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魔女の剣は墓標となりて  作者: 1.5m
一章:剣は黒く
1/4

1.

 ――魔力を直接魔法陣に変えて、振り下ろされる巨大な竜の足を防ぐ。その足の下を、魔法で強化した身体で走り抜けた。

 誰かが私に向かって叫んだ気がする。

 竜の腹の下へ潜りこむむと同時に、地面を抉るほど強いブレーキを、全身に掛ける。周囲を見渡して、ここが腹の下のどこに位置するかを確かめた。

 私のはるか遠くから爆音や轟音、叫び声が聞こえてくる。それらが、私がたった一人で巨大な竜に接近しているという事実を教えてくれる。

 どうやらここは、腹の下の中心であるようだ。

 魔法による強化をより強くして、空中に魔力で足場を作り出す。力強く地面を蹴って、作り出した足場に飛び乗っていく。竜の腹に近いところに着いて、手に持った剣を顔の前で構える。体感でコンマ一秒にも満たない速さで、魔法を唱える。私の足元、足首、両膝、身体全体にある大きな関節を左右から挟むように、灰色の魔法陣が展開される。展開が終わると同時に「――(行け)」と呟く。それと同時に、私は剣を目の前に突き出す。そして見えない力によって、竜の腹を一直線に貫いた。私の体は竜の背中のはるか上空へと投げ出される。足元に足場を作り出し、そこに着地をする。

 手ごたえはあった。急所を貫いたのならば、確実に仕留めただろうという確信を手にした。――だが竜は、私が身体を貫いたにも関わらず、平然と私を睨みつける。傷を気にしていないのか、そもそも竜にとってはかすり傷なのか――。

 竜が咆哮する。空間が歪み、竜の四方八方に巨大な火の玉や水の玉、紫電を発する玉が大量に出現する。竜がもう一度咆哮すると、周囲にある玉が群れとなって、私に襲い掛かる。足場を遠くに作り、飛び移って群れから逃げる。玉は一つ一つ、互いに干渉しないのか、玉が重なってもなにも起こらず私を追い回す。玉の速度は決して速いとは言えない。だが、いくらなんでも量が多すぎる。

 さすがに囲まれてしまってはたまらないと、高速で魔法を唱え、私を包むように壁を生み出す。それと同時に、まともに見れば眼を軽く潰されるほどの閃光が飛び散り、常人なら耳を簡単に壊されるほどの轟音が鳴り響いた。それらが止むまで、おそらく三十秒とかからなかっただろう。閃光と轟音が止むと同時に身体を竜へと向ける。

 魔法を唱えながら、剣を構えて竜へと跳ぶ。竜は私が竜の玉から逃げているあいだに空へと上がり、新たな玉の群れを生み出していた。

 

 

 切り抜けられる。

 

 

 そう判断を下し、身体の強化を限界寸前まで上げて、竜へと突っ込んだ。竜が生み出した玉が群れを成して、私へと迫る。

 竜の玉を避けて、避けて、避けて――叫ぶ。気を高ぶらせるためか、ただ単に気がふれてしまったのか。なぜ叫んでいたのか、私には判断が付かなかった。ただ、避けて、避けて、竜に近づく。壊れそうなほどに剣を握って――

 

 

 ◆

 

 

 息を飲みながら、私の意識が、深く、深い海の底から、突如として()い上がった。昔懐かしい夢を見ていた私は、這い上がった海から完全には抜け出せておらず、微妙にまどろみの中にいる頭のまま、ここが自分の家であることに気が付いた。

 力のない声を上げながら、私の座るソファへと倒れこむ。必要最低限のものしか置いていない閑散(かんさん)としたリビングは、寂しげに私の倒れる音を響かせた。倒れた私の視界に入ったのは、木製の安っぽいテーブルの上に置かれた、昨日の日付が書かれた新聞と、昨日の飲みかけの牛乳が半分ほど入ったプラスチック製のグラスだった。「そういえば起きてから洗おうと思っていたんだった」なんて、視界の端に映る「04/05 MON AM11:49」と表示されているデジタル時計を見ながら思った。

