その声で聴かせて
《もう、まずいって。どうしたら良いのこれorz》
《珍しくハマってるねぇ(^-^)》
《あり得ないのに。私には絶対あり得ないのに。》
《あり得ないよねぇ。どうしちゃったの?》
《わかんない(T_T)でも、あの人のこと考えるだけで苦しすぎて泣けてくる。どうしよう、手が届かない人なのに(;>_<;)》
《泣けてきちゃうのか。テレビの向こうの人なのにね。》
《今までこんなことなかったのにさ、知れば知るほど親近感湧いてきちゃってどうにも止められないの。》
《例えばどんなとこ?》
《血液型と星座が一緒で読書好きで日本語に対して造詣があるとことか歌詞とか歌ってるときの顔とか笑顔とか、もうとにかく片っ端から心臓捕まれるの‼》
《ああ、うん。でもそれはホントの姿を知らないから好きになれたとこなんだよ。》
《わかってるよぅo(T□T)o実際会ったらきっと全然合わないかもしれないし、むしろ向こうが私を嫌がると思うけどさ、わかってるんだけどさ。》
《そういうのは遠くから見ているのが良いんだって( ̄~ ̄;)ライブ行くんでしょ?いつだっけ?》
《来週の土曜日。》
《そこで生の姿拝めるんだから良いじゃん。》
《そうだよね。すんごい小さい会場だから多分一番後ろでも顔が見えるくらい近いよ。ハワワワ((((;゜Д゜)))ドウシヨウ》
《落ち着け(笑)》
《とりあえず、またライブDVD観て復習しとく。》
《そうだね。それが良いよ。》
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ライブハウスは、ギュウギュウのお客さんで押しくらまんじゅう状態だ。
全員がステージに向かって腕を振り上げ叫んでいる。
ステージでは四人の男たちが自分の能力でそれに答えていた。
一番奥からドラムの正確で激しい情熱。
下手側ではベーシストが重いリズムをきざむ。
上手側に陣取ったギタリストは自由自在に音の波を作り出す。
そして正面。ボーカルが思いの丈をメロディーに乗せ、外にまで届けよと叫んでいた。
そのパフォーマンスをオーディエンスの熱い想いが支える。
彼女はその中、後ろの方に立っていた。
スタンディングのライブでは、要領が良い方が前に行ける。
どうしても人を押し退ける気持ちが弱い彼女は、押し負けて流されて後ろの方に流れ着くしかなかった。
それでも、真ん中、目当てのボーカルの正面にいる。それだけで満足だ。
こんなに近くにいる。
同じ時間を過ごし、同じ空間の空気を吸っている。
これだけ大きく、表情がわかるくらい近くに見えるのだから、彼の目にも自分の姿は映っているはずだ。
何度か目があった気がした。その度に喉よ裂けろとばかりに叫んだ。
想いのすべてを、見つめる目と振り上げた拳に込めた。
それだけで満足だ。
ステージに押し寄せる大きな波の中に自分の気持ちも混ざっている。
きっと届く。
それで、満足だ。
だから叫んだ。
音楽と歌声と歓声に紛れて絶対に届かない声を、だからこそその言葉を、叫んだ。
「カナタさん!愛してる‼」
バックステージは、大声こそ出さないが静かな戦場だった。
ステージから下がってきたメンバーがそれぞれにタオルを受け取り水分補給をし、酸素吸入をする。
狭いライブ会場はいっぱいの人達の熱気で酸欠状態だ。
叫び続けて疲れたのかボーカルKANATAが、タオルを頭から被ってぐったりしていた。
「おい、大丈夫か?すぐ着替えないと、アンコール出るぞ。」
ギタリストのIZUMIが着替えながら声をかける。
客席からはすでに地鳴りのようなアンコールが響いてくる。
スタッフの一人がカナタの頭をゴシゴシ拭いてやる。
そして別のスタッフが次に着るTシャツを手渡す。
それを受け取ったカナタが突然頭を上げた。
「やっぱダメだ、諦めらんねぇ。」
「何が?」
ベーシストのNORTHが聴き返した。
ドラマー、YU-Iはまだ息が上がっていて声が出ない。
カナタは勢いよく汗で貼り付くシャツを脱ぐと、そのまま体を拭く。
「客席にすごい気になる子がいるんだけど、どうすれば良い?」
