第8話:学院出発前
俺が従者と言う名の守護騎士になってから既に三日が経過していた。
その間、俺は従者としての礼儀をミルカに教え込まれていたが、如何せんこのメイド、俺に恨みがあるので教え方が異常に厳しい。
それに俺が毎回キレて、ミルカを気絶させるという事が続いていた。
ちなみに融合した“ダーインスレイブ”は融合を解除してミルカに返した。まさか一度融合したらその後任意で解除可能だとは思わなかった。
さすが転生特典で作られた剣。
色々と都合が良い。
「もう無理ですッ!!もう限界ですッ!!」
目の前でミルカが頭を抱えて叫ぶ。
俺の教育を行う事によって受けたストレスが限界を迎えたらしい。叫ぶというよりも発狂に近い感じだ。
「おいおい。お前はリリィから俺の教育を一任されてるだろうが。投げ出してんじゃねえよ」
「なら少しは真面目にして下さいッ!!毎回注意する毎に殴られたり蹴られたりする私の身にもなって下さいッ!!というか普通に考えて女性を殴るなんてどうかしてますよ貴方!!?」
「何寝ぼけたこといってやがる。戦場には女も男もねえだろうが。そんな事も分からねえのか?」
「ここは戦場じゃありませんからッ!!??」
あーうるせー。
「はあ、分かったよ。確かに俺もお前に教わるのは何故かムシャクシャするしな。だからクソメイド、お前もう出てけ。俺は寝る」
そう言い放って、俺はベットにダイブする。
「・・・・はあ、分かりました。リリィ様にはそのようにお伝えしておきます」
俺の「お前もういらね」発言により、呆れたような声音でそう言い放ち、ミルカは部屋を出て行った。
扉がバタンと閉まると同時に、部屋に沈黙が降りる。そんな静寂の中、俺はボンヤリと思考を巡らせる。
結局守護騎士にはなれなかったな・・・。
最初の頃は完全になれると思っていたのだから、今になって思えば少し滑稽だ。あの試合で負ければ良かったのではと思うが、結局こうなってしまった以上、それに関して何かを考えるのは止めだ。
そして、俺はこれからについて考え始めた。
「確かリリィが学院に通わなきゃ、とか言ってたな・・・」
学院とはメルド王立学院の通称で、王国内の貴族の子供、そして騎士を目指すもの達が入学する由緒正しい学院だ。
ちなみに俺はそこに入った事はないのでどんな所かは全く分からない。
そして俺は、リリィの従者として学院に行かなければいけないのだ。しかも学院は全寮制。まず間違いなく面倒な事になるのは確実だろう。
しかも、その学院には四人の王女の内、三人も通っているという現実。
考えただけで気分が重くなる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
こういう時は寝るのが一番良いな。
俺はそう思い、瞼で視界に蓋をした。
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古い夢を見た。
それは俺が家を追い出され、露頭に迷っていた時に拾ってくれた一人の女性と過ごした時の記憶。
俺はその人に戦い方を教わっていた。
もちろん純粋な戦闘方法ではない。俺の中にはぶっ飛んだ奴らの戦闘経験が入っているのだ。この世界の奴に教わることなど何もない。
俺がその人から教わっていたのは心構えだ。
「いいかい少年。戦闘に必要なのは殺意だけだ。そこに誇りやら大義やら名誉やらと、どうでもいいものを加えたって得られるものはなにもない」
「でも、それじゃあただの殺人鬼だ」
「ぷっ、あはは。面白い事をいうんだね君は。では問おう。正義を掲げて千人殺した者と、殺意を掲げて十人殺した者、どちらが殺人鬼かな?」
「そ、それは・・・」
「ほら、答えられないだろう?結局はそういう事なんだよ。人殺しはどんな理由があれ等しく大罪だ。そこに一切の釈明は存在しない。勇者も魔王も、悪人も正義の味方も、一度でも人を殺したら、その時点で救いようのないクズに成り果てる」
「でも・・・!!そんなの、そんなのどこにも救いがないじゃないか・・・!正義を掲げて戦っている人だって確かにいる。師匠はそんな人ですら悪人だと・・・クズだと言うのッ!!??」
「そうだ。そもそも人を殺しておいて、それで自分は幸せになろうなんて虫が良すぎるんだ。それこそ正真正銘の偽善。私にしてみればまだ殺人鬼の方がマシだよ」
「そんなの・・・。そんなの悲し過ぎる」
「少年。良く覚えておくといい。・・・人を殺すってことは、そういう事だ」
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「・・・・・・・・・・・・・・・懐かしい夢をみちまったな」
