第十三話 甘くない食材探し
――数十分後。
厨房を駆け回り、棚や貯蔵庫を覗きこむ。
散々調べあげた結果、お嬢様や僕が食べることのできる、毒のない食材が集まった。
「アル坊よぅ。これで全部か?」
「アルクくん、ここにあるのが毒のない食材?」
「アルクん、これが魔族の食材なのね」
「わぁー、いっぱいだぁ」
はい、皆の気持ちもわかるけどこれが現実ですよ。
お嬢様だけが可愛い。その素直さが実に可愛らしい。
結局、この厨房から見つかったのは次の食材。
・今朝搾りたてのミルク(種類不明)
・生肉(種類不明)
・干し肉(種類不明)
・ハム(種類不明)
・塩漬けの魚(魚種不明)
・干し魚(魚種不明)
・脂(恐らく動物の脂と推測)
・骨(出汁用らしい。種別不明)
・小麦(白い粉。白パン、黒パンも発見)
・大麦(白い粒。お粥に使用してた)
・カブ(白い丸い根菜)
・ダイコン(白い長い根菜)
・ニンジン(橙色の先が尖った根菜)
●マッシュルーム(茶色と白のキノコ)
・ホウレンソウ(濃い緑の葉菜)
・レタス(薄い緑の葉菜)
・パセリ(緑の特徴的な形をした葉菜)
●黄色いバナナのような皮(果肉部なし)
・リンゴ(赤い実)
・ワイン(赤、白も発見)
・ブドウ(ワインがあるので恐らくある可能性が高い)
・紅茶用の茶葉(十種以上)
●ワインビネガー(ワイン貯蔵庫で発見。偶然の産物の可能性大)
・塩(調味料はこれだけ)
・花蜜(蜂蜜、ヨヨさん提供)
前世の知識と合致した食材はその名前も記しておいた。
これらの食材はお嬢様の離乳食や使用人が食べていた食材を含んでおり、新たに発見した食材は、たったの三種類。●印の食材がそうだ。バナナのような皮以外は毒味しておいた。皮の中身がどこに行ったのか、謎だ。
結局、百種近くあったほとんどの食材が、色鮮やかな毒系キノコや毒草だった。ほかにも強烈な苦味や渋みのある木の実、面白い形をした草や葉っぱ、それに何かの根や枝などを見つけたが、食材として使えないものばかりだ。
植物以外だと、「ダメ! 絶対!」とその身に書いてあるような青い生肉や牙のある虹色の昆虫、いつから置いてあるのかわからないドロっとした何か、を発見したが、もちろん食材にはならない。
ただ不思議なのは、それらは腐っているわけではないらしく腐臭はしない。むしろいい匂いがする有毒食材もある。
もちろん毒とわかってる食材は毒味しないし、怪しい食材も口にはしていない。正体不明の食材たちの実験をする日が来ないことを願う。
今後はイーラさんに書き出してもらった一覧を基に、王都にある食材店などをまわり、ほかに食材として使えるものがないか探す予定だ。正体不明の肉や魚、それにミルク等は口にしたことがあっても元の生物は確認しておくべきだろう。手がかりがあるかもしれない。いや、正体不明の肉やミルクを口にしたくないと言ったほうがいいな。
また、一覧にあるカブやリンゴなど前世でも馴染み深い食材などは、お嬢様の離乳食メニューでも使っていたものだ。野菜や果物の類が圧倒的に少ないのが気になるが王都近くの畑や森などを一度調べてみる予定だ。
それにしても調味料が塩しかないとか、嫌がらせにもほどがある。
百種類以上も食材があったのに、毒のない食材たちはたったこれだけだ。この状況に思わずため息が出る。
「これだけしかないとは思いませんでした」
「まいったな、これは」
「時期的にここにはない食材もあるでしょうけどね」
「あまり期待できそうもないがな」と肩をすくめる料理長。
でも収穫時期が違うはずの食材たちが、今の時期にまとめて手に入ったのは僥倖だ。もしかしたらこの世界の食材は、前世の知識にある収穫時期とは違う可能性がある。これは確かめていくしかない。
それに魔王国には様々な気候の土地がある。その土地にしかない食材も数多くあるはずだ。なにせ前世より流通網が発達していないこの世界では、王都に届かない食材もあるだろう。
「さてと、アル坊。そろそろ昼食の準備をしなきゃなんねぇ」
「ああ、もうそんな時間ですか」
「軽食とはいえ今日の昼食はどうすべきか」
「まずはスープやサラダですね」
「スープベースはあるけどな」
「スープベースって今朝の“アレ”ですよね」
「ん? スープベースは具材を入れる前のやつだな」
「材料は何を使ってるんです?」
「主に干し肉、人参、脂、骨、干し魚、パセリ、生肉の硬い部分……ん? そういや全部一覧に入ってるものばかりだな」
まさか!
