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第十五話 楽しい食事と楽しい工作

 食堂のテーブルには、奥様とお嬢様とヨヨさんが席についている。

 執事長に僕、イーラさんに数人のメイドさんらは給仕に務める。料理長は厨房で陣頭指揮の真っ最中。


「エリス奥様。突然の会食の申し出をお受けくださり誠にありがとうございます」

「私もヨヨさんとはゆっくりお話したかったのよ~」

「あら、光栄ですわ」

「今日は、料理長とアルクちゃんが新しい料理を出してくれるそうだから楽しみにしててね~」

「楽しみですわね」

「てぃりあもたのしみなのー」


 女性三人で楽しそうな歓談をされているようで何より。

 会食とは言っても、妖精族のヨヨさんは甘いものしか口にできないことは奥様にご了承いただいている。


 その際、奥様と執事長に氷砂糖と塩を口にしてもらった。イーラさんやお嬢様のように“甘い”、“しょっぱい”などの味を感じることができるか協力していただいたのだ。


 結局、今回は残念な結果に終わってしまった。奥様も執事長も特に反応はなかったのだ。魔族の味覚障害を解決するにはまだまだ時間がかかるようだ。


 だからといって落ち込んでばかりではいられない。


 さぁ! まずはサラダだ。

 残念だが甘党のヨヨさんと離乳食期のお嬢様の分はない。


(カボチャやじゃがいもがあればなぁ……)。


 メイドが奥様の前にサラダを盛った皿をお出しする。


「まぁ、これは!」

「ふわぁ、きれいなのー」


 執事長は片目の眉を少しだけ上げ、イーラさんは驚いている。


 最初の一品目は、『レタスと大根の“花添え”サラダ』だ。

 ひと口大にちぎったレタスと、千切りにし、水にさらしてシャキシャキにした大根のサラダに、色とりどりの“食べられる花”をふんだんに使ってみた。


 盛りつけは料理長。ただのサラダが、花の彩りによって一枚の絵画のように鮮やかに表現されている。長年(つちか)われてきた美しく盛り付ける技術は伊達じゃない。


 実はこの花、サラダにもう一工夫欲しくて、蜜を取る花は食べられないのかと駄目もとでヨヨさんに尋ねてみたのだ。すると、どうやらヨヨさんの話では小さな花の場合、蜜が取りにくいので花ごと食べることもある、と返事をもらった。


 聞いておいてなんだが、エディブルフラワー(食べられる花)がこの世界にも存在していたのだ。しかも驚くことに、この世界には前世と同じく食べられるバラ、ルリジサ、キンレンカ、パンジーなどもあった。


 食べられる花の話をしたときは、「よく花が食べられることを知ってたわね。それも前世の記憶ってやつ?」と呆れられてしまった。


 ただ、花を添えたサラダを出したのには理由がある。毒のない食材を使った料理であると同時に、もうひとつ狙いがあるのだ。

 それは昼食前の話だ。食べられる花を提供してもらったお礼を兼ねて、ヨヨさんに商談の一環としてある提案をしたのだ。



――昼食前の厨房。


「ヨヨさん。先ほどいただいた花のお礼として提案があるのですが」

「あら、なーにー?」

「花も食材として交易品とするのはいかがですか?」

「なんですって?」


 いい反応です、ヨヨさん。


「実は、見た目重視で味がわからない魔族には、花蜜や砂糖は交易品として価値や魅力が薄いと思うんですよ」

「むぅ、言われてみれば」

「そこで花です。見た目で花の美しさに勝る食材はないと思いませんか?」

「確かにそうね」

「もちろん食材としてこだわる必要はありません」

「見た目重視なら飾りとしても使えるってことね」

「そのとおりです」


 花を使った料理は、魔族の女性から好評価を得られるはず。

 いや、間違いなくウケる。そこで奥様の昼食に、花を添えたサラダをお出しするので、その評価を見て交易品として取引を考えてみるのはどうか、と提案した。


「でも魔王国にも花くらいあるでしょ」

「もちろんありますよ」

「じゃあ、なぜ?」

「花は飾るもので食べるものではありません」

「あぁ、そういうこと」


 昔、悪食の貴族が花瓶の花を食べているのを目撃したことがあるが、当時はおぞましかった覚えがある。あの姿を見ると、離乳食期に失敗した悪食魔族が嫌われるのも無理はない。


