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野獣の住む城  作者: 依槻
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07.花と少女

 目の前に広がる赤。赤。赤。目の前に横たわる女の人は誰?目の前に立つ、あなたは誰?冷たい、寒い、怖い。

 「ルイ様。お目覚めになられていますか?」

扉の向こうから聞こえるユキの声に、ルイは重い瞼をゆっくり持ち上げた。頭がぼんやりする。何か、夢を見ていた気がするのに、思い出す事が出来ない。

「ルイ様?」

「ユキ、起きているわ。入って大丈夫よ。」

返事を返せば、安堵したのか、ユキが失礼します、と扉を開け、部屋へ入ってきた。

「昨日は心配をかけてごめんね。」

「いえ。具合は悪くありませんか?」

「うん、大丈夫そう。」

そう言って微笑むルイは何かを我慢している様にも見えず、ユキは納得した様に頷く、いつもの様に、まずはルイのドレス選びを始めた。

 いつも通りに朝食を取り、ランに高い所には登らない様に注意を受けたルイは庭園に出た。そして足が向くのはやはり薔薇園だった。

「ルイ様は薔薇がお好きなのですか?」

昨日の今日、という事もあり、どうしても出歩くならと、今日はユキが一緒だった。

「好き、というか。何だか赤い色を見ると、何かを思い出せそうな気がするの。」

「赤を見るとですか?」

「うん。忘れてしまっている何か。でもきっと、私は思い出さなきゃいけないと思うの。」

赤を連想してこの場所に来た。でも、この赤は怖くない。何故かはわからないけれど。なら、怖い赤は何?

「ねえ、ユキ。赤って言えば、何を連想する?」

「赤ですか?トマト、唐辛子、苺、林檎・・・。」

「全部食べ物なのね。」

指折り赤い物を数えるユキにルイはクスクスと笑い声をあげる。食材を扱うことが多いので、と言っていて恥ずかしくなったのか、ユキはそっぽを向く。

「拗ねちゃった?」

「拗ねてなどいません。」

ルイ様は意外と意地悪ですね、とむっとしているユキにごめんなさい、と言いつつやはり笑ってしまう。そのまま、ユキと2人、今度は別の場所を散策する。そこは冬だと言うのに、沢山の花が咲いていた。ピンクに、黄色、薄紫・・・。優しい色合いの花が多い。

「冬なのに不思議ね。」

「主が魔法で咲かせてるんです。」

「すごい!セト様は優しい魔法が使えるのね。」

そう言ってルイは微笑み、花弁に触れ、そっと顔を近づける。彼女の嘘偽りない言葉に、ユキは驚いていた。

「・・・ルイ様は、主が怖くないのですか?」

「初めは怖かったし、今もわからない事だらけだけど、悪い人じゃないんだろうなって思うの。」

「そう、ですか。」

「そうなんです。」

クスクス、と笑みを零しながら、ルイは上機嫌で花畑を歩いていた。

「ルーイ!」

遠くから名を呼ばれ、そちらを向くと、ランが一回の窓から顔を出してこちらに手を振っていた。ルイは手を振り替えそうとして、その隣に野獣の姿を見て、動きを止める。どうしようかと、考えた末に、淑女らしいお辞儀をした後、微笑みを浮かべた。そうした後に、ランに向かって手を振った。

「ルイ!お土産を買ってきたからお茶の時間にしよう!」

おいで、おいで、と手招きをするランに、そう言えば、朝食の後、彼は今まで出掛けていた事を思い出した。

 ユキを伴い、ルイはランたちのいる窓際に近づいた。彼の手にはケーキの箱。それは一度、姉が王都からのお土産だと買ってきてくれたケーキと同じお店の名前だった。

「王都まで行っていたの?」

「ちょっと用事があってね。いや~、すごい久しぶりに行ったけど、相変わらずの賑わい様だね。」

「おい、ラン。後でちゃんと報告に来いよ。」

そう言って去っていこうとする背中に、ルイは声を掛けた。

「セト様は一緒にお食べにならないのですか?」

「甘い物は苦手だ。お前らだけで食え。」

振り返ることなくそう告げ、さっさと行ってしまう後ろ姿にランはため息をつく。

「全く、愛想がないね。」

「愛想があっては主ではないです。」

「ユキ、けっこう酷いと思うわ、それ。」

真顔でそう言うユキにルイは苦笑いを浮かべる。そして、ふと、先ほどのユキとのやり取りを思い出した。

「ねえ、ラン。赤って言えば何を連想する?」

「赤?」

「そう。薔薇を見てきたのだけれど、いまいちピンッと来ないの。」

「・・・・・・ルイ、忘れていた方がいい事もあるよ。」

「え?」

「赤と言えば、やっぱり苺じゃないかな?」

にっこり、笑って言うランに何と言ったのかを聞き返すタイミングを逃し、ルイは首を傾げる。さあ、お茶にしよう。そう言って歩き出すランに待って待って、と慌ててルイは城内に戻っていった。

 その日の夜。ランは王都で調べた情報を報告に主の部屋へと向かった。

「言われた通り、調べてきた。ただ、人物が人物だけに、王都でもこの事はかなり機密事項になっているみたいだよ。」

手に持っていた資料を主に渡せば、彼はそこに書いてあることに目を通し、握り潰した。力を込めた野獣の掌から炎が上がり、紙は灰に変わり、消えてなくなった。

「これは、何の因果だろうな。」

「ルイは、思い出しかけているよ。あの夜の事を。何がきっかけかはわからないけど。」

「思い出す必要はない。・・・あんな事、忘れいた方がいいに決まっている。」

「ルイをどうするんだい?」

「今まで通りだ。」

 昼間のルイの姿が思い浮かぶ。自分を見ても恐怖の色を浮かべず、自身が作り上げた花の中で、微笑む姿は不快などでは決してなかった。むしろ、あの微笑みは温かなものを冷えたこの心に運んでくれた。

 これ以上、近づいてはいけない。そう、警告音がなる。

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