門の職業斡旋所として活躍することになった。

 奴隷商の主人だったヘイローは今日もアリスに操られている。


 転んだと思ったら、そのまま前方伸身宙返り三回(F難度シライ2)ひねりを見せたセドリック王。

 彼の国王としての実力は初日からいかんなく発揮された。

 彼が王である限り、タイゲン王国はこれからも強国であり続けるだろう。

 大神殿の移転くらいじゃ、たいして国力を削ぐことにはならなかったかもしれない。


 あっ、そうそう。

 意識不明のままだった元王妃だが、ようやく意識を取り戻したらしい。

 詳しい話は聞いていないが、今後は元国王と静かに暮らしていくことだろう。



 最後にミスチフからの報告だ。


 僕たちがダンジョンに潜るとき、彼に与えた指示はスミール王国に行き、タイゲン王国セドリック王とスミール王国ジョナサン王の会談を手伝うことだった。

 二国間の話し合いが短時間かつスムーズに行われたのは彼らのおかげだ。

 ようは使い魔同士の念話を利用したホットラインである。


 この方法のおかげで大神殿移転はスムーズに話がついた。

 大神殿の移転と本物の巫女であるアリシアさんの今後については、アリシアさん本人とスミール王国ジョナサン王に一任している。


 いずれ新たな人間の巫女が神により選定される予定だ。

 それがアリシアさんなのは言うまでもない。

 ジョナサン王たちスミール王国の王族は、アリシアさんが本物の巫女だとすでに知っているが、国内外に新しい巫女の誕生を発表する必要がある。

 当事者で巫女が誰なのか知らないのはセドリック王たちタイゲン王国の連中くらいだ。


 新たな巫女の発表は数年後を考えているそうだが、新しくできる大神殿次第だろう。

 同時に唯一神ではなく、商売と契約の神であることが発表される。

 唯一神でなくなった理由として、これまた悪魔と取引をした教皇たちが原因とされた。

 なんでも教皇が契約した悪魔と唯一神が戦うことになり、かろうじて神が勝利を収めたものの、その力の一部を失ったとかなんとかかんとか。

 アリシアさんによると、そういう筋書きでと神様本人の啓示があったらしい。

 そんなテキトーでいいのか、神様。

 え? 神話なんてそんなもの?

 あっ、そうですか。

 いえ、別に何も。


 アリシアさんはもうしばらく僕たちの拠点に滞在し、ヨーコさんとミーアさんから巫女としての知識を学ぶそうだ。その後、折を見てスミール王国内に引っ越しし、巫女であると発表されるまで一人の神官として活動するらしい。


 彼女のサポートも万全だ。

 モーゼフさんとオーレリアさんがいるし、なつかれているアデライト王女を始め、スミール王家が後ろ盾となっている。

 アリシアさんのことを知る唯一神の神官たちが何かしようとしても手は出せない。何より教皇たちがいなくなった今、アリシアさんに手を出す者はいないだろう。


 教皇が悪魔と取引していたとスミール王国でも布告された今、彼ら神官の評判は地に落ちている。特に貴金属で着飾った神官たちに対する視線は非常に厳しい。悪魔と取引して手に入れたんじゃないかという噂が流れているくらいだ。

 その噂を流したのは僕の指示を受けたミスチフだけど。


 これにて報告は終わり。

 報告を聞いたあと、僕は使い魔たちの前でこれからの予定を話した。

 するとセルヴァが尋ねてくる。


「話はわかりましたが、今からですか? すでに夜中ですよ。朝までお休みになられたほうが」

「そうしたいんだけどね。そんな時間はないかな。僕もね、本当はお嬢様にお会いしてから出発したいんだけど、朝までに行かないと」

「ヒミカ様たちのお目覚めを待たなくていいのですか。皆様、心配されていましたよ」

「うーん。お嬢様の離乳食卒業パーティーも近いから、なるべく早く用事を済ませておきたいんだよ。すぐに彼女たちの力を借りることになるかもしれないから、手紙だけは残しておくつもりだけどね」

「左様ですか。――本当にヒミカ様たちのお目覚めを待たなくていいんですね」

「うん? 急ぎだと言ったはずだけど?」

「かしこまりました。ところで顔が赤いようですが、風邪でも――」

「大丈夫! 何でもない、何でもナイヨーー!」

「……左様でございますか」


 そう言って、なぜかニヤリと笑うセルヴァ。

 よく見たらミスチフもフィエルダーもニヨニヨしている。

 なんだか気持ち悪いな、こいつら。


「さてと。悪いけど皆にはまた手伝ってもらうよ?」


 その言葉に彼らは一斉にひざまずく。


「「「はっ。お任せください、アルク様」」」


 その後、お嬢様、ヒミカさん、ヨヨさんたちに手紙を残した僕は使い魔たちとともに『執事ゲート』をくぐり抜けた。



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