 毒を無効化する魔族としては、魔王国内に咲いている花を食べても問題はないのだが、あくまで花は食べ物ではないというのが魔族の常識なのだ。


「欲しいのは、“食べられる花”というキャッチコピーです」

「毒はあっていいの?」

「妖精族の花に毒があるとは思いませんが、有毒でないことも重要ですよ。今の通商貿易局局長殿(ヘルムト侯爵様)にとってはね」


 有毒な花なんて、今の侯爵様は嫌がるに決まってる。それがわからないヨヨさんではないはずだ。

 その証拠に、僕の答えを聞いたヨヨさんは笑っている


 (これはわかってて聞いてるな)


「でもそんな美味しい話を私に教えていいの? 今の話を聞く限り間違いなく成功するわ。かなり大きな商談になり得る提案よ?」

「最初にお礼だと言ったはずですよ」

「あら、大きすぎるお礼の気がするけど?」


 ヨヨさんも商人だねぇ。僕の企みにも気がついているようだ。

 さすがに一筋縄ではいかないか。


「先ほどの花蜜や砂糖は、侯爵様に強くお薦めしておきます。ただ魔王国との取引より侯爵領との取引のほうが活発になるかもしれません、取引条件次第ですが」


 侯爵様の配下の執事(見習い)が口を利きますよ、と。そして侯爵領はたくさん買うよー、だから特別な配慮してね、という意味を含ませておく。


 うなずいているところをみると、ヨヨさんも気がついている。


 味のわからない魔族しかいないほかの魔族領より、ミストファング侯爵領のほうが花蜜や砂糖をうまく利用できる。なにせ花蜜や砂糖の味を知っているお嬢様がいるし、その価値を正しく理解している僕がいるのだから。


「ほかの魔族領に売ってもかまわないのよね」

「えぇ、もちろんです」


 ここで欲張って侯爵領との独占取引を結ぶと、職権乱用だとか余計な叛意を疑われたり、貴族同士で軋轢あつれきを生んだりする。だからヨヨさんには王都を含め、ほかの魔族領にも売ってもらう必要がある。


 だが“使い道が既にある”侯爵領との取引のほうが、はるかに多くなるはずだ。花蜜や砂糖を、うまく使わない、使えない、ほかの魔王領の連中が悪い。僕は悪くない、たぶん。


「それと、食べられる植物があれば安価で紹介いただきたいな、とは思ってますけど」


 なぜかヨヨさんは不思議そうな顔をする。


「アルクん。食べられる植物って何?」

「ああ。花以外にも食べられるものがないかなと思いまして」

「具体的には?」

「そうですね。葉とか実が食べられる植物」

「考えておくわ」

「気にしないでください。今の花の件はお礼ですから」


 探しておくではなく、考えておく、か。

 たぶん何か知っているんだろうな。それも妖精族のヨヨさんが判断できないことか。

 まあ、ゆっくり考えてください。


 ヨヨさんには秘密だけど、花の取引を勧めたのはもうひとつ理由がある。

 妖精族の秘伝に僕が触れた件で、ヨヨさんに警戒心を持たれないようにするためのエサでもある。僕が前世の記憶を持っているのを知ってる妖精族とは仲良くしたいからね。


 “執事たるもの、侯爵領の発展のために工作活動のひとつもできなくてどうしますか”、とセイバスさんに言われたことがある。


 (師匠(セイバス執事長)、僕はお嬢様のためにも一日も早く貴方のような立派な執事になってみせます!)