 

「寝過ぎた……」

 

 とても懐かしい、昔の夢を見ていたと、ソファから起き上がりながら静かに思う。一回目の人生で、私が十二歳のころだったかと、おぼろげな記憶をたぐりよせる。

 私は、エリス・ルェアータ。人生を、今回を合わせて四回ほど体験している、普通とは程遠い人間である。人生を一回でも多く体験している時点で人間であるかどうか怪しいところではあるが、生物学的には人間であるとの結果が出ている。気にすることはないだろう。

 一度目の人生はさっき夢で見た、竜という化け物と、魔法という力が存在していた世界だった。リュゼリアという名前の、化け物との戦争が絶えない世界だった。

 私はその戦争のさなかに死んだ。最後の戦闘は、さっきまで夢で見ていたあの竜との戦闘だったと記憶している。あの竜は討伐できたのだろうか。あの世界ではそのことだけが心残りだ。

 あの世界では、私は十二歳で死んでしまったが、若くしてなんて思わない。あの世界では、私より若くして死ぬ子どもをたくさん見てきた。十二歳まで生きられて万々歳と喜ぶほうが、あの世界を生きて戦った人間にとってはそれが普通だろう。

 二度目の人生は、魔法使いという職業が普通にある、魔法に満ち溢れていた世界だった。

 ミュレーギ。

 それが世界の名前だった。その世界では、暗殺というか襲撃、で死んでしまった。就寝の直前に天井裏から、天井を文字通りブチ破っての襲撃だった。その豪快な襲撃に驚いてとっさに動くことが出来ず、そのままさっくりと頂かれたという悲しい死に方だった。

 ミュレーギでは、一度目の人生の約二倍生きることができた。享年二十九歳。しかし、バージンロードも歩んでいないというのに、よくもあっさりと死ねたものだと、自分自身に唾を吐く。三十路近いのだから、せめて結婚ぐらいはしておけよと、二度目の人生を歩んだ自分に失望する。

 三度目は、前の二つの世界とはまったく違う、魔法がなく、化学が発達した、地球という世界だった。魔法がないということを知った時の衝撃は大きかったが、それ以上に一度目の世界にいたような化け物が、一切存在していないという事実に驚いた。あそこまで平和な世界に生きられたことは、実に貴重な体験だった。

 地球では、私は通り魔に襲われて死んでしまったのだと、予想している。学校の帰りを急いでいた夜道で、背後からなにかで刺されたところで記憶が途絶えているのだ。十七歳のころだったと記憶している。おそらく、通り魔にぐっさりといったとことだろう。

 もう何回死を経験すればいいのかと、ひどく(ゆう)うつになる。そもそもの話し、なぜ私は人生を、違う世界で繰り返さなければならないのだろうか。名前も容姿も、声も癖も全てが、全ての世界で変わりがない。しかも記憶もそのままに。神様がいるのならば、なぜ私をなんども殺すのか、なぜなんども生まれ変わらせるのかと、ただ二つだけ聞きたい。まともな答えは期待していないが、その二つだけ、ただ聞きたい。

 座りながらソファで寝ていたせいか、身体のあちこちが痛む。軽く伸ばして、力を抜きながら体をほぐす。

「そういえば、明日は入学式だったわね」と脱力した身体のまま、寝返りをうって天井を仰ぐ。

 明日は、私が通うこととなっている、アスティーズという高等学園(正式名称、国立アスティーズ高等学園)の入学式だ。それといって変わったところもない普通の学校というアピールを世間に見せている学校だ。仮面を剥げばというか中身を見れば微妙に、いや、ひどく変わった学校なのだが。

 どこが変わっているのかというと、まずこの私が四回目に生きる、この世界について説明しなければならない。

 この、私が四回目に生きる世界、名前をモスティアという。この世界に住む人間は、特殊な力、超能力と呼ばれる力を持っている。もちろん、定番のテレキネシスやサイコキネシス、はてには火を出したり水を操ったりできる者もいる。実に分かりやすい能力だろう。しかし、火を出したり水を操ったり念力を使えるだけで喜んでいられるほど、世の中は甘くない。この世界は、超能力の力の強さがものをいう。簡単に言えば、実力主義なのだ。もちろん、就職や進学も、超能力の強さで入れるかどうかが決まる。

