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野獣の住む城  作者: 依槻
19/22

19.母様

 「お母様なんて大嫌い!」

幼い頃。母に叱られ、勢いのままに家を飛び出した事があった。勢いで出てきて、そのまま森に入り込んでしまったルイは気がつけば、帰り道がわからず、森の中で迷子になってしまっていた。

 セントレスの森は深い。いつ狼や熊が出てきてもおかしくはなかった。以前、森に猟に出た町の人が、狼に襲われ、大怪我をした話を思い出し、ルイは怖くて震えた。

「と、父様~。母様~。ハナ姉様~。マリ姉様~!」

しゃくり上げるように泣きながら、ルイは森を歩き回っていた。

 そこに、赤いフードの女が現れたのだ。

「あら~!可愛いお嬢ちゃん。こんな所で何をしているの?」

明るく弾んだ少女の声に、ルイは一瞬体を強ばらせたが、狼や熊などの獣の類ではない事にほっと息を吐く。

「ま、迷子になっちゃったの・・・。」

「それは大変!この森には人食い狼だっているんだから早く出ましょう?」

そう言ってフードの少女はルイの小さな手を取り、歩き出す。まだ不安に揺れるルイの瞳を見て、少女はにっこり、と笑った。

「大丈夫よ。私、これでも強い魔法使いだから、貴方の事は守れるわ。」

力強い少女の言葉にルイはぱあ、と瞳を輝かせた。

「お姉さん魔法使いなの!?すごーい!」

「でしょでしょ~!」

そう言って2人にこにこ微笑み合いながら町へと歩を進めていた。

 「ルイ!」

しばらく森を進んだ所で、大好きな人の声が聞こえてきた。

「母様!」

ルイは少女から手を離し、声のした方へ掛けていく。そして、見えてきた自分と同じ亜麻色の髪の人に向かって思い切り飛びついた。

「ルイ!」

その人、レイ、はルイと同じ空色の瞳に涙を滲ませながら幼い娘を強く、強く抱きしめた。

「お母様は見つかったかしら?」

後からゆっくり歩いてきた少女が微笑みながらルイに尋ねる。

「うん!お姉ちゃん、ありがとう。」

「娘がお世話になりました。ありがとうございます。」

「いいえ~。・・・・・・それにしても、お嬢ちゃんの瞳はとっても綺麗ね。」

少女はかがみ込み、ルイの空色の瞳を覗き込む。キラキラとした宝石の様な澄んだ瞳。少女は自分の赤銅色の瞳を思い出しながら、じっとルイの瞳を見つめる。

「っ!!」

その瞳に狂気の色を見付け、レイは咄嗟にルイの腕を引き、自分の腕の中に抱きしめた。

「勘が鋭い女って嫌ね。」

くすっと少女が笑う声がする。

「今、何をしようとしたのですか。」

「あなたのお嬢さん、とっても綺麗な瞳だから欲しくなっちゃった。だいじょーぶ!欲しいのは瞳だけだから、殺しはしないわ。あ!でも、ショック死はしちゃうかも~。」

楽しそうに笑い声を交えながらそう言う少女の狂気に、レイはぞっとする。

「欲しいから、取るの?」

「そうよ。」

「その為に、誰かが犠牲になっても?」

「犠牲?何それ。」

「・・・・・・あなたは、可哀想ね。」

「は・・・・・・?」

少女の笑い声が止む。痛いほど張り詰めた空気にルイは幼いながらに危険を感じていた。母の胸元を握りしめれば、レイは胸の顔を覗き込んで、にこり、と微笑んだ。

「っ!!」

微笑んでいた母顔が苦痛に歪む。それと同時に、生暖かいそれがルイの顔に降り注いだ。

「誰が可哀想だって?お前なんかに、哀れまれる筋合いはないわ!」

「あぅっ!!」

「お母様!?」

自分から体を離そうとするルイを強く強く抱き込み、大丈夫よ、大丈夫と痛みに耐えながらレイは微笑む。

