13.加速する運命
ある日突然、父の身代わりとして、野獣の住まう城に閉じこめられた。
そして、突然、ルイは家に帰ってきた。
ルイがハウゼン家に戻ってきてから数日。ルイは部屋に閉じ籠もりがちだった。以前の様に快活に笑うことがなくなり、人と会う事を避けるように部屋に籠もり続けていた。
そうして今日も、ルイは自室の窓から森を眺めていた。その時、コンコン、と戸を叩く音と共に、扉が開き、ハナが顔を出した。
「ルイ、お茶のお時間にしましょう?」
こくり、と頷くとルイはお茶が飲めるようにテーブルの上を片付け始めた。そこにティーセットを置き、ハナは優雅な動作でお茶を入れると、ルイの隣に腰掛けた。
「ルイは、家に戻って来たくはなかった?」
「え?」
「あの日、お父様と引き替えにあなたを失い、私はとても悲しんだわ。でも、お父様は事情を話せない代わりに、ルイの命は守られていると聞いて、毎日神様に祈ったわ。どうか、ルイが悲しい思いをしていませんように。早く帰ってきますようにって。だから、今、貴方がここに無事でいてくれる事が私は何よりも嬉しいわ。」
帰ってきてくれてありがとう。そう言って微笑むハナにルイは目頭が熱くなる。
大好きな家族。ルイにとって、最も大切なのは家族だった。だから、あの城に閉じこめられた時は、悲しくて、つらくて、何度も帰りたいと願った。なのに・・・・・・。
「ねえ、ルイ。私は、貴方にはいつも笑っていて欲しい。この家にいて欲しいっていうのは、私たちのエゴ。貴方は?貴方は、どうしたい?」
いつからだろう、家族のことを考えなくなったのは。
いつからだろう、あの人の事ばかり考えるようになったのは。
いつからだろう、あの人の傍にいたいと、思うようになったのは。
頬を涙が伝う。
「私、傍にいたい人が、います・・・。」
「好きな人が、出来たのね。」
「はい。必要ないって言われても。邪魔だって言われても。姉様たちともう二度と会えないとしても、傍に、いたい人が、います・・・。」
両手で顔を覆い、泣きながら自分の気持ちを吐露する妹の姿に、ハナは胸を締め付けられる。その小さな体を引き寄せ、抱きしめる。胸の中で嗚咽をもらし、泣き続けるルイはもう、守られているだけの少女でないのだ。
「なら、泣いてばかりではダメでしょう?」
優しく髪を梳くように撫でながら、ハナは諭すように言う。
「その人の元に戻る為に、あがかなければ。」
「姉、様・・・・・・。」
ハナの胸に手をつき、その顔を見上げると、いつもの優しい笑みに少しの寂しさを滲ませながら、ハナは言う。
「言ったでしょう?貴方が笑っていてくれれば、それでいいのよ。だから、貴方は貴方の好きなようにしなさい。」
頬を流れる涙をハナの手が拭う。こつり、と額と額がぶつかる。
「私は、貴方の味方よ。」
そう言って笑ってくれる姉の笑顔に、ルイの瞳からまた涙が溢れる。
大好きな、大好きな姉様。自分に、家族よりも大切に思う人が現れるなど、思いもしなかった。だが、こうなってみて、初めてわかった。
私は、セト様が好きです。
例え、セトの心が魔女の元にあっても構わない。ただ、セトの傍にいたい。
蝋燭の火だけが照らす薄暗い部屋の中で、野獣は窓際の椅子に座り、目の前のそれをじっと見つめていた。
「部屋に持ってきたの?それ。」
「・・・・・・主の部屋に勝手に入ってくるなよ。」
突然の訪問者に、野獣は深々とため息をつく。だがそれを意に介した様子もなく、ランは彼の向かいに立つと、忌々しげに、野獣の目の前に置かれた薔薇の花に視線を向ける。
ガラスケースに入った薔薇はひらり、ひらり、と花弁を落とすが、一向に薔薇の花が散る様子はない。
「セトは、ルイよりもあの魔女を選んだんだね。」
いつも飄々として感情の読みづらい男の分かりやすい責める言葉に、野獣はふっと笑みを零す。
「随分、あの小娘を気に入っているな。」
「気に入っていたのは、セトだろ!本当は、手放したくなかったくせに!何で!?」
「ルイには、笑って生きて欲しい。」
真面目な声色ではっきりと告げられた言葉に、感情的になって叫んでいたランはぴたり、と続けようとしていた言葉を止める。
「一緒にいれば、今度はミコトに殺されるかもしれない。あいつの愛する家族に二度と会わせてやれないかもしれない。あいつには、生きていて欲しいんだ。」
あいつが大切にしているものの傍で、日溜まりのような笑顔で周りを照らして、生きて欲しい。それが、孤独に怯えるこの心を優しく癒してくれたルイに、唯一してやれることだから。
「薔薇はきっと、もうすぐ散る。」
「え?」
「そうしたら、きっとミコトがやってくる。お前たちは城を出ろ。」
「何を、言っているんだ?」
「俺は、ここでミコトと死ぬ。」
薔薇が散る。咲き続けた花弁を一枚、一枚散らしていく。散りゆくまで、あと僅か。