23.Epilogue
ミコトの死から一夜が明けたその日、彼女の葬儀が行われた。とはいえ、長い時を生きてきたミコトの身体はあの日、溶けるように消えてしまった。だから、彼女の遺体はもう、この世には存在しない。けれど、あまりにも悲しい彼女の死を、恋を弔いたくて、ルイが提案した事だった。
場所はミコトが大好きだった薔薇の花が咲く薔薇園で。彼女の遺品をそこに埋める。そして、1人ずつ別れの言葉を述べ、穴の中に一本ずつ、薔薇の花を添える。
ぽつり。頬に雫が当たった。
「雨・・・・・・。」
「セトが泣かないから。代わりに空が泣いているのかもしれないね。」
隣に立つランがそんな事を言う。彼の赤紫色の先には、穴にあるミコトの遺品に触れ、まるで別れを惜しむようなセトの背中。その表情は実に複雑そうだ。
「ランは、ミコトさんがセト様を呪ったからあんなに恨んでいたの?」
「ミコトが被っていたあの身体はね、俺の好きな人だったんだ。」
雨の音が止んだ気がした。あまりの衝撃に、ルイは瞳を大きく見開き、ゆっくりと隣に立つランを見た。
「半獣だった俺を、好きだと言ってくれた初めての人だった。セトを責めてしまった事もあった。あんな魔女にお前が誑かされるからだと、彼女を巻き込んだからだと。でも、違うんだ。セトが悪いわけじゃない。俺が、彼女を守れなかっただけなんだ。」
半獣でありながら、強大な魔力を持つと言われながら、好きな人1人、守ることが出来なかった。絶望し、死のうとした命を、セトが救ってくれた。
「生きてくれと言われた。自分を恨むためでも、ミコトを恨むためでもいい。生きて欲しいと。その時にはもう、セトには、何も残っていなかった。国も、家族も、友人も、愛した物全て、失ってしまっていんだ。」
これ以上失いたくないと。お前までいなくならないでくれと。醜い野獣へと姿を変えて尚、セトは変わらない。必死に愛するものを守る為に、戦っていた。だから生きようと思った。「俺から彼女を奪い、セトから全てを奪ったあの魔女が憎かった。でも、知っていたんだ。セトが心の底からあの魔女を愛していた事。あの魔女が、心の底からセトを愛していた事。」
知っていた。だってずっと見守っていたのだから。あの温かな日々を知っているからこそ、やっぱり・・・。
「やっぱり・・・、悲しいね。」
そう言って赤紫色の瞳を揺らすランにこくり、と頷く。
ランはルイと一緒だ。あの魔女に大切な人を奪われた。ルイは母を。ランは最愛の人を。それでも、ミコトの死を悲しいと思う。奪うことでしか、愛せなかった悲しい魔女。
降りしきる雨が、悲しい気持ちも一緒に流してくれればいいのに。
葬儀を終え、昼食をとった後も、雨は降り続けていた。
「これでは、お散歩に行けませんね。」
「そうだな。・・・・・・ルイ。」
窓際に立つルイの名を、ベッドに座っているセトが呼ぶ。振り返れば、彼が手を差し述べている。しばし逡巡した後、その手に自分の手を重ねた。セトは重ねられた手を引き寄せ、ルイを膝の上に横抱きにすると、戸惑う彼女を無視して、その肩口に顔を埋め、ぎゅっと強く抱きしめた。そのまま動かなくなってしまったセトの頭に頬を寄せ、優しく髪を梳く。
「私は、離れません。ここにいます。」
自分を抱きしめるセトの腕に力が籠もる。ますます引き寄せられて、少し息苦しい。けれど、求められる事は嬉しくて。
罪悪感がないと言ったら嘘になる。ルイの幸せは、ミコトとセトの悲しい恋の上に立っている。けれどもう、セトから離れるという選択肢はルイの中には存在しない。だから、この罪悪感も一緒に抱えながらセトの傍にいると決めたから。その事を後悔したりしない。
それからしばらくして、セトがルイの肩口から顔を上げた。そして、セトはルイの頬に手を伸ばし、優しく撫でるように触れた。少し低めのその体温が心地よくて、ルイは擦り寄る様にして、瞳を細めた。
「ルイ。ルイは俺を、繋ぎ止めていてくれる?」
「はい。私があなたを繋ぎ止める鎖になります。」
拒絶されたって離れてやるものか、という意志を込めて微笑めば、セトが嬉しそうに声を上げて笑った。そしてこつり、と額と額がくっつく。かあ、と頬に熱があがる。顔が熱い。
「じゃあ、ルイ。俺も誓うよ。」
「え?」
「お前が俺から離れられない様に、俺がお前の鎖になろう。・・・これは、誓いの証だ。」
そう言ってセトはルイの左手を取ると、その薬指に指輪を填めた。銀細工の美しい、青の宝玉が埋め込まれた指輪。
それは、契約の証として、あの日、セトに渡された物だった。
「もう一度誓って?」
そう言ってルイの手に同じ細工の指輪を渡し、強請るように言う。甘いその表情に愛おしさが溢れる。
「何度でも誓います。私が、あなたを繋ぎ止める鎖となります。死が二人を引き離しても。」
渡された指輪を誓いと共にセトの左手の薬指に填める。互いの指にぴったりと収まったその指輪に、誓いの証に、2人は益々笑みを深める。
「ルイ、愛している。」
額にそっと口付けられ、ずっと欲しかった言葉が告げられる。目頭が熱い、視界がぼやける。耐えきれない涙が頬を伝う。でも、いい。だってこれは、嬉し涙だから。
「私も、愛しています。・・・・・・大好きです、セト!」
その胸に飛び込むようにして彼に抱きついた。一瞬驚いたセトだったが、仕返しだ、と言わんばかりにルイを強く抱きしめる。そうして2人で体温を分かち合った後、互いに顔を見合わせ、ゆっくりと唇を重ねた。啄むように、次第に深く。互いの存在を確かめ合うように。繋ぎ止めるように。
呪いを掛けられ、人を愛する事を諦めた王子様は、一人の少女と出会い、愛する気持ちを思いだし、呪いを断ち切った。そして、最愛の人と共に、これからを歩んでいく。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
つたない文章ではありますが、ずっと、書き上げたいと思っていた作品が出来上がって、自分の中では達成感があります。
今、次回作を考案中です。投稿した際には、また読んで頂けると嬉しいです。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。