第6話:決着
「次は―――――俺の番だな」
ウィークはそう告げた瞬間、その場から一瞬で消えた。
「――――ッッ!!??」
予想を超えた速度に、レオンは驚くが、伊達に王国最強はやっていない。即座に反応し、レオンもその場から動く。
正直に言えば、レオンは自分の最強の魔法で見た目一切のダメージを与えられなかった事にかなり動揺していた。
今まで“インペリアル・ブレイク”で仕留めきれなかった者はいない。
それは人間でも、どんなモンスターでも。だからレオンは混乱する。
しかしそれでもレオンは冷静であり続けた。
戦闘において、冷静さを失うという事は、それ即ち死ぬ事と同じ。そう昔から教えられ、育てられてきたからだ。
努めて冷静でい続けながら、レオンはウィークに追い縋る。
「どうやって僕の“インペリアル・ブレイク”を防いだんだ?」
ウィークは、レオンとの間合い取り合戦を繰り広げながら、その問いに答える。
「何のことはない。ただ吹き飛ばしただけだ」
そのふざけた答えに、誇り高いレオンはこの試合何度目になるか分からない青筋を額に浮かべた。
そして、更に速度を上げて、ウィークに一気に肉薄しようとする。
「―――させねえよ」
ウィークは、その場で剣を振る。
その瞬間、剣から大きな斬撃が撃ち出された。
「なッ!?」
その攻撃にレオンは驚きの声を上げる。
それもそうだ。レオンは、同じ守護騎士で、ウィークの兄であるジャックから「ウィークは一切の魔法を使えない」と教えられていた。
なのに今ウィークは剣から斬撃を飛ばした。
その事に対する疑問は残るが、今はこの攻撃をどうにかするのが先である。この距離からではあの速度の攻撃を回避する事は出来ない。ならば正面から相殺する。
それを瞬間で導き出したレオンは、聖剣に魔力を通わせ、斬撃を切り飛ばそうとした。
しかし、レオンの聖剣が斬撃に当たった瞬間、レオンの聖剣は弾かれ、レオンも弾かれ、数メートル吹き飛んだ。
「ぐううう!!」
その斬撃の凄まじい威力に何とか耐える。
そして、これも何度目になるか分からない驚愕を顔に張り付ける。
まさか自分の聖剣で切り裂けないものがこの世界に存在するとは思わなかったのだ。レオンの聖剣“カリバーン”は、龍の鱗ですら易々と切り裂く程の切れ味を誇っている。
そんな聖剣が、たかだか斬撃程度に押し負けるなどありえない。
それを見たウィークは混乱の表情のレオンとは違い、嘲笑の笑みを浮かべる。
「お前は聖剣に依存しすぎだ。だから弱い。お前なんて聖剣が無ければそこそこ強いただのイケメンでしかないからな」
その顔にレオンは更なる怒りを滲ませる。しかしウィークはそれを無視して更に言葉を重ねる。
「それに言ったよな?――――次は俺の番だって」
「―――ッッッ!!!??」
ウィークが再度斬撃を放つ。もちろんその場から一歩も動かず。しかも今回の斬撃は、先程の斬撃より遥かにデカい。そして早いのだ。
―――ガキィィィン!!!
