プロローグ
就職難。
まさかその時代の荒波に転生してからも飲み込まれるとは俺は思わなかった。
ここはファルテリア大陸の東部の位置するメルド王国。そこの裏路地にあるボロい店の前に俺は項垂れて座り込んでいた。
「まさか五十回も落ちるとは思わなかった・・・」
俺は茫然と呟いた。
何故俺が就活を五十回も失敗したのか。それにはキチンとした理由が存在する。
この世界は俗にいう剣と魔法のファンタジー世界だ。そして、この世界での人間の価値は魔法を使えるかどうかという所にある。
つまりこの世界にいる人は一人の例外なく魔法が使える。
しかし俺は使えない。全く使えない。一切使えない。
それはどうしてか?
答えは簡単。
俺が転生特典で頼むのを忘れたからだ。
その事を思い出す度俺のテンションはだだ下がる。しかしここで分かる人は分かるだろう。
転生特典で頼むのを忘れたという事は、何かしらの特典は頼んだという事だ。そしてその特典はぶっちぎりでチートなのだが、如何せん転生した世界が悪かった。
「はあ~、あの時に転生する世界の事をもっと聞いておけばな・・・」
そう呟くが、応える人はいない。
その代わりに思い出されるのはこの世界に転生してからの数々の不憫な扱い。
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五年前。
「ウィーク。今日を以って家を出なさい」
十二歳なっていた俺は母親に朝食の時にそう告げられた。
ちなみに俺の名前はウィーク=ツァーリ。ツァーリ家は、メルド王国の公爵の地位を授かっている。
そしてそんな貴族の家に生まれたからこそ俺にはそれ相応の魔法の力が必要だったのだ。しかし先にも言った様に、俺は転生する時に魔法が使えるという事を言い忘れた。
そのせいで魔法が一切使えない。というか魔力というものすら存在していないのだ。
それを知った時の両親の絶望した顔は今でも・・・・うん。思い出せない。けどまあ絶望した顔をしていたのは確かだろう。
そしてそこから俺の迫害の生活が始まった。
同年代の貴族のガキ共にはバカにされ、大人の貴族には罵られ、血の繋がった兄には見下され、両親には口もきいて貰えない。
そんな両親が俺に初めて言った言葉が「家を出てけ」というものだった。
思わず、
「・・・え?ワンモアプリーズ」
と言ってしまったのは仕方のない事だと思いたい。
「ですから家を出て行きなさいと言ったのです。勘当ではありませんよ?単なる一人旅です」
真顔でしゃあしゃあと言ってくる母親の言葉を理解した俺は、母親をぶっ殺したい感情に駆られたが、なんとか我慢する。
そして、ここで俺が嫌だと言っても意味がない。
魔法の能力が個人の地位に大きなファクターを占めるこの世界・・・というかこの国において、魔法が一切使えない俺はそこいらの平民よりも価値のない人間なのだから。
だから俺は受け入れた。
実質勘当とほぼ同じだったが、それでも受け入れた。
別に親や兄弟と離れるのが辛かったわけじゃない。単に楽な生活を送れなる事が悲しかったし、辛かったのだ。
そんな事を思いながら、俺はその日の内に旅立った。
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そして今日に至る。というわけだ。
「まあ一人旅は楽しかったな。色々な所を周れたし」
でも友達は一人も出来なかった。
誰もかれも俺が魔法を使えないと分かると手のひら返したようにバカにしてきやがった。
だが忘れてはいけない。
俺にもぶっ飛んだ転生チートがあるという事を。
というかその事を意識しないと、人の醜さに思わず双眸からほろりと液体が零れ落ちそうだ。
と、そんなアホな事を考えていると、一人の女性の叫び声が聞こえた。
「何するのよ!離しなさい!!この・・・ッ!」
その声の方に視線を向けると、赤い髪をツインテールにした完全な美少女の腕を全身を黒い布で包んだ見るからに犯罪者ですって奴が掴んでいた。
余程の力で掴んでいるのだろう。少女は痛みに顔を歪めている。しかしそれでもその美しさが一ミリも損なわれないのは凄いと思う。
とそんな事を考えていると、犯罪者風の奴が少女の腹に拳を叩き込み、それによって少女は気を失ったのか、ぐったりとその場で支えを失ったように崩れ落ちた。
その少女を、「よっと」という言葉を言いながら犯罪者は抱えた。その時の声から男と判断出来た。
その男は、少女を肩に担ぎ、そのままその場でジャンプし、屋根に乗り移り、そのままどこかへと消えて行った。
それを見ていた俺は追うか追わないか一瞬だけ迷うが、直ぐにその場から立ち上がった。結局助ける事にした。
それにあの少女は見るからに身分が高い。
ならあの少女を助ける事によって何かしらの褒美が貰えるかもしれないしな。
そんな打算的な事を考えながら俺はその場から一瞬で消えた。