白黒世界
少年は、閉じられたままのカーテンを開けた。
窓の外を見ると、街の景色は、ことごとく白と黒に染められていた。色彩という言葉から遠くかけ離れた、光と影の風景は、世界と呼ぶにはあまりに似つかわしくないものだった。
雲一つない、途切れることなく続く灰色の大空で、太陽は独り白い光を放っている。しかし、温かさも、冷たさも、一切の感情をも無くしてしまったそれは、もはや、ただ目を眩ますだけの存在に成り下がってしまっていた。事実、今の太陽は、これまで少年が見てきたどの太陽よりも、嘘のように、小さく感じられた。
そして、その矮小な球体の下では、同じく矮小な生物達が、落とされる光に一喜一憂しながら、街の中に生きていた。
彼らは、相も変わらず、忙しなく蠢き、犇めき合っている。ある者は光に向かい、ある者は影に向かい。足取りは軽く、まるでスキップをしているかのようだった。
……彼らは、世界が変わってしまったことに気付かないのだろうか。それとも、気付いてはいるが、単に気付かないふりをしているのだろうか。だとすれば、彼らはきっと、視界の外の事象などまったくもって興味がないのだろう。世界の変動を差し置いて視るべき道など、どこにもないだろうに。
少年は、ふと、そんなことを考えていた。
すると、不意に、とある影が、街の中に姿を現した。
影は、異質だった。顔には、凍ったままの笑顔が張り付いていた。そして、手には、旧式の機関銃を握っていた。
影は、そのまま、灰色の軍勢へと突っ込んで、どんどん人を撃ち殺していった。死体はたまらず、体のあちこちから黒色を吐き出す。
ようやく、無感情だった人々の顔に恐れの色が見え始めた。泣声、奇声、怒声。様々な感情が街中に響き渡る。
鈍色の中で走り回る黒い影は、一際目立って見えた。
どのくらい経った頃だろうか、そこら一帯は、影を中心に黒で覆い尽くされてしまっていた。周りには、もう二度と動くことのない、くず折れた人形たちの姿があった。
人形はいずれも、光に顔を向けて倒れていた。影は、その白い顔を、一つ残らず踏み潰していく。
しばらくして、影は一層、暗さを増した。太陽が沈んでいったためだ。辛うじて残されていた白は、もうじき全て黒に蝕まれることだろう。少年は、そう思った。
その時突如、影に穴が開いた。噴き出す血液が、倒れ行く身体が、どす黒い地面に溶けていく。
影を殺したのは、先程逃げて行った人々だった。彼らは、大切なものを壊した憎い影を、その手で、同じように壊してやったのだ。
彼らは、光をその身に背負い、一見、輝いているようだった。だが依然、表情は曇ったままだった。
白い影達は、銃を落とし、光が消えるまで、その場で立ち尽くしていた。灰色の涙を、零しながら。
少年は、じっと、外の世界を見つめていた。何の感情も宿らない、濁った、白と黒の瞳で。
そうして少年は、開けられたままのカーテンを閉めた。
家の中を見ると、部屋の景色は、ことごとく色と彩に染められていた。白黒という言葉とは遠くかけ離れた、虹と明の風景は、世界と呼ぶにはあまりに似つかわしいものだった。
少年は、ベッドに倒れて、ゆっくりと目を閉じた。
それは非力の少年が出来得る、最大限の懇願であり、祈祷であり、また、逃避でもあった。
白黒への愛を傾けた作品です。ごっちゃごっちゃしてます。