 ちなみに、文明を地球で生きていたころでたとえると、私が生きていた現代、2013年に近い。

 アスティーズ高等学園と超能力がどう関係あるのか、という疑問が残るが、率直に言おう。アスティーズ高等学園は入学に対して、超能力の強さを重要視していない。ほぼ見ていないという状態といってもいい。

 アスティーズ高等学園はどれだけ弱い超能力者でも、どれだけ強い超能力者であっても、分け()だてなく歓迎する。まさに、この星では異端である学校といえるだろう。だが、そんな力に固執(こしつ)せず、分け隔てなく歓迎するかわりに、入学には厳格な試験(座学)と性格検査、過去の成績等が優秀であることを求められる。よって、入学する人たちのほぼすべては、問題など起こさない優良児といえる。

 中には過去に問題を起こした経験のある人間も何人か入っていることがあるらしいが、そこらへんはよく分からない。「買収したのではないか」、「裏から手をまわしたんじゃないか」と様々な噂がはびこってはいるが、真偽は確かではない。

 

「準備は、もう終わっていたはず……」

 

 明日の学校への準備は昨日のうちに終わらせていたはずと、いまだにまどろみの中にいる頭で、三日ほど前から準備をしていた記憶を思い出す。だが、思い出したところで特に面白味の一つもない、なんの変哲(へんてつ)もない、のそのそと準備をしていた一日だったことに気付く。別に荒事や衝撃を日々に求めているわけではないが、多少の変化があってもいいのではないかと、この変化のない日々に文句を垂れる。

「このままソファの上で堕落していてもいいんだぜ」と脳裏で悪魔(仮称)がささやくが、首を曲げてデジタル時計を見ると、12:21と表示されている。「まだ寝ていようぜ」と、脳裏でささやく悪魔(仮称)と気だるい身体を無視して、ソファから立ち上がる。「今日の新聞を取りに行ってー、メールの着信を確認してー……」と今日の家事の予定を組み立てながら、昨日の牛乳が入った飲みかけのグラスを右手に持って、台所へと足を向ける。余ったほうの手で頭を()く私の姿は、傍から見ればまるで中年男性に見えたことだろう。だが、こんな私でも実年齢は十五歳という華の乙女なのだ。恋愛にはあまり興味はないが、少なくともおっさんではない。中身がおっさんという可能性もあるが――

 

「……私は女よ」

 

 自分自身の思考に、思わず口に出して突っ込みを入れる。生まれてこのかた、一度も性転換手術など受けたことがない。というよりも男になりたいなどと一度も思ったことがない。たくましくてガタイがよくて黒髪で髭を蓄えた四十代後半の男性にお近づきになりたいなんて思ったことはあるけども、自身が男になりたいとは一度も思ったことはない。

「なにを考えているのかしら」とつぶやきながら、自分の頭がいまだに寝ているのではないかと、疑惑の目を自身の頭に向ける。実際に向けられるわけではないが、なんとなく、1そう、感覚的に目を向ける。

 こんなこと考えている時点で、私の頭はまだ寝ぼけ眼なわけなのだが、私はそんな簡単なことに気付かない。

 流し台にグラスの中身を捨て、つけ置きをするためにグラスに水を流し込む。そういえば、つけ置きをするとものの数時間で雑菌が数万倍に膨れ上がると、この前テレビでやっていたのを思い出した。実際に実験をして得られたのであろう根拠ある情報だから、信用に値するとは思う。だが、やはり面倒くさいときはつい、つけ置きをしてしまう。頭ではやってはいけないと分かってはいるのだが、やはり面倒くさい。正直、菌なんてどれだけ増えても最後には洗剤で滅菌するのだからつけ置きするぐらい問題ないだろう。それで病気にでもなるものでもないだろうと、私は思う。

