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第十四話 あまじょっぱい?

「妖精族って普段、花蜜や砂糖をどうやって食べてるんですか?」

「砂糖を食べたり、花蜜を飲んだりよ」


「……え?」

「……え?」


「料理とかしないんですか?」

「なぜ花蜜や砂糖を料理しなくちゃいけないの?」


 うわぁ、胸焼けしそう。

 確かに調理するものじゃないですけど。


 あっ、嫌なこと思い浮かべてしまった。

 まさかと思うけど、そのまさかだよなぁ。


「イーラさん」

「何? アルクくん」

「“甘い”ってどんな味かわかりますか?」

「???」


 ですよね。

 さっきも“美味しい”の意味を聞かれたところだった。


「アルクん、ふぁいと!」ヨヨさんの応援が心に響く。

「……砂糖をもらえれば頑張れます」

「後日、通商貿易局へ一緒に行ってくれるわよね」

「……はい、喜んで」ヨヨさんの要求が心を痛める。


 はいはい、妖精族と交易するメリットを侯爵様に売り込みますよ。お願いされなくてもお嬢様や魔族のためにも花蜜や砂糖の存在は大きいですし。


 せっかくいただいた砂糖だ。先ほどから砂糖を見ていたお嬢様に、一センチほどの氷砂糖をつまみ、おひとつどうぞとオススメしてみる。


「お嬢様。はい、あーん」

「あーーん」


 大きなお口の中に氷砂糖をひとつ入れる。

 しばらく口をもごもごしていたお嬢様の目が、くわっと開かれた。


「ふわぁぁぁぁ」


 そしてすぐに力が抜けるような声がお嬢様から発せられる。

 その表情はまさに蕩けるような“甘い”笑顔。両手を頬に当てながら椅子に座ったまま足をふりふりしている姿は今日一番の可愛らしさ。

 目を閉じたまま頬を染めて微笑むお姿はまさに天使!


「アルクくん! 天使おじょうさまが微笑んでるわ……氷砂糖だっけ? 今までに見たことがないほどの満面の笑みよ」

「人族には“甘い笑顔”って言葉もありますしね」

「これが“甘い”ってことなのね!」とクネクネするイーラさん。

「いえ、違います」


 気持ちはわかりますけどね。


「イーラさんも、お一つどうぞ」

「あら、ありがとう」


 クネクネしてたイーラさんの手に氷砂糖をひとつ乗せると、彼女は氷砂糖をつまみ口に入れる。


「んー、すごく優しい感じはするわね。安心する感覚っていうのかしら。でもほんの少ししか感じないものなのね」


 そういえば味覚のひとつである“甘み”って、刺激が少ないから子供が好む味だったはず。味覚オンチのイーラさんでも、僅かとはいえ“味”らしき感覚を掴んでいるようだ。だとすれば砂糖やお菓子は、食べ物に“味”があることを魔族の子供たちに覚えさせる手段となり得る。

 与えすぎると妖精化するかもしれないけど。


「その感覚が“甘い”って認識でいいと思いますよ。ついでにこちらも試してみてください」


 と、塩をひとつまみイーラさんの手に乗せる。お嬢様も手を口に当て欲しそうにしている。でも、こちらは少し待っててくださいね。


「こっちは『塩』よね」

「はい、そうです」


 イーラさんは塩を口の中に放り込む。


「うわっ!」一言発すると慌てて井戸へと走り水で口をすすぐ。


「いったぁ。何するのよ! 口が痺れたような感じがするわ」

「それが“塩辛さ”や“しょっぱい”という感覚です。“甘み”を感じた後だとその感覚が強くでますね」


「お嬢様、ほんの少しだけ試してみますか?」

「いたいのだーめなの」

「少しなら大丈夫ですよ」

「じゃあ、ためすのー。ぁーん」


 さっきよりも口の開け方が小さい。そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、お嬢様。イーラさんよりずっとずっと少なめです。


