15.繋がる道
「格好良く出てきてあれだけど、どうやって城に戻ろう。」
ね、コノハ。と、父から譲り受けた愛馬の首を優しく撫でながらルイはため息をついた。
家族に啖呵を切って出てきたはいいが、ルイは森に入ったところで途方にくれていた。城の場所がわからないのだ。父が捕まった晩もコノハに任せて辿り着いたし、戻ってきたときは気がついたら家だった。コノハだけが頼みの綱だったが、彼が城に向かって走り出す気配はない。
「ねえ、コノハ。貴方本当に城の場所を覚えていないの?」
愛馬の首筋に額を押し当て、呟くように言えば、コノハただ申し訳なさそうに首を下げるだけだった。
早く、早く帰りたいと願うのに。
「セト様、何処にいるのですか・・・。」
涙が流れそうになり、ルイはぎゅっと瞳を閉じた。泣いている場合ではない。泣いている時間があるなら、森の奥へともっと進めばいい。この森の何処かに彼はいるのだから。見付けるまで、探し続ければいいだけの話だ。
そう自分を奮い立たせ、ルイはコノハの手綱を引いた。その時、ガサリ、と草をかき分ける音がした。びくり、と肩が揺れる。
森の中には色々な生き物がいる。その中には熊や狼だって。ごくり、と息を飲む。熊や狼に遭遇すれば、命だって危うい。いつでも逃げられるよう、ルイは素早くコノハに跨ると、辺りの様子をじっと伺った。片手は手綱をしっかりと握り、もう片方の手で、ランタンを振り上げる。そして、草陰から黒い影が出てきた瞬間、その手に持ったランタンを投げつけた。
「うわっち!」
「え!?人!?」
ランタンを投げつけた事で、火がなくなり、辺りは真っ暗になってしまった。
「おや。お嬢さん、こんばんは。」
聞き覚えのある声に、ルイは瞳を瞬かせる。けれど、やはり暗い影がいるくらいにしかわからず、ルイは身構える。
「ああ、君は普通の人だから見えないのか。」
目の前の影はそう言うと、小さな音を立てる。瞬間、ルイの目の前に火が灯った。
「え!?リツさん!?」
「そうそう。あの日はお互い災難だったね。」
にこやかに笑っているが、彼は片腕を切り離されてはいなかっただろうか。けれど、切り落とされたはずの腕はしっかりリツの体にくっついている。混乱するルイの様子に気付いたのか、リツはこれ?と、腕を回してみせる。
「ランに聞かなかった?俺は半獣だから、腕切られてもくっつけられるの。」
「半、獣?」
首を傾げれば、そうか、知らなかったのか、とリツは頷くと少し困ったような笑みを浮かべた。
「知らないなら知らないままでいて欲しかったな。」
「何故?」
「俺やランの様な半獣は迫害され続けていたからさ。」
半獣は、人と獣の間に生まれて異形。強い魔力を持ち、人の倍以上の時を生きる彼らは人にも、獣にもなれず、その双方から迫害され続けてきた。故に、半獣である事を知られる事はタブーだった。
リツ自身、かなり辛い幼少期を過ごしてきたのだろう。眉尻を下げて笑う彼に、ルイはぐっと唇を噛みしめる。そして、コノハから降りると、リツの両の頬を思い切り引っ張った。
「いててて!」
「バカにしないでください!」
頬を強く引っ張ったまま、ルイは叫ぶように言う。キッと自分を睨み付ける滲んだ空色の瞳に思わずどきり、とする。
「半獣だとか、そんなものどうでもいいです!ランは家族と離されて寂しがる私に優しくしてくれました。リツさんは身を挺して魔女から私を守ってくださいました!それが私にとっての全てです!」
「・・・・・・そっか。君は、旦那と同じ様な事を言うんだね。」
そう言って笑ったリツは照れくさそうで、少し、嬉しそうだった。
「ところで、お嬢さん。あんた、こんな所で何してるんだい?」
城を出たって聞いたけど?そう言って首を傾げるリツにルイは本来の目的を思い出し、リツの両手を握る。その勢いに、リツはギョッとして、目を瞬く。
「リツさん!私、城に戻りたいんです!」
「・・・・・・何で?」
ルイの言葉にリツは怪訝そうに尋ねる。その瞳が探るようにルイの瞳を見る。ああ彼も、あの人をとても大切に思っているのだと感じ、ルイは淡い笑みを口元に浮かべる。
「あの人の元に、いたいからです。」
はっきりそう告げれば、リツの瞳に迷いが生じる。
「旦那は野獣だよ?」
「はい。」
「あの魔女が、また来るよ?」
「はい。」
「怖くないの?」
「・・・・・・いいえ、怖いです。」
あの赤い魔女は自分の思い出せない過去と関係している事は間違いない。何より、あの狂気に染まった瞳は、今思い出すだけでも恐ろしい。出来ることなら二度と会いたくない。けれど、それよりも・・・。
「それよりも、セト様を1人にさせてしまう方が嫌です。」
傍にいたい。あの寂しい人の傍に。きっとセトは望まない。もしかしたら出会ったばかりの頃の様に、冷たく突き放されてしまうかもしれない。それでも会いたいと決めたのは、自分だから。
空色の瞳は揺れることなく、決意を込めた瞳でリツを見ていた。この真っ直ぐな瞳に思われている彼の野獣は、どんな反応をするだろうか。怒るのか、喜ぶのか、突き放すのか、受け入れるのか・・・・・・。だが、ここで自分が気を揉むような話でもないだろう。
「わかったよ。お嬢さんがそこまで言うなら、一緒に城に行こう。あの人が、死を受け入れてしまう前に。」
「・・・・・・え?」
薔薇が散る。終焉の時は、もう間もなく。