#7
雨?
夜中に降ったのか?
でも寝る前は星空だったしな。んん……?
ひとりで首を傾げていると、景さんは俺の腰に視線を落とした。
「痛みはどう」
「あ、もう全っ然ありません! ご心配おかけしました」
あまり深刻に答えると逆に良くないかと思い、平謝りして微笑む。すると彼はホッとしたように笑い、俺の前髪に触れた。
「良かった」
「……っ」
滅多に笑わない彼の、貴重な笑顔。
眼鏡を外しているから尚さら印象的で、朝から狼狽えた。
胸が高鳴っている。
何だこれ……。
両の頬を叩き、謎の感情を振るい落とす。ドアを開けて足を地に下ろした。
「景さん。今日も良い天気ですよ」
「……良い具合に曇ってるな」
「えぇ。主様を捜すには最高の天気。張り切っていきましょ!」
凄まじいローテンションの彼とは対称的に、都築は外に出て空を仰いだ。タオルと歯ブラシを用意し、親指で後ろを指し示す。
「さ、顔洗いに行きましょう」
「そうだな」
近くのキャンプ客と挨拶を交わし、水道の方へ向かう。
砂利道に足を取られながら、無事不思議な一日が始まった。
「顎が外れそ……っ」
昨日食べきれなかったりんご飴を食べながら、目的の滝へ向かう。景は駐車場に到着した後カッターナイフを取り出し、残ったりんご飴を均等に切って都築に渡した。
それから訪れた滝はそれこそ龍のように立派な瀑布だったが、感知できるものは何もなかった。
「……何してんだ」
「せめてマイナスイオンをいっぱい体内に取り入れておこうと思って」
全力で深呼吸しながら滝に向かって深々とお辞儀する。他の観光客に奇異な目で見られたが、仕方ないということにした。
滝から飛んでくるわずかな飛沫が気持ちいい。どうせぬれるなら雨でも構わないと思える。
いや、雨でないと困るのだ。都築は頬に伝った雫を袖で拭い、鉛色の空を見上げた。
「そういえば、俺達が出逢ったのも滝でしたね」
整備された階段を上り、駐車場へ戻る。折り畳み傘を閉じて、景の方へ振り返った。
「景さんも、あの頃滝を回っていたんですもんね。主様を見つける為に」
「……」
問い掛けると、彼は視線を逸らした。
しかしすぐにこちらを向いて、淡々と答える。
「まぁな」
車のロックを解除し、彼は運転席に乗り込む。
「また運転お願いしちゃって大丈夫ですか?」
「ああ」
雨の道をひたすら進む。山中とまではいかない田舎道だったのだが、ここで大変な事態が起きた。
「景さん、前!」
「……」
「景さん、後ろ! 車いません!」
「分かったから……」
景さんはブレーキを踏み、道の途中で停止した。
「あちゃあ。倒木か」
困ったことに、一車線の道を大きな倒木が塞いでしまっていた。
「ええと、9910に電話しますね。でも困ったなぁ、急いで高速乗らないといけないのに」
スマホを取り出し、管理局に倒木の連絡をする。しかし撤去作業が終わるまで悠長に待っているわけにもいかない。今夜はもう東京に戻る必要がある。
「引き返すぞ」
景はハンドルを切ってUターンする。都築も急いで他のルートを検索し、設定した。
「このナビ君、以前尋常じゃないけもの道に誘い込みましたよね。ほっそい道で片側が絶壁で、俺あの時はここで死ぬのかと思いました」
「地元民しか使ってない道だったな」
思い出して苦笑する。動物が飛び出してきたり、他の車に突っ込まれそうになったり。何だかんだ、この時代でも彼と命懸けの経験をしている。
「景さん、明日のご予定は……」
「俺は調整できる。お前は?」
「俺は……ま、まぁ大丈夫です。この間休日出勤したし、店長に謝りまくれば」
最悪時間がかかったときの可能性を考え、都築は職場に電話を掛けた。幸い店長の青年はケロッと休みを承諾してくれた。
「は~、良かったぁ。ウチの店長は優しいです」
「……」
スマホを仕舞うと、ふと視線を感じた。
「景さん? どうされました?」
「いや。……お前、何の仕事してるんだっけ」
言いたくないならいいけど、と彼は続けた。でも質問されることが嬉しくて、思わず笑ってしまった。
「今は楽器店と居酒屋でバイトしてます」
「……それと、家業か」
「ええ。でも実家は遠いし、両立できるほど甘くないというか」
視線を前に戻し、都築は深いため息をついた。
「実は地元に戻ってこいって言われてるんです。でも東京には景さんもいるし、生活は大変だけどできればこのままずっと住んでいたい。地元は少し……息苦しくて」
「…………」
肌にまとわりつくような湿気を感じる。少し肌寒くなってきたのか、景さんは暖房を入れた。
そして、ハンドルをトントンと叩き。
「恋人がいるって言え」
「恋人~。それは良……ええ!?」