 わが家のポストから持ってきた新聞を、無造作にテーブルへと放り投げる。窓際まで移動して、カーテンを開ける。

 隣の部屋から大きな足音と怒鳴り声が聞こえてくる。お隣さんは三人家族だったはずだ。お子さんがなにかやらかしたのだろうかと、生暖かい目をお隣さんへと向ける。

 私が住むこの家は、家賃数万の古いアパートだ。大家さんがいうには築数十年らしい。だが、その古さを感じさせない作りで、しっかりとした物権である。しかも風呂場、トイレ、少し広い台所は設置されてあるし、なかなかに広い。防音はアパートという物権上仕方ないが、それを気にさせない、いいアパートである。最初は優良物件にしては家賃が非常に安いと思って警戒したのだが、大家さんはこのアパートで収入を得るつもりはないらしい。「老後の娯楽みたいなもので経営しているだけだから、お金はいらない」と、アパート見学のときに、そう笑いながらいっていた。いい人たちである。

 洗濯物をかごに入れて、窓際の物干し竿へと持っていく。わが家の洗濯物はそう量は多くない。一人暮らしというのもあるかもしれないが、なにより私はおしゃれというものをしない。というかおしゃれをするためのお金がない。私が生活するためのお金は、政府が実施している、「保護者不明である満二十歳未満を対象とした生活保護法」という長ったらしい名前のものから出ている。そしてそれは、月に十五万ほどが、それを受けるために作った口座に振り込まれている。私のような孤児にはありがたい制度だ。これがなければ生活するだけでも難しいのだから。だが、正直、大体が学費に消えて行っているせいで、ありがたみが少しばかり薄れている。もう少し受給額を増やしてはくれないものだろうか。

 洗濯物を干しながら、「今日のお昼はなにを食べようかしら」とつぶやく。いろいろなことを考えていた私の頭はそのつぶやきのせいで、少し遅めのお昼ご飯のことで埋め尽くされた。

 

 

 ◆

 

 

 電子音が、私の意識を無理やり表層へと引っ張り出す。ふとんから顔を出して、「04/06 TUE AM05:30」と表示されている電子時計を叩く。寝起きであるせいか力加減を間違えてしまい、電子時計が鈍い音を上げる。さすがに早すぎたかと、寝ぼけている頭のまま、ふとんの中から出て立ち上がる。大きなあくびをしながら、洗面所に向かう。

 栓をひねり、水を蛇口から出す。今は四月で、この時期の気温はまだ低い。蛇口から出てくる水もやはり低く、手や洗う顔に少し刺すような痛みを感じる。やっと気温が十五度前後になったというのに、蛇口から出てくる水はなぜこんなに冷たいのだろうかと疑問に思う。

 洗面台の鏡を見ると、当然としかいいようがないが、私の姿がそれに映っていた。私の容姿は客観的に見ても主観的に見ても、異様としかいいようがないだろうと思う。なにせ、雪とほぼ同じ色をした白い髪に、ガラス球に(すす)がこびりついたような、濁った灰色の瞳。少なくとも、私の近所に住む人はこんな髪の色をしていないし、そんな瞳の色もしていない。この世界は、超能力なんていう不思議な力を持つが(ゆえ)なのか、赤い髪や青い髪、あげくの果てには茶色と緑が混じった髪の色なんていう人間もいる。だが、なぜか白という色をもつ人間は、私の人生の中で一度も出会ったことがない。鏡で自分の容姿を見るたびに不思議に思うが、たいして実害はないからそこまで気にしていない。実害という実害は、周りの視線が妙に好奇に染まっていることぐらいか。

 幼いころは、それに耐えられなかったが、今はたいして気にしていない。慣れた。

 歯を磨いて、髪をすく。最近になって、枝毛の量が増えてきた気がする。ここ最近で髪の乾かし方を変えた覚えはない。それともドライヤーが古くなってきたのだろうか。もう五年ほど使っているが、あまりガタがきているという感覚はない。そもそも、ドライヤーの寿命はいったいどれぐらいなのだろうか。今度、電化製品を取り扱っている店に行って聞いてみるのもいいかもしれない。もしかしたらシャンプーやリンスが合わなくなってきたのかもしれない。それも視界に入れて、髪の毛の荒れ模様を改善しなければ。

