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すれ違わない政略結婚  作者: 日和るか


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「アステルさんて、とても愛されているのね」


 すっかり気安くなったフランが、どれだけの大金を払ってでも婚約者を守りたいという婚約者の意思をダンリから聞いて、うっとりしている。どうやら乙女の琴線に触れるらしい。


「でもブレスレット自体はシンプルですわ。高級な宝石を随所に混ぜればいいのに、本体そのものにはあまりお金を掛けられなかったのですわね」


 どうもヘルアントスはアステルを好意的に捉えたくないらしく、瑕疵を探したいようだ。婚約腕輪ならもっと煌びやかな仕様にしてもいい。少なくともヘルアントスの目には地味すぎた。しかしそれを否定したのはダンリである。


「いや、白金は頑丈で変形しにくいし、魔法付与すれば更に強固になる性質があって一番向いているんだ。他の鉱物が入ると均一になりにくくて付与発動にムラが出る可能性がある。見栄えより効果を優先したんだ。徹底しているなあ。それでも緻密な加工でブレスレット自体上品で美しい。そこは妥協しなかったんだろう」


「そうなんですか」


 白金だけでも高価な代物なのに、ルキアンがそこまで考慮していたとは思っていなかった。ルキアンだって高給取りとはいえ新人だし、実家も普通の地方男爵家だ。白金ブレスレットは随分奮発していると感じたが、きっと彼は魔法付与ありきで選んだのだ。驚いているアステルにダンリは「なに? 君、魔法士のくせにそれも知らないのかい?」と呆れた。


「そういや養成所で習ったような……。でも魔法付与なんて初級者には無縁だから聞き流したような……?」

 アステルの記憶も曖昧だ。魔法士試験は筆記より実技が優先されるし、初級試験に必要ない情報は切り捨てていた、ような気がする。


「君自身の魔力が高いから、厄介事に巻き込まれるのを心配したのかもね。余程不意打ちとか不慮の事故から守りたいんだ」


 ダンリは呆れを通り越し、むしろ感嘆する。

 目の前の可愛らしい少女は、婚約者にとってそれだけの価値があるのだろう。


 アステルの魔法士の肩書きが〈初級〉であろうが、魔力そのものの多さだけで言えば、恐らく自分より彼女の方が上だとダンリは感じた。魔法の精密さや威力やら、更に魔力感知やら、それは魔法士教育で習得していくものだ。彼女が未熟だとしても婚約者は彼女の資質を知り、他に奪われないよう囲っている。


(惜しい事をした……)


 ダンリは思う。アステルの存在を知っていたなら、きっと先に動けた。二級魔法士で、公爵家に次ぐ家柄であるブルレイ侯爵家の嫡男の自分であれば、子爵家も彼女を嫁に出しただろうに。

 

 ダンリも魔力持ちの婚約者を探し中なのだ。それは確実に自分の子供に魔力を与えたいからで、その時点でヘルアントスは候補から外れている。ヘルアントスの愛想は残念ながらダンリに通用していない。


(これだけの財力と執着を見せるブレスレットを贈る相手だ。手出し無用)


 ダンリが敢えて口にしなかった細かな加護__安眠、落とし物をしない、勘が冴える、動物が懐く__どうでもいいのが少しずつ乗っかっている。それらは分類的には正式には無属性魔法にも入れられない、くだらない〈まじない〉扱いだ。……彼女は動物好きなのだろうな。


「……こんなに大事にしてくれる婚約者を大切にしたまえ」


 細かい内容を告げたらアステルはドン引きするかもしれない。自分が鑑定したのを婚約者に知られて、恐らく資産家で地位が()()()()()()〈彼〉の不興を買うのは困る。ダンリはそれだけの社交辞令を言うのが精一杯だった。


「は、はあ、ありがとうございます」

 ダンリの口調になんとなく歯切れの悪さを感じたアステルは、笑顔を作りもせず型通りの礼だけ述べた。

 

 おおよそダンリらしくない言葉をユースティは不思議に思ったが、ダンリの魔法使用の件は曖昧になって、なんだか一段落ついた気配である。

 ユースティも正直なところ学院側に申し立てても、「不正ではない」「微弱すぎて攻撃魔法ではない」とか言いくるめられて終わる気がする。それに、結局自分たちも面倒事は避けたい。