これは俺が十三歳の時の記憶だ。
まだ家から放り出されたばかりで、しかもチートにかまけて俺は何一つこの世界の“現実”を見ようとはしなかった。
あの時の俺は確か初めて人を殺した時だったな。
その時に最後の最後に躊躇して、人質になった奴隷の少女を死なせてしまった後の師匠との会話。
俺は人を殺すまでは、人殺しなんて簡単だと思っていた。
いくらゆとり前世で甘ったれた生活をしていたと言っても、俺だって男だ。だから人殺しぐらい楽勝だと思ってた。その覚悟だって出来ていると思ってた。
けど、それは完全に恥ずべき傲慢だった。
結果だけ見れば俺は人を殺せた。当然だ。俺には生まれつき最強の戦闘能力が備わっているのだから。
けど、心が悲鳴を上げた。
予想だにしていなかった罪悪感に俺は夜も眠れなかった。そのくせ飯だけはキチンと食べる事に柄にもなく自己嫌悪した事を覚えている。
そんな俺を心配してくれたのか、師匠が相談に乗ってくれた。
いつもは鬼ババアだと思ってたけど、実際は優しくて、思いやりがあって、とても綺麗な女性だった。・・・恥ずかしながら今思えば惚れていたのかもしれないと思う時がある。
で、そんな師匠がその時に俺に言った言葉が夢の中のソレだ。
そしてそれが今の俺の価値観を作っている。
既に人を殺しても何とも思わなくなってしまったけれど、それでもあの時の事は今でも忘れていない。
たまに夢に視るくらいに。
「師匠。・・・・俺、あの頃から少しは変わったか?」
既にこの世にいない尊敬する師を思いながら、俺はベットから出てそのまま部屋を後にするのだった。
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「何してんだお前?」
「見て分からない?明後日から学院に行かなきゃならないからその準備よ」
「ふーん。色々大変だな。王女様も」
「あのねえ、これは別に私以外の貴族の生徒も皆してるわよ」
リリィは俺に一瞥も寄こさず淡々と作業を続ける。
俺が部屋を出て向かった先は俺の主であるリリィの部屋だ。
何故かリリィは俺に、
「き、来たくなったら何時でも来ていいわよ?どう?うれしいでしょ?」
と、頬を少し赤らめて言ってきた。その時に、「誰がくるか」と言ったが、結局来ることになるとは、俺もやはりこいつと一緒にいたいと思っているってことなのか?
そう考えると、俺はリリィに惚れているという事になるが、出会って一週間も経っていない女に惚れるなどありえん。
そもそも俺は一目惚れなんてしない主義だ。・・・・多分。
少なくともリリィに一目惚れはしていない。
では何故か?
そう考えた時、一つの答えが導き出される。
こいつ、師匠にどこか似てるんだ。あの理不尽な考えとか、気に入った人間以外を物扱いする所とか、無駄に傲慢な態度を取る所や、
「ふう。これで準備は完りょ――――・・・ウィーク?どうしたの?何かあった?」
―――何だかんだ言って俺には優しい所とか。
心配気なリリィを眼差しを正面から受け止め、俺は小さく笑う。
全く、何でこいつは俺の表情の変化に気付くんだ?完璧なポーカーフェイスのつもりだったんだけどな。
「別に大した事じゃない。それより俺って学院では四六時中お前の傍にいるのか?」
俺は、この話しを逸らす為に、別の話題を提示する。
「いえ、別にそういうわけではないわ。学院内は比較的安全だから、護衛にはミルカと貴方に交代でして貰う事になるわね。で、でも、ウィ、ウィークが私の傍にどうしてもいたいっていうな――――」
「いやいい。大体は理解し―――いてえっ!!」
リリィが面倒臭そうな事を言いだしたので、適当にあしらおうとしたら、何故かいきなり蹴られた。
しかも脛。・・・金的じゃないだけマシだが。
「ほんとウィークって最低ね!!」
「お前少しからかわれたくらいでそんな怒るなよ・・・」
マジで沸点が低くて面倒な女だ。
こんな女が、「仕事と私どっちが大事なのッ!!??」とか言うんだよ。
「う、うるさいわね。いいじゃない少しくらい怒りっぽくても。好きでしょう?そういうの?」
「いや全然。むしろかなりメンドくさ―――ってだから蹴るなッ!」
「うっせー!!あんたなんか一生子作り出来ない身体にしてやるッッ!!」
「おまっ、ばか、そこはマズイ!マジでシャレにならんッ!!?」
その後、俺とリリィは三十分近く、金的を賭けて部屋中で追いかけっこし合ったのだった。
そこか厭らしい感じに取れない事もないが、エロい事にはなっていないのであしからず。
まあ、久しぶりに楽しかったから良しとするか。