聖剣で受けるが、先程よりも威力の高い斬撃だ。レオンは吹き飛び、訓練場の壁にぶち当たる。
「がはっ!」
口から空気が漏れ出る。
ここまでの痛みとダメージを負うのは、ここ数年では初めてだ。
それ故に痛みに対する耐性が弱くなっている。そして、痛みに対して恐怖すれば、それは即座に弱さに繋がる。
それを見抜いているかのように、ウィークは連続して斬撃を放つ。
斬撃自体は直線軌道なので、いくつかは躱せるが、攻撃速度が速すぎる。レオンですら対応出来ないその攻撃速度では、必然的にレオンはいくつかの攻撃を聖剣で受けざる負えず、その度に吹き飛ばされる。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
既にレオンはボロボロ・・・といっても服だけで、体は強化魔法で丈夫になっているので、見た目以上のダメージはない。
しかし、精神的ダメージは大きい。
自分の速度を上回り、攻撃力の高さに吹き飛ばされる。それに最初の方で大技を二連発したのも大きかった。
レオンは、斬撃の後が多く残る中心で、それでも立ち上がった。
「まだ立ち上がるのか?」
ウィークの問いに、レオンは鋭い眼光をウィークに飛ばす。
「僕は守護騎士だ。君が僕よりも強いのは既に理解した。しかし僕は逃げるわけにはいかない。守護騎士の誇りに賭けて、―――最後まで君と戦い抜くッッ!!!」
それは覚悟であった。
勝てないと分かっていても、譲れないモノの為に、立ち上がる。その覚悟。
「覚悟ねえ・・・」
そんなレオンを見たウィークは、どうでもよさ気な声を出す。
「お前ら騎士は戦い・・・ようは殺し合いに無駄なモノを入れ過ぎだ。覚悟だ誇りだ、忠義だと、そんなクソみたいな言い訳を掲げて人殺しを正当化しているからお前らは弱いんだ」
「なんだとッッ!!??」
その余りの言いぐさに、レオンだけでなく、残りの守護騎士も激昂したのか、殺気がウィークに襲い掛かる。
しかしそんなものをウィークは気にしない。
「戦闘に必要なのは殺意だけ。無駄な感情の一切をそぎ落とし、ただ純粋な殺意だけを残す。徹頭徹尾それだけを掲げた者こそが、勝利という名の生を掴み取る事が出来る。そして――――」
その瞬間、ウィークはレオンの背後に移動する。
「それが出来ないお前は結局俺に無様に負ける」
「――――ッッ!!!」
咄嗟にレオンは聖剣を後ろに振ろうとした。しかし―――。
一閃。
ウィークの、目視不能の速度で振り抜かれた剣が、レオンの脇腹から肩にかけてを切り裂いた。
この闘技場にいる者全て。・・・いや、この世界に存在する全ての武人が恐らく目視不可能であろう速度の斬撃。
レオンの身体が切断されていない所を見ると、ウィークは手加減したのだろうが、それでも噴き出る血は明らかに重症である。
「いやああああああぁあああぁぁぁぁぁああ!!!!」
突如、観覧席から耳をつんざく絶叫が上がる。
ウィークはその方向に視線を向けると、叫んでいるのは第四王女のエマ=ルナ=メルドだ。
チートによってはっきりと第四王女が見えるウィークは王女の絶望した様な顔を見て、驚く。
(いくら守護騎士が斬られたからってあそこまで取り乱すか?あれじゃまるで恋人のケガを悲しむみた・・・・・成程、そういうことか)
どうでも良い事を悟りながら、ウィークは地面に倒れ込んだレオンを見る。
そして思う。
レオンは確かに強い。しかし王国最強という程ではない。恐らく聖剣の強さに依存して自身の鍛錬を怠っていたのだろう。もしもずっと過酷な鍛錬を行っていれば、もっといい勝負が出来た筈だ。
(ま、それでも俺の余裕勝ちだが・・・)
そんな事を思いながら、ウィークは訓練場を後にした。
後ろで、慌ただしく他の貴族がレオンの救護の命令を出している声を聞きながら。
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訓練場から出て、控え室のような場所に行くと、そこには何故かリリィが座っていた。出会って間もないが、何となくこいつが怒っているのが分かる。
「お前なんでここにいるの?上の方は良いのか?」
上の方とは国王なのだいる場所の事だ。
「別にいいわよ。騎士ヴォルフの事で今は手一杯だから」
「まあ、王国最強がボコボコにされたらそりゃ手一杯にもなるか」
すると、リリィはみるからに呆れたような表情をして、溜息を吐いた。
「他人事みたいに言ってるけど一番問題なのはあんたよ?」
「俺?確かにぶった切ったのはやり過ぎだとは思ったけどそれでも大したケガでは――――」
「そうじゃないわ。王国最強の騎士にあんな簡単に勝ったのが問題だって言ってるのよ」
・・・ふむ。そっちの方か。
確かにそれに関しては反省している。
