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第一話 いつもの朝

はじめまして、海野雲丹うみの うにと申します。

今回、初投稿となります!長くお付き合い頂ければ幸いです。


 ここは魔王様が治められる魔族の国、オノゴルト魔王国。

 濃い魔力が広がるオノゴルト魔王国には、魔族のほかに魔法に長けた種族が住んでいる。その王国の王都エドゥーラにあるミストファング侯爵家の屋敷では、いつもと同じ一日が始まろうとしていた。


「おはようございます」


 黒い執事服に身を包んだ僕たちは、柔らかい絨毯が敷かれた廊下を歩いている。同じ主に仕えるメイドさんとすれ違うたびに挨拶を交わす。

 廊下の窓から斜めに差し込む太陽の光に目を細めながら、ふと外を見れば雲ひとつない青い空が、今日という特別な日を祝福しているようだ。


 (今日でちょうど十年か)


 今から十年前のこと。

 王都にあるミストファング侯爵邸の前に、一人の赤子が捨てられていた。その赤子を拾ったのは屋敷の主であるミストファング侯爵家御夫妻その人たちだった。


 そう。その捨て子こそが僕だ。


 当時、子供がいなかったとはいえ侯爵御夫妻は上級貴族である。その上級貴族が捨て子の世話をするのは世間体がよろしくない、という執事長の判断もあり、実際に親代わりとなってくれたのはその執事長をはじめとする使用人の方々だ。


 御夫妻や侯爵に仕える使用人の皆は、捨て子の僕を本当の家族のように暖かく迎え入れてくれた。皆さんには感謝してもしきれない。


 拾われて三年目のある日、侯爵様に使用人として働かせて欲しいことを申し出た。胃腸が弱く病気がちだった捨て子の僕が、今日まで生きてこられたのは、食事や寝る場所を与えてくれた侯爵御夫妻のおかげだ。


 この申し出は、その大恩に報いるためだった。


「いつかお生まれになるだろう侯爵家御夫妻のお子様のため使用人として修行したいのです」


 三歳になったばかりの僕の申し出に、侯爵御夫妻は大きく目を見開き驚いていらっしゃった。最初は、年齢的にも早すぎる、その年で無理をするな、と侯爵様にやんわりとさとされ断られた。それでも食い下がる僕のわがままな申し出を、最後には苦笑まじりに許可してくださった。


 さっそく次の日から執事となるための修行が始まった。


 執事長からは、執事の基礎知識や執事とは何か、を徹底的に叩き込まれた。ほかにも貴族社会の常識など、いろいろな分野について学んだ。その中には人族の本から学ぶことも数多くあった。


 またメイドさんからは、魔族だけでなくほかの種族の言葉や文字の読み書きなどを教わることもできた。



――侯爵家に拾われてもう十年。



 侯爵家に保護されてから本当にあっという間だった。

 執事としての修行を始めて七年が経つが、見習いとしてまだまだ学ぶべきことは多い。


 僕の師匠であるセイバス執事長は、長年にわたり侯爵家に仕える筆頭執事であり、侯爵家に仕える使用人のまとめ役でもある。


 短めに整えられた白髪をオールバック気味に後ろへ流し、顔に刻まれた数々のシワは長命な魔族でもそれなりの高齢であることがわかる。細身ながらも好々爺然とした柔和な笑顔を絶やさないセイバス執事長は、すれ違うメイドさん一人一人に声をかけながら僕の前を歩いている。


 年齢を感じさせず颯爽さっそうと歩くセイバス執事長の背中を尊敬のまなざしで見上げる。僕はその執事長に置いていかれないよう、足を必死に動かしてついていくのだった。


 しばらく進むとお屋敷のやや奥まった場所にある花模様の細工が彫られた部屋の扉の前に到着する。到着後、前を歩いていたセイバス執事長は一歩後ろへ下がり、替わりに僕が扉の前に立つ。


