第7話:あれ?予定と違う。
スイマセン。
今回は全く話しが進みませんでした。
レオンとの試合という名の若干殺し合いに発展した戦いが終わると、俺は再び玉座のわる場所へと呼ばれていた。
最初の頃と違い、何人かの貴族がおらず、そして第四王女もいない。
おそらくレオンの看病に行っているのだろう。
恋する乙女は大変だねー。バレたらレオンが死刑になるけど。
守護騎士には様々な特権が与えられている。権力的には、公爵とほぼ同等だ。そんな守護騎士が唯一絶対の禁忌とされているのが、主に対する恋慕の情。
つまり自分の守護対象である王女に絶対に惚れるな。逆に惚れられるな。という事だ。
しかしあのレオンと第四王女のエマ=ルナ=メルドはそれに反している。レオンの方は分からないが、少なくとも第四王女の方は完全にレオンに惚れている。
それが、この守護騎士システム最大の弊害だと俺は思ってる。
もし守護騎士に任命されたのがレオンのような完璧超人だったりした場合、箱入りの王女が惚れるのは時間の問題だといえる。
そうなればその王女にとってそいつが男の判断基準になる。つまりいざ結婚の話しが持ち上がると、その男より優秀か同等な男を求めるのが必然になる。
そしてその結果、禁断の恋などという面倒な事になり、最終的に不幸な結末になる。
事実、古い文献を見ても、そういった事は何度もあったらしい。
なのに何故守護騎士制度を廃止しないのか言えば、安全だし、そしてなにより安くつく。一々何十人の護衛をつけるより、最強の一人を付けた方が掛かる金が安い。
でも安全面に関してはこの王国内での話しだから正直どこまで効果があるのかは分からない。
「ウィーク=ツァーリ。お主の実力は見させて貰った。それを踏まえてお主に言いたい事があるのじゃが・・・」
途中で国王はどこか言いにくそうに言葉を詰まらせた。
しかし言わない訳にはいかないので、国王は言葉を紡ぐ。
「お主は魔力を保有していないそうじゃな」
その事か。それは正真正銘事実なので特に否定する必要はない。
「ああ。確かに俺は魔力を持ってない。そしてそれが理由で俺を守護騎士に任命する事が出来ない・・・だろ?」
俺が意地悪くニヤリと笑うと、国王は驚いたように俺を見た。
そして国王の傍に立っていたリリィが驚愕の表情を浮かべて声を荒げる。
「どういう事ですかお父様ッ!?ウィークはその力を示した筈ですッ!!」
そんなリリィの怒声に、この場にいる殆どの人間の表情が固まり、冷や汗を流す。
それほどまでに今のリリィの気迫は凄まじく、そしてどれだけリリィが俺に執着しているかが分かり、離れて事の成り行きを傍観している貴族達は、訝しげに、そして何かが掴めるのではないかと楽しげな光を瞳の中に浮かべている。
俺も、リリィにそこまで思われて嬉しくもあるが、これから仕える主だ。オツムの低さはともかくとして、冷静さは少なくとも持っていて欲しい。
ま、今はこの重い空気漂うこの空間を何とかして欲しいが。
ちなみに俺は何かする気はない。
面倒だから。
と、そんな中、口を開いたのは、第一王女であるクロエ=ミクス=メルドだ。
ストレートの美しい銀髪に異常に整った顔つき。さすが「天姫」と褒め称えられるだけの事はある。
「いけせんよリリィ。そんな我儘を言っては。お父様にだってお考えがあります」
透き通るその声には、圧倒的なカリスマ性を感じさせ、その場にいる者を支配してしまいそうな旋律を奏でる。
そして彼女は盲目だ。
それも関係しているのか、彼女の称号である「ミクス(神秘)」をより一層引き立て、俺に実感させる。
ああ。たしかにこの女には「ミクス(神秘)」という言葉が良く似合うと。
しかしそんな姉に反抗的な態度を向けるリリィ。
おい止めとけ。お前とその女じゃオツムに雲泥の差があるのは明白だ。
だが、怒り心頭のリリィには俺のテレパシー(つもり)は届かない。
「我が儘?私の言葉のどこが我が儘だと仰るのですか姉さま?」
「我が儘でしょう。魔力を持たない者が守護騎士になれば必ず他の騎士、そして貴族達に説明しなければいけません。そうなれば必然的に騎士レオンの敗北を伝えなければいけなくなります。それがどのような結果を導き出すか流石の貴女でも分かるでしょう?」
完全にリリィをバカにした言い方に、リリィの額に青筋が浮かぶ。
出会ってまだ二日だが、こいつがどれだけ沸点が低く、キレ易いかは分かっているつもりだ。
「言ってくれるじゃない。薄汚い売女風情が・・・ッッ」
