#2
建物に入り、都築は海老とアボカドのサンドイッチを買った。テーブルで待っていると、景はもやしが山のように乗ったラーメンを持ってやってきた。
「お疲れ様です、景さん」
ラーメンに大量の胡椒を振りかける景を横目に、タブレットを取り出す。地図を開こうと思ったのだが、胡椒がファンで飛んできた。被害を防ぐ為、手のひらでさりげなく壁をつくる。
「昨日のひつまぶし、美味しかったですね」
「あぁ」
「浜松で食べたうな重も」
「あぁ」
「鰻食べたことしか思い出せない……」
それも彼にご馳走してもらう形で。都築は自己嫌悪に項垂れ、額を押さえた。
「今週も本当にありがとうございました、景さん」
景は何も言わず、スープを飲んだ。
タブレットのチェックリストを開き、静岡と愛知で寄った神社を指で弾いて除外する。
「は~。ほんとどこにいるんだろ、主様」
都築の独白に、景は胡椒を振る手を止めた。
親の仇のように小瓶を振っていた彼が止まったことに気付き、都築もサンドイッチを頬張る。
「……」
人が増えてきたフードコートで黙々と食事した。
この明るく賑やかな空間で懊悩しているのは、自分だけかもしれない、と都築は考える。
名田都築と鏑木景。彼らは他者に話せない秘密を共有している。
互いに情報開示もせず、だが雨の週末は必ず一緒に出掛ける。
都築は最後のひと口を飲み込んで、左手の袖をまくった。普段は隠れているが、小さな真珠が一つだけついたブレスレットをしている。
景もまた、影響されたように自身の左耳に触れた。
黒髪の下では、都築と同じ宝石がついたイヤーカフスが淡く光っていた。
「ご馳走様でした!」
両手を合わせ、都築は景に笑いかける。
「でも大丈夫ですよ、これだけ色々捜し回ってるんだから。そのうち必ず、主様の居場所を見つけられます」
「……」
景は少し苦い顔で頬杖をついていたが、小さく頷き、席を立った。
「次回る場所は決めてるのか?」
「うーん。京都と奈良は回り尽くしたからなぁ。今回は東海で……北関東を軽く見た後、東北も行ってみようかと」
週末の雨天だけ出掛けるのは、……雨が普段眠っている“昔”の感覚を少しばかり引き出してくれるからだ。
「分かった」
景さんはポケットに手を入れ、颯爽と先を歩いた。
雲ひとつない青空の下に出て、彼の後ろ姿を眺める。
……懐かしい。
俺は景さんのことを全然知らないけど、一緒に暮らしていたことがある。
遥か昔、俺達は同じ神様に仕えていたから。
景さんは上着を羽織り、車の前で足を止めた。朝の風を受けながら、静かに息をついている。
眠いだろうに弱音も文句も言わない。
そんな彼が珍しく気持ちよさそうにしているのを見て、嬉しくなる。
太陽が眩しい。都築は顔の前に手をかざし、目を細めた。
「……運転する?」
「はい!」
微かに頭をかたむける彼に、元気よく頷いた。
奇妙な人生。奇妙な再生。
それでいい。彼に巡り逢えただけで生まれ変わった意味がある。
彼の笑顔を見ることができたら、今度は新たな意味も生まれるだろう。
◇
俺と景さんが仕えていたのは、水を司る龍神様。
いわゆる雨神だ。だが記憶が継ぎ接ぎで曖昧な為、何百年前なのか、何処で祀られていたのか思い出せずにいる。
願いというよりかは本能のまま、地道な捜索活動を開始し、景さんと全国の雨乞社を巡っている。
ただ最も可能性があった京都のお社で何ひとつ主の気配を感知できなかった為、途方に暮れてるのも事実だ。
口では大丈夫と言ってるけど、本当に見つけ出すことができるだろうか。
漠然とした不安。そしてもうひとつ、全く別種の不安を抱いていた。
けどそれは景さんには言えないこと。だから心の中に蓋をし、溢れないよう無理やり押しとどめた。
翌週の金曜。
恒例の捜索活動の日。都築は家の仕事を終え、急いで待ち合わせ場所へ向かった。
駅内にあるカフェに入り、ノートパソコンを開いている景を見つける。
……仕事中かな。
声を掛けようとしたが、反射的に近くの壁にもたれた。
都築は二十一歳、景は二十六歳だ。
もっとも都築は高校を出てから家業とバイトを両立している為、社会人歴は大卒の景とそこまで変わらない。
しかし育った場所や環境はだいぶ異なる。詳しく話さずとも、互いに特殊な人生を送ってる気がしていた。
( まだ時間早いな )
待ち合わせより十分以上早く着いていた為、同じフロアの休憩スペースへ移動した。昼は外に出られるデッキと繋がっており、夜も街の光が煌煌として眺めが良い。
窓際に寄り、腕を組む。
時々客観的になって、自分でも笑ってしまう。
ところどころ抜け落ちてるとはいえ、前世の記憶を保持して生まれ変わったこと自体奇跡なのに……半生を共にした青年と再会なんて、天文学的確率だ。
いや、そもそも生まれ変わりを数字で分析することがナンセンスか。内心苦笑しながら、待ち合わせの時間ちょうどになったことを確認する。
再入店すると、ちょうど景と目が合った。
「こんばんは、景さん。お仕事中でした?」
「いや。今終わった」
「本当ですか? お仕事優先ですから。気を遣わないでくださいね」
そう言うと、景はコクッと頷いた。パソコンを閉じ、静かに立ち上がる。
「お前もな。会社じゃないんだから、時間きっちりに合わせなくていい」
「あ、……ですね」
眼鏡の奥にある切れ長の瞳に、気まずい部分まで見抜かれた気がした。
一回店に入ったの気付かれたか?
でも彼はずっと俯いてパソコン見てたし……ま、考え過ぎだろう。
特に気に留めず、外のパーキングへ向かった。一週間ぶりに会う白のクラウンに安心感すら覚える。さりげなく運転席へ行こうとしたが、助手席を指で示された。
走り出してしまえばなんてことないが、出発前はちょっとだけ緊張する。カーナビを立ち上げると、景さんはギアを変えた。
「都築。シートベルト」
「あっ。すみません」
目的地を入力することに集中して、シートベルトを締めていなかった。慌ててお詫びし、隣の彼に向き直る。
「今回も宜しくお願いします」
「ん」
車が動き出す。スタートはいつも静かで、呆気ないものだ。
ここからはラジオを聴いたり、テレビを流したり、ドライブに良いおつまみの組み合わせを考えたりする。
「景さん、大変ですよ。珈琲とアタリメって尋常じゃなく合います」
「……」
「こんなに合うのに何で今まで知らなかったんだろう。これって、イカ系はみんな珈琲に合うってことですよね。スルメやアタリメ、サキイカやいか燻も」
「スルメとアタリメは呼び方が違うだけで同じだぞ」
「え、そうなんですか!」
風を切る音と、ラジオから聞こえるゆるい会話。薄暗くて暖かい、この時間と空間が好きだ。
ほとんどひとりで喋ってるのに何故こんなにも居心地が良いのか。
前で手を組み、シートに深くもたれる。
「景さん、いつでも運転変わりますから無理しないでくださいね」
笑いかけると、彼は頷いた。
そのままフェードアウトしても良かったのだが、ずっと気になっていたことを思い出した。悩みに悩んで、ゆっくり切り出す。
「すみません。プライベートなこと訊いてもいいですか」
「……何」
「景さんはお付き合いされてる方はいないんですか?」
「いない」
意外過ぎてフリーズする。
あと、返答の速さも過去一かもしれない。色々と衝撃で固まっていたが、「どうして?」と訊かれて我に返った。
「あ~……彼女さんがいたら、休日はデートに行きたいだろうと思って」
メーターだけが光る、暗い車内。
雨音と自分の心音がうるさいぐらい鳴っている。
「景さんって本当にかっこいいから。今の人生を大事に、楽しんで生きてほしい」
俯きながら、小さく笑う。
前世で共に過ごしたとはいえ、彼が自分と同じ熱量とは限らない。主君を見つけたいのは確かだが、そのせいで現世の生活を蔑ろにするのは違うと思った。
この果てしない旅が大好きだけど、何よりも彼の意志を尊重したい。