「しつこい女。あなたに用はないのよ。その子の瞳が欲しいんだから。」

「この子の代わりに、私の瞳をあげるわ。」

「……ふ~ん。あなたも空色の瞳なのね。」

少女の目が品定めするように、母と娘を交互に見る。凛とした澄んだ瞳。少女はにんまりと笑った。

「うん。あなたの瞳いいわ。」

「あぁぁぁぁぁ!」

何の戸惑いもなく、目をえぐり取る少女の姿に、ルイは母の腕の中でガタガタと震えた。

「きゃー!綺麗な瞳!」

ご機嫌に掌に収まった空色の瞳を見て笑う少女に、ルイは恐怖した。先ほどまで、迷子の自分を助けてくれた少女とはまるで別人だ。

 ルイは倒れた母の腕から抜け出し、初めて、今の母の状態を知った。レイの体は切り刻まれ、白いワンピースは真っ赤に染まってた。一番酷いのは背中の傷だった。肉が抉られた傷は、出血が酷く、もう手の施しようがない事は一目瞭然だった。

「母親の血を浴び、生きながらえた可愛い子。また会いましょう。」

そう言って血に染まった地面を踏みしめ、少女は去っていった。けれど、ルイにとって、少女の事などもうどうでもよかった。

「お母様。お母様!」

溢れ出る血を止める術がわからない。血の涙を流す母を助ける術がわからない。ただ血の海に座り込み、涙する事しか出来ない自分。

「ル、イ・・・。」

母の手がルイを探すように彷徨う。急いでその手を握りしめる。

「怪我、して、ない・・・?」

「してない!してないよ!」

「よかっ、た。・・・・・・最後に、あなたの顔、もっとちゃんと見ておけばよかったわ。」

「そんな事言わないで!お医者さんにいけば、きっと大丈夫だよ!怪我だって治してくれるし、魔法で!目も、どうにか、して、くれるよ・・・!!」

「バカ、ね。魔法は・・・、万能じゃ、ないのよ。」

母の手から力が抜けていくのがわかった。血と一緒に、レイの命が流れでていくのがわかる。それを止める事が出来ない、無力な自分。

「ルイ。これからも貴方の笑顔で皆を幸せにしてあげてね。そしていつか、素敵な恋を、して、ね。ルイの大人になった姿、ちゃんと・・・みたかった、な・・・。」

「私これから、ちゃんと約束守るから!悪い事、もう、しないから!お勉強も、魔法も頑張る、から・・・。死なないで・・・。私を、置いていかないで、お母様・・・。」

自身の胸に顔を埋め泣く娘の頭を、レイは優しく撫でる。

「ルイ。私の、愛しい子。いつまでも、愛しているわ・・・。」

「うぅ。あぁぁぁぁ!わああああ!」

温もりが消えていく。命の灯火が消えてしまう。母が自分を呼ぶ事はない。抱きしめてくれる事も、笑ってくれる事も、怒ってくれる事も、誉めてくれる事も。もう、二度とない。だって、もう母は動いてくれないから。

 それが10年前、ルイの身に起きた悲劇。当時7歳のルイにあの時の記憶は衝撃が大きく、鍵を掛け、記憶の底に押し込まれてしまった。

 家族はこの10年。ルイに真相を聞く事もなく、ただ優しく、温かく、ルイを育て続けてくれた。本当だったら、悲しみに暮れ、ルイを責めてもよかったはずだ。しかし、家族は自分を愛してくれた。本当に、心の底から。だからルイは今、ここにいて、生きている。

 「ねえ、母親の敵を目の前にしているのってどんな気持ち?」

にこにこと笑い続けるミコトにルイは母と同じ空色の瞳を細め、あの日、母が言ったのと同じ言葉を繰り返す。

「可哀想だなって思います。」

口元には淡い笑みを浮かべ、凛とした声でそう告げた。

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