「アルクん、あなた十歳よね?」

「えぇ、前世の記憶持ちですけど」

「……ふう。まぁいいわ。ありがとう。そのアイデアはお礼として受け取っておく。うまくいったら、アルクんの“お願い”も善処するわ」


 ヨヨさんは、にこやかな笑顔を見せつつ僕のお願いを聞いてくれた。そんなヨヨさんが少し真面目な顔をする。


「でもアルクん、気をつけて。この世界は異質に厳しい世界よ」

「異質? それはどういう意味です」

「それは秘密」

「妖精族は秘密が多いんですね」

「あら、女性だからこそ秘密が多いのよ」



――なんてことがあった。


 前も同じような事があったけど、ヨヨさんには秘密が多い。

 いや妖精族に、というべきか。


 それはともかく、花という食材が手に入った。あくまで見映え的な意味が強いので、食材というよりも目で味わう調味料といったところか。


 お嬢様は奥様が食べておられるエディブルフラワーサラダに釘付けだ。奥様にも好評いただけているようで何よりです。これで交易品として花の価値が実証されたことだろう。ヨヨさんも喜んで採用してくれるはずだ。


 そんな奥様はバラの花びらをひとつ、お嬢様に、「あーん」と差し出している。朝食の件もあったため緊張されているように見えたが、お嬢様がパクっと嬉しそうに召し上がったのを見て、幸せそうに微笑んでいらっしゃる。



 さてお次は、カブ、人参、マッシュルーム、ホウレンソウの『野菜とキノコのクリームシチュー』。彩りも良く、実に美味しくできた。あいにく味については奥様にわかっていただけなかったが、ティリアお嬢様の食べる勢いに驚いておられた。ヨヨさんの分は、本人から妖精族用の食器を提供していただき、それに盛りつけてある。


「すごいの! ほふほふなの! おいしーのー」

「あらあら、ティリアちゃん大喜びね~」

「うん! あまーくておいしーの」

「あらあらまぁまぁ」


 少しだけ寂しそうな奥様だったが、いつか侯爵御夫妻にも味覚を取り戻していただき、親子三人で美味しい食事を楽しんで欲しい。


 ヨヨさんもシチューに挑戦していたがあいにくと“口に合わなかった”らしい。無理させたくないので下げてもらった。ヨヨさんには、本当に申し訳ないことをしてしまった。妖精族の食事は砂糖並に甘くないと駄目なのかもしれないな。


 昼食はいつも軽めということだったので、食事のメニューはこれだけだ。でもいつもよりも少ないので、デザートはちょっとだけボリュームのあるものにしてみた。


 メイドさんに紅茶の準備をお願いしておく。

 さぁ気を取り直して、次はデザートだ! 続いては、『トロトロ花蜜がけのパンケーキ。リンゴジャム添え』です。


 小麦粉と少量の砂糖と水を混ぜ、一センチほどの厚さに焼いたものを二枚重ねる。リンゴジャムを脇に添え、その上からヨヨさん提供の花蜜をたっぷりとかければ完成だ。


 花蜜はお嬢様も初めての体験となる。

 果たして気に入ってもらえるだろうか。


 焼きたてのパンケーキに、トロリとした黄金色の花蜜をかける。ちょっとここにも一工夫。花蜜には先ほどのサラダと同じように数種のエディブルフラワーを細かく刻んだものを混ぜてみた。色合いとしては、紫や青などをメインにしてある。黄色の補色効果でより美しく見えるはずだ。(本気でバターも欲しいと思う)


 お嬢様用のパンケーキは小さめにした。奥様はそのパンケーキをお嬢様が食べやすいように切り分けてらっしゃる。本来は僕やメイドの仕事なのだが、奥様は貴族には珍しく、自ら率先して子育てをされる。むしろそのお姿が微笑ましい。


 ヨヨさんにも妖精族用に作った直径二センチほどの大きさのパンケーキを用意し、たっぷりと浸るくらいの花蜜をかける。こちらは口に合えばいいのだけど。


 ヨヨさんのパンケーキを用意した間に、ティリアお嬢様は上手にフォークを使って花蜜がたっぷり染み込んだパンケーキを口へと運ぶ。


 パクっとフォークを口に咥えたままお嬢様の動きが止まった。

 お、お嬢様? ま、まさか! 朝の騒ぎが頭をよぎる。


 あわててお嬢様の顔を覗きこもうとした瞬間。


「ひゃぁぁぁああ」


 食堂に響くお嬢様の歓声。

 