「それにしても結構集めてるのね。あら、赤いボールはまだないの?」


 空気を変えるためか、わざわざシルファがダンリチームの籠持ち少年に近づいて中身を確認する。害意の無い笑顔のシルファにも緊張して身を固くする男爵家令息は、どんな脅し方をされたのか不憫である。シルファは「うちは六個よ」と柔らかい口調で彼の警戒心を解く。


 ヘルアントスが「たったそれだけ?」と鼻で笑う。

 収集の功労者はダンリだろうに、どうして彼女はいちいち偉そうなのか。実際王家に次ぐ偉い公爵家の身分だから選民意識が特に強い。


(やっぱり公爵家って苦手だわ)

 改めてアステルは認識したのだった。


 シルファの持つ籠を横から覗き込んだ中学年の令息が「あれ? 木の実や花も採っているんですか?」と不思議そうにする。


「我々は〈楽しく探索〉を目標にしているからね、途中で気になったものとかも集めている」


 なぜかユースティが誇らしげだ。暗に「おまえらのチームみたいに殺伐としてないんだよ」と告げているようだ。しかしダンリとヘルアントスに通じるはずもない。


「上級貴族は他者より優れていなければならない。勝利こそ全てだ」

 ダンリの断言にヘルアントスだけがうんうんと頷いている。公爵令嬢として当然の同意なのか、狙っている男に(おもね)っているのか。両方っぽい。


「さて、そろそろボールを探すか」


 伯爵家令息だが、格上の公爵家、侯爵家の横柄さに辟易する嫌な空気を平然とぶった斬るラウルは、案外大物かもしれない。


 ラウルの言葉で本来の目的を思い出したのか、ヘルアントスのすぐ後ろにいた女生徒がきょろきょろと周囲を見渡していたが、いきなり「あっ、あれ! 宝箱があんなところに!」と叫んで湖の方を指差した。


 一斉に全員の目がそちらに向く。

 湖に鎮座するでこぼこな岩。水辺からは少々距離がある。水面すれすれに沈められている金色の箱は、正面から見ればちょっとした死角に設置されていた。


「まーた、性格悪いのが出てきたわね」

 フランの言い草も尤もだ。ボートなど当然無い。__貴族の誰が泳いで取りに行くと言うのだ。一番身分の低い男子生徒が身体を張るしかない。見つけたのはダンリ班だから彼らに回収の権利がある。


「ぼ、僕、泳げないんです……」


 籠持ち男爵令息が声を震わせる。彼は自分の立場を理解しつつ、それでも出来ないと告白する。


「濡れたくないからって往生際が悪いわね! すぐそこじゃない! さっさと行きなさいよ!!」


「無理です! 川で溺れかけてから一度も川も海も入った事ないんです!」

 ヘルアントスの怒号に青くなりながらも、男爵令息も声を張り上げる。


「やめたまえ、カフセイル嬢。そこまで深くはないとは言え、泳げない者は溺れる。その男に無理強いして、もし事故が起こったら君は責任は取れるのかい」

 ダンリは思ったより理性的だ。


「それは……」

 何かを言いかけてヘルアントスは口を噤む。しかし表情は傲慢なままで「だって下級貴族ですもの。心配の必要ある?」とでも言いそうだ。ダンリに反論しない選択をしただけに見える。


「魔法で手繰り寄せるよ。ユースティたちも黙認するよね。溺死体は見たくないだろう?」


「おまえが泳いでもいいんだぞ、ダンリ。服は預かってやる」


「ははっ、面白い冗談だな」


「どこがだ。溺死体だなんて悪趣味な事言いやがって」


「はいはい退()いて。離れないと思いっきり水被っちゃうよ」


 ダンリはユースティの悪態など意に介さない。一同を下がらせて、ダンリは一人水辺に立つ。全員が見守る中、呪文を唱えると宝箱周辺の水が盛り上がり、宝箱が岩から離れた。


(省略呪文じゃないんだ。精密な軌道のため?)

 アステルは二級魔法士の魔法を静かに観察する。ダンリがもう一度呪文を唱えた。


(ああ、今度は風魔法か。複合魔法ね)


 浮き上がった宝箱は風に押され、真っ直ぐにダンリの元に流れ着いた。





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