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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
週末ドライブ

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4/16

#4



三時間程走り、辿り着いたのはエメラルドグリーンが美しいと有名な大池だ。駐車場からはだいぶ離れており、スニーカーでも危うい段差がいくつかあった。


「景さん、信州そば、とひとくちに言っても実は十種類以上ありまして。戸隠そば、小諸そば、行者そば、安曇野そば、それから」

「都築」

「赤そば……すみません」


都築は軽く咳払いする。湖の畔に屈み、水面を覗き込んだ。雨のせいで、池はエメラルドグリーンというより限りなくグレーだった。

自然の匂いと静謐な空気感は落ち着くが、何の気配も感じない。

「俺は何も感じません……景さんは?」

振り返ると、彼は腕を組んでかぶりを振った。


この地域は元々雨が少ない。しかし、今は小雨が降っている。

天気は自分達に味方してくれたが、収穫はなかった。都築は冷たい風を吸い、深く息をつく。

「冷えますね。……戻りましょうか」

顔を見合せ、やわい土を踏んで車へ戻った。


「そういえばここは大蛇の伝説があるんでしたっけ。主様も小さかったら蛇みたいだったのかなぁ~。可愛い」

「可愛いか……?」


景さんは蛇が苦手らしく、青い顔で自分の腕をさすっていた。基本長いものがあまり好きじゃないと言う。龍に仕えていたのに不思議だ。

「はてさて」

この辺のことは知り尽くしているが、一応タブレットでめぼしい場所を検索する。


「山深いところの湖とか、山頂の大池とか。神聖な場所はたくさんあるんですけど、基本マイカー規制されてるんでバスかタクシーの移動になります。まぁまぁ真面目なトレッキングになりますし、靴も変えた方が良いかも」


あと熊が出ます、と言うと景さんは「やめる」と即答した。


「やっぱり主様がいるのは滝なのかな……」


水場は全て調べたいところだが、さすがに数が多過ぎるから絞りたい。


前世では大きな滝の裏にある社で龍神を祀っていた。可能性としては、やはり滝だ。

景はふぅと息をつき、シートを倒した。

「三大瀑布は回ったな。栃木の華厳の滝、和歌山の那智の滝、茨城の袋田の滝」

「ね。どこも迫力満点で良かったですよねえ。スケール大きいだけに滝まで距離がありましたけど」

スマホで撮った写真を見ながら、ため息混じりに頬杖をつく。

「静岡や栃木でもたくさん回りましたけど、基本観光地化してます。俺達が初めて会った滝も……そう思うと、何だかなぁ……」

自分から言っておいて申し訳ないが、考え込んでしまった。

人が集まる場所は気の力が集中するから、それ目当てで住み着く神も確かにいると思う。しかし自分達の主は賑やかな環境と、そもそも人間が嫌いだったから、もっと静かな場所に身を置きそうだ。