「ふひゃぁぁああ」


 続いて食堂に響くヨヨさんの歓声。


「すごくおいしーのー、とてもあまくて、ぽわぽわなの!」

「アルクん! こ、これがお菓子なの!?」


 おお! 思った以上に反応がいい。


 本来なら蜂を介していないとあの甘さが出なかったり、余分な水分を蒸発させたりする必要があると聞く。けれど、ヨヨさん提供の花蜜は、蜂蜜に負けず劣らずの甘さがあったのだ。

 それに花蜜は砂糖よりも甘さを感じやすいようだし、お嬢様が驚かれるのも無理はない。


 (あれ? 妖精族ってどうやって蜜集めているんだろ)


「お気に召していただいたようで何よりです。お菓子のようなものといえば確かにそうですね。今回は花蜜の美味しさを味わうため、パンケーキに染みこむようたっぷりかけてみました」


 うん、気に入ってもらえてよかった。妖精族には小麦粉は合わないかな、と心配したけど大丈夫だったようだ。たっぷり染み込ませた花蜜がよかったのかもしれない。


「喉にひっかからなくて素敵」

「……今なんて?」

「え? 花蜜って、喉に詰まるじゃない。トロッとしてるし」

「お湯や水で溶くとかは?」

「まずくなるじゃない!」


 カミサマ、ボクノココロガ、オレソウデス。

 妖精族も立派な味覚障害だよ! 調理しないし!


「パンケーキは大丈夫だったんですか?」

「パンケーキ自体もっと甘くてもいいと思ったけどね」

「それ以外に問題は?」

「完璧よ、アルクん」


 もうあれだ、“甘み”しかわからないのが妖精族ってことでいいや。今度、“妖精族入門冊子”に書き加えておこう。



「奥様、いかがなさいました?」


 ヨヨさんとのパンケーキ談義に気を取られていると、奥様に呼びかけるセイバスさんの声が聞こえた。奥様はパンケーキを口にされてから一言も話されていない。奥様は執事長の声にハッとした表情を浮かべ、何度かまばたきをされた。


「あ、えぇ。ごめんなさい。少しぼーっとしていたわ~」


 そしてパンケーキをもう一口お食べになる。


「アルクちゃん。この花蜜というのは魔力の含有量がんゆうりょうが非常に多いのだけど、これは特別なのかしら~?」

「いえ、特に何かしたわけではないですが」とヨヨさんを見る。

「エリス奥様、花蜜はもともと魔力の含有量が多いのです」

「そうなのですか~」


 奥様は、ヨヨさんにうなずきながら、また花蜜たっぷりのパンケーキを口に運ばれる。


「この口に入れた瞬間に広がる魔力といい、口の中がしっとりするような感覚は心地良いものね~。春のような暖かみを感じるわ~。ティリアちゃんの言ってたぽわぽわってこれのことかしら」


「よよちゃんの、はなみつは、ぽわぽわするのー」

「そうね。ぽわぽわするわね~」


 食事の際、奥様とお嬢様が味に関して気持ちを共有することは今までなかった。確かに味覚が理解できない奥様と味覚が鋭敏なお嬢様とでは感じる感覚の度合いは違うだろう。


 それでも料理で同じような感覚が共有できたのであれば大きな進歩だと思う。何より顔を見合わせて笑顔でパンケーキを食べてらっしゃる奥様とお嬢様のお姿を見れば、今はこれで十分だ。



「それにしてもこのパンケーキは、ほかの妖精の皆にも喜んでもらえると思うわ。いつもより満腹感があるわね。食べすぎたかしら」

「まぁ小麦で作ったものですからね、腹持ちもいいと思います」


 あ、そうだ。もうひとつあったんだ。


「最後にもうひとつ砂糖を使ったお菓子がありますので少々お待ちくださいね」

「まだあるの!」

「砂糖と言えばお菓子ですよ、お菓子」

「太って飛べなくなったら、アルクんのせいだからね」


 そんなこと言われてもなぁ。



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