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1ー3 


「三日ぶりだね。こないだの女の子は、大丈夫そうだった?」


 宗斐はそう言いながら、手土産の饅頭を姚に差し出した。

姚はそれを受け取りながら、無意識のうちに宗斐の瞳の色を一瞬だけ窺い、それから口を開く。


「あの子なら、少ししてから家に帰りましたよ。

……そういえば、小さな鈴をとても大事そうに抱えていましたね」


 姚は去り際の芙の姿を思い出す。

丁寧に礼を述べたあと、手の中の鈴へと落とされた視線。

あまりにも愛しそうに鈴を見るので、思わず驚いたのを覚えている。


「ああ……あれは、たぶん恋人からの贈り物なんじゃないかな」


お茶でも、と言いかけた姚の言葉を、宗斐は軽く手を振って遮りながら答えた。


「恋人?」


「うん。大切な人からもらったの?って聞いたら、頷いた。

それに、きみも見ただろ?

あの鈴に向ける視線は……なんていうか……」


言葉を探す宗斐に、姚が微笑みながら続ける。


「優しい、ですよね」


一瞬、宗斐は瞬きをした。

それから、ゆっくりと笑みを浮かべる。


「今日は、この前のお礼を渡しに来ただけだから」


そう言って踵を返す宗斐に、姚は「またいらして」と声をかけようとして言葉を飲み込んだ。

そのことに気づかずに宗斐の背中は去っていった。



*****



 峪安郡の梅の特徴は白と赤の花びらがそれぞれくっきりと混じり合うことなく一つの樹木に花を咲かせることだ。

他で見ることのできない不思議な様子は毎年他所から多くの人が訪れる観光資源であった。


 宗斐は歩みを止める。

穏やかに春風に揺られ梅の木が紅白の花びらを散らす。


 視界を染める赤に思わず眉を寄せる。

とてもじゃないが皆のようにその色に感嘆の声を上げ、冬の終わりを祝う気持ちにはなれなかった。


 その時チリンという可愛らしい音を微かに耳にした。


  瞬間手を伸ばしていた。

急に腕を掴まれた少女は驚きに目を丸くした。


「芙」


 3日ぶりの姿に思わず宗斐はその名を口にしたが、すぐに掴んだ芙の手が力強い腕に引っ張られ宗斐の手から離れた。

驚いて芙の横を見るとそこには背の高い男が立っていて宗斐の方を睨むようにみていた。

芙を掴む男の手にさらに力がこもる。


「っ、岑。痛い」


 芙の落ち着いた低い声に嗜められ岑と呼ばれた男はパッと手を離した。

岑は芙の頭ひとつ分以上は上背があり、宗斐は自分よりここまではっきりと背の高い男を初めてみた。


 切れ長の鋭い瞳はまだ宗斐を捉えている。

芙はその不躾な視線を遮るように岑の前に出る。


「……この間は助けていただいたのに大したお礼も言わずに申し訳ございませんでした。」


「いや、礼を言われるほどのことはしていない」


 唐突に頭を下げる芙に宗斐はたじろいだ。

その動作は急に壁を作られたようで不快感を覚える。

岑が未だにこちらを睨むようにみていることも気に食わない。

 

 衝動的に腕を引いたものの会話の糸口がなく宗斐は言葉をさがす。

しばしの不自然な沈黙に居心地の悪さを覚えていた時、大通りを囲う市の一角で何かが割れたような大きな音がした。

続けて男の争う声が響く。


 地元の者も観光客も一瞬で同じ野次馬となり彼らを遠巻きに囲い始めた。

どうやら客の男の方は蒼土人のようで争いのきっかけは分からないが、店主は次第に客の出自にも言及しだした。

すると野次馬の中から新たに蒼土人の男たちが現れ、それに対抗するように郡都の男たちも乗り出す。


 小さな諍いが峪安郡の内包する民族問題に飛び火した。


「これだから蒼土は」


 野次馬たちの中からそんな声が聞こえると岑は憚ることなく舌打ちをする。

その手を芙が小さく掴んだ。

彼女は何も言葉を発さずただ岑を見つめる。

岑は葛藤するように眉根を寄せ視線をさまよわせたがしばらくして大きくため息を吐いた。


「よし、分かった。

俺が何とかしてくればいんだろ?」


 安心したように芙が手を離すと、岑はその頭をぞんざいに撫でまわす。


「芙は先に家に……」


 言いかけて思い出したように所在なさげに立っていた宗斐に視線を向けた。

また岑の顔がゆがむ前に芙はさっと二人の間に入り込む。


「分かってる。一人で先に帰ってるから。」


 一人での部分をやや強めに言うと岑はまだ何か言いたげな様子を見せたが、背を向け争いの中に進んでいった。



*****



 三日前、芙と岑が歩いていた回り道を今度は芙と宗斐が登っていた。

二人の間に会話はなく、一定の速度で小石を踏む音が鳴る。

何とか話題を探そうとして宗斐は芙の方を見やりはっとした。


 なぜなら、視線を向けるより前から彼女の黒曜石のような二つの眼にすでに捉えられていたからだ。


「えっと、、」


「もしかして宗斐さんは人を嫌いになったことがないのですか。」


 余りにも唐突な話に宗斐は固まった。

ややあってから、困ったように右手でこめかみを押さえる。


「残念ながらその逆だ。数えきれないほど人を嫌って…嫌われてきた。

私が小さな村に生まれていたらそうできたのかもしれないな。

……いや、やはりどんな生まれであれ私はきっとそういう聖人にはなれないだろうな。

そんなに出来のいい性格ではないよ。」


 自嘲する声は卑屈さを感じないほど達観しているように聞こえた。

実のところ質問した芙の意図は全く別のところにあったのだが、思いがけず彼の根幹に触れてしまったようで芙は少し居心地の悪さを感じた。

 

 ただ白い花弁の鮮やかさを思い出し、なんとなく口から出てしまっただけだった。

妙な空気に先に慌てたのは宗斐だった。


「えっと、どうしてこんな質問を?」


ごまかすように明るく尋ねる声に芙は答えようもなくかすかに首を振る。


「そういえば、姚も君を心配していたよ。あの後何もなく帰れた?」


 結局宗斐は先ほど思いついた話題を口にする。

姚の名前を聞くと芙の表情がかすかに和らいだ。


「はい。お二人のおかげで充分休ませていただきましたので……」


 言いながら顔を上げると既に坂は終わりまで来ていた。

これ以上先は蒼土人の居住区である。

芙が頼んだことではないとはいえ、これ以上宗斐に付き添ってもらうのは気が進まなかった。

 


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