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最終話です。
「……アステル・コンコルディ子爵令嬢ですね?」
いつものように、アステルは徒歩で帰宅しようとしていた。人も馬車も多い露天の並ぶ大通りではなく、ひとつ外れたこの中路地が近道なので利用している。
馬車の往来には向かない広さの脇道に停めてある馬車を邪魔だなと思いながら、その横を過ぎようとした時、馬車の影から現れた二人組みの男に行く手を阻まれた。
丁寧な口ぶりだが、知らない男に名を呼ばれて素直に肯定する訳がないだろう。アステルは眉間に皺を寄せ、男たちを無視して踵を返す。が、背後にも男が一人立っていた。退路を絶たれてしまったようだ。
「なんですか、あなたたち」
アステルは三人の顔を順繰りに見る。怯えの欠片もない口調である。
「さる高貴な方がお嬢様を見初めまして、ぜひ屋敷にお誘いしてお話がしたいと。馬車に乗っていただけますか」
空気が一瞬震える。アステルは無属性魔法の発動を感知した。
「これは防音魔法、と認識阻害? 私の名前を知っているなら屋敷に招待状を出せばいいのに、これは拉致ね」
「……あれ? 初級魔法士だと言っていなかったか?」
「あ、ああ、そう聞いていたが結界魔法が分かるのか?」
「まさか……初級では習わない」
三人の男たちは困惑していた。
「情報不足ね。私は四大魔法より無属性魔法の適性が異常に高いの」
ルキアンのお墨付きだ。間違いない。
この男たちは〈自由魔法士〉だ。白昼堂々、若い娘を馬車に押し込むには、周囲の目をごまかす必要がある。それなりの目くらましの能力はあるのだろう。
「早くお乗りください」
「どこの紋章も入っていない馬車なんて誘拐確定なのに。ついていくわけないでしょう」
「ちっ、高い契約金貰ってるんだ。大人しくすれば乱暴はしない」
素を出しはじめた。魔法士のくせに〈ゴロツキ〉って連中かもしれない。
「あんた子爵家だろ。相手は高位貴族だ。玉の輿に乗るかもしれないぜ」
「お断りです! 婚約者がいますので!」
ブレスレットの出番である。アステルは勢いよく左手を上げた。
「なんだ、相手持ちか」
「それで力づくで、ってか」
「お貴族様は無茶が出来ていいねえ」
三人ともアステルの腕輪の魔法を感知していないようで無反応だ。無属性も使えるようだが、一体何級の魔法士なのだろうか。
「高級貴族でも令嬢誘拐は犯罪だからね? あんたらも魔法士の資格を剥奪された上に重罰があるよ?」
落ち着いていちいち反論する娘に苛々した男たちは、言葉も態度も荒っぽくなる。
「いいから早く乗れ!」
背中を押されるところで、見えない壁に男が弾かれて尻もちをつく。
「何やってんだよ!」
転んだ男を叱咤した正面の男がアステルの腕を掴もうとした。防御魔法を信頼しているアステルに不安はない。
「わっ!?」
いきなりアステルの視界が遮られた瞬間、野太い悲鳴が上がった。彼女は目の前で何が起こったのか分からなかった。
「……ルキアン?」
今、アステルの目の前には婚約者の背中がある。
「俺の婚約者に手を出すとは命知らずだな」
聞いた事のない低く冷たい声。周囲を制圧しているのは、純粋な魔力の放出だった。ルキアンの無属性の攻撃魔法である。
「なんだ……、この魔法は……」
「う……う……」
「か、身体が動かねえ」
地面に這いつくばった男たちが呻き、声を絞り出す。目に見えない大きな魔力の塊が上から彼らを押さえつけていた。
「ルキアン、どうしてここに……?」
「こんな時のための追跡魔法だ。こいつらお前を傷つけてやろうと思ってた! 明確な害意を察知したら腕輪任せには出来ない!」
「そ、そうなんだ。有難う」
婚約腕輪に込められた魔法付与の、まさかのご本人登場である。アステルは頼もしい婚約者の服を掴む。
「で、でも、つ、潰さないで。ぺちゃんこになって死んじゃうよ」