その瞬間、クロエの守護騎士であるアデル=グロル=ローゼンバルドが一瞬で腰に差している二本のレイピアを抜き、リリィに斬りかかろうとした。
が、そんな事を俺が許す筈がない。
俺は、アデルがレイピアを抜く前に赤黒い剣を顕現させ、そして一瞬でアデルの元に移動し、アデルの首元に剣先を当てる。
「・・・何をするのですか?」
アデルが怒りを滲ませた声を放つ。
「何そするのか、だと?それはこっちのセリフだ乳女。何人様の主に剣向けようとしてやがる。――――殺すぞ」
俺は濃密な殺気を放つが、アデルはそれに一切怯まない。
「私は己の主を穢されました。それに黙っているなど守護騎士として名が廃ります」
「だから剣を向けるか?ふざけんな。それに元はと言えばそこの糸目女が俺の主をバカにしたのが原因だろうが」
「クロエ様は糸目ではありません。生まれつき目が見えないだけですっ!」
そんな事は知ってるよ。一々マジに反論すんなウゼえ。
「そんなことはどうでもいい。それよりリリィに向けているその殺気を収めろ。さもなくばお前を殺してついでにその盲目女も殺すぞ?」
今度は更に濃密で強大な殺気を放つ。「俺は本気だ」それをこの女に分からせる為に。
それを理解したのか、アデルは殺気を収め、一歩だけ下がる。
それを見た俺も、剣を下げ、そして消す。
そしてこの場に、先程よりも重い空気が漂う。しかしこのまま沈黙していても始まらない。
仕方ないので、俺がさっさと話しを進める事にするか。
「オッサン」
俺は固まっている国王に声を掛ける。
普通なら「無礼なッッ」となるのだが、如何せん俺が先程殺気を撒き散らしたせいで、誰も声を荒げない。
「な、なんだ・・・?」
「別に俺を守護騎士に任命しなくていい」
「ちょっとウィーク何言って――――」
俺は噛みついてきたリリィを視線で制す。
「俺の立場はリリィの従者にでもしておいてくれ。それに給料に関しても守護騎士の十分の一程度で構わない。だが一つだけ条件がある」
その言葉に国王の眉が少し上がるが、俺が意外に物分りが良いのと、そして給料も少なくていいと言った事で、聞く気になったらしく、
「なんじゃ?言うてみい」
と、気前の良い返事をくれた。
「俺が提示する条件は一つ。俺の権限を守護騎士と同等にする事」
「なッ!?それは流石に無理じゃ!そんな事をすればお主を守護騎士にする以上に他への説明が必要になる!」
確かに、普通に考えていきなり一介の従者に守護騎士と同じ権限を与えるくらいなら俺を守護騎士にした方が何倍もマシだ。
・・・というか、俺がそんな事も考えていないと思っているのかこのアホ国王は。
「別に俺にそのまま権力を与えろと言っているわけじゃない。要は俺に守護騎士代人証を寄こせと言ってるんだ」
守護騎士代人証。それは、守護騎士がその権限を使用する時、どうしても手が離せない場合や、緊急の時などに、代理の人間に一時的に守護騎士と同じ権限を持たせる時の証明手形みたいなものだ。
それを持っている者の発言は、守護騎士と同等と権限を持つという素敵アイテム。
「そうだなあ・・・。レオン=パラドルチェ=ヴォルフの代人って事でたの―――」
「駄目ですッッ!!」
その時、入り口から一人の少女の声が響いた。
そちらに視線を向けると、そこには美しいドレスを血で汚したエマ=ルナ=メルドが立っていた。
血は、恐らく・・・というかほぼ間違いなくレオンの看病をしている時に付いたものだろう。
「何がダメなんだ?第四王女殿下」
俺はエマに尋ねる。
もちろん、僅かに殺気を出す事も忘れない。
というか俺殺気しか放っていないな。絶対これが終わったら俺この国のブラックリストに載るな。
「それは貴方がワタクシの守護騎士であるレオンを傷付けたからですっ!そんな人にレオンの名義で守護騎士代人章を与えるなど見過ごせませんっ!!」
俺の殺気に怯みもせず毅然と言い放ちながら、ツカツカとヒールを鳴らしながら歩いてくる第四王女。
というかこの女言っている事がメチャクチャだ。
先に戦術魔法を撃ってきたのはレオンの方だ。しかも二発も。それに比べて俺は普通に切り結んだだけ。
まあ、魔力を使わずに、技術と身体能力だけで剣圧を斬撃にして飛ばすという戦闘方法が普通と言えるかは甚だ疑問だがな。
「俺は別に何一つ悪い事はしていない。それにこの提案も別段悪い事だとは思わないがな。なあオッサン、そうだろ?」
俺は後ろを向き、国王に同意を求める。
国王は答えるのを躊躇うが、その反応がそもそも是と言っているようなものだ。