「……俺は、お前が行きたい場所ならどこにでも行く」


カーインバーターを取り付け、景さんは電気ケトルでお湯を沸かし始めた。その間に手動のコーヒーミルで豆を挽く。

「景さん、俺がやりますよ」

手を差し出したものの、彼は手で制止した。いつものやり取りに少し笑って、俺も後部座席からマグを二つ取り出した。

お湯が沸き、景さんは二人分のコーヒーを淹れてくれた。車内に立ち上る香りはホッとして、さっきまで抱えていた不安を簡単にかき消してくれた。

「はぁ~。景さんが淹れてくれるコーヒーは本当に美味しいです」

笑いかけると、彼は後ろのボックスから色々な洋菓子を引っ張り出してくれた。


こうなると完全に車内カフェだ。雨音をBGMに、黙々とマフィンを頬張る。

駐車場に停めてる車は他に一台もなく、貸し切り状態だった。水滴で、フロントから眺める景色は少しぼやけている。


「何だか世界に俺達二人だけみたいですね」

「そうだな。昔みたいだ」

「ああ。確かに」


手を叩いて頷く。昔はいつも二人だけで、洞窟の中で滝の裏側を見ていた。水のカーテンを閉め切ってるようで、大好きな景色だった。


「……一緒に来てくれて、ありがとうございます」


今もあの延長線上にいる。そう思うと改めて、この瞬間が愛おしくなった。


「俺は物心ついた時から昔の記憶があったんですけど、景さんは?」

「俺も同じ」

「そうか……大変でした?」


心配になって訊くと、彼は瞼を伏せた。


「それも、大方お前と同じだ」

「……」


わずかに想像を働かせて、やめた。


俺達は今も昔も人間だ。でも、今も昔も普通から逸脱してる。大人になってからは上手く立ち回ることができたけど。

「もうどうでもいいけどな」

空になったマグを片付け、景さんはこちらを見た。


「俺達は裏切られるの慣れてるだろ」

「あぁ! 言われてみればそうですね」


肩を揺らして笑ってしまった。心なしか景さんも楽しそうに見える。前に屈んで、目元を軽く擦った。

「今はすごく平和だけど、人の本質はそんなに変わってない。集団で生きる限り淘汰は起きる。村八分も学校の虐めも。……条件が重なってしまえば」

左手のブレスレットにそっと触れる。


「優しい人もいるけど、辛いこともたくさん……だからこそ、景さんに逢えたときは嬉しかった」


静かに微笑む。すると前髪を持ち上げられた。慎重に、探るように髪一本一本梳いていく。

景は依然として無表情を貫いていたが、都築の唇を指でなぞった。


「……時々本気で連れ去りたくなる」

「え?」


都築は首を傾げる。景は口角を上げ、シートを起こした。

「何度も言ってるけど、車は危険だからな。俺がいない時に声掛けられて、知らない男についていくなよ」

「大丈夫ですよ、子どもじゃないんだから」

否定したものの、景が肩を震わせ、笑っているのが分かった。都築は少しむくれてシートベルトを締める。


「ちょっと理不尽ですよね。昔は同い歳だったのに」

「そうだっけ?」

「そうですよ!」


雨の日は、昔の記憶が端っこから流れてくる。とはいえ大抵が、まだ彼と会って間もない頃のことだ。

いつか全て思い出せるように願い、前を向く。

景はエンジンをかけ、都築の頭を撫でた。

「悪いな。ちゃんと覚えてるよ」

「い、いえ……。今も昔も、かっこいいのは貴方の方なので」

やっかみではなく、正直に答える。すると彼は目を丸くし、口元を押さえて笑った。

「そんな風に思ってくれてるとは知らなかった」

「またまた。行く先々で、女の人に見られてるじゃないですか」

「歩いてる時は他人の顔を見ないようにしてるからな」

ぴしゃりと言い切る景は、やはり複雑な半生を送ってきてるように思えた。改めて、胸がちくりと痛む。

「俺は他人にどう思われようと構わない」

けど、その後にさらっと告げられた言葉に全て持っていかれた。


「お前がいればいい」


……。


…………ん?


何て返せばいいか分からず、しばらくフリーズした。


というか、変だ。顔が熱くなってきた。


今、それなりにすごいことを言われたような。気のせいか?


「帰るか」

「は……い……」


雨が窓を叩いている。今回も何の収穫もなかったのに……何故か俺の心は、今までで一番舞い上がっていた。







近頃は晴天と雨天が交互に訪れる。都築と景は待望の雨の週に待ち合わせをして、東北を少しずつ回って行った。

地元の住人に龍の伝承がないか訊いて、山の奥深い場所へ行って、海沿いも回った。宮城の龍神神社も訪れたし、岩手の龍穴が有名なお堂にも寄った。


確かにこれまでとはレベルの違う気を肌で感じたが、前世で感じていた気とは違った。

成果はない。それはもう、清々しいまでに。


山道の運転中、都築はそれとなく隣の景を見た。

彼はただ静かに前を見ている。いつものことながら会話はなく、ひたすらに目的の滝を目指す。


しかしこれは今回の目的地に過ぎず、最終地点はまだ見つかっていない。


一体いつになったら見つかるのか。いつまでこんなことを続けられるのか。


澄んだ泉の水底に、黒い根が張っていく。

怖い。この旅の終わりを考えることが。


急に左胸が痛くなって、ハンドルを強く握り締めた。


「都築。左に寄り過ぎてる」

「はっ!」


突然話しかけられて、思わずアクセルから足を離してしまった。坂道を登っていた為減速する。やはり周りに車がいない為事なきを得たが、慌ててアクセルを踏んだ。

「すみません、考え事してて……」

左は側溝がある為、タイヤを取られたら大変だ。しかし一度生まれた動揺は中々収まらず、今度はスピードを出せなくなった。

とは言え、いつもの景さんならウンともスンとも言わないことだ。もっと危険な時なら何度もあったし、まるで反応しなかった。ところが、彼は低い声で告げた。


「そこの路肩に停めろ。代わる」


感情の読めない、深い水底。十数センチ先すら見えないような、そんな心境だった。


「だ、大丈夫ですよ。疲れてるわけじゃないし」


何故かこの時は、俺も意固地になっていた。これも冷静に考えたら有り得ないことだ。車の持ち主が停まれと言ってるのに、停まらないなんて。


……なにか大きな焦りに突き動かされて、止まれずにいる。


雨粒が落ちる木々の中を突き進んだとき、ハンドルを握る手の上に彼の手が重なった。




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