12.呪いの秘密
「あれが、セト様に呪いをかけた魔女・・・・・・。」
あどけない笑顔、幼さの残る外見。しかし、その外見に似つかわしくない、異常さ。彼女が呪いをかけたと言われても何ら不思議ではなかった。
「ずっと、ずっと会いたかったのよ、セト。」
ゆっくりとした足取りでこちらに近づいてくる魔女の目の前に、雷が落ちる。まるで、こちらに近寄るなとでも言うように。
「セト?」
「帰れ、ミコト。俺は、出来ることなら二度と、お前に会いたくはなかった。」
苦々しく、吐き捨てるように言う野獣の瞳は泣き出しそうだった。対する魔女の瞳も自分が攻撃を受けた事に驚きを隠せない様子だった。
「どうして、そんな事言うの?こんなに、貴方の事愛しているのに。セトだって、私を好きだと、愛していると言ってくれたじゃない。」
魔女の言葉に、ルイは瞳を見開く。そして、隣に立つ野獣の顔を見上げる。彼は、否定の言葉を発しない。ただ、悲しげに青の瞳を揺らすばかりだ。
ずきん、と胸が痛む。どうして、その魔女をそんな瞳で見るの?ぎゅっと握りしめられている手。そうしなければ、今すぐあの魔女の元まで駆けていってしまうとでもいうように、強く、強く握られている。
「どうして、変わってしまったの?・・・・・・もしかして、その子のせいなの?」
ひやり、と空気が変わる。魔女の冷たい瞳がセトの隣で座り込んでいるルイに向けられる。その視線を遮るように野獣がルイの前に立つ。
「俺がお前に愛想をつかした。ただそれだけだ。それ以外の要因は何もない。・・・・・・もう一度言う。帰れ、ミコト。」
目の前に野獣の背中がある事で、彼の表情も魔女の表情もルイには見えない。
しばらく、思い沈黙が流れた後、魔女のため息が聞こえてきた。
「わかった。今日の所は帰るわ。でも、諦めたわけじゃないよ。絶対、セトの事は手に入れに来るからね!」
そうはっきりと断言すると共に、魔女はその姿を消した。
こうして、長い長い朝が終わる。
魔女が去った後、リツの治療の為、ランとユキは城の中に戻って行った。残されたのは、野獣とルイだけ。どうしようか迷っていると、「ルイ。」と、滅多に呼ばれない名を呼ばれ、顔を向ける。
「少し、散歩するか。」
「・・・・・・はい。」
そして、2人連れだって歩き始めた。野獣が向かったのは薔薇園の中だった。中心には変わらず、魔法の薔薇が置かれていた。薔薇に近づこうとしない野獣とは反対に、ルイはその薔薇に近づき、しゃがみ込んで、じっと見つめる。
「散らないのですね。」
「もう何百年も咲き続けている。・・・・・・それは、ミコトにもらったものなんだ。」
ルイは目を見開く。野獣の青い瞳は悲しそうに細められている。ゆっくりと薔薇に近づくと、ルイの隣に立ち、ガラスケースに触れる。
「これは、俺がミコトを想う限り咲き続けるんだそうだ。」
「呪いを掛けられた今でも、あの魔女を愛していらっしゃるのですか?」
「言っただろ。愛してない。」
野獣の言葉にルイは首を傾げる。ならば何故、この薔薇は散ることなく、咲き続けているのか。その疑問に気付いてか、野獣は困ったように言う。
「呪いを掛けられ、家族を、民を、国を奪われた。心の底から憎いと思った。それこそ、この手で殺してやろうと考えた事もあった。・・・・・・けれど、憎む気持ちが膨らめば膨らむほど、愛したあの日々が頭を過ぎる。」
ああ、この人は、未だあの魔女を愛しているのだな、と思った。愛しているから憎い。全てを奪ったあの魔女が憎いのに、愛した思い出があるから、彼の中には、あの魔女に対する憎悪と愛情がどちらも根付いている。
彼にとって、それだけ、魔女と過ごした日常はとても愛しく、尊いものだったのだ。
「俺の呪いは、俺がミコトへの想いを断ち切らない限り、解けることはない。」
