#3
結局何が言いたいかというと。
「景さんには、今世では幸せになってほしいから」
出てきたのは、自分でもビックリするほどストレートな台詞だった。
間違いなく本心の為、内容自体は後悔してない。でも絶対、他に言い方があった。
いかん……。
ドン引きさせたかもしれない。恐る恐る隣を見ると、景さんは顔を背け、口元を隠していた。
「景さん? すみません、やば……変なこと言って」
「……いや」
待ってみたけど、続きの言葉はない。出発早々やらかしたと、自己嫌悪で項垂れた。
どれだけ前世で共に過ごしていても、今の俺達は他人だ。必要以上に踏み込んではいけない。
今の景さんは、前世の“彼”とは違うんだ。接し方を間違えるな。
でも……でも本音を言うと、景さんのことをもっと知りたい。
ぶっちゃけ、俺は景さんに好かれてるとは思えない。彼は誰に対しても基本ドライみたいだけど、雑談なんてまず振ってこないから。
無駄話をしない。即ち興味の対象外。好きの反対は無関心、という言葉が嫌でもまとわりついた。
フロントガラスを眺め、不意に隣に視線を移す。
すると暗がりの中でも、彼の耳と頬がほんのり紅潮しているのが分かった。
何だ?
驚き、思わず手を伸ばしかけたが。
「お前は?」
「え?」
「恋人はいるのか」
低いトーンで尋ねられる。ドキッとして、手を引っ込めた。
初めてプライベートなこと質問された……!!
俺が最初に訊いたから、っていうのが一番でかいと思うけど。それでも尋常じゃなく感動する。気持ちが昂る。
「あはは。いたらやっぱり、週末の予定は埋まってますね」
素直に答えると、彼は目を眇めた。
「お互い杞憂か」
ギシ、とシートが軋む音が響く。
景さんは規則的にハンドルを指で叩いた。
「でも、フリーなら尚さら警戒しないと」
とん、とん、とメトロノームのように、蠱惑的な声とシンクロする。無意識に、彼の一挙一動に集中していた。
「自衛はしておけ。今さらだけど、俺に連れ去られる危険を考えたことは?」
「え。ありません」
考えるより先に口から零れた。
「だって……ずっと会いたかったから」
むしろ質問の意味が分からないという様に、見つめ返す。
珈琲のボトルを彼の左手に添えた。彼はそれを受け取り、肩を竦める。
「やっぱり危険だな」
ウィンカーを出し、右の車線に移る。さらにスピードを上げながら、可笑しそうに口端を上げた。
「飲み込まれそうだ」
……?
何のことか分からないが、それは独白だったのかもしれない。ラジオを聞きながら、都築はシートベルトを握り締める。
過去も未来も洗い流す、短い旅が始まった。
◇
神聖な場所。と言ったらキリがない。
神社仏閣に限らず、霊峰や渓谷、離島、池に滝。水にまつわる聖地は数知れず。
神話の舞台になってる場所も同じだ。可能性があるのは有難いが、正直お金と時間がかかる。だからいつも夜に出発し、ゼロ泊二日で帰ってくる。遠方の場合は安いホテルやスパに泊まったり、車中泊することもザラだった。
「図書館か。数年ぶりに来た」
「あはは、俺もです。古い文献が地元の図書館に揃ってることもあるし、立ち寄るのも良いでしょう?」
二週連続で北関東を回った。土曜日の正午に茨城の神社に寄り、大きな市立図書館に訪れた。興味深い本はたくさんあったが、結果として有益な情報は手に入らず、徒労に終わる。
ローカルスーパーで休憩し、車に買ったものを入れる。ちょうど隣の車の前にベビーカーがあって、赤ん坊がこちらを見ていた。
「あ」
思わず前に屈み、手を閉じたり開いたりした。赤ん坊は目を丸くした後、きゃっきゃと笑った。
「わ! 可愛い」
「ふふ。ありがとうございます」
傍にいた母親の女性が朗らかに笑った。最後に手を振り、助手席に乗り込む。
「良いなぁ。赤ちゃんって本当に可愛いですよね」
「……お前は子どもが好きだな」
「見てると癒されます。何があっても守らなきゃって気になります」
再び高速に入り、長いドライブが始まった。都築は道の駅で買ったコロッケを運転中の景の口元に近付ける。
「はい景さん、どうぞ」
「……」
「あっ大丈夫です。時間経ってるから火傷はしないと思います!」
「そういうことじゃない」
景さんは何やら渋っていたが、やがて前を見ながらコロッケを頬張った。
タイミングを見ながら差し出していると、かなりスピードが出ていることに気付いた。
「景さん、この辺覆面パトカー多いですよ」
慣れてる場所でも、警察は年々斬新な車種を導入してると聞く。近寄られるまで絶対分からないし、とにかく安全ファーストだ。
景はメーターを一瞥した後、ゆるやかにスピードを落とした。
「このまま長野に入る」
「あ……」
「どうした?」
口篭る自分を不審に思ったのか、景さんは視線を寄越した。
「い、いえ。了解です」
声音も明るくし、笑って答える。
会話はそこで途切れた。
都築は少しだけ拳を握り、コロッケを紙袋の中に仕舞った。




