17.青い瞳の王子様
狂気に滲んだ赤銅色の瞳は、腕の中に抱く野獣の存在に満足しているのか、ルイの存在に気分を害した様子はなかった。だから、ルイからランとユキに駆け寄り、どうにか出血を止めようとする事もただ笑ってみていた。
「ランっ!」
一番大きな傷口をリツの指示を受け、ショールの布を巻き付け、止血を試みる。その衝撃で目を覚ましたのか、ランの赤紫色の瞳が瞼から覗く。視線が彷徨い、隣で寝かされているユキの存在を映すと安堵したの息を吐いた。そして、その瞳をルイに向けると、今にも泣き出しそうな顔をしているルイの頬を撫でた。
「・・・・・・おかえり、ルイ。ごめんね、迎えに行けなくて。」
弱々しく笑うランにぶんぶん、と音がしそうな勢いで首を振る。ぽろぽろと耐えようとした涙が溢れ出る。頬に触れるランの手を包む込むように握る。
「しぶとい奴。その傷なら普通死んでんぜ、普通。」
「腕を切り落とされた奴に言われたくないね。」
いてて、と言いながら体を起こすランに、ルイは慌てて肩を貸す。ルイに支えられながらもなんとか立ち上がったランはキッと目の前の魔女を睨み付ける。
「ユキに何かあったら、セトが何と言おうと、お前を処刑してやるからな。」
今まで聞いた事のない、ランの怒りに震えた低い声に、ルイはびくり、と肩を震わせた。けれど、ランのその殺気すらも心地よいと言わんばかりに、ミコトは益々笑みを深めた。
「ならいっそ、殺してしまえば良かったかな。」
「っ!!」
狂気に狂った瞳がリツの腕の中で未だ気を失っているユキに向けられ、ルイは思わず、ランから離れ、ユキを守るようにその前に立ちはだかった。
「・・・・・・気に入らない瞳をしているわね、お嬢ちゃん。」
「・・・・・・満足ですか?」
「え?」
「ずっと欲しかったセト様を手に入れて、満足ですか?」
「満足よ!やっと、やっと手に入れたのよ!?この百年あまり、セトを求めてきた。セトを手に入れるために色々な物を集めたわ!美しいドレス、美しい髪、若い体!沢山、沢山、集めたわ!」
「・・・・・・本当の貴方は、どこにいってしまったのですか?」
興奮する魔女とは反対に、ルイの声はただ静かだった。ミコトを見る目は憎悪でも、怒りでもなく、ただ悲しそうで、哀れむような瞳だった。空色の瞳は、真っ直ぐに澄んだ目で魔女を見据えていた。
「本当の私?」
「だって、その姿は、人から奪った物なのでしょう?なら、セト様が愛した貴方は、何処にいってしまったのですか?」
「黙れ。」
「欲しい物を手に入れる為に、沢山のものを壊し、奪い、セト様は手に入りましたか?」
「黙れ。」
「・・・・・・薔薇の花は咲き続けていますか?」
「黙れ!小娘如きが、私に説教をするな!」
「っ!!」
ゴゥッ!と、いう音共に、突風が吹き荒れ、風の刃がルイを切り刻む。それでも、ルイはその場から動こうとはせず、瞳はずっとミコトを見ていた。
「ルイ!君は普通の人間なんだ。そんなに血を流したら死んでしまう!」
「大丈夫だよ、ラン。見た目ほど深い傷はないわ。」
にこり、と微笑むルイの白い頬には赤い線が刻まれていた。確かに深い傷ではないが、彼女は貴族の娘だ。今までこんな目に合った事はないだろう。本当なら恐怖で逃げ出していてもおかしくないのだ。それでも気丈に微笑むルイに、ランは歯がみする。まだ数十年しか生きていない少女が立ち向かっているのに、この様はなんだ。簡単に命を手放そうとするあのヘタレた男はなんだ。
「いい加減しなよ、セト!お前、また大事な物を放り出すつもりなのか!」
ランは、手に掴んだ瓦礫をセトめがけ思い切り投げつけた。
「私のセトに触らないで!」
その瓦礫はセトにぶつかる前に、ミコトの魔法により発生した風により阻まれる。
「ちっ!」
「どうして邪魔をするのよ!私はただ、セトが欲しいだけなのに!」
泣き出しそうなミコトの悲痛な声が部屋に響く。ぎゅっと強く、強く、腕の中の野獣を抱き寄せる。だが、その体がぴくり、と動き、その手が肩に置かれる。そして、ぐっと押しやられ、ミコトとセトは引き離される。
「セ、ト・・・・・・?」
ゆっくりと立ち上がった野獣の姿が淡い光に包まれ、次第にその姿が変わっていく。濡羽色の髪。切れ長な青の瞳。すらり、とした体躯の男が現れる。
「すまない、ミコト。お前を狂わせたのは、俺だ。だから、俺の命を持ってお前に償おうと思った。けれど、俺を手にれて所で、お前は止まらないんだな。」
悲しそうに、悔いるように呟かれたセトの言葉にミコトはただ呆然とその姿を見ていた。
呪いは、解かれた。