16.襲来
リツに先導され、森を進んでいくと、あれほど探し回っても見つからなかった城はあっという間にその存在を露わにした。
暗闇に佇む魔城。初めてのこの城を見た時には絶望しかなかったというのに。人の感情とは不思議なものだ。
「ねえ、リツさんはどうして城に辿り着くことが出来るのですか?」
「旦那に道しるべをもらっているからね。」
そう言って首から下げているペンダントを見せてくれた。細かい細工の施されたそれからは魔力を感じ、それが魔道具である事がわかる。
「魔法が込められているのね。」
「お嬢さん、魔法に詳しいんだね。」
「一応、勉強はしたので。」
知識はあるが、魔法使いとしての才能は皆無と言っていいだろう。学校でも、試験はトップなのに、実技がそれに伴わなかったぐらいだ。
「これは旦那が俺にくれたやつでさ。外に出て行った俺にいつでも遊びに来いって、帰る場所をくれたんだ。」
リツにとっても、セトは特別で、大切なのだろう。微笑ましく思いながらその話を聞いていたルイだったが、それ以上に胸には不安が渦巻いていた。
『あの人が、死を受け入れてしまう前に。』
リツはそう言った。何故、セトは自ら死を選ぼうとしているのだろか。再び、彼に会う事は出来るだろうか。胸に渦巻く不安に押しつぶされそうになる。
そんなルイの様子に気付いてか、リツはぽんぽん、と優しく弾むようにルイの頭を撫でた。
「だいじょーぶだよ、お嬢さん。」
「え?」
「ランやユキがそう簡単に、旦那を死なせたりしない。」
「はい。」
力強いリツの言葉に、ルイはほっとして笑みを浮かべる。その笑顔にリツはうんうん、と笑みを深める。
「お嬢さんはそうして笑っていた方が良いよ。旦那もお嬢さんには笑っていて欲しいって言ってたしね。」
「そうなんですか?」
「本人に聞いてごらんよ。」
さあ、行こう。そう言ってルイの手を取り、リツの歩くスピードが上がる。
リツがここに戻ってきたのは、ランから連絡があったからだ。セトの呪いが解け始めている事。ミコトがおそらくやってくる事。そして、セトがミコトと共に死のうとしている事。自分たちでは止める事は出来ないかもしれない。けれど、迫害され、人を憎みながら生きてきた自分たちを救ってくれた人の死を見過ごす事は出来ない。何より、死なせたくないのだから。それに今は、ルイがいる。野獣となった彼が、初めて大事にしたいのだと言った少女。
「ねえ、お嬢さん。」
「はい?」
「旦那に会ったらまずどうするの?」
「そうですね・・・・・・。」
ちらり、と振り返ったリツに、ルイは満面の笑顔を浮かべた。それは、長女ハナを連想させる穏やかそうに見えて、とても恐ろしい笑顔だった。
城の中は、ルイが出た日とそう変わらぬ様子だった。けれど、扉を開け、中に入っても誰も出てこない。ランも、ユキも、人が訪れたのなら、必ず出てくるはずなのに。それとも、初めて来たときのように、自分を何処かへ誘おうというのか。
ルイの胸が嫌な予感を抱えたまま鼓動を刻む。リツも普段とは違う様子に違和感を覚えた様だった。辺りの気配を探っていたリツがぴくり、と反応し、動きを止めた。
「リツさん?」
「・・・・・・遅かったかもしれない。」
「え?」
「お嬢さん。絶対に、俺から離れちゃダメだよ。危険を感じたら、すぐに逃げるんだよ。」
「一体、何が起きてるんですか?」
「約束して?」
「・・・・・・はい。」
余裕のないリツの様子に、ルイはただ頷く事しかできない。不気味なほど静かな城の中、ルイはリツの後ろからゆっくりと階段を上がる。そして、廊下の奥へと進んでいく。そこは、決して入る事が許されなかった、野獣の部屋へと続く道。
扉の前に立つと、リツは大きく息を吸い、吐いた。ルイの手を引くリツの手が震えている。彼の横顔を覗き込めば、汗が流れていた。
伏せていた視線を上げ、リツは扉を開いた。
「あら、おかえり、リツ。」
「・・・・・・何故、あなたがここにいるのでしょうかね。」
「・・・・・・っ!!」
部屋に広がる光景にルイは口元を覆う。扉のすぐ近くには、体中血だらけになり倒れたランとユキの姿だった。ユキを守るように覆い被さるランの傷はかなり深い。未だ、止まることなく、血が流れでている。
そして、部屋の一番奥では、あの、赤い魔女とその魔女に抱え込むように抱きしめられ動かない、野獣の姿だった。
「ラン!ユキ!・・・・・・セト様!」
「おや、お嬢さんもいたのね。また会えて嬉しいわ。」
赤いルージュを引いた唇で弧を描き妖艶に微笑む赤い魔女は、その赤銅色の瞳に狂気を宿し、ルイ見据えていた