「半殺しくらいはいいだろ」
恐ろしい事をしれっと答える、やけに若い男の魔法士ローブの色は紫だ。
「ま、まさか“魔法爵”……」
リーダー格の男は息も絶え絶えで、目を見開いている。
「ああ、特級魔法士だよ。この三下のクズ魔法士どもめ。このまま王都衛兵団に突き出す! 衛舎本部は魔法封じの魔道具がぎちぎちに設置されてるから、逃げられないぜ」
ルキアンの髪が逆立っている。重力に逆らう髪はばらばらな方向に流れて乱れ、まるで魔族のように見える。いや、魔族なんて想像上の生き物だけど。人外めいた妖しい美しさだなんて……顔がいいってすごい。
銀の髪に纏わり付く光の粒子は彼の魔力だ。ルキアンは溢れる魔力の制御が出来ていないのだ。あれはアステルを傷つけようとした事への憤怒。
(怒りと魔力が連動している……)
「アステル、転移するよ」
ルキアンが言い終わると、次の瞬間には衛兵団衛舎前に移動していた。魔法士たちは初めて転移魔法を経験したらしい。青い顔で気分が悪そうだった。
(あれ、慣れるまでは身体が浮くような感覚で、気持ち悪いのよねえ)
『“魔法爵”の婚約者だなんて知っていれば、報酬が良くても依頼を受けなかった』
『少し痛い目に遭わせてもいいから連れてこいだなんて、お貴族様は惚れた女に対しておかしな趣味してるたあ思ったけど、可愛さ余ってってやつだとばっかり……』
『なんだよ、複数人の転移魔法に無属性魔法攻撃に、あれで魔力枯れしないとは。……やっぱり“魔法爵”なんて化け物だ』
三人の魔法士は尋問に素直に答えたらしい。四級魔法士二人は平民だが一人は準貴族の一級魔法士で、特級試験に四度落ちて不貞腐れてしまい、在野で荒稼ぎする生き方を選ぶ。彼の〈最強の部類〉との自尊心は、ルキアンによって粉々に砕かれてしまった。圧倒的な力の差を思い知られて抵抗の意志も失せたようだ。
今回の貴族令嬢の誘拐が初めての犯罪ではないと思われ、余罪を追求中である。
ルキアンは実行犯のあいつらの刑罰は興味ない。他の犯罪も明らかにされるだろう。煮るなり焼くなり好きにすればいい。
「犯人たちは、依頼者がサリュード・マルエッジだと自白したよ。魔法契約書なんて交わしていたから、公爵も庇い切れなくて勘当だとさ」
「とうとう廃棄されたのね。でも愚かねえ。証拠を残すなんて」
「馬鹿息子の馬鹿たる所以だからな」
「また馬鹿って二回言った」
あの男はアステルを穢すつもりだった。ルキアンを傷つける為だけに。
マルエッジ公爵は“魔法爵”を敵に回す怖さを知っている。犯罪が未遂に終わったからと言って、愚息の刑罰軽減の嘆願には動かなかった。身分剥奪の上、十年の炭鉱刑にあの体力も根性もないサリュードが耐えられるかどうか。
しばらく経てば息子可愛さに公爵夫人が救い出し、自分の実家に匿うくらいはしそうだ。ルキアンはそれを期待している。炭鉱から逃亡すれば堂々と私刑してやるつもりでいる。〈平民の罪人〉だ。手足を骨折した程度で夫人に送り届けてやる。温情だ。
リビングでコーヒーを飲んでいるルキアンの元へ、アステルがやってくる。彼の静かな様子を見て、その物騒な心の中までは気がつかない。この婚約者はアステルに関しては過激思考になるのだ。
「隣、座っていい?」
「勿論」
いそいそとソファーに並んで座り、アステルは課題の刺繍を始める。淑女教育の一環らしいが、珍しい姿に見入ってしまう。大人しくしていれば、ちゃんと貴族令嬢だ。
「上手になったら魔導師ローブのボタンに紋章の刺繍してあげる」
「そりゃ楽しみだ」
アステルは、こてんと頭をルキアンの肩に乗せて寄り掛かる。甘えているのだから茶化してはいけない。アステルは刺繍の手は止めないまま、「好き」と一言だけ呟いた。
「俺も愛してる」
奇を衒ってはいけない場面である。ルキアンも静かに告げた。
お付き合い有難うございました。