「味をみてもいいですか?」
「おいおいおい、大丈夫かよ」
「いま言われた材料だけなら大丈夫ですよ」
暖炉にかけてあった鍋を覗くと確かに今朝と同じ黄金色のスープが入っている。香りは実にすばらしい。味見用にスープを小皿に取り、口に入れる。
香味野菜が入っていないので野性味が強いがコンソメやコクのないフォン・ド・ボーに近いか。タマネギとかネギとかトマトが欲しい! 絶対に美味くなるはずだ。そういえば邪神様から、ネギはあるって教えてもらったな。玉ねぎがあってもおかしくないだろう。
「料理長! スープベースはこのままで十分美味しいです」
「おぉ! 本当か! この色を出すのに苦労したんだよ」
「色は見事ですよね。これを使ったシチューを作ってみましょう」
「お! アル坊の記憶にある料理かっ」
「はい」
「こりゃ楽しみだぜぇ」と楽しそうに笑う。
本当はタマネギとかバターとか使うんだけど、ないものはしょうがない。それにこのスープベースがあれば、いろいろなスープが作れるし料理の幅も広がる。
料理長にカブとホウレンソウ、マッシュルームの下ごしらえの方法を説明し、調理にかかってもらう。人参はスープベースに入っているものを使うとしよう。小麦とミルクを使ったクリームソースの作り方を、料理長に説明しておいたからクリームシチューができるはずだ。
お嬢様用のスープも具材を細かく切れば問題なし、と。
それにしてもレイゴスト料理長ってすごいな。一度説明しただけなのに手際良すぎでしょ。それにいつの間にか戻ってきたほかの使用人たちに目まぐるしく指示しているし。
ん? あれ? 最初から作り始めてる?
うわあ、もうほかの使用人にクリームソースの作り方教えてるよ。理解早すぎでしょ。さすがは侯爵家の食卓を任されている料理長だ。
あとは、と。
調味料の類がもっとあれば、いろいろと作れそうなんだけどなぁ。
「せめて砂糖でもあればなぁ」とつい愚痴が口に出る。
「あるわよ?」
僕のつぶやきに反応したのはヨヨさんだった。
あっさりした彼女の答えに思わず変な声が出る。
「ふへ!?」
「持ってるわよ、砂糖。用途に合わせて何種類か持ってるけど?」
「よ、よ、よ、ちょ、ちょ、ちょ、み、み、み」
「アルクんってば面白いわねぇ」
「ヨヨさん! ちょっと見せてもらえませんか?」
「もちろん、いいわよ。これも交易品候補のひとつだし」
妖精族のポーチから次々と十センチ四方の木箱やら壺を取り出す。それらの中身をひとつひとつ確認する。
「こんなものかしら」
「これはまた……(すごいな、この時代に)」
・真っ白な砂糖【上白糖】
・さらさらと白く輝く砂糖【グラニュー糖】
・粒の粗い砂糖【ザラメ糖】
・宝石のような砂糖の塊【氷砂糖】
・シロップ状になった砂糖【糖蜜】
・シロップ状の黒い砂糖【廃糖蜜】
・茶色の砂糖【黒砂糖】
味見をしてみるが間違いなく砂糖だ。
お嬢様はキラキラ光る砂糖の粒に瞳をキラキラさせている。
レイゴストさんもいろいろな種類の砂糖に興味があるようで、「何に使うんだ?」とヨヨさんに聞いているし、イーラさんは氷砂糖を見ながら、「宝石みたいねぇ」とつぶやいている。
「少しは妖精族のこと見直してくれるかな、アルクん」
