第1話 転生しました
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魔王を討ち取った勇者は、ただ一人。
――それが俺だ。
世界最強。英雄。救世主。歴史に名を刻む男。
だが、そんな大層な肩書きを並べられても、胸は少しも高鳴らない。
歓声を浴びるのは苦手だった。
無数の視線が突き刺さるあの感覚が、どうにも落ち着かなかった。
魔王城で最後の一撃を放ったあの日。
俺の頬は血と煤で汚れ、鎧はひび割れ、腕は震えていた。
あれは英雄の姿じゃない。
ただ、必死に生き延びようとする一人の人間だった。
魔王を倒せたのは、仲間がいたからだ。
背を預けられる戦士がいて、命を削って回復魔法を唱える聖女がいて、震えながらも矢を放ち続けた弓使いがいた。
俺一人の力じゃない。
それなのに、いつの間にか「伝説の勇者」だの「神に愛された男」だのと祭り上げられた。
……正直、勘弁してくれ。
そして今。
俺は百歳になった。
戦乱の時代を生き抜いた体は痩せ細り、腕は枯れ枝のように細い。
白髪は肩まで伸び、呼吸は浅く、ひゅう、と乾いた音を立てる。
豪華な城ではない。
王宮でもない。
小さな木造の家。
軋むベッド。
古びた天井。
窓から差し込む夕陽が、赤く部屋を染めている。
その光が、まるで俺を労うように優しかった。
ああ、ようやく終わるのか。
勇者としての人生は、悪くはなかった。
仲間と笑った夜もあった。
守れた命もある。
だが――
次は、もういい。
英雄も、勇者も、世界最強もいらない。
俺はゆっくりと瞼を閉じる。
重く、静かに。
最後に一つだけ願う。
次に生まれるなら。
どこにでもいる、普通の男でいい。
誰にも期待されず。
誰にも注目されず。
休日友人とくだらない話をして、
好きな子ができても告白できずに終わるくらいでいい。
ただの男として、静かに生きたい。
それが、俺の唯一の望みだった。
――その瞬間。
ーー「分かりました。貴方の願いを叶えましょう」
透き通る声が、意識の闇を切り裂いた。
……は?
「んー? 誰だ……?」
視界が白い。
霧のような光が辺り一面を満たしている。
ぼやけた輪郭の中、ひときわ強い光をまとった存在が立っていた。
細い足。
揺れる金色の髪。
光を受けてさらさらと流れ、絹のように輝いている。
長い睫毛の奥に、透き通る碧い瞳。
頬は白く、唇は淡い桜色。
柔らかそうなのに、どこか近寄りがたい神聖さがある。
……とんでもない美人だ。
しかもスタイルがいい。
白い衣が身体のラインを優雅に包み、背中からは淡い光の粒が舞い上がっている。
あ、これ絶対ヤバい人だ。
ーー「私は女神アペイロンです」
声は鈴のように澄んでいて、それでいて落ち着いている。
ーー「貴方様の今代の活躍、見事でした。
よって、願いを叶えましょう」
「え? マジで?」
思わず間抜けな声が出た。
女神は瞬き一つせず、穏やかな表情のまま頷く。
ーー「マジです」
即答。
しかも真顔。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
ーー「女神です」
「ですよね!」
冷静なツッコミが返ってきた。
くそ、美人の真顔は破壊力が高い。
俺は思わず背筋を伸ばす。
死んだ直後とは思えないほど、顔が熱い。
ーー、「勇者としての役目は終えました。
次の人生について説明します」
女神はすっと指を振る。
すると空中に光の文字が浮かび上がる。
ーー「まず、貴方は四人兄弟の三番目として生まれます」
映像が現れる。
温かそうな家庭。笑い声。普通の家。
一番上の兄はやんちゃそうな少年。
二番目はまだ幼く、無邪気な笑顔を浮かべている。
……いい。実にいい。
ーー「王族でも貴族でもありません」
「最高だな」
俺は思わず頬を緩めた。
ーー「中学・高校では勉学に興味を持ち、努力家になります」
映像の中の俺は、机に向かい真面目な顔でノートを取っている。
「……勇者の次がガリ勉か」
ーー「顔は程々に良い方です」
女神の口元が、ほんの少しだけ上がる。
え、今笑った?
くっ、反則級に可愛い。
ーー「前世の記憶は保持。能力は封印」
その言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
剣を振るう必要も、魔法を放つ必要もない。
だが。
ーー「ただし、前世の謝礼が多すぎます」
女神の瞳がわずかに細められる。嫌な予感しかしない。
ーー「大富豪に養子に誘われたり」
「断る!」
ーー「助けた男性が石油王だったり」
「やめろ!」
ーー「席を譲った老人が財閥総帥で、一億円を贈られたり」
「静かに生きさせろ!?」
俺は頭を抱える。
女神はくすりと笑う。その笑みはどこか楽しそうだ。
ーー「異性運も非常に高いです」
「いらない! 絶対トラブルの元だろ!」
ーー「努力次第です」
にっこり。
この女神、絶対わざとだ。
ーー「最後に一つ」
女神の表情が少しだけ真剣になる。
ーー「貴方の魂は強い。
どんな環境でも、自然と中心に立ってしまう性質があります」
「それ呪いじゃない?」
ーー「才能です」
いらねーよぉぉ!
俺は深くため息をつく。
ーー「そろそろ転生の刻です」
女神の身体が光に包まれていく。
金の髪がふわりと舞い、碧い瞳が優しく細められる。
ーー「次の人生でも、悔いのないように」
「おう。ありがとな、姐さん」
女神は最後に、柔らかく微笑んだ。
その瞬間。
世界が白く弾けた。
視界が揺れる。耳鳴り。
身体が引き裂かれるような感覚。
ピカピカ、チカチカ。
そして――
俺は、産声を上げていた。
小さな体。
泣き声。
抱き上げられる感触。
これが、二度目の人生。
元勇者、現・ただの男子高校生(予定)。
目標は一つ。静かに生きる。絶対に目立たない。
世界なんて救わない。
今度こそ、平穏な青春を送ってやる。
――そう、固く誓ったのだった。
(なお、この決意が守られるとは限らない)