だから一生このままだとでも言うように、彼は自嘲する様に笑った。その笑みに、胸が締め付けられるように痛む。まるで、自分はずっと独りぼっちだと言うように笑う彼の服の袖を引く。
「セト様には、ランがいます。ユキがいます。リツさんがいます。1人じゃないです。それに、部外者だし、何の足しにもならないかもしれないけれど、私もいます。」
「こんな化け物の傍にいるというのか?」
「います!貴方にいらないと言われるまで、ここにいます。1人になんて、絶対にしません。」
「優しい子だな、お前は。」
大きな手に頭を優しく撫でられる。青い瞳が優しく細められる。この人の素顔はどんなだろうか。笑った顔はどんなだろうか。野獣の姿ではわからない、彼の本当の姿を見たいと思った。本当のセトに会いたい。
「セト様。私、やはりいつかは本当の貴方様とお会いしたいです。だからそれまで、お側に置いて下さい。」
本当のあなたの、笑顔が見たいから。
ルイの真っ直ぐな瞳に見つめられた野獣は、ルイの後頭部と腰を引き寄せ、その胸に抱き込んだ。
「セト様?」
「すまない。ルイ。」
「何故、謝るのですか?」
「俺はあの時のように、大切な者を奪われるような事はされたくない。」
彼の言うわんとする事がわからない。ただ言いしれぬ不安がルイの胸を締め付ける。
「これ以上ミコトに、罪を重ねるような真似をさせたくない。」
初めて聞く、泣き出しそうな彼の声に、ルイは縋るようにその胸元を握った。段々と、体から力が抜けていく。意識が混濁していく。
「その為には、お前は邪魔なんだ。だから・・・・・・。」
野獣の手がルイの左手に填る指輪を抜き取る。それは、ルイと野獣を結ぶ唯一の繋がり。
「い、や・・・。」
引き抜かれた指輪を追うように、ルイの手が伸ばされる。その手を野獣の大きな手が握りしめた。そして、先ほどまで指輪があった場所に唇を寄せる。
「セ、ト・・・様・・・。」
「さようならだ、ルイ。」
その声が届くと共に、ルイの意識は深く沈んでいった。
「・・・!・・・イ!・・・ルイ!」
何度も何度も誰かがルイを呼ぶ。その声に目を覚ますと、目の前には、もう二度と、会えないと思っていた人たちがいた。
「・・・・・・とう、さま・・・。姉様・・・。」
「ああ!ああ、そうだよ、ルイ!」
「ルイ!」
目に涙を滲ませ、ルイの手を取る父。涙を流しながら、横たわるルイに覆い被さるように抱きしめるマリ。父の隣で、涙を拭いながら優しく微笑んでいるハナ。
ここは、私の家・・・?
「私、どうして・・・・・・。」
「昨晩、家の前で倒れていたんだ。逃げ出してこれたんだな。」
「逃げ出す?」
誰が?私が?あの城から・・・?
脳裏に、泣き出しそうな青の瞳が過ぎる。はっとして、勢いよく体を起こした。突然起き上がったルイに、父や姉たちは驚きに目を瞬かせる。
「どうしたんだ、ルイ?大丈夫だ。あいつらが追いかけてこようとも、お前に指一本触れさせん。」
「そうよ!あたしがここに強力な防御結界張ってあげるからね。」
力強く言う、2人の言葉に、ルイは弱々しく、首を横に振った。
「どうしたの?ルイ。何処か痛む?」
妹の異変に気付いたハナがそう問いかけるが、ルイは黙って首を横に振った。
ぽたり、ぽたり、とルイの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「・・・・・・ルイ?」
もう、あの寂しく、美しい城に、私が行くことはない。
もう、ランが私に料理を作ってくれることはない。
もう、ユキが私に合うドレスを決めてくれることはない。
もう・・・、あの人が・・・。
『ルイ』
私を呼んでくれる事は、二度と、ない・・・・・・。
わからないことだらけだけど、それだけは、はっきりとわかる。