「いや、驚きました」
「ふふーん。すごいでしょー」
花蜜といい砂糖類といい、妖精族の持っている品は世界を変えるほどの力がある。ただ残念なのは、魔族は味がわからないという点だ。交易品として成り立つかどうかは微妙なところだろう、今は。
「これも妖精族の食事のひとつですか?」
「ええ。そうよ」
「妖精族の食事って甘いものが多いんですか?」
「甘いわよ? 魔族は違うの?」
妖精族の食事って甘いものばかりなのか。
味覚オンチの魔族、甘み偏好の妖精族。この世界の種族は何を食べているんだろうね、まったく。
「いやぁ、それにしても妖精族は高い技術をお持ちなんですね」
「……アルクん、それはどういう意味かしら」
「宝石のような砂糖の塊を見ればわかります」
「見てわかるの?」
「えぇ、こっちのキラキラした砂糖もですね」
「そ、そうね」
「ヨヨさん、安心してください。砂糖の原料を知ってても、この純度の砂糖を作る技術は今の魔族にはありません」
「っ!!」
この反応を見る限り、邪神様からもらった技術を活用して、いろいろ作リ出したり広めたりするのは避けたほうがよさそうだ。
それに、まだ会ったことのない種族もいる。
妖精族のように、純度の高い砂糖を精製できるほどの高い技術を持っている種族相手には、交渉用のカードを持っておいたほうがいい。相手の技術レベルを見極め、前世の知識や技術にその種族が得意とする技術があれば完璧だ。
もちろんそれは、いつでもその種族が持つ技術を解析、無効化できると匂わせるためだ。
ただ、自分一人じゃ技術を広めるにも限度があるし、お嬢様にお仕えする時間が減るのは勘弁してもらいたい。適材適所、役割分担は必要だ。敵対しない限りは、その種族にまかせておいたほうが楽だろう。
「アルクん、きみはどこまで知ってるの?」
「どこまで、とは?」
「砂糖の純化は妖精族の秘伝よ。キミは精製方法を知ってるの?」
「いえいえ、そんなに詳しくないですよ」
「それなり、に詳しいのね」
「火の扱いが得意なもので」
「そう……」
あまりやりすぎると妖精族との取引に影響がでるかな? ここはギブ・アンド・テイクで行くべきか。特にヨヨさんとはウィン・ウィンの関係でいたい。
「ヨヨさん、砂糖を使ったお菓子とかお好きです?」
「お菓子? それは何かしら?」
「アル坊、オカシってなんだ?」
「アルクくん、お菓子って何?」
「おかしぃ?」
あっれー? 甘いものが主食の妖精族どころか、皆、お菓子知らないのか? 魔族ってお菓子の文化は……なかったね、そういえば。甘いものが理解できないからお菓子の文化も出てきてないんだ。お嬢様、おかしくはないですよ。
これは説明するより実際に作って見てもらったほうがいいだろうな。
「では昼食のデザートにお菓子を作りますね」
「へぇ、それは楽しみね」
「甘くて可愛いお菓子を作りますから」
では、お菓子を知らない妖精族って花蜜や砂糖をどうやって料理に使っているんだろうか。わからないことは聞いてみるに限る。
「妖精族って普段、花蜜や砂糖をどうやって食べてるんですか?」
ヨヨさんから返ってきたその答えに、僕は衝撃のあまり、しばらく何も返せなかった。