「ふわっ!」


 すぐにお水の入ったコップを渡す。

 んぐんぐと両手で持ったコップから水を飲むお嬢様。


「しょっぱいのー」とクシャっとしかめた顔をされる。


 さっそく覚えたての言葉を使ってらっしゃる賢くて可愛らしいお嬢様には、小さめの氷砂糖をプレゼントです。氷砂糖を口に含んだお嬢様から先ほどと同じように「ふわぁぁぁぁ、あまいのー」という歓喜の声と満面の笑みがあふれる。



「イーラさんは思った以上に味覚が戻っているようですね」

「まだよくわかってないけどね」

「徐々に慣らせばいいと思いますよ」


 あまいのー、おいしーのー、を笑顔で連呼するお嬢様。

 そのお姿を見ていると、侯爵家の皆さんが少しでも早く“美味しい”を理解できて欲しいなと切に願う。きっと皆もお嬢様のような笑顔になるに違いない。


 ふと思いついたことがあった。


「レイゴスト料理長。せっかくですので、今日の昼食を、奥様とティリアお嬢様、それにヨヨさんにも食べていただくのはどうでしょうか」

「あら、いいのかしら?」

「一度、魔族の食事の味も試していただきたいなと思いまして」


 ヨヨさんには料理の意味を覚えてもらいたい。砂糖と花蜜をそのまま口にするのではなく、調理することによって広がる世界があることを実感してもらいたいのだ。


「レイゴストさん、僕もお手伝いさせていただきますね」

「わかった。それは助かるぜ。おっと、シチューに入れるホウレンソウは最後だったな」

「はい。一度説明しただけなのに完璧ですね」と僕。

「おう! 任せろ」


 “腕を組みながら”シチューをかき混ぜる料理長は笑顔で答える。相変わらず幽霊族の能力ポルターガイストで調理してる光景は見慣れないな。料理長の後ろでは誰もいないのにペティナイフがリンゴ切ってるし。


「アルクん。だったら今日の昼食、エリス奥様とお嬢様とご一緒することは可能かしら。最後のお茶の時間だけでもいいわ」

「それはお嬢様にご協力いただける方としてのご希望でしょうか、それとも妖精族異界商人としてのご要望でしょうか」

「まぁ両方かしらね」

「正直ですね」

「隠すほどのことでもないわよ。魔族の料理も興味あるし」

「でも砂糖や花蜜以外の物を食べて大丈夫ですか?」

「食材によるけど一度食べてみたいわ」


 じゃあヨヨさんにはぜひともお菓子を食べてもらわないとね。

 商人としてのヨヨさんにも提案があるし。


「ただ会食については奥様にお聞きしてみないことにはなんとも」

「もちろん、わかってるわ」

「そろそろ執事長も帰っておられるはずです。イーラさん、執事長に奥様のご予定を確認していただけますか」

「わかった。聞いてくるわね」

「ありがとう、イーラさん」

「では、ティリアお嬢様。奥様のところに一緒に行きましょう」

「あーい。かぁさまのとこいくのー」


 お嬢様とイーラさんは仲良く厨房から出て行く。


「よよちゃん、おさとうありがとーなのー」


 ヨヨさんは、どういたしましてと笑顔を返した。

 お嬢様が振り向いて、僕たち厨房にいる皆にブンブンと手を振っている。その姿に、料理長をはじめ使用人の皆の手が止まる。

 いや止まってなかった。笑顔でお嬢様に手を振り返している。


 お嬢様の姿が見えなくなったところでレイゴストさんが尋ねてくる。


「ごほん。で、あと何を作るつもりだ? アル坊」

「はい。ほかの料理もここにある食材を使って作りましょう」

「シチュー以外の料理も、あの材料だけで作れるのか?」

「はい。ヨヨさんがいろいろと提供してくれましたから」


 さぁて、今日の昼食のメニューは、と。

 さっそく準備にとりかかる。



 この日の昼、奥様とお嬢様、ヨヨさんの会食が決定した。

 さぁ、新しい魔族の料理のはじまりですよ。



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