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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
週末ドライブ

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8/16

#8



聞き間違いかと思ったが、彼は平然としている。

冗談には聞こえない……いや、彼は冗談を言うタイプじゃない。

都築はダラダラと伝う汗を感じながら、恐る恐る言葉を紡いだ。


「恋人と離れたくないから……っていう嘘をつく作戦ですか」

「そう。もう一緒に住んでるって言っておけ。ちなみに殴り込みにくる父親か?」

「さすがに東京までは来ないと思いますけど」

「じゃあ大丈夫だ」


だ……大丈夫か?

景さんは時々豪快というか、不敵極まりない。


「俺が彼女と暮らしてるなんて言ったら、大変ですよ。最低な話、あの人は跡取りがどうこう……」

「子どもは作る気ないって言えばいい」

「あはは! 景さんってほんとブレませんよね」


何だか可笑しくて、吹き出してしまった。

「そういうところ尊敬してます。俺は自立したいと思いながら、中途半端なところでいつも立ち往生するから」

半ば親と喧嘩して上京したことは、自分の中では歴史的瞬間とも言えるのだが。あれが最大瞬間風速で、以降は失速していくだけだった。


俺の二周目の人生は、一周目の補完に過ぎない。いや、補完すらできずに終わる可能性がある。

俯いて自嘲的に笑うと、何故か景さんは路肩に車を停めた。


「景さん? どうしたんですか?」


市街地はまだまだ先だ。ナビに目をやり、ルートの確認をしようとしたが、やはり手で制される。

「先に今日泊まれる場所を探す」

「さすがに二日連続で車内は体痛いですもんね。すみません」

急遽宿泊先を探し、予約を入れることになった。そう遠くない場所に空いてるビジネスホテルが見つかった為、やや急ぎながら向かう。


「お部屋は四〇二号室になります」

「ありがとうございます」


鍵を受け取り、ツインベッドの部屋に入る。

「わ。景さん、ここ眺め良いですよ」

都築は鞄をベッドに放り、真っ先に窓際に寄った。部屋の窓からは、夜の市街を一望できた。

「わかってはいたけど、やっぱり青森は遠いですね。トンボ帰りも無理があったな……」

「……」

「景さん?」

景も窓際にやってきたが、直ぐに違和感を覚え、都築は訝しげに腕を組んだ。


「どうしたんですか? 何か楽しそうですけど」

「いや」


景さんは再び翻り、薄く笑う。


「悪いことしてる気がして」


それだけ言うと、ベッドに腰を下ろした。パソコンを開き、仕事関係のメールの確認を始めている。

「風呂、先に入んな」

「え。……じ、じゃあお先に。ありがとうございます」

ブレスレットを外し、熱いシャワーを浴びる。せっかくだからバスタブにお湯を張り、湯船に浸かった。


はー、生き返る。


ここまで来たら温泉なんかも入りたかったけど、明日はフリーになったし日帰り温泉を探してもいいかもしれない。

青森から東京まで、高速を使ったとして八時間から九時間……充分な休憩を挟んだら、十時間はかかる。一人だとしんどいけど、交替して運転すれば何とかなりそうだ。


しかし、遠くに来たな。

関西を回ったときも思ったけど、彼と旅をしてることも未だに夢みたいだ。


景さんの感情が読み取れなくて焦ることも多いけど、基本彼は大人で、優しい。どんなミスをしても怒らないし、何も言わずにフォローしてくれる。

自分の至らなさで迷惑かけて、申し訳なくて思うことも多いけど、やっぱり彼が好きだ。


好き……。


「い、いやいや。……人として?」


途端に恥ずかしくなって、思わず声に出して補正してしまった。


もちろん景さんも主を見つけたいから目的が合致してるけど、それでも貴重な休日をつかって俺と行動してくれてるんだ。嫌いになる要素なんて見つからない、むしろ感謝しかない。……イコール、好き、……と。


飛躍し過ぎかな。何だかよく分からない。


俺はこれまでの人生で、本気の恋愛をしたことがない。性別云々の前に、誰かに夢中になったことがないのだ。

物心ついた時から、永く仕えた主と、共に過ごした従者のことを想っていた。


景さんはどうだろう。これまでどんな人生を送ってきたんだろう。


家族とは仲良い?

学校生活は楽しかった?

夢中になれるものは見つけられた?


この時代に生まれて良かった。……って、思えた?


訊きたいことがたくさんある。この短い旅の中ではおさまらないほど。


時間はたくさんあるようで、実は全然ないのだ。こうしてる間にも砂時計は進んでいる。


俺は主様を見つける前に、────彼に伝えたいことがあるから。



「随分長かったな」

「はい……」



バスルームから出ると、壁に寄りかかり、腕を組んでる景さんがいた。

「あまりに長いから浴槽の中に沈んでないか確認しようと思った」

「そんな……お年寄りじゃないんですから」

「どっちかって言うと今回は赤ん坊だな」

タオルを頭から被せられ、がしがしと拭かれる。急いで出てきた為、ドライヤーもかけていなかった。

「あれ、ブレスレット……」

ふと、左手にブレスレットがないことに気付く。

そういえば洗面台に置きっぱなしにしてしまった。一歩下がってバスルームの方に向いたが、

「おい!」

急に強い目眩が起きて、バランスを崩した。危うく近くの戸棚に激突するところだったが、腰と肩を掴まれ、寸でのところで支えてもらった。


「……っとに危ないな……」

「ご、ごめんなさい。何かフラフラしちゃって」

「のぼせたのかもな。ちょっとこっちに」


彼は俺の手を引いて誘導する。言う通りにベッドの方へ向かおうとしたが、彼のスリッパに足を引っ掛けてしまい。

「うわあっ!?」

またしてもバランスを崩し、事故を起こしてしまった。

景さんは床に倒れ、俺はその上に覆い被さる形で倒れた。


ひえぇぇええっ!!


「ごごごごめんなさい、景さん! 大丈夫ですか?」

「……あぁ」

「本当に? うわあああごめんなさい……俺もちょっと床に思いっきり頭打ち付けます! 痛み分けということで、どうかここはひとつ」

「落ち着け」


景さんは頭が痛そうに額に手を当てる。

しかし俺は気が気じゃなかった。ただでさえ迷惑かけてばかりの彼に、とうとう直接攻撃をかましてしまったのだから。

「け、景さん……本当に……ごめんなさい……っ」

今度ばかりは、本当に嫌われる。

そう思ったら胸と目頭が急激に熱くなって、声が震え始めた。


「少し倒れただけだろ。慌て過ぎだ」


彼は床に肘をついて上体を起こした。

するとまた息が当たりそうな距離で、見つめ合う体勢になる。

視線が交差する。その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。


「で、でも……怒ってませんか?」

「こんなことで怒るか」


景さんは乱れた前髪を乱暴にかき上げ、ため息混じりに問いかける。


「お前、俺のことが苦手だろ」

「え?」

「何に関しても気を遣い過ぎだ。一緒にいると疲れてしょうがないだろ」

「そ、そんなことないです!」


話の風向きが変わったことに焦ったが、すぐさま否定した。

苦手なんかじゃない。確かに接し方や感情の読み方は模索中だけど、それは全部彼を知る為。今より一歩歩み寄る為だ。


ところが、彼から見た俺はまるで違う姿に映っていたのかもしれない。


「お前が距離を取ろうとするのは当然だ。今の俺は昔とは違う。考え方も変わったし、世界の見方も変わった」

「いや、俺は」

「せめて赤の他人でいるよう努めるから、安心しろ」




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