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あなたと巡る、愛しい雨旅  作者: 七賀ごふん
週末ドライブ

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1/14

#1



「あなた達、兄弟?」

「え」


終電が迫る時刻。

名田都築なだつづきはひつまぶしを食べる手を止め、カウンターの向こうにいる女将を見上げた。

「いえ、違います」

慌ててかぶりを振ると、彼女は眉を下げた。


「あら、違うの。じゃあお友達?」

「いえ」

「先輩と後輩」

「いえ」

「上司と部下」

「いえ……あ、そうです!」


笑顔で拍手すると、女将はガッツポーズして仕事に戻った。

対する都築は、拍手した手でそのまま口元を覆う。

「嘘ついちゃいました、景さん」

小声で呟くと、隣に座る青年は吸い物の椀を置き、瞼を伏せた。


「そうだな」


そこで会話は切れた。

相変わらず、凪いだ海のような人だ。狼狽えることがあっても、彼といると自然と冷静になる。


都築はふと、先週のドライブで鹿が道路に飛び出してきたことを思い出した。深夜の山道、後続車がいないことは直前に分かってたからブレーキを踏んだ。鹿は何事もなかったように、木々の向こうへ去っていった。

正直走馬灯のようなものが駆け巡ったし、後部座席の荷物がフロントにふっ飛んでくるほどの衝撃だったが、助手席に座る景は最後までひと言も発さなかった。


「進め」とも「止まれ」とも言わず、命を預けてくる。

放任主義なところに助けられてるが、戦慄することが多いのも確かだ。


とにもかくにも、ささいな嘘で揺れ動くタイプではない。

懐が広いというよりは、……肝が据わっている。


密かに頷いてると、彼は薄く色付いた唇を隠すように、口元を拭った。

「出るか」

「えぇ」

彼が席を立った為、後に続く。ハンガーに掛けていたマウンテンパーカーを羽織り、厨房に声を掛けた。


「ご馳走様でした。お会計お願いします!」

「はーい!」


レジで財布を出そうとすると、手で制されてしまった。それを見た女将が微笑ましげに頷く。

攻防はしたものの、彼も一歩も譲らない為ここは出して貰うことになった。


女将さんが俺の嘘を信じ込む形となり、店を出る。


彼女の言う通り、優しい人なのは間違いない。けど俺が彼について知ってることは非常に少ない。

知ってるのは名前と年齢、肩書きぐらい。だから行く先々で、関係を訊かれると口篭ってしまう。


俺達は、そう。強いて言うなら、雨の日限定のビジネスパートナー。


今日は名古屋に来ているが、これから夜通し運転して東京に帰る予定だ。現地でやることが終わったらこうして食事をし、さっさと帰る。

小料理屋の店先で、都築は青年の横顔を一瞥した。


赤の他人だ。少なくとも、────この時代では。


隣接するパーキングへ向かい、車の前で足を止めた。


「っと、景さん。帰りは俺が運転しますね」

「いい」

「いや、俺がしますよ」

「……」


彼は無言でグーをかざしてきた。ジャンケンで決めよう、ということらしい。

俺はグーを出し、彼はパーを出した。


運転している彼の隣で、何度もまばたきする。寝不足だからうつらうつらしたけど、疲労度は彼の方が上のはず。眠らないよう口端を引き結ぶ。

しかし高速に入り、流れる外の景色が単調になった時、強い睡魔に襲われた。


まずいな。眠い。

ガムを買っておけば良かったと後悔していると、不意に名前を呼ばれた。


「都築」


窓の外になにかが伝っていく。

透明な縦線。細くて優しい音が、車全体をノックした。


雨だ。


「景さん、雨が」


道に透明な膜が張るのを見て、心が満たされていくのを感じた。


俺達はいつだって雨に焦がれている。


「……降ってきたな」


ワイパーが動くのと同時に、優しく髪を撫でられた。


「もういいよ。……おやすみ」

「……」


あやすように動く手と、子守唄のような声。

運転してもらってるから寝ちゃ駄目なのに。

彼の隣は怖いぐらいホッとして、瞬く間に夢の世界に沈んでしまった。





鏑木景かぶらぎけい


目を覚ますと、ダッシュボードの上に置かれた名刺が視界に入った。

「……景さん?」

運転席には誰もいない。

見回すとどこかのサービスエリアの駐車場に停められていた。日も昇り、すっかり鮮やかな景色に取り囲まれている。


しまった、爆睡しちゃった!


都築は前髪をかき上げ、シートベルトを外した。もう一度車内から確認すると、傍で電話をしている青年を見つけた。

恐らく仕事関係だろう。彼はフリーのエンジニアで、旅の最中も暇さえあればパソコンをいじっている。


待つか……。

ぼうっとしながら前だけ見てると、横の窓を軽く叩かれた。一拍置いて、ドアをゆっくり開ける。


「おはようございます。眠っちゃってごめんなさい、景さん」

「いや。……おはよう」


短い挨拶を済ませ、都築は目の前の青年を薄目で捉えた。


明るい場所で見ると改めて圧倒される。

本当にかっこいい……いや、綺麗な人だ。


彼の名は鏑木景。

少しウェーブがかかった前髪が、長い睫毛を覆い隠している。眼鏡をかけている為目元の印象が薄くなりそうなものだが、くっきりした目鼻立ちで周囲の視線を集めていた。


ただでさえ端正な顔立ちなのに、艶やかな黒髪と長駆が相まってとても一般人に見えない。


都築自身、異性から告白されることが多かったが、景はレベルが違う。男女問わず、思考を無理やり一時停止させる魅力を持っている。


「朝飯食いに行こう」

「はい」


景は寡黙だ。自らコミュニケーションをとろうとするタイプではないが、都築が傷つくようなことは絶対にしないし、言わない。そういう部分を信用しているのかもしれない。




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