「は?」
その言葉が聴こえた全員が振り向いた。
「どうするって言ったって、どうにもできんだろう。」
呆れた声でイズミが答えた。
「どうにかしたいんだけど、どうしたら良いか聞いてんだよ。」
カナタは上半身裸のまま、ズボンを脱ぎ捨て別のパンツを着ける。
本気で知り合うつもりのようだ。
一緒に音楽をやって十年になるが、客に興味を示したのは初めてだ。
ファンと恋人は別物だと、ちゃんとわかっていたはずなのだが。
しかし、和泉を見るその目に覚悟の光が宿っている。
「まずはお知り合いにならないとな。」
ノースがニヤニヤ笑いながら、年下のボーカリストの肩を叩いた。
「それなら、スタッフにどの子か教えて、終わってお客さんが帰る時確保してもらえば良い。」
スタッフが明らかにギョッとした。
「そんなんで捕まえられるの?」
そのカナタの言葉には、別の声が答えた。
「そう言えばノース、若い頃その手で何度か落としてたよね。」
復活したらしいユイが水を飲みながら言った。すでに着替えが終わってるのは早業だ。
マジかよ、と無言の視線が刺さる。
それでもカナタはその案を受け入れることにしたらしい。
手の空いている(不運な)スタッフ二人に彼女の場所と風貌を伝えていた。
アンコールを何度叫んだだろう。
汗を拭き、着替えを済ませたメンバーが再びステージに戻ってきた。
オーディエンスの歓声にそれぞれ答えるメンバー達。
その目がやけに一点に集中する。
そのうちカナタが右手でオッケーサインを出した。
それを見たオーディエンスが一斉にオッケーサインで答える。
一心にカナタを見つめていた彼女は、自分の背後に立つスタッフに気付いていなかった。
アンコールも全て終わり、メンバーが挨拶をしながら名残惜しそうに舞台袖に消えて行った。
後ろの扉が開かれ、夢の時間が流れ出していく。
彼女は興奮の余韻でふらつく体を扉の脇の壁に持たせかけ、出て行く人々を眺めていた。
中には、大丈夫?と手を貸そうとしてくれる親切な人もいたが、少し休みたいからと言って手を振って見送った。
アンコール一曲目が始まった頃、不意に肩を叩かれ手渡されたメモがある。
アンコールの間は照明が落とされないため、メモを読むには十分だった。
そこには“退場が始まっても残っていてください”と書かれていた。
なんの事だろう、と不思議に思いながらも、そういうのは無視できない質だ。例え騙されて笑い者になるとしても、信じた方がましだと感じるから。
だから、全員が退場して一人残された彼女は、ステージを片付け始めたスタッフに意味深に見られるのに居心地の悪さを感じながらも、目につくゴミを拾ったりしながらやり過ごしていた。
時間にして3分ほど。そろそろ誰かスタッフに訪ねた方がいいのかと思い始めたとき、突然声が響いた。
「そうだよ!あの子だ!」
弾かれたように顔をあげる。
その声の張本人は、ステージの上手側から顔を出してこちらを見ていた。
彼女はしゃがんだまま凍り付いた。
たった今までステージの中央でライトを浴びていた人がそこにいた。
カナタは嬉しそうに上気したままの顔で近付いてきた。
肩にはタオルをかけて、汗がまだ引いてない状態だ。
ゴミを拾っている格好で固まっているのに気づいたカナタは、掃除を始めたスタッフを呼び、そのビニール袋に彼女の手にあるゴミを入れた。
「今日はありがとうね、来てくれて。それと、手伝ってくれて。どうだった?今日のライブは。」
主にペットボトルのキャップとガムの包み紙が、ビニール袋に溜まっている。
手伝ったってほどもやってない。と返事をしようとしたのだが、声はうまく出なかった。
はにかんだように笑ったカナタが、一段高くなっているステージに腰を下ろすように勧める。
現状が把握できてない彼女は半ばパニックに陥りかけていた。
が。
彼女の中の自己防衛本能のスイッチが働いた。
頭が真っ白になるときにいつも自分を動かしてきたスイッチ。
とたんに冷静な自分が戻ってくる。
一度大きく息を吸うと、スカートの裾を整えて隣に腰かける。
その距離は50㎝くらい。
片手を伸ばせば触れられる距離だ。
