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1-5


「そういえば……君たちの文化では、これを恐れるのだったな?」


 そう言って、宗斐は葉を繁らせた大きな木の幹に触れた。


「はい。蒼土は岩山に街を築きます。樹木は身近な存在ではありません。

一、二本なら恵みの象徴ですが……これほど密集していると、恐ろしく感じるのです」


 答えながらも、芙は木に触れようとはしない。

蒼土に木がないわけではない。

芙も幼い頃、枝に登って遊んだことはある。

だが目の前の森のように、緑に覆われた世界は馴染みがない。

その未知の暗さに、本能的な恐怖を覚える。


「反対に、水は最も神聖なものです。

春の雪解け水は、蒼土の民にとって最大の恵みですから」


 廟から出る人々の波が収まるまで、二人はときおり互いの文化について語り合った。

そろそろいいだろうと帰路に足を向けた、その時。

森の奥から、ざわりと音がした。

芙は凍りつく。

暗闇の木々の中から、何かが近づいてくる。

宗斐は警戒し、胸元から短刀を抜き、獣に備える。

だが次第に、その音の正体に気づく。


――子どもだ。


「「「ぎゃああああああ!!」」」


 叫びながら、三人の少年が森から飛び出してきた。

全身に葉をくっつけ、枝で引っ掻いたらしい傷もいくつかある。

宗斐の姿を認めると、彼らは人に出会えた安堵で一斉にまくしたてた。


「兄ちゃん!怖かったよー!」


「助けて、助けて!」


「食べられちゃうかと思った!」


 宗斐は宥めながら何があったのか尋ねる。

すると少年たちは、はっと顔色を変えた。


「大変なんだ! 隆がまだ中にいる!」


「あいつ、俺たちを逃がそうとして一人で引きつけて……!」


 一番細身の少年が慌てて話す。

だがふと横に立つ芙を見た瞬間、一斉に青ざめる。


「「「烏女だーー!!」」」


叫ぶと同時に、手にしていた武器を落とし、三人は走り去っていった。

芙は一瞬きょとんとする。

だがすぐに我に返る。

少年の一人が落とした弓矢を拾い、迷いなく森へ向き直る。

その肩を、宗斐が掴んだ。


「待て! 君は助けに行くのか?」


「ええ。当然でしょう」


「君にあんなことをした相手のために、君は危険に身を晒すのか!」


 芙は宗斐を睨む。


「では、あなたは助けないのですか?」


 一瞬の沈黙が満ちる。


「太守でしょう」


 宗斐は言葉を失う。

その隙に、芙は森へ駆け出した。

すぐに宗斐も後を追う。

夜目の利く芙は、迷うことなく木々の間を駆け抜ける。

宗斐は置いていかれないよう、その背を必死で追った。


「こっちで合っているのか?!」


「護符が貼ってあります。蒼土の民が、木々を恐れて貼ったのでしょう」


 言われて周囲を見れば、確かに一定間隔で、異国の文字が記された白い紙が木に貼られている。

宗斐は先ほどの会話を思い出した。


「この先に水があるのか!」


 後ろから叫ぶと、芙は走りながら淡々と答える。


「ええ。彼らはそこに祠を作ったのでしょう」


(なるほど……あの少年なら、それを壊すために森へ入る)


 宗斐は納得し、それ以上は口を閉じて芙の後ろを追うことに専念した。

やがて奥へ進むにつれ、水の落ちる音が聞こえてくる。


「滝か……」


 呟いた瞬間、芙が急に立ち止まった。

そしてその場にしゃがみ込む。

そこには少年が一人、蹲っていた。

脛から血を流し、うめき声を上げていたが、助けが来たと分かった途端、大声で泣き出した。

だが――頭目の少年ではない。


「もう一人はどこにいるの?!」


 芙はためらいなく自分の袖を裂き、傷口に巻きつけながら問う。

少年は震える指で、さらに森の奥を示した。


「宗斐さん、彼の手当てをお願いします」


「おい、待て! 一人じゃ――」


 言い終わらないうちに、芙は弓を手に取り走り出していた。

水音を頼りに進む。


 その時、

「ウォォォーン」

と獣の遠吠えが聞こえた。


 視界の先に、隆の姿があった。

そしてその目前には、牙を剥いた狼がいる。


「やめろ! 来るな!」


 短剣を突きつけながら後退るが、恐怖で腰が抜けている。

次の瞬間、狼が地を蹴った。


 芙は迷いなく弓に矢を番える。

子ども用の簡素な弓は飛距離は心許なく距離はぎりぎりだ。

しかし芙の右手は揺るがない。


 弦を限界まで引き絞る。

放たれた矢は一直線に飛び、狼の頭部を正確に射抜いた。


 少年の足元一歩手前で、狼は地に伏した。

呆然とする隆のもとへ、芙は駆け寄った。

目が合った瞬間乾いた音が森に響く。


「っ痛ぇ! 何すんだ!!」


 頬を叩かれたと理解し、抗議の声を上げる。

だが、芙の目を見た瞬間、言葉を失った。


「自分が何をしたか分かっている!?

くだらない悪戯の延長で、命を落としかけたんだ!」


 感情を露わにする芙の姿を、隆は初めて見た。

何をしても無反応だった「烏女」が、怒鳴っている。

頬が、いつまでも熱く痛む。


「君は私たちに何をされたの?

何をされたら、ここまでしようと思うの!」


「……何も、されてない。」


 少年は絞り出すような声で答える。


「……ごめんなさい。」


 沈黙が落ちる。

芙は荒い息を整え、肩の力を抜いた。

そしてしゃがみ込み、真正面から少年の瞳を覗く。

隆は視線を逸らすに逸らせず顔がじわじわと赤くなっていった。

次の瞬間彼の身体は芙の腕の中に引き寄せられていた。


「次からはね。理解してから、それでも必要なら嫌がらせしなさい。」


 背中を強く一度叩き、もう一度、今度は軽く叩く。

芙は立ち上がった。

隆は顔を赤くしたり青くしたりしながら、

握った手を開いては閉じ、ただその場に立ち尽くしていた。



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