他の王女も特に反論はしないだろう。
そもそも第四王女は・・・本人は知らないだろうが・・・無能で有名だ。俺でも知っているのだから、それは折り紙付きだろう。
第二王女も頭が相当悪いと聞くが、第二王女にはぶっ飛んだ固有能力があるらしいので問題は無いのだろう。
まあ要は、厄介事を押し付けるにはこれ以上ない最高の人材だと言える。
俺の問題性は既に証明済み。そんな奴が守護騎士の権限を得るのだ。普通に考えるなら、その権限を与えた守護騎士に何かしらの風評被害がでるのは確定事項だ。
そんな物を背負いたがる守護騎士も、そしてその主である王女もいない。
それに、俺としてもレオンの代人になる方が最も都合がいい。
兄であるジャックからは、流石にマズイ。いくらお互い兄弟として認識していいなくても兄弟は兄弟だ。だからなるべく敵対しない方がいい。実家に出張られても面倒だしな。
そしてアデルは論外だ。アデル自体は別に良いのだが、第一王女を敵に回したくはない。少なくとも今は。
なら消去法で必然的にレオン、という事になる。
幸い第四王女は無能。今見る限り、それも間違いないようだ。レオンもレオンで戦闘だけの脳筋。敵対した所で大した脅威ではない。
更に言えば、俺・・・というか俺達には切り札がある。
俺はチラリとリリィに視線を向ける。
それを確認したリリィは、未だ反対の声を上げているエマに言い放つ。
「エマ、何で貴女はそこまで反対するのかしら?」
完全に悪女を連想させる口調に声音。
それにオツムがそこまで良くないクセに、こういう事に関してはかなり頭が回るらしいなこの女。
「それはこの人がレオンを傷付けたからですっ!!」
そしてこの女はやはりバカだ。
「あら、あれは試合なのよ?ケガくらいして然るべきだと思わない?それは貴女も理解してる筈でしょ?」
「そ、それは―――」
「それとも、大好きな騎士ヴォルフがケガしたから―――かしら?」
ニヤリとリリィは嗤う。
そして、それとは反対にエマは見るからに狼狽する。・・・王女なんだから少しは表情を繕う術を身に付けろ。
・・・無能には厳しいかもしれないがな。
「な、何が言いたいんですかリリィお姉さま」
「別に深い意味は無いわ。ただ、貴女のその過剰なまでの態度を見ていると、まるで・・・・・・・・・“恋人”が傷つけらたみたいな反応みたいじゃない?」
「なっ!!?へ、変な言い方は止めて下さいッッ!!ワタクシは唯純粋にレオンを心配しているだけですッ!!」
そうエマは言い張るが、既にリリィがああ言ってしまったせいで、妙に言い訳臭くなっている。
それに、リリィが「好きな人」ではなく「恋人」と言ったのも大きな効果をもたらしているしな。
仮に本当にエマがレオンを純粋に守護騎士として心配していたとしても、そんなものはこの際関係ない。
人は常に面白い方へと意識を傾ける生き物だ。今回は、聖騎士レオンとエマ第四王女が禁断の仲、という方が面白い。だからここにいる貴族はエマのいう事より、リリィのいう事に耳を傾ける。
「随分と慌てているようだけど、まさか本当なのかしら?」
リリィは追撃の手を緩めない。
そしてここまで来てしまった以上、明日から何かしらの噂が流れるのは確実だろう。今までもエマとレオンの仲を疑うような話しが出ても、それを表だって話す事は出来なかった。
腐っても第四“王女”だからな。
でも今回第三王女であるリリィが面と向かって言い放ったせいで、その柵が破壊されたのだ。
ここでエマが取る最善の方法は俺の提案を受け入れる事。
そうすればリリィも何かしらのフォローは入れるだろう。・・・多分だが。
「―――ッッ!!分かりましたッ!その提案を受け入れます!その人にはレオン名義で守護騎士代人章を与えます!!」
半泣きになりながら、エマはそう叫ぶ。
「そう。ありがとねエマ。やはり私の勘違いだったみたいね。貴女が騎士ヴォルフと男女の仲にあるなんて」
リリィは優しい、まるで聖女を思わせるかの様な笑みを浮かべる。
どうやら妹が自分に屈したのが心底楽しくて堪らないらしいな。
それに、王妃と国王以外の全ての人間が、そんなエマに一切の同情の眼を向ける事はない。
これは頭の悪いこの第四王女と、その守護騎士がもたらした結果だ。
こうして、俺はリリィの従者でありながら、守護騎士の権限を持つという特殊な立場になったのだった。
感想、ご指摘お待ちしております。
それともう一話くらい若干どうでも良い(?)話しがあります。
一応学院に行くまでの小休止的な感じで見て頂ければ・・・。