ビデオの中の大好きな笑顔が、今となりから自分に向けられている。
心臓はドキドキと忙しなく働き、身体中の血液を一瞬で入れ換えようとしている。
まだ引ききっていない汗が、新たに吹き出すのを感じる。
それでも脳内はやけに覚めていた。
のぼせてはいけない。
落ち着いて、冷静に何事も対処しないと、みっともない自分を晒すことになる。
それだけは許せない。
今のこの状況で可能性があるのは・・・
声が震えないように細心の注意を払って口を開いた。
「最高でした。初めて参戦させていただいたライブがこんなに小さい会場で、チケットが取れたのも奇跡的だったのに、今またこんな風に話をさせていただけるなんて、夢のようです。」
噛まないように、失礼のないように、慎重に言葉を選ぶ。
「ですけど、これは、バックステージご招待の懸賞とかに当たったんですか?」
応募した記憶はないのだけれど、と付け加える。
一瞬だけ不思議そうに首をかしげたカナタが、ああ、と笑った。
「ごめんごめん。そんな募集はしなかったんだけどね。」
そして彼女の頬から伝う汗に気付いて、スタッフに新しいタオルを要求する。
「まず、名前を尋いていい?あ、俺は廣崎叶多って言います。」
知ってるか、と照れ臭そうに笑う顔が眩しい。
彼女はわずかに視線を泳がせた。
「・・・モリイ、シズカ、です。」
その時ちょうどタオルが届いた。
「シズカちゃんか。これ使って。」
「え、でもこれ新品・・・」
「いいのいいの。余ってんだから。」
そう言ってそれをシズカの肩に掛ける。
彼女はすみません、と小さな声で言ってからそっと汗をぬぐい始めた。
「小さいハコでしょ?確か300人くらいしか入らないんだって。だから後ろの方までよく見えたよ。シズカちゃんが一生懸命ノッてくれてるのとか。そんで、ちょっと話してみたいなと思って残ってもらったんだ。この後予定は?」
同じ様に汗をグシグシと拭きながら目だけで様子を窺う。
ライブ中の彼女とはイメージが違いすぎて、少しだけ驚いた。本当はもっと、キャーッ‼となると思っていたのに。
しかしこれはこれで オンとオフの違いに興味がそそられる。
シズカが答えるのを躊躇っている。
当たり前だ。いきなり声かけられて予定訊かれたら警戒するだろう。
けれどやってしまったことはなかったことに出来ない。
僅かな後悔を開き直りで封じ込める。
「終電までには解散するよ、俺達も帰らないといけないからさ。」
チラッとシズカの目が叶多を見た。
ただそれだけのことなのに心臓が跳ねた。
「ビジネスホテルとってあります。新幹線に間に合うか不安だったので。明日は日曜で休みだし。」
「泊まり?そのわりには荷物が少ないけど?そのショルダーバッグのみだよね?」
「一度チェックインして大きな荷物は置いてきました。さすがにスタンディングのライブであの荷物は迷惑だから。」
「あ、なるほどね。」
静かな声。知性的なしゃべり方。
職業柄、いろんな声の中で生きている彼にとっても、初めて聞くくらい特別な音色が脳内に響く。
もっとこの声を聴きたい。もっと話を聴きたい。
やはり間違えてなかった。そんな悦びが感情を支配する。
「じゃぁ、打ち上げ参加してよ。」
目まぐるしく頭の中であらゆる言葉を検索しながら言葉を紡ぐ。
誤解されないで、信じてもらえて、断る気にならないような言葉を探す。
しかしそれは徒労に終った。
「はい。」
あっさりと返された承諾の返事。
「ホントに!?」
「はい。」
思わず聞き返す彼とは対照的に端的な返事が再びされる。
少しだけ目を大きく開いて、少しだけ首をかしげているその仕草が、妙に幼く見せる。
いったいいくつくらいなのだろうと、普段は気にしないことが頭をよぎる。
でもまさか未成年てことはないだろう。
叶多は勢いをつけて立ち上がった。
「そんじゃ、もう少し待ってて。着替えて来るから。」
「はい。」
三回目のハイ、は少し微笑みながら。
もっと緊張をほぐさないと本当の彼女は見えないのだろう。
叶多は不気味なほどにニヤけている自分を自覚することなく楽屋へ引き返した。




