#10
翌日も曇りのち雨。ホテルを出た景と都築は、ややハイペースで東京へ向かった。埼玉までは非常に順調だったが、予想外のトラブルに都築は震えた。
「はっくしょん!」
「……」
「はっ……」
「……都築」
「……はっくしょん!」
「風邪か?」
日も暮れて、無事に東京に入った頃、疑念は確信に変わった。
凄まじい悪寒とくしゃみに支配され、都築はハンドルを握り締めた。
「次のサービスエリアで交代するぞ」
「はい……」
昨日薄着で寝たことが原因だろう。体は冷え、完全に体調を崩してしまった。
「少し熱いな」
額を触られる。冷たくて気持ちよかったが、身体の寒気は別だ。運転を代わって高速を抜けた後もくしゃみは止まらず、都築はダウンした。
「ごめんなさい、景さん。適当に下ろしてください」
「適当に下ろしたら絶対行き倒れるだろ」
「でも、風邪うつしちゃったらまずいので」
それだけは避けたい。コンビニで買ったマスクをつけて呟くと、優しく頭を撫でられた。
「家には誰もいないんだよな?」
落着した問いかけに頷く。すると景さんは、「わかった」と言って座り直した。
「看病する人間がいないなら、俺の家に行くぞ」
は。
朦朧としていた意識は、一瞬で鮮明になった。驚き過ぎて咳き込むほどに。
「なっ……駄目ですよ! 景さんまで風邪ひいちゃうから!」
「問題ない。俺は休もうと思えば休める」
「いやいや、これ以上迷惑かけられません」
「このままお前を家に帰しても、落ち着かなくて仕事にならない」
彼の意志は固そうだ。もう俺の家とは反対方向に走り始めている。
けど今度は申し訳なくて倒れそうだ。せっかく昨日は気持ちを打ち明けられたのに、早速厄介になるなんて。
困惑が伝わったのか、額を指先で押されてしまった。
「寝てな。すぐに着くから」
◇
夜も深まった頃、連れてこられたのは八階建てのマンション。
景さんの部屋は五階で、窓からの見晴らしが良かった。今朝まで東北にいたから感覚がバグってしまうけど、本来は緊張する場面だろう。
だって、これが初めての訪問だから。
景さんの大体の住所すら知らないのに、突如部屋にお邪魔した。その非現実さについていけない。
リビングで佇んでいると、腕を掴まれ寝室に連れていかれた。
「熱計るぞ」
「ありがとうございます」
慌てて上着を脱ぎ、前をはだける。景さんは若干目を細め、温度計を差し出した。
「水持ってくる」
「景さん、ほんとお気遣い」
なく、と言う前に彼は部屋を出て行った。
「…………」
何この状況。
改めて冷や汗が出る。風邪の症状というより、ほぼ緊張によるものだと思う。
白を基調とした、家具の少ない寝室。片付いてるけどデスクの上には難しそうな本が積まれていて、かろうじてノートパソコンだけ置ける状態だった。
おお。景さんの匂いがする。
ちょっと変態っぽいけど、瞼を閉じて息を吸った。
昨夜は景さんに何度も“好き”と言った。彼もそれに頷いてくれて。
あれ。これって、もう付き合ってる……のか?
熱に浮かされた頭ではまるで処理できない。嫌な汗を流しながら、上着の裾を握り締めた。
「……ほら」
彼は水とスポーツドリンクを持ってきてくれた。礼を言い、飲んでる途中で体温計が鳴った。そっと服の下から取り出す。
「三十八度ぴったり。でも、身体はさっきより怠くないです」
「一晩寝れば回復するかもな。解熱剤があるから一応飲んで寝な」
彼が用意してくれた薬を飲み、ベッドに寝かせられる。
「いや、これだと景さんの眠る場所がなくなります。俺は床でいいです」
「俺は向こうのソファで寝るから大丈夫」
「でも……」
「ベッドで寝なくちゃ、何のために連れてきたか分からないだろ?」
景さんは腰に手を当て、薄く笑った。
「それとも寝るまで傍についてようか」
「もう……子どもじゃないって」
頬を膨らますと、彼は楽しそうにライトを消し、ベッドに腰を下ろした。
「辛い時は誰かに頼れ。俺はもちろん、この時代なら誰かしらが振り返ってくれる」
「……」
目を細めて囁く彼は、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
「はい」
枕に頭を乗せ、意味もなく彼に手を伸ばす。頭がボーッとしてるのは間違いなかった。
景さんは俺の手をとり、甲に口付けする。
……昔もこんなことをされた気がする。現世じゃないから、多分、前世で。