 ほんの少し、化粧水を顔に付ける。タオルで顔を叩いて水気を飛ばし、洗濯籠の中へと放り投げた。

 居間に戻って、学院が指定している、微妙にコスプレチックな制服へと着替える。アスティーズ高等学院が指定しているこの制服、いったいなにをとち狂ったのか、女子の制服にはなぜかカチューシャが付いている。しかもフリルの大量に付いたものだ。服は、これまたフリルが大量に付いたドレスで、どこのファンタジー世界の令嬢が着るものだとあちらこちらから声が上がっている。一部の女子にはなぜか受けているみたいだが、私にはよくわからない。

 この世界事態がファンタジーに見えるなと、その発言を聞いてからそう思ったのだが、よくよく考えればこの世界は超能力がある。この世界はSFではないか。

 とにもかくにも、学院の制服を決める役職についている人の趣味が全開で、全壊していることだけは私にもわかる。ちなみにドレスやカチューシャといった制服となるものは全て真っ白だ。白以外の色などない、それ以外は認めないと言わんばかりにその色のみで埋め尽くされている。

 カチューシャを付けながら、どこかの民謡でカチューシャと呼ばれる曲があった気がする。と、どうでもいいことを考える。

 カレンダーの今日の日付である場所に目を向ける。

 

「八時半に学院。時刻厳守。入学証明書を忘れずに」

 

 今の時刻は05:57。やはり少し早く起きすぎただろうかと、白いニーソックスを履きながら思う。

「朝ご飯は――作れないじゃない」入学当初から制服に汚れを付けるわけにはいかないと、今頃気付く。「ああ、もう。昨日の残り物でいいわ」

 諦めに近い声でつぶやきながら、台所へと向かう。

 冷蔵庫を開き、昨日の残り物であるもやしの炒め物を取り出す。それを電子レンジの中へ入れて、二十秒ほど暖める。

 もやしというのは私のようなお金がない一人暮らしの人間にとって、非常に助かる食材だ。安価で、大量に売っていて、炒め物にするぐらいしか調理方法がないが、簡単にお腹は膨れる。もやしはお金がないときの救世主だ。

 電子レンジから金属を叩いたような音がして、温めが終わる。もやし炒めを取り出して、居間のテーブルへと持っていく。今日の朝ご飯は、これだけである。本当はもう少し、いやもっと贅沢はできるのだが、今月は学院の用品等いろいろと物品をそろえたせいで、少し切りつめないともちそうにない。ちなみに学院の用品で一番高かったのは、いわずもがな制服である。

「感謝を」と、この星の言葉で、食事をするときのあいさつをする。

 電子時計は06:01と時間を表示している。家を出るまで、まだ一時間ほど残っている。歯を磨く時間と、学院へ持っていく荷物の最終確認をしても、多少の時間が余ることは確実だろう。

 もやし炒めを口に運びながら、残るであろう時間の使い道を思案する。

 荷物の確認は昨日、なんども繰り返した。最終確認は軽くでいいだろうと、荷物をソファに置く。これだけでも二十分かかるかどうか怪しいものだ。歯を磨くのには、五分もかからないだろう。二つの行動を合わせても二十五分もかからないというのは、うれしいことなのか、悲しいことなのか。ただ暇な時間ができるというのはどうしたものかと、いつも思ってしまう。

 もやし炒めを食べ終わり、皿を流し台へ持っていく。余った時間をどう潰すか思案しながら、皿を洗う。

 ふと、暇を潰すなどと贅沢な思考をするようになったものだと、気が付いた。一度目の人生では暇というのはとてつもなく貴重なものだったというのに。

「慣れは怖いわ」と自嘲の笑みを、自分に向けて浮かべた。


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2014 01/10 全体修正

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