第十二話『証明者』
あっははーい!
「…濡れ衣?」
俺がそういうと、ムクはああ、と答えた。
「私のクラスが、今日の朝、荒らされていたのだよ。机などがめちゃめちゃになっていたり、黒板に不埒な落書きや、窓ガラスが割れていたりね。」
「なっ…ひどいな…」
「あぁ。クラスで作った旗もビリビリに破かれていたから、クラスメイト全員が怒りに満ち溢れていたのだが、その場は先生が諭すことで収まったのだよ。」
しかし…といってムクはまるで思い出したくないものをしまっておいた箱を開けたような、辛そうな顔をした。
「今日の自習の時間に、ね。一人が騒ぎはじめたのだよ。”クラスを荒らした犯人がわからないままこのままなかったことにしていいのか?”とね。そこからはもう、油の中に火を入れたように、その一人の熱い怒りの気持ちは一瞬で広がっていった。そして、一人が提案したのだよ。”犯人探しをしよう”と。」
「犯人探し…?」
「そう。初めに疑われたのは、クラスでもあまり目立つ方ではない男子だったのだよ。一部の人から嫌われていたから、その腹いせにやったのではないか、とな。」
ムクの目はどこか遠くを見ていた。思い出しているのだろう。そのときを、鮮明に。
「そいつは当然否定したのだが、皆が疑い初めて止まない。けれど、そいつが泣き出した途端、数人が同情しはじめて、結局犯人ではないことになったのだよ。私にとっては、そいつが犯人だといったのも、犯人でないと言ったのも、どちらもただの偏見とあてつけにしか見えなかったのだがね。」
「ま、証拠がなくちゃ、犯人か犯人じゃないかもわからないもんな。」
「あぁ。それで、次に疑われたのが…」
ムクの顔が一瞬曇った。俺はその瞬間、ムクが言う言葉が予想できた。
「私、だ。」
いう言葉は予想できていても、やはり、と確信をもってしまうと、結局動揺の波が自分に圧し掛かってくる。
ただ、ただ、今にも泣き出しそうで、辛そうで、苦しそうな顔。
一見、ただの無表情に見えるけれど、その奥で、微かに助けを求めている表情。
「なんで…ムクは疑われたんだ?」
「ある、男子が言い始めたのだよ。昨日の夜、私が学校に向かっているのを見た。その時にやったんじゃないか、なんてバカなことを。」
「えぇっと…昨日の夜って…」
「ユカリの犬をみつけた日だね、私はあのあと教科書を忘れたのを思い出して、もう一回学校へむかったのだよ。無論、要件はそれだけだから、教科書をただとって帰っただけだ。教室は荒らしていないしなにもしていない。」
「つまり、ムクは何もしていないのに、と?」
「ああ。もちろん反論はしたが、もともと放浪部の存在自体浮いているからね、私はそのまま犯人扱いされて、結局、いじめ、というのかね。意味もない無視をされたり、靴が汚されていたりしたよ。」
絶句した。ムクの言っていた通りだ。それはただの偏見。自分たちの感情で捏造した事実である。
それと…いじめって初日からそんなにハードに行われるものだったか…?
俺が普段使わない脳をぐるぐるとかき混ぜるように使っていると、ムクはそれを見かねてか、口を開いた。
「ヤマト、私が何故君に相談することにしたかわかるかい?」
「?いや…ただ単に同じ部活ってだけじゃ…?あ、俺が無理に聞いたからか?」
それもあっている、と言いながらも、ムクは首を振った。
「本当の理由は」
ムクは悲しい目をこちらに向けながらいった。
「君が、人のことを信頼しないからだよ」
…え?
信頼。しんらい。シンライ。
人をシンライしない。
人をシンライ…
頼らない?
望まない?
願わない?
どういう…どういうことだ?
「信頼しないって…どういう…」
「君は人のことを敬うし、好んでもいる。しかし、人のことを信頼しきれていない。」
敬う?信頼?
普段つかっていた言葉のはずなのに、まるでどこか遠い遠い国の言葉を聞いたような、そんな感覚に陥った。
「確かに、クロトやウソカジにも相談できるかもしれないが、彼らはここの部員たちを信頼してしまっている。だからだめなのだよ。」
「えっと…?」
「待ってくれ。一つずつ順を追って説明しよう。」
ムクは片方の手を額にあて、片方をこちらに向けて「待て」というサインをだす。
「まず、イシカについてだ。昔、クロトが放浪部に入りたての頃、軽いいじめをうけていたのだよ。」
「えっえぇ!?」
「で、それをクロトがイシカに相談したら、イシカは怒り狂って主犯のやつらをボコボコにして停学にされてしまったのだよ。つまり、このことをイシカに話したら、地獄絵図になるのが目に見えるだろう?」
「あ、あぁ」
イシカ…確かにすこし凶暴とは思っていたけれど…怖すぎだろ!!
「で、クロトとウソカジについてだ。彼らは、放浪部を信頼しきっているといったね。つまり、イシカに相談してしまう可能性もあるし、口止めしても、あいつらは態度や感情が顔にでやすいから、勘が鋭いイシカにはすぐばれるだろう。」
しかし、とムクはいった。
「君は感情が顔にでないし、人を信頼しないから、誰かに相談するということもないだろう?するような友達もいないだろうし。」
「最後はちょっと余計だがなっ…!」
「だから頼ったのだよ。言ってしまえばそれこそが君の友達の出来ない原因なのだが、ほかの人から信用される理由でもある。」
褒められているような貶されているような微妙な感覚にひたりながらも、頼ってもらえたという嬉しさにすこしだけ喜んだ。
「君は」
ムクはすこしだけ怪訝そうな顔をして、俺の法を見る。小刻みにふるえているのがこちらからみてもわかった。
「君は、私はやっていない、と信じてくれるかい?」
…そんなの。
「決まってるだろ。お前はなんもやってねーよ」
そういうと、ムクはすこし涙を浮かべ、ありがとう、と呟いた。
安心に満ち溢れた、そんな…そんな涙。
「で、俺はなにすればいいんだよ?なにかしてほしいから俺に言ったんだろ?」
「あぁ、そうだね。」
ムクはすこしだけ嬉しそうな表情をのぞかせた。
あぁ、こいつ、なにか語る気だ。
「君は、地動説を知っているかな?」
「ちどうせつぅ?」
「あぁ、ニコラウス・コペルニクスがが唱え始めた説なのだがね、要約すると数々の惑星は、太陽のまわりを回っており、その中には地球もふくまれている、というものだ。」
「ふーん…」
「この説は証拠も論理もある今のところは真実とされている説なのだが、実は16世紀ごろまで、違う説が有力とされていたのだよ。」
「えーっと…?」
話がそれてきてないか?おい。
「それが”天動説”だ。数多の惑星は地球を中心に回っているという考えでね、その時代、多くの学者が天動説を支持し、地動説は批判されてきたのだよ。まあその頃から、我々が信じている天動説はどこか理屈に合わないと、気づく人もすこしはいたのだがね。それでも、天動説は理屈や論理をこえた概念で、信じられてきたのだよ。だがしかしね、その説を覆し、地動説が実に正しい説かというのを証明した者がいたのだよ。」
証明者?というか俺はなにをしてほしいのか聞いたのであって小難しい話を頼んだ覚えはないのっだが…ん?ん?
「おおまかに言えば、ガリレオ・ガリレイ、それから、アイザック・ニュートンの二人が有名かな。」
「は、はぁ」
「ガリレオは、星の位置関係の変化などから、地球は回っているということを発見したのだ。そして、何故回っているのに人は、ものは地球から放り出されないのかを証明したのが、ニュートン。つまり、引力を発見したのだよ。この二人証明者のおかげで、地動説は完全に有力となり、ニコラウス・コペルニクスの仮説は晴れて真実となったのだ。」
「…で…あの…」
俺が言葉に詰まっていると、つまりだ、そう言って、ムクは俺をちらっとみると、人差し指を俺に向けてこういった。
「私の、証明者に、なってほしい。」
あのう、えっと、地動説について語りたかっただけです!