 この扉の向こうには僕が専属執事(見習いではあるが)としてお仕えする方がいらっしゃるのだ。


 専属執事を任じられたころの話だ。

 見習いにすぎない僕が、前に立たされたことを不思議に思い、セイバス執事長に理由を聞いたことがあった。


 僕の問いへの答えはこうだ。


「見習いとはいえ専属執事たるアルクくんが、ほかの使用人の後ろに隠れたままで、どのようにご主人様をお守りするというのですか」


 この“執事たる~”が執事長の口癖だ。


 セイバス執事長の答えに、当時の僕は専属執事の責任の重さを感じたものだ。仕える主人を誰よりも最初に守るのは専属執事の役目である。自らの命に代えてでもお守りしなくては、と改めて決意した瞬間でもあった。


 そんなちょっとした昔の出来事を思い出していたがそろそろだろう。

 いつもと同じ、この時間に扉が開くはずである。


 ※カチャッ※


 思ったとおりの時間でゆっくりと扉が開く。


「おはようございます。お嬢様の着替え終わりました」


 半分ほど開いた扉の向こうでは侍女のイーラさんが優しい笑みを浮かべている。


 いつもと同じ時間とタイミング。まさに完璧を誇る侍女イーラさんは、僕が仕えるお嬢様の専属侍女。お嬢様の生活に関する全ての補佐を行うのが彼女の仕事だ。


 やや青白い肌、肩まで伸びた暗青色の髪、深い青色に光る瞳でお嬢様を見守る力強いまなざしは、イーラさんの忠誠心を示しているかのようだ。同年代だがイーラさんの方が若干年上らしい。はっきり聞いたことはないし、そもそも女性に年齢を聞くのはどうかと思う。


「「おはようございます」」


 セイバス執事長と僕は彼女に微笑みと挨拶を返し、僕を先頭にゆっくりと部屋の中へ足を進める。セイバス執事長と侍女のイーラさんは僕の後ろに続く。


 部屋は、白とピンクを基調としている。窓は大きく開かれており、まばゆいほどの陽の光が部屋に射しこんでいる。窓から入ってくるそよ風に乗って不規則に動く薄桃色のカーテンは、部屋の中でダンスを舞っているように見える。


 まばゆい陽の光の中に目をやると、そこにはフリル付きの可愛らしい白のワンピースを着た女の子が眠たそうな目をこすりながら立っていた。


 そのまま女の子の前まで歩を進めると、その愛らしいお顔が目に入る。


「おはようございます、お嬢様。今日はとてもいいお天気ですね」


 同時に、「お召し物がよく似合っておいでです」と素直な感想を付け加えることは忘れない。


「おあよー。いいてんきなのー」


 にぱっ、とした笑顔を浮かべられたお嬢様は、横目でちらっと天気を確認しつつ、こちらに元気いっぱいに駆け寄られる。僕の横を素通りし、ササッと後ろに回り込む。回り込んだお嬢様は、僕にガシっと抱きつくとそのまま登り始めるのだった。


「うんしょ! うんしょ!」


 僕に元気よく登り始めたお嬢様。お嬢様は僕に登ることを朝の日課にしているのだ。


 目標は肩車でいらっしゃるようだが、今まで成功されたことはない。ただここで手を出そうものなら、拗ねてしまわれるため僕は何もできずに直立不動のままだ。


 以前、「肩車ですか」と手を差し出したときがあった。そのときのお嬢様は顔が丸くなるくらい頬をふくらませ、その日はずっと口をきいてもらえなかったのだ。


 不機嫌そうなお嬢様を見た侯爵御夫妻から、「どうした?」と理由を聞かれた。正直に肩車を手伝おうとしたことを報告すると、その話をお聞きになったお二人が大笑いしておられたのを今でもよく覚えている。


 その日以来、心の中だけで手を差し伸べることにしている。


 あと半年もすれば三歳となられるお嬢様は、健康的な白い肌に、バラのように美しい赤い髪と瞳が印象的だ。うっすらと桃色に頬をそめた姿は見目麗しく、笑顔ではしゃぐお姿はまるで風の中で踊る花びらのようだ。

 奥様のように強大な魔力を持ち、活発で、登るのが大好きな方である。


 そんなお嬢様が生まれて一歳になったとき、専属執事として拝命され一年半が経つ。


 今もなお現在進行形で、さらなる高みをめざして僕に登るお嬢様。

 さすがは人の上に立つ貴族令嬢。淑女たるつつしみは六歳まで長期休暇中だ。


 今、お嬢様が登っている僕の身長は百四十センチ、二歳半のお嬢様は九十センチほどである。


 執事修行の僕に、物の単位や簡単な計算を教えてくれたのはイーラさんやメイドたちだ。イーラさんたちは今、お嬢様に言葉や数字などを教えている。そんな先生役だったイーラさんの身長を超えたときは感慨深いものがあった。


 (そろそろかな)


 お嬢様の頭がちょうど肩のあたりまでくると、ピタっと止まる。若干プルプル震えているのは気のせいではない。そして力尽きたかのように手を離すとペタリと床に座り込む。


「きょうもだーめなの」


 後ろを振り返りお嬢様を見る。上目遣いでこちらを見上げている姿が実に愛らしい。その姿を見たイーラさんがお嬢様の後ろで両手を顔に当てクネクネと身悶えているが、お嬢様の目に入らなくて幸いだと思う。


 この、「だーめ」という言葉遣いは奥様の影響らしい。


 振り向いて中腰になり視線を合わせてから愛らしいお嬢様を励ます。


「お嬢様、先日よりも記録を更新されています。あと少しでしたね」

「ほんとー!」


 太陽すらかすむような明るい返事と笑顔がかえってくる。

 お嬢様は僕の言葉に、「わーい」と喜びながら部屋中を駆けまわってみえる。


 そのとき部屋にいる僕たちに声がかけられた。


「おはよう! 今日も登られたかアルク」

「おはよ~。あらあら、ティリアちゃんは今日も仲良しねぇ。アルクちゃんたちもいつもありがとう」

「とぉさま、かぁさま、おあよー」


 お嬢様の朝の日課が終わる頃、お嬢様の両親である、侯爵家が主ヘルムト侯爵とその夫人エリス様がお嬢様のお部屋へとお見えになる。


「おはよう! ティリア!」

「おはよ~。ティリアちゃん」


 背が高く、褐色の肌をした健康的な細身の身体。燃え上がる炎のような明るい赤の瞳。金の長髪を後ろに流し一本結びで縛っているヘルムト=ミストファング侯爵。


 細身ながらも多くの女性が憧れる体型と透明感のある白い肌を持ち、慈愛あふれる深い赤の瞳と、腰まで伸ばした赤紫のロングストレートの髪が美しいエリス=ミストファング侯爵夫人。


 駆け寄るティリアお嬢様を抱き上げ、母性ある微笑みを返す奥様と、そんな夫人と娘を愛おしく見る侯爵様御一家は、幸せを絵にしたような家族の姿そのもの。


 侯爵御夫妻に挨拶を済ませ、しばしの待機。


 その間、セイバス執事長が侯爵様と奥様に本日の予定を確認、報告をしている。その際、所領であるミストファング領についての打ち合わせもあわせて行われるのだ。


 所要で王都にいる今も、侯爵領の状況を把握しつつ、王都での仕事もこなす侯爵様はお忙しい。その補佐をするのもセイバス執事長の役目である。


 打ち合わせを行っている間、奥様に抱き上げられたお嬢様は、奥様の腕から隣にいらっしゃる侯爵様の腕へ移ろうとしておいでだ。行動力があって実に微笑ましい。


 以前、移動中のお嬢様を侯爵様自ら手を出して抱きかかえようとしたときがあった。しかし、「だーめなの!」とお嬢様に怒られ、思いっきり凹んでいたのは記憶に新しい。そのときの侯爵様のお気持ち、僕はよくわかります。


 自分でやりとげようとするお嬢様の健気なお姿は、使用人たちの間で休憩中に最も盛り上がる話題となっている。


 悟られないようにお嬢様にそっと手を添える奥様と、セイバス執事長の話を聞きながら、お嬢様をチラチラ横目で見てハラハラしている侯爵様を尻目に、危なげながらも侯爵様の腕にすっぽりと収まったお嬢様は、満面の笑みを浮かべ満足されている。


 …イーラさん、わかりましたからクネクネしないでください。


 一通り確認と打ち合わせが終わると、ご一家は食堂へと足を運ばれる。


 これがいつもの侯爵家のはじまりであり、いつもと同じ一日が始まる――はずだった。



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