1ー9
矢を拾い終え帰ろうと街の方に体を向けたとき、先ほど隆に胡散臭いと言われていた青年が廟に背をもたれさせて二人を待っていた。
それに気づいた隆は少しだけ嫌そうな顔をした。
「やぁ、こんにちは。」
そう言って手を振る動作は常よりどこか演技くさい。
(これは聞いてたな)
雲はその大人がない様子に冷ややかな視線を送ったが、宗斐は気にした様子もなく二人に近づくと隆の前で少し屈んで目線を合わせた。
その身長差を隆は気に食わなかったが大人と子供ではどうしようもない。
態度だけでも張り合おうと思ったのか口をきつく引き結び、じとっと下目で宗斐を見る。
雲が思わず小さく笑うと一瞬宗斐はそちらを見た。
「練習してて偉いな。
どうだ?上達したか?」
「……」
笑いかけながら問う宗斐に隆は答えない。
と言うより「していない」と答えたくないので黙り込んだ。
「君の師匠は実演して教えてくれるのか?」
「…いや、姉ちゃんは頼んでもやってくんない。
弓の引き方とか基礎的なやつだけ教えてくれる。」
「基礎は大事だよ。」
宗斐は完璧な笑みを浮かべて隆の頭を撫でようとしたが、彼に後ずさられてその右手は行き場を失った。
「……隆、そろそろ帰らないとお母さんに怒られるんじゃないの?」
なんとも異様な二人の様子に雲がそういう時隆はとにかく嫌そうに顔を顰めたが、仕方なく一人で帰路に向かった。
残された二人はその小さな背中が消えていくのを見つめる。
「随分と懐かれたな。」
「……うん。」
どちらともなく廟の裏手を半周しいつものように荒れた坂道へと向かう。
「おせっかいかもしれないが言っとくが、あれは君のことが好きなんだと思うぞ。」
「でしょうね。」
弓を教えて欲しいとせがむのに一向に上達しようとする気がないのでそうなのだろうと思っていた。
おそらく宗斐の発言には言外に「あまり初恋を乱してやるな」という意味が込められているのかもしれないが、雲にだってどうしようもない。
「貴方は変声前なのか?」
取り止めのない会話の中でふと思ったように宗斐が聞く。
雲の澄んだ声は少女にしては低かったが、それが少年の声だと聞けば納得した。
わずかに高めだが、落ち着いた聞き心地のいい声だ。
しかし、彼の年齢を考えると違和感があった。
(とうに14は超えていたはず)
「蒼土の雲太子といえば?」
「……あまりいい評判は聞かなかったな。」
雲は問いには答えずに逆に聞くと、宗斐はなんとも言いにくそうに言葉を絞り出す。
それに雲はハハッと軽く笑う。
「そう。
出来損ないだとか将来が不安だとか、まぁ散々言われ…
果てには成長に問題があるのでは?とまで言われていた。」
そう言いながら自身の喉を人差し指と中指で軽く突く。
「その元凶がこれ。
14を越えてもいまだに声が変わらない。
まぁ、そのおかげで今こうして少女のふりをしていられる。
役に立ったよ。」
途中まで自嘲的だった口調は最後にはどこか自慢げな響きに変わっていた。
それに宗斐はなんともいえず眉根を寄せた。
「それでも時間の問題だが」
雲は困ったように声を暗くした。
「もっと話してくれないか?
貴方の声は実に聴き心地がいい。」
「そう言われたのは3回目だよ。」
雲は少し嬉しそうに笑ったが、特に話すことも思いつかなかったのでその要望には答えずに黙って歩いた。
宗斐に連れてこられたのは姚の家だった。
訪れるのも、姚に会うのも、倒れた日以来だ。
戸を叩くとすぐに姚が顔を出す。宗斐を見て柔らかく笑い、続いて雲を見つけると同じように目を細めた。
「芙さん。元気そうでよかった。どうぞ、お二人とも中に入って。すぐにお茶をお持ちしますね」
姚が厨へ向かうと、宗斐は勝手知った様子で奥の一室へ入る。雲も続き、円卓を挟んで向かい合った。
ほどなくして茶と菓子が運ばれる。
「ありがとう」
その一言で、姚の頬がふっと緩む。
以前も思ったが、彼女は宗斐に「ありがとう」と言われると、ことさらに嬉しそうにする。
その様子を見ていると、なぜか郷愁に似た感覚が胸をかすめた。
「それと、すまないがあれを持ってきてくれないか」
「もちろんです」
姚は再び出ていく。
「……あなたと彼女は」
「ん? ああ。昔、助けたことがあってな。気立てのいい子だから変な男に絡まれていた。二年ほど前だったか」
指を二本折って振り返る。
「それ以来、むしろ私の方が世話になっている。
その時の成り行きで、太守だと知られてしまったしね。」
そこに色めいた気配はない。
(気立てがいい、か)
雲はその言葉を胸の内で反芻する。
「あなたに隆のことを言われるのは心外だな」
宗斐が瞬きを二度する。何か言いかけたところで、姚が戻ってきた。
その手には細長い木の箱があった。
彼女はその箱を雲の前に置くと少し迷ったのち椅子に腰掛ける。
「今回君をここに連れてきたのはそれが原因なんだ。
開けてみてくれ。」
「……これは」
箱の中には紙で作られた人形が入っていた。
立体的だが造りは荒い。
不恰好で何を模ったものなのか分かりにくかったが、頭と思われる部位には二つの長い角が生えていた。
それだけで蒼土の民には何の人形なのかわかる。
(鹿の人形だ。しかし、、)
それは真っ二つに割られていた。
「蒼土の鹿人形ですね。
以前お話ししたことがありますが、我々に唯一の神はおりません。
全てのものに神は宿ると考えています。
しかし、その例外として鹿はもちろんそれ自体にも神は宿ると考えますが、それと同時に神の使いとして親しまれています。」
宗斐は額に手を当て大きくため息を吐く。
雲はその姿を見て星空の下で途方に暮れていた彼の姿を思い出した。
ここ最近は強烈な印象ばかり先立っていたが、確かにこの青年は今まさに峪安郡の民族問題に翻弄されているのだった。
「数日前拾ったんだ。
郡都の子供達が何やら集まっていて、彼らは私の姿を見ると一目散に逃げていった。
それで彼らのいた場所に行ってみるとこれがあった」
宗斐はひどく疲れたように語り出す。
その最中姚はなぜか不思議そうに宗斐を見たがすぐにその表情をしまった。
「とりあえず郡府に置いておくのも、私が持っているのもよくないと思って姚に預かってもらっていたんだ。
……悪いが燃やしてもいいか?」
申し訳なさそうな宗斐の声に雲は少しためらったが小さく頷く。
宗斐は「ありがとう」と言うと木箱の蓋を閉めそれを手元に引き寄せた。
「姚もすまなかった。」
「いえ、そんな。
いつでもお役に立てるなら嬉しいです。」
姚が慌てて胸の前で手を振る。
宗斐はその様子にわずかに口角をあげたのち、立ち上がると「送っていく」と雲を促した。




