#5
「あれ? 名田くんって今日休み?」
「ええ。前々から言ってた希望休で……どこか行くのかもしれませんね。何だか嬉しそうだったから」
止まってるようで、環境も目まぐるしく変わっていく。
都築が入社した会社では、二人の社員が頷き合っていた。
あいにくの雨。……ではなく、心躍る雨の日。
都築は休みを取り、鼻歌を唄いながら車を走らせていた。
どうしても今日は来たい場所があった。レンタカーを借りて二時間ほど走り、山間部にあるがらがらの駐車場に入る。奥にクラウンが停まっていた為、迷った末となりに停めた。下手したら煽ってるみたいだけど、見覚えのあるナンバーだった為ほっとする。
ここに来たのは二回目だ。坂を下り、細いが整備された川沿いの道を進む。
高い木々に囲まれ、見えてきたのは小さな滝。それを通り越し、さらに奥の岩場を、鎖を掴んで上っていく。
雨の日でも変わらない、透き通ったエメラルドグリーンの滝つぼ。
そして、その前に佇む青年の横顔に目を奪われた。
どう声を掛けようか迷ってると、彼はポケットに手をつっこみ、滝を見上げた。
「色々回った滝の中で、ここはそのまま飛び込めそうだから好きだ」
「飛び込んじゃ駄目ですよっ!」
「でも止めてくれるだろ?」
彼は振り返り、肩を揺らして笑った。
会うのは久しぶりの恋人、景だ。
「俺達が一年前に初めて会った場所。やっぱり、何も言わなくても会えちゃいましたね」
「ま……記念日みたいなもんだからな」
景はビニール傘を畳み、涙雨に打たれた。
東京へ戻ってから、都築は就職活動を始めた。その間は主の捜索活動を一旦停止し、互いの生活を最優先することにしたのだ。
忙しくも楽しかったバイトを辞めるのは正直寂しかったけど……皆笑顔で応援してくれたから、彼らの気持ちにも応えたいと思った。
初志貫徹の想いで仕事を探し、苦労はしたものの無事に仕事が決まった。その報告も兼ねて、近々景さんに会おうと思っていた。
でもその前にこうして肩を並べることができたから、嬉し過ぎて笑ってしまう。
「もう仕事は始まってるんだよな。まずは就職おめでとう」
景さんは嬉しそうに微笑み、優しく頭を撫でてきた。
「ありがとうございます。ただ、これからは休みが土日固定になっちゃいます」
「そうか。じゃあ俺もまた会社員に戻るかな」
「景さんは今の働き方が合ってるんじゃないですか?」
「全然。俺は会社員の方が気が楽。元々お前を捜す為にフリーランスにしてただけだからな」
「あ。……ありがとうございます」
そうだったんだ。
改めて彼の想いに胸が熱くなり、俯いて頬を掻く。
ようやくバタバタした生活が一段落しようとしている。主のことはこれからも探し続けるけど、動き方は少し変わりそうだ。
都筑は拳を握り、空を見上げた。
霧の中で迷っても、ぬかるんだ場所で転んでも。上を向けば空に心を奪われてしまうのが、人。
自分も、かつて希望が振り注ぐ日を待っていた。頂の滝は命を繋げる。山から麓へ、麓から町へ。
それは旅と同じだった。
「……よし。マイナスイオンもいっぱい吸ったことだし。景さん、今度は焼肉の煙を吸いに行きましょ!」
「はいはい。就職祝いに、な」
景は苦笑しながら都築の背中に手を添えた。そのまま階段を降りるかと思いきや、足を止めて振り返った。
「景さん?」
「食い終わったら、物件でも見に行くか」
「物件……え!」
思わず大声を出してしまい、慌てて口を押さえる。景さんはそれを見て、したり顔で横を通った。
「お前がいきなり仕事探し出すから、ずっと保留案件だっただろ。お前のご両親にも伝えるんだから、一緒に住む家早く決めるぞ」
「景さん……どうしよ、嬉しい。ありがとうございます」
遅ればせながら、喜びがじわじわと込み上がってくる。都築は呼吸を整えながら、雨にぬれる景の頬をぬぐった。
「景さん、俺は! …………待って、誰もいませんか?」
「いない」
「ありがとうございます。……俺は、景さんが大好きです!」
ひそやかに振る雨の下。恥ずかしげもなく、声高らかに宣言した。
一年前なら考えられない、大胆極まりない行動。自分でも内心びびりながら、しかし目の前の愛しい恋人の手を掴む。
「愛してます。愛することを誓います。……永遠に」
滝の前で、つたないプロポーズをした。
アホかって思われそうだけど、許してほしい。何度でもしたいし、何度もしないと不安なのだ。
どこかで見てくれてるあの方の為にも、俺は何千回でもこの青年に愛を伝えよう。
「……っ」
景さんは珍しく照れくさそうに頭を掻き、息を深く吸った。
「ありがとう。俺も今ここで誓う」
炭酸のように淡く弾けるこれは、遅ればせた青春か。
はたまた輪廻の魂を持つ者同士の盟約か。答えのない眴せの中、手を握られる。
「絶対幸せにする。今世も来世も、その先も。……愛してるよ、都築」
生まれ変わってくれてありがとう。
彼はそう告げて、俺を力いっぱい抱き締めた。
冷たい雨の行き着く先は命の源。雨宿りしながら何度でも見上げよう。書き綴ろう。そっと開いた次のページに、あなたと巡る愛しい雨旅を。




