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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
輪転

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13/16

#3



────今から約三ヶ月前。


都築は朝から晩までバイト漬けの日々を送っていた。


上京して一年ほど。新たな環境に飛び込むのは勇気が必要だが、飛び込んだら溺れないよう必死に泳ぐのが人間だ。何がなんでも生き残ろうと藻掻く本能が備わっている。

週六で働くと家では眠るだけになったが、日曜日は気持ちを奮い立たせて外へ出掛けた。かつて仕えた主君と、朋輩を捜しに。


漠然と全国を回るより、まずは人の多い東京で手かがりを探そうと決めた。

しかし実際は、広大な砂丘で一本の糸を探すようなもの。くわえて『前世』の話をする者は変人扱いされ、生きづらくなるのが現実。

現実は容赦なかった。

先が見えない日々に何度も打ちのめされそうになったけど、彼と逢うことだけを考えて何とか乗り切った。


大丈夫。

俺が生まれ変わったんだ。彼だって絶対、この時代に生まれてる。


どうしようもないほど、心の拠り所だった。

雨が降って、風が吹いても、その気持ちが消し飛ぶことはない。


必ず見つけてみせる。

そして、俺から迎えに行く。

豪雨に見舞われた最期の日、確かにそう約束したから。




「ねっ、ここのドーナツ美味しいんだよ。買って食べようよ」

「おおー、いいよ」


週末。都会から離れた山間部。

この辺りの有名な滝を見る為、レンタカーでやってきていた。

車内から五月雨の景色を眺め、都築はシートベルトを外す。楽しそうに相合傘をしてるカップルが、車の横を通り過ぎて行った。

「ドーナツ……」

元々食べることが大好きだけど、大人になってからは辛さから逃れる為にお酒ばかり飲んでいた。これじゃいけないと思い、最近はお酒を控えている。

けどその反動で甘いものを求めるようになった。


ドーナツは後で絶対買おう!


車から下り、傘をさしてマップを確認する。目的地は、さっきのカップル達が下った道の逆側……。

隣に停まってるクラウンに当たらないよう傘を高く翳し、坂の上にある細道を上っていく。

高い高い杉の木、下を流れる小川、水たまりが反射する木道。

雨のせいか、鳥の声も聞こえない。時間が止まったような道をひたすら歩いた。

スニーカーの先が冷たいのはいくらでも我慢できるけど、ブレスレットに雫が落ちた時は慌てて袖で拭った。


進んだ先に現れたのは、規模の小さい滝。可愛らしくて、何だか子どものような印象を受けた。

観光客も数人いて、下調べした通り人気の観光地なのだと思った。


「あの、すみません。写真撮ってもらえませんか?」

「あっ、はい!」


途中、仲睦まじい家族連れの写真を撮り、小さな子とバイバイした。

喧騒とは無縁の素敵な場所だけど……主様はいないな。


最後の観光客が帰路に向かい、ひと息つく。

このまま引き返しても良かったが、奥にもう一つ滝があったことを思い出し、進むことにした。

水位が上がって危険だから、雨の日に柵などの仕切りのない滝に行くべきではない。それでも、この時は頭より先に足が動いた。


なにかに突き動かされるように鎖場へ向かい、滑らないよう岩に手を伝いながら上っていく。

少し息が上がりながら辿り着いた先には、一本の純白な滝。エメラルドグリーンの滝つぼ。そして、ひとりの先客がいた。


じっと滝を眺めている青年。こちらに背を向けているから分からないけど、多分若い。


雨の日にひとりで滝を見に来るなんて珍しい。そして渋い。

若いのに自然の魅力を分かってて素晴らしいなぁ。

うんうんと頷き、再び視線を戻す。


斜め後ろから見えた顔はとても綺麗で、何故か胸がざわざわした。


( 何だ……? )