「当初の予定ではある程度接戦してから倒す筈だったけどあいつ思った以上に雑魚くてついな」
「ついじゃないわよ・・・。どうすんのよ。もしこれが公になれば確実に面倒な事になるわ」
確かにそれに関してはリリィの言う通りだろう。
レオン=パラドルチェ=ヴォルフと言えば、ここ数年公式試合や、戦でも負け無し所か、キズ一つ負わされた事がない。
それは単にあの聖剣“カリバーン”の能力の恩恵のおかげなのだが、それは今回には余り関係ない。
重要なのは、無敗の聖騎士を俺がいとも簡単に倒したことが問題だ。
「でもそこまで気にする事はないだろ?」
「どうしてよ?」
リリィは俺にジト目を向ける。
というか王女がジト目なんかすんなよ。
「理由は簡単だ。俺が魔力を持たず、魔法が一切使えないからだ」
そう言うと、リリィは何かに気付いたように「あ・・・」と小さく声を漏らした。
もし仮にレオンが魔力を持たない者に負けたとなれば、世界中に「聖騎士レオン」は実は大した事ないのではないか?という噂が流れるかもしれない。
そうなれば他国からの侵略の最大の抑止力の一つの効果が無くなる事になる。
それはこの国にとっても得策ではない。
古今東西戦争は莫大な金が必要になる。「侵略する」ならともかく、「侵略される」なんて百害あって一利無しだ。
「だから俺がレオンを倒した事は緘口令が敷かれる筈だ」
「なるほど。確かに言われてみればそうね。貴方をレオンの代わりに置くという案もあるけどそれは今しても大して効果が得られない・・・」
そうブツブツ何か言うと、リリィは今度は俺の方に視線を向けてきた。それには何故か俺を見直したような色合いが含まれている。
「貴方、戦闘だけじゃなく頭も良いのね。ビックリだわ」
マジで驚いたような顔をしてやがるこの女。
つかこれぐらい普通に考えれば思いつくだろ。お前がアホなんだよお前が。
「お前みたいな美少女に褒められるとは光栄だな」
なんだかんだ言って結構恥ずかしかったので、なるべくカッコつけて言ってみた。
「ふ、ふうん。まあ私が褒めるなんて滅多にないんだから、ど、童貞の貴方にはたまらないでしょうね」
何?いきなりこいつ何言ってんの?
なんでそんな下ネタ言うの?しかも顔赤らめてるし。
そんな恥ずかしいなら言わなければいいだろうに。それに一つ言っておきたい事がある。
「リリィ。俺は童貞じゃないぞ?」
その瞬間、リリィが固まった。
これがアニメだったらビシィィ!!という音が出ている事だろう。
「は?あ、貴方・・・、ど、どどど童貞じゃないの?」
「ああ。というか普通に考えてこんなイケメンが童貞なわけねえだろうが」
そりゃレオンや兄のジャックに比べたら見劣りはするが、俺の顔だって十分に整っている部類に入る・・・・・・筈だ。
いや大丈夫。旅してる時にあった村娘に、「君カッコいいね~」って言われた事がある。
それに俺は前世でも彼女がいたリア充の勝ち組だから、そこでも童貞ではなかった。
そんな現実を何故か受け入れられないリリィは虚ろな目でブツブツと呟いている。「フフフ、私が奪うつもりだったのに」とか言っているが、怖いので聞かなかった事にする。
人間知らない事の方が幸せだったりするものだ。
「ウィーク!!」
と、いきなり顔を上げたリリィが、俺を見据える。
「私は絶対に諦めないわよ!!」
ビシッ!と俺に人差し指を突きつけたリリィは、そのまま控え室を出て行った。
随分と怒っている・・・というか勇んでいるというか覚悟を決めたというか。何か鬼気迫る感じがした。
「もしかしてあいつ・・・・・いや、それはないか」
もしそうだとしても俺とあいつでは身分が違い・・・いや、俺は腐っても公爵の次男。あいつは第三王女。そして俺は王国最強の騎士を倒せるほどに強いと国王も知っている。
アレ?これもしかしてひょっとするとひょっとしたりするのか?
俺はそこまで考えて、即座にその考えを振り払った。
「下らない事考える暇があったらさっさと帰るか」
そう呟きながら俺は荷物を纏める。
その途中、ミルカから借りている、魔剣“ダーインスレイブ”の事が頭をよぎった。
正直一度俺が主になり、ミルカが進化させた“ダーインスレイブ”は一度初期化されている。でもミルカは間違いなく俺に魔剣を返せと言ってくるだろう。
最悪力ずくで黙らせて返さないという事も出来るが、俺にはあの魔剣は正直必要ない。
あえて融合させたのは、今回の決闘で、俺の本来の武器を知られないようにする為のカモフラージュの意味合いが大きい。・・・というかそれが全てだ。
俺は結局数分悩んだが、最終的に、融合した魔剣を乖離できたら返そうという事にして、控室を後にしたのだった。
一応これからも、三人称と一人称を使い分けていきたいと思います。
もし読みにくいのでしたら教えて下さい。