喉にものが引っかかったみたいだ。ただ息するだけでも苦しくて、胸を押さえる。


放っておいたら目の前の青年が滝に入ってしまうような気がした。妄想でしかないのに、古い残像がフラッシュバックする。


────駄目だ。


「危ない!」


考えるより先に踏み出して、彼の手を掴んだ。

男の人は驚いて振り返る。俺もまた、自分の謎行動に驚いた。


「いきなりすみません!」


慌てて手を離し、身振り手振りで説明する。しかしこれだと挙動不審で、なおさら怪しまれそうだ。


「その、ぬれた石の上ってホント滑るから……革靴だと危ないと思いまして……!」


いかん。自分の耳でも苦し紛れの言い訳に聞こえる。ナンパとか不審者だと思われたらやばいから、早く退散しよう。

「ほんとすみませんでした。じゃ、失礼します」

軽くお辞儀をして翻る。ところが。

「え。わあっ!」

後ろから腕を掴まれ、バランスを崩した。受け止めてもらったから転びはしなかったけど、真空色の傘が地に落ちる。


傘がくるくると回り、止まる瞬間まで眺めていた。

雨が降りしきる山中、凍えそうな空気。でも抱き締められてるから背中は温かい。


一体何が起きたんだ?

恐怖や不安より、動揺が勝って動けない。呆然としたまま瞬きすると、左腕をそっと持ち上げられた。


「やっと……」


左手のブレスレット。それについてる白い珠に触れ、彼は掠れた声で呟いた。


「やっと見つけた……!」

「…………え」


滝の音と雨音がぶつかり合い、俺達の鼓動を容赦なく掻き消す。

全部一緒くたに入れて、混ざり合うように……俺達の記憶も、交差しようとしていた。


不思議と、時間が経てば経つほど冷静になり、ゆっくり振り返った。

青年も少し気まずそうに離れ、左側の前髪をかき上げる。

隠れて見えなかった左耳のカフスには、見覚えのある宝石があった。


遙か昔、主様から頂いた二つの珠。その片割れだった。

所持していたのは俺と、もうひとりの従者だけ。

最期の日に手渡したことを覚えている。


ああ。

散々雨に打たれているのに、再度水を浴びたみたいだ。フリーズしていた思考が解凍され、感情が目を覚ます。


間違いない。俺がずっと捜していた人が、ここにいる。


どうしよう、どうしよう。


────嬉しい。


込み上がる喜びをどう表現したらいいか分からず。互いに宝石に触れるも、言葉を発せずにいた。

他に観光客がいたなら、最高に奇妙な二人だっただろう。傘もささずに無言で見つめ合って……俺自身、ちょっと可笑しくて笑ってしまう。


笑いながら泣いてる。嬉し泣きだ。


やっぱり逢えた。袖で乱暴に目元を擦ると、優しく制された。慈しむように瞼に触れ、青年は静かに微笑む。


「……今の名前は、鏑木景かぶらぎけい


その声は繊細で、表情は柔らかい。

さっき触れた部分は、初めてなのに懐かしい匂いがした。


「初めて会ったけど。……久しぶり」


遠い昔、滝の前で交わした約束がある。

このとき、無事に果たせたと分かった。


「初めまして、名田都築です。……東京にもこんな素敵な滝があるんですね」


龍が上るような滝を一瞥した後、彼に手を差し出す。


「来て良かった。お久しぶりです、景さん」







生まれ変わるのに数百年。二十年かけて巡り会った。


その日は電話番号だけ交換した。ドーナツを買って、隣同士だった車に寄り、他愛のない話をした。


生まれ変わった回数は初めてということ。

互いに、そう遠くない地域に住んでること。

かつての主である龍神様を捜していること。


それらを照らし合わせて話していくうちに、二人で主様を見つけることに決めた。

今までも気が遠くなるほどの時間だったけど、ここからまた果てしない旅が始まると思った。

だが憂いはない。不安もない。ずっと止まっていた時計の針が動き出したことに、例えようのない喜びを覚えた。

「もし主様を見つけることができたら」

ドーナツを頬張り、腕を伸ばす。雨上がりの空を見上げ、改めて彼に向き直った。


「また、ここに二人で来ませんか?」


この日を忘れたくない。

二十年の全てが報われたと言っていいほど……彼と逢えたことは、俺にとって大きな出来事だった。


前世の記憶があるなんて普通じゃない。

気を引く為の嘘だと思われたり、気味悪がられたり、人に打ち明けて良いことはひとつもなかった。

否定され続けて、終いには自分がおかしいと思ったりもした。

自分のことすら疑った日々もあったけど、その度に懐かしい彼の笑顔を思い出した。


誰にも傷つけられたくない宝物だ。

目の前にいるこの青年こそ、永く想い続けた希望の結晶。

恐る恐る見返すと、彼は雨粒でぬれた眼鏡を外し、微笑んだ。


「あぁ